表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/40

第三十八話 天授

 ゴーン、ゴーン。


 天から落ちた鐘の音が、常夜の広場を震わせた。


 そのすべてが、ほんの一瞬、止まったように見えた。

 

 遠く、高い場所から、真っ直ぐ差し込んでくる。


 それは、アメジマドゥスにあるはずのないものだった。


 何百年もの間、月と灯りだけを頼りにしてきたアメジマドゥス。


 空はまだ暗く、月は未だに光を纏っている。


 だが、夜しか知らない都へ、届くはずのなかった日差しが差し込んでいた。


「……何だ、あの光」


 その声は、恐怖で震えているというより、理解できないものを前にして掠れていた。


「月じゃない……」


「灯りでもない……」


「まさか……日、なのか?」


「馬鹿な。アメジマドゥスに日が差すはずがない」


 逃げ惑っていた民も、負傷した兵士も、身を寄せていた者たちも

 同じように空を見上げ、ざわめきが広場の端から端へ広がっていく。


 余裕があるわけでも、諦めたわけではない。

 目の前のヨルムンガンドの巨影が消えたわけでも

 アスモデウスが戦場から消えたわけでもない。


 それでも、彼らは足を止めていた。


 恐怖より先に、常夜の都の常識が壊れた瞬間だった。


 アスモデウスも空を見上げていた。


 常夜の空。


 そこに、日の光が差している。


 アスモデウスの目が、わずかに細くなった。


「あの頃の……虹災戦線の、再来か」


 先ほどまでの戯れがなかった。


 現代の宝具は、宝物殿の核に眠るもの。


 試練を越え、最奥へ至り、適合した者だけが手にする。


 それが、この時代の理だった。


 だが、古の記憶は違った。


 黒の始祖ナークスに、七人の子が挑んだ時代。


 虹災戦線。


 その戦いの中で、七人の子は宝物殿を踏破したわけではない。

 天へ祈り、加護をその身に受けた。


 今、常夜の空から落ちている光は、その古の理に近かった。


 アスモデウスにとってこの状況は無視できるものではなかった。


 その光を、倒れたマダイも見ていた。


 石畳に流れた血が、白金の光を受けて淡く照り返す。


 常夜の天から落ちるはずのない、ありえない光。


 その理を介さず、天が直接、この世界へ応えようとしている。


 マダイの唇が、かすかに動いた。


「これが……宝物殿を介さぬ、虹の制約……」


 その言葉は、常夜に差した光の意味を確かに示していた。








 一方、リセリアはその光を見ていなかった。


 天から鐘が鳴っていることも。

 常夜の空に、あるはずのない日差しが差していることも。


 今のリセリアには、遠かった。


 見えていたのは、身を寄せる民たちだった。


 肩を抱き合い、膝を震わせ、声も出せずに空を見上げている。

 

「皆さん、下がっててください!私が守ります!」


 声は震え、足もまだ震えていた。

 

 リセリアは怖かった。


 ヨルムンガンドも。

 アスモデウスも。

 倒れたマダイの姿も。

 動かないカイルの背も。


 全部が怖い。


 指先には、さっきまで動けなかった恐怖が残っている。


 それでも、リセリアは前を向いた。



 その時、声が降った。


 広場のどこかではない。

 城の塔からでも、路地の奥からでもない。


 空そのものが、この地に語りかけていた。


「どこかの誰かの堅忍が届いたのだが、誰だ?」


 その声は、アメジマドゥスの広場だけに留まらなかった。


 宝物殿という形に囚われず。

 試練の奥に眠る核としてではなく。


 まだ、顕現できる天使がいる。


 その事実に、アスモデウスの手がわずかに震えた。


「うーん……」


 声が、何かを探すように間を置く。


 そして、その気配がリセリアへ向いた。


「ほう。そこの朱色の小娘か!

 面白い。劣等感も、恐れも、己の価値を疑う苦しみもあっただろう。

 色んな感情が、そなたを苦しめたはず」


 リセリアはその時、初めて空を見た。


「だが、折れずによく耐え抜いた。だから、私は惹かれたのか……」


 アスモデウスの口が開く。


「天使が、宝物殿を介さずに介入するとは……どこの天使じゃ……」


 その声には、いつもの笑みが残っていた。

 だが、空から降る声を無視するほどの余裕はない。

 

「焦っているのか、アスモデウス」


 白金の光が、さらに濃くなる。


「私は堅忍を美徳としている。

 だから、お前も少しは堅忍するべきだな」




 





 次の瞬間。


 夜が消えたわけではない。

 

 白金の光が、空を押し広げていく。


 その光の中心から、何かがリセリアの目の前に落ち、石畳へ深く突き刺さった。


 黄金に輝く炎が、火柱となって立ち上る。

 

 ゆっくりと、その火柱が弱まっていく。


 炎の中から姿を現したのは、大剣だった。


 黄金の炎が刃を包み、静かに揺れている。

 

 近くに炎がある。

 それなのに、熱くない。


「そなたが今まで宝具を手にしてこなかったのにも、理由があるのだろう。

 それを受け取るも、受け取らないも、小娘の自由。

 ただし、受け取れば、そなたの命運は私の炎と結ばれる。

 それは虹の制約。結ばれた縁は、容易く解けない。」


 その言葉を聞き、リセリアは剣を見た。


 触れれば、もう戻れない。


 そう分かる。


「受け取らないなら、それでよい。私との縁は、ここで消える」


 リセリアは、もう一度だけ周りを見た。


 黒に飲まれ、動かないカイル。


 血の中に倒れたマダイ。


 そして、マダイが最後まで守り抜いた民たち。


 リセリアの指先が、小さく震えた。


 一歩前へ出た。


 黄金の炎を纏う大剣。

 それを見つめながら、リセリアは小さく呟いた。


「特別な人間なんていない。

 生まれながらにして、特別な人間など存在しない。

 何を持って特別なのか。何を持って、特別ではないのか。」


 リセリアの視線が、倒れたマダイへ向く。

 最後まで民を守り抜いた王。

 

 次に、動かないカイルを見る。

 この国を背負う理由などないはずなのに、それでも前へ出た少年。

 そして、身を寄せ合う民たち。


「そんなこと、誰にも分からない。

 だから皆、自分で道を切り開いていく」


 リセリアは、ほんの少しだけ目を伏せた。


「……ですよね、お母様。」


 その瞬間。


 アスモデウスの目が動いた。


 理屈ではない。

 直感だった。


 あの娘が、あの宝具を手にする。


 その瞬間、戦況が変わる。


「ヨルムンガンド!」

 

 地を這う巨影が、うねり

 石畳が割れ、石の破片が飛び散る。


 ヨルムンガンドの頭部が、リセリアへ向かって押し寄せた。

 開かれた口が、リセリアの前まで迫る。

  

「私は…リセリア。リセリア・フレイ。炎朱フレイガルドの王族よ!」


 リセリアは宝具へと手を伸ばした。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ