100 幸せな味
やあ、皆さん。こんにちは。
グスタン・テラキンです。
なんでも、ここで話をする時には、
こうして皆さんに挨拶するのが決まりなのだとか。
さて、何から話しましょうか。
私は、しがない農家です。
生まれも育ちも農家。
生まれ故郷の学校を出てから、ずっと農業一筋で生きてきました。
おかげさまで、今では“親方”の称号まで頂いています。
これも年の功というものでしょうか。
それとも、長年真面目に働いてきたことへの、ご褒美なのでしょうかね。
親元から独立し、一から開墾した農場も、今では随分と大きくなりました。
いつからか『テラキン農場』などと呼ばれるようになり、
昔は私自身が作物を積み、あちらこちらへ売り歩いていたものですが、
今では色々な人が農場まで買い付けに来てくれます。
本当に、ありがたいことです。
そのおかげでしょうか。
ここ何十年かは、
こちらから取引相手を選ぶこともできるようになりました。
ご近所さんはともかく、帝都へ野菜や穀物を卸す際には、
私が大事に育てた作物を、
大切に扱ってくれる店だけを選ぶことができます。
駆け出しの頃に比べれば、随分と贅沢な話です。
ですがね。
大地に種を蒔き、手間暇をかけて育てた穀物を、
その素材の味を引き出そうともせず、
『テラキン農場で育った物を使っています』
ただ、それだけを売り文句にして、料理へ使ってほしくはないのです。
それくらい美味しく育てたという自負が、私にはあります。
皆さん、疑いますか?
それなら、ぜひ一度、余計な味付けをせず、簡単な料理で食べてみてください。
ひと口食べれば、きっと分かりますよ。
そんな私ですが、現在はヴァルナさんが経営する『ヘイム』という飲食店に、
お世話になっています。
そして今、私の目の前では、そのヴァルナさんが真っ白に燃え尽きています。
椅子に深く腰掛けたまま、天井のどこか一点を見つめ、微動だにしていません。
口も半開きです。
いったい何があったのかと申しますと、
事の始まりは年が明け、新年を迎えたことでした。
ヘイムに住む子供たちへ、お年玉を配ったのです。
お年玉というのは、
遥か昔に転生者や転移者が持ち込んだ風習だそうです。
年長者が子供たちへ、新年の祝いとして金銭や贈り物を渡すのだとか。
詳しい起源などは、もう忘れ去られてしまいましたが、
今ではこのような形で帝国にも根付いています。
もっとも、ヘイムには子供が大勢います。
一人ひとりに何を贈れば喜んでもらえるのか、
とてもではありませんが分かりません。
ですから少々味気なくはありますが、私は金銭を渡すことにしました。
昔、息子や娘たちに新しい農具を贈ったところ、
揃って拗ねられてしまったことがあります。
私としては、良い農具ほど嬉しい贈り物はないと思ったのですがね。
今となっては、家族の間で語られる良い笑い話です。
私のほかにも、スミズル親方、トレース親方、ムラマサ親方が、
子供たちへお年玉を配っています。
それから、ハーケン夫人ことリオニー様もです。
さすがは大貴族。
これほど大勢の子供たちがいるというのに、
嫌な顔一つせず、笑顔で一人ひとりへ配っておられます。
もっとも、子供たちも馬鹿ではありません。
お年玉を用意していそうな人の所にしか、貰いに行っていません。
グラウハイム卿などは、私たちが配っている光景を目にした瞬間、
顔を引きつらせていましたからね。
恐らく、ご息女と、その友人であるリナちゃんの分しか
用意していなかったのでしょう。
子供たちも、その顔を見て何かを察したのか、
グラウハイム卿の所には誰一人として近寄りませんでした。
そして昼頃。
随分と遅く起きてきたヴァルナさんの前へ、
子供たちがぞろぞろと列を作ったのです。
いえ。
正確には、並んだのは子供たちだけではありません。
メイドの皆さんまで、
「ヴァルナさんから貰うのは当然です。」
そう言わんばかりの顔をして、子供たちの後ろに並んでいました。
一斉に手を差し出され、お年玉をねだられたヴァルナさんは、
口を開けたまま呆然としていました。
その顔を見る限り、まったく予想していなかったのでしょう。
ところが、この状況をあらかじめ予測していた人物がいました。
ヘイムの金庫番であるマルタさんです。
マルタさんは、困り果てているヴァルナさんの前へ、
笑顔で大量のお年玉袋を持ってきました。
どうやら、最初から準備していたようです。
おかげで、ヴァルナさんも皆の前で面目を潰さずに済みました。
安堵した様子で袋を受け取り、
一人ずつ子供たちやメイドの皆さんへ渡していきます。
ところが、全員へ配り終えた直後。
マルタさんは、にこやかな笑顔のまま言いました。
「こちらは店の経費ではありませんので、
ヴァルナさんのお給料から天引きしておきますね」
その言葉を聞いた結果が、この有り様です。
ヴァルナさんは椅子の上で真っ白になり、完全に燃え尽きています。
後で聞いた話では、ヴァルナさんは自分が思っていたほど、
給料を貰っていなかったそうです。
今月分どころか、来月分まで、ほとんど残らなくなったのだとか。
おやおや。
伝説の魔法使い様になったというのに、
お財布事情は随分と厳しいようです。
ですが、そんなヴァルナさんの様子を見ていると、
初めて会った時から何も変わっていないように思えます。
初めてヴァルナさんと出会ったのは、
私が農場から帝都へ野菜を運んでいる途中のことでした。
その日、使用していた魔動車の調子が悪くなり、
道の途中で動かなくなってしまったのです。
仕方なく修理業者を呼び、到着を待つことになりました。
ところが運の悪いことに、その日は帝都で勇者召喚が行われたとかで、
祭りでもないというのに、大勢の人々が帝都へ押し寄せていました。
道も宿も人で溢れ、修理業者さんもなかなか来ることができません。
結局、私は道中にある宿泊地で一泊することになりました。
とはいえ、そこも人でいっぱいでした。
祭りの時などに使われる臨時の野営地が開放され、
私は大勢の旅人と共に、そこで一夜を明かすことになったのです。
その時に出会ったのが、ヴァルナさんでした。
ヴァルナさんは、
借りたばかりらしいテントを前にして、ひどく難儀していました。
布を広げては首を傾げ、支柱を持ち上げては倒し、
説明書らしき紙を何度も表裏にひっくり返しています。
子供でも張ることができるような簡単なテントを、
まったく組み立てられない。
その姿を見て、
「この人は、旅をしたことがないのだろうか。」
そう思いました。
どこか良い所の育ちの人なのかとも考えましたが、
貴族や裕福な家の者に限らず、学校へ通える者なら、
野営やテントの張り方くらい授業で習うはずです。
不思議には思いましたが、何しろ私のすぐ隣です。
困っている人を放っておくこともできず、
声をかけて手伝うことにしました。
その時です。
ヴァルナさんの近くへ寄った私は、不思議なものを感じました。
大地の匂いがする。
直接、ヴァルナさん本人から匂っているわけではありません。
ですが、ヴァルナさんの周囲から、とても心地よい匂いが漂ってくるのです。
農場で大地を耕し、
柔らかな土を掘り返した時に感じるものと、よく似ていました。
温かく、全てを受け止めてくれるような、包容力のある匂い。
こんな匂いを纏っているのです。
きっと悪い人ではない。
そう思いました。
案の定、ヴァルナさんはお人好しでした。
その日の宿場町は満室で、
私たちと同じように仕方なく野営地へ来た人が大勢いました。
皆さん、まともな食事も取れていなかったのでしょう。
長い旅の途中で、携帯食料にも飽きていたはずです。
疲れた顔をして座り込み、冷たい保存食を少しずつかじっていました。
そんな人々の様子を見て、
ヴァルナさんは料理を振る舞うことにしたのです。
ヴァルナさんは、私の魔動車の荷台を覗き込みました。
そこには、傷がついてしまい、
商品としては売ることのできない野菜が積んでありました。
「この野菜、売ってもらえませんか」
そう言われました。
傷物とはいえ、味に問題があるわけではありません。
私は快く譲ることにしました。
そしてヴァルナさんは、何もない野営地で突然キッチンを召喚し、
シチューを作り始めたのです。
キッチンの召喚。
当時のヴァルナさんは、料理スキルの一つだと説明していました。
聞いたことのないスキルでしたが、
私も料理に詳しいわけではありません。
その時は、
「そういう物もあるのだろう。」
と、素直に納得していました。
今になって考えてみれば、あれは魔法だったのですね。
とにかく、
そこで振る舞ってくれたシチューは、とても幸せな味がしました。
料理の技術だけで言えば、まだまだだったと思います。
野菜の大きさも少々不揃いで、煮込み方にも改善の余地がありました。
ですが、
私も、振る舞われた人たちも、そんなことはどうでもよかったのです。
皆で鍋を囲み、温かなシチューを食べながら笑い合う。
それは、ちょっとした宴のようでした。
帝都までの長い旅。
疲れているというのに、まともな宿泊施設へも泊まれない。
冷え始めた野営地で、不安そうな顔をして夜を迎えようとしていた人々へ、
温かなシチューが振る舞われたのです。
それだけで、皆が幸せになれました。
翌朝。
夜が明けると、皆さんは昨日までの疲れが嘘のような元気な顔で、
それぞれの目的地へ向かって旅立っていきました。
私は修理業者さんを待つ必要があったため、その場に残り、
ヴァルナさんをはじめとした皆さんを見送りました。
次にヴァルナさんと会ったのは、
私の次男夫婦が営んでいる屋台の前でした。
身内びいきもあるかもしれませんが、
次男夫婦が作る焼き菓子は、なかなかの物ですよ。
ここにいる冨樫さんには、さすがに負けますがね。
何種類かの焼き菓子を作り、それを屋台で売っています。
少なくとも、それだけで生活していけるほどの味にはなっています。
固定客も随分と増えました。
そういえば、
エマさんも次男夫婦の焼き菓子を気に入ってくれているようで、
よく買いに来てくれています。
次男夫婦は、いつか自分たちの店を構えたいと、今も頑張っています。
時々ヘイムへ来ては、
冨樫さんからお菓子作りを習っているようです。
自分より年下の女の子からでも、
頭を下げて素直に教えを請うことができる。
我が子ながら、きっと大成するでしょう。
親馬鹿でしょうかね。
その次男夫婦の屋台で買い物をしていたのが、ヴァルナさんでした。
私は、あの時に食べたシチューのことが忘れられず、
思わず声をかけてしまいました。
そこで、ヴァルナさんから色々な愚痴を聞かされたのです。
本人は五十歳だと言っていましたが、私たち長命種からすれば、
まだまだ駆け出しのひよっこです。
もっとも、当時の私はヴァルナさんをハイ・ヒュマだと思っていました。
ハイ・ヒュマであれば、五十歳は人生の後半へ差し掛かる年齢です。
その年齢から店を始めたばかりだというのですから、大変だろうと思いました。
そして話を聞いているうちに、つい、
「今度、お店へ伺いましょう」
そう約束してしまったのです。
ヴァルナさんは、野菜などの仕入れ先を探しているとも話していました。
あのシチューを作ることのできる腕と、心を持っている人です。
聞けば、まだ小さなお店だとのこと。
それくらいの店なら、卸す量もそれほど多くはないでしょう。
ただし、いくら好感を持っていても、作物を卸す以上、
店を見ずに決めるわけにはいきません。
念のため、自分の目で店を確認してから、取引を決めることにしました。
帝都にある取引先への配達は、今も農場主である私自身が行っています。
人任せにしていると、稀に料理人が変わっていたり、
料理へ向き合う姿勢が以前とは違っていたりすることがあります。
酷い時には、私が卸した作物を横流ししていた店もありました。
そのようなことがないよう、私は自分の目で確かめながら配達しています。
いつもの店への配達を終えた私は、いくつかの種類の野菜を魔動車へ積み、
ヴァルナさんのお店へ向かいました。
私が店へ着いた時、ヴァルナさんはエルミナさんに怒られていました。
いったい何をしたのでしょうか。
少し離れた場所から様子を見ていると、どうやら店が進化し、
大きくなるという話をしているようでした。
最初は冗談だと思いました。
ですが、今なら納得できます。
何しろ、初めて訪れた頃と比べれば、
店の造りがまったく違っていますからね。
ヴァルナさん本人は、相変わらずでした。
それならば、作物を任せても問題はないでしょう。
お代の方も、かなり勉強させていただき、野菜を卸すことに決めました。
それに、初めて店を訪れ、中へ入った時に感じた匂い。
ここには、『大地母神』様の御加護がある。
そう確信しました。
そして、その思いは間違っていませんでした。
今では大地母神様御自身が、この地へ御降臨なされています。
しかも、私が育てた野菜を食べていただけるのです。
農業に携わる者にとって、これほどの名誉があるでしょうか。
ブルボン公爵家をはじめ、
北方の農作地からも上質な穀物がヘイムへ送られてきます。
ですが、私も負けるわけにはいきません。
精魂込めて育てた作物を、女神様に、そしてここヘイムを訪れる皆さんに、
食べていただきたいのです。
そうしてヘイムへ野菜を卸すようになってから、
状況は大きく変わりました。
なんとヴァルナさんが、
伝説の魔法使い様であることが明らかになったのです。
それだけではありません。
世界樹までもが、ヘイムに現れました。
もっとも、その頃のヴァルナさんは大怪我を負い、
随分と大変な状態でしたが。
何か力になれることはないか。
そう考えていた時、ここに住む人たちが、
新しい住宅地を建てていると聞きました。
気になった私は、建設現場を見に行きました。
そこで、目の前に広がる大地を見たのです。
これは、とても良い土だ。
ひと目見ただけで分かりました。
大地そのものが、生き生きとしている。
黒々とした肥沃な土。
それだけではありません。
この場所には、何よりも強い『大地母神』様の御加護を感じます。
先ほど見せていただいた世界樹。
その周囲に広がる湖からは、澄み切った水が川となって流れています。
この大地へ種を蒔き、あの水を与える。
果たして、どれほど素晴らしい穀物が育つでしょう。
そう考えた瞬間、
私の中で、農作物を育てたいという欲求が一気に湧き上がりました。
ぜひ、この場所で育てたい。
見事な穀物を作りたい。
胸の奥が高鳴り、手のひらが熱くなりました。
まるで、初めて自分の農地を持った時のようでした。
気がつけば私は、
打ち合わせをしていた
アンリシア様やノートさんたちの所へ向かっていました。
そして、年甲斐もなく熱弁していました。
この土がどれほど素晴らしいものか。
この場所で、どれほど良い作物が育つ可能性があるのか。
あの時の私は、随分と興奮していたのでしょうね。
ノートさんたち、雪原のフェンに暮らしていた一族も、
表へ出ることのできない者たちの働き場所を探していました。
そのため話は驚くほどすんなりと決まりました。
ダークの称号を持つ者。
私の農場にもいますが、どこにでもいる普通の人々と何も変わりません。
確かに、中には犯罪へ走る者もいます。
ですが、最初から悪人だったわけではありません。
周りの人間や置かれた環境が、彼らをそこまで追い込んでしまったのです。
少なくとも、ここにいる人たちは皆、良い人で真面目です。
今では、私と共に大地へ鍬を入れ、汗を流しています。
ただ一つ、問題がありました。
ここの主であるヴァルナさんには、何も話をしていなかったのです。
あの時は、大地を目にした嬉しさのあまり、すっかり忘れていました。
後から許可を貰いに行った時には、すでに開墾を始めていました。
本当に申し訳ありません。
ですが、それほど私は興奮していたのです。
その打ち合わせには、
スミズル親方、トレース親方、ムラマサ親方も同席していました。
三人からは、ぜひブドウ畑を作ってほしいと頼まれました。
自分たちで酒を造りたいのだそうです。
さすがはドワーフ族と鬼族と申しましょうか。
三人とも、実に必死でした。
私は、
「ブドウ畑を作ったとしても、すぐに収穫できるわけではありませんよ」
そう説明しました。
すると今度は、
「ならば、ジパング酒はどうだ」
「あれなら来年には収穫できるだろう」
と、詰め寄られました。
まあ、理屈の上ではそうです。
ですが、農業というものは、それほど簡単ではありません。
もっとも、土地は十分に広くあります。
最初から一つの作物だけを育てるのではなく、色々な物を試し、
何がこの土地に適しているのかを確かめる必要もあります。
その意味もあり、私は三人の要望を受け入れました。
こうして、この土地にはいくつかの野菜畑と水田。
それから、紅茶の木を育てる茶畑と、ブドウ畑を作ることになりました。
野菜畑で使う種は、
私の農場と、トール夫人、ハーケン夫人の御実家から。
紅茶の木は、カスパール侯爵家から。
水田へ植える稲は、西園寺公爵家から。
そしてブドウ畑の苗は、ブルボン公爵家から。
それぞれ頂けることになりました。
帝国各地で育てられてきた穀物や作物が、
ここ帝都の中にある、魔法使いの工房の大地で育つのです。
考えるだけでも、胸が躍ります。
もちろん、一から土を起こして農地を作るのですから、
すぐに収穫できるわけではありません。
それでも、とても楽しみです。
ムラマサ親方たちがあまりにもうるさいので、
今は水田から先に作っています。
はてさて、どうなることやら。
いえ。
このグスタン、必ず見事な稲穂を実らせてみせますがね。
ただ、まだ稲を植えてもいないというのに、
すでに酒造所を作り始めているのは、
少々気が早いのではありませんかな。
皆さんの住む家すら、まだ完成していないでしょうに。
私も含め、今は皆さん、
ヘイムのお店の裏側にある部屋で暮らしています。
おや。
元々の農場はどうしたのか、ですって?
もう長男夫婦も、いい年です。
そろそろ独立してもよい頃でしょう。
ですから、農場は長男へ譲りました。
私の教えを守り、よく大地や穀物と向き合い、真面目に働いています。
何も問題はないでしょう。
それに、魔動車を使えば、ここからすぐに向かうことができます。
それほど遠く離れているわけではありませんからね。
息子も、大きな農場を任されたことで、随分と張り切っています。
私は妻と、まだ家に残っていた娘を連れ、ここへ引っ越してきました。
いずれ、農地の近くに家を建てていただく予定です。
この場所を、私の農場、
いえ。
あの農場は、もう息子の農場ですね。
息子の農場にも負けないような、立派な農場にしてみせます。
しかし、ブドウ畑が実をつけるのと、
娘が家庭を持つのとでは、どちらが早いでしょうか。
人の生き方は、それぞれです。
誰と一緒になるのか。
あるいは、一人で生きていくのか。
それは、本人の自由です。
ですが親としては、やはり少し心配になります。
何しろ、浮いた話の一つもありませんからね。
ここで真面目に働いている誰かと、そんな話にならないものでしょうか。
まあ、娘の人生です。
好きになさい。
私の我が儘に付き合い、ここまで来てくれただけでも十分です。
それに、私についてきてくれた妻にも感謝しています。
あのまま元の農場に残っていれば、
何不自由なく、楽な生活を送ることもできたでしょう。
それでも、こんな農業馬鹿についてきてくれました。
ならば、ますます二人の期待を裏切るわけにはいきません。
必ず、この土地を見事な農場にしてみせます。
おや。
それほどの自信があるのなら、
余程農業に向いたジョブやスキルを持っているのだろう、ですか?
よく言われます。
ですがね。
私が生まれ持ったジョブは――《弓聖》です。
農業とは何の関係もない、弓を使うためのジョブですよ。
もっとも、私はこれまで一度も弓を握ったことがありませんけどね。
農業に役立つスキルを得たのも、
十年前に“親方”の称号を頂いてからです。
いやあ。
スキルというものは、本当に便利ですね。
できることなら、若い頃に欲しかったものです。
特別おまけ回
~復活する皇帝~
グハハハハハ!
本編百話、おめでとう!
そして今日は、いつもの講座は無しだ。
向こうでは呑気に、いつもの会話をしておるわ。
銀星祭だ、新年だと浮かれおって。
愚か、愚か、愚か!
銀星祭の本当の意味も知らずに。
銀星祭。
それは、この世界を巡るシステムが唯一停止する瞬間。
年末から年明けまで、わずか一分。
その短い時間だけ、世界そのものが更新される。
神々は――
そう、
あの邪神も、トリックスターですらも総出でシステムの更新に付きっ切りとなる。
その間に異星からの侵略者が侵入しないよう、星々の力を借り、
この世界全体へ結界を張る。
その星の輝きから、人々はこの祭りを銀星祭と呼ぶようになった。
愚かな者どもよ。
ゆえに、朕が復活した事にも誰一人として気付いておらぬ。
世界伝言も流れておらん。
システム復旧まで、あと数十秒。
その後に流れる世界伝言が楽しみよ。
『アステリア帝国の帝都に、魔王の分体が出現しました。』
とな!
朕は空気が読めるのだ。
いくら聖遺物を使ったとはいえ、
あの程度の即席の結界で朕をどうこうできるものか。
愛・友情・努力……じゃったか?
それに免じて封印されてやっただけよ。
……まあ、少し危なかったが。
ほんの少しじゃ!
本当じゃぞ!
決して慌てふためいてなどおらん!
朕は元皇帝。
王者なのだ。
下々の者共が頑張ったのだ。
付き合ってやらねばなるまい。
それもあと少し。
システムが復旧すれば、世界は朕の存在に気付く。
押し殺しているこの気配も、世界伝言と同時に解放してやろう。
神々はシステムメンテナンスで、半日は介入できまい。
半日あれば十分だ。
まずは目障りな魔法使いを始末する。
まだ力を十分に振るえぬ今こそ好機。
枯れゆく世界樹を乗っ取り、朕の居城としてくれよう。
知識を求めるのは、その後でよい。
この帝都を支配してから、ゆっくり味わえばよい。
さあ……
あと少し――
グホォォォォォッ!!
なんじゃあっ!?
誰じゃ! 朕を殴り倒したのは!
振り向くと、そこには茶色の髪と瞳をした侍女姿の女性が立っていた。
「あら。」
「手加減しすぎましたか。」
そう言って、箒を振りかぶった。
ちょ、ちょっと待てい!
朕は――
そこで世界が真っ黒になった。
次に
気づいた時には
赤。
緑。
青。
三人のメイドが、朕を静かに囲んでいた。
「…………。」
何だこれは。
恐ろしい。
分体とはいえ、朕は朕だぞ。
恐らくこの者達は……
指一本動かさず、言葉だけで朕を消滅させられる。
なんという存在だ。
恐る恐る横を見る。
先ほどの侍女姿の女性が、一人の男へ話しかけていた。
あれは何者だ……。
分からぬ。
分からぬが……
ほんの少しだけ分かる。
あんな者が、この世界にいてよいのか。
なぜ神々は放置している……。
「何事です。」
「どうやら、ここで働きたいようです。」
「アルバイトの募集もしてないのに来てました。」
「ほう。」
「…………。」
何を勝手に話しておる。
アルバイト?
それは朕の事か?
待て。
朕はそんな事、一言も――
ひっ。
男がこちらを見る。
そして、ゆっくり歩いてくる。
髪の先から足元まで、じっと見つめる。
しばらくして
「いいでしょう。」
「人手不足で困っていましたので。」
パチン。
男が指を鳴らした。
な、何をした!
「その見た目では、お客様が驚きますからね。」
「ここは飲食店ですので。」
その瞬間、身体を包んでいた力が消えた。
慌てて近くの窓ガラスを見る。
映っていたのは――
サル顔の冴えない男。
…………。
…………。
誰じゃ、この男は。
翌日。
「アルバイトで雇いました。」
「ほら、自己紹介しなさい。」
昨日の男に促され、目の前には魔法使いと他の者がいる。
「は、はい。」
「日吉といいます。」
「よろしくお願いします。」
その日。
世界中を知識をも求め
世界征服を企んだ元超帝国皇帝は、
ヘイム食堂の新人アルバイトになった。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




