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第三十一話 破幕

 ——夜が、息を止めた。


 次の瞬間。


 足元の石が、音もなく崩れた。


 宝物殿の床が、粉のように崩壊する。


 壁が砂へ変わり、柱が紫の塵となって月光へ溶けていく。


 だが、二人は動じない。


 崩れる床を踏み外すより先に、半歩ずれている。


 瓦礫が落ちるより先に、すでにその位置から外れている。


 戦いは止まらない。


 弓と灰が交差するたびに、足場が消え、


 消えた足場の先に、夜の広場が広がる。


 いつの間にか、二人は外へ出ていた。


 宝物殿の輪郭は、もはや存在しない。


 粉塵だけが残り、月光を受けて紫に輝き、広場全体が巨大な煙幕の舞台になる。


 街に降り立っても、二人の戦闘は止まる気配がなかった。



 宝物殿の崩壊により粉塵の煙幕が二人を包む。


 バルドは数秒目を閉じる。


 瓦礫を踏み越えた次の瞬間、二人が同時に前に出る。


 互いに同じ位置へ踏み込んだ結果だった。


 気づけば、手に持った“紫黒コシュマールの矢と灰の糸が、空中で触れ合う。


 アモンの指先が、わずかに動く。


 その瞬間。


 バルドの体が一歩ずれた。


 まだ何も起きていない。


 だが、さっきまでバルドがいた場所に灰の槍が貫いた。


 石畳が裂け、火花が散る。


 もう一度、二人が同時に踏み出す。


 だが、次の瞬間――互いが同時に静止する。


 まだ何も起きていない。


 それでも、二人は同じ場所を避ける。

 

 数秒後――炎の壁が二人の間を通り抜けた。


 アモンは一瞬でバルドの背後を取る。


 だが、至近距離でバルドの矢が放たれる。


 避ける余地のない距離。


 しかし、アモンの体は、すでに横へ流れていた。


 二人の動きは小さい。


 だが、すべてが噛み合わない。


 槍が出る位置、矢が飛ぶ軌道、踏み込む足。


 その全てを、互いが先に避けている。


 距離は近いのに、当たらない。


 二人の動きが止まる。


 ほんの一瞬の沈黙が生まれたその時。




 ――――あらゆる所から声が聞こえる。


 避難し損ねた住民が悲鳴を上げる。

 瓦礫に押しつぶされた家族を助け出そうと泣く声。

 怪我をして歩けなくなった住人の声。


 サラが宝具を手に取ったことにより、宝物殿の戦いは、外に影響を及ぼしていた。


 広場に降り立った、アモンは周りを見渡す。


「この国の負の感情は非常に素晴らしいですね!

 紫のアメジマドゥスの皆さんこちらに注目!」


 アモンの声が街の広場全体に広がる。


「バルド団長じゃないか!王国騎士団がなかなか来ないんだ!妻を助けてくれ!」


 一人の住人の声がバルドに向けられた。


「この瓦礫の下に子供がいるの!バルド団長助けてください!」


 もう一人、そしてもう一人。


 数々の助けを求める声が、バルドに集約する、だがバルドは動かない。


 目の前にいるアモンがこれ以上の悲劇を生み出さないように。

 

 弓を握る手に、血が滲む。


「あなた達の感情はわかりますよ。バルド団長や王国騎士団が動かない。

 でも、そんな時こそ!ゆっくり深呼吸をすれば大丈夫。私があなた達を助けましょう。」


 住人はバルドの奥にいるアモンに目を向けた。


「灰色の人間なんか、しんようで.きる..か。」


 甘い香りが、肺へ落ちる。


 思考が、鈍り、危険という言葉が、頭の中で曖昧になる。


「信用してはダメだ!皆、なるべく布を口に当てて、遠くにいろ!」


 だが、逃げる理由が、段々と薄くなる。

 

「……あれは」


 誰かが呟く。


「儀式?」


「祝祭……?」


 もう一人が、隣に立つ。


 さらに、数人。


 バルドの言葉とは裏腹に住人達は集まってくる。

 誰も悲鳴を上げない。


 誰も逃げない。


 甘い香りが、思考を一段落とす。


 危険は、まだ“言葉”にならない。



「やっと観客が揃いましたか!楽しくなってきましたね!」


 黒い翼の男、灰の外套の男。


 そして、空に浮かぶ悪魔の女。


 その戦闘が披露されていた。


 誰かが、無意識に手を叩く。


 それが、思ったより響く。


 数秒遅れて、別の誰かが拍手する。


 また一人、また一人と波のように、音が広がる。


「……すごい」


「王の……舞台か?」


 広場は、いつの間にか観客席になっていた。


 灰の外套が、ゆらりと揺れる。


 アモンは走りながら、わずかに目を細める。


 視線が、戦場の外へ伸びる。


 観客の視線と拍手。


(未来が二つ、三つと枝分かれする。

 だが問題ない。

 その程度の分岐なら、最適解を選べばいい。

 そして――舞台は完成する。) 


 帽子のつばに触れる指先が、ほんのわずかに強くなる。


「私は、この時を待っていたのです!」


 戦場ながら、アモンは理解する。


 観客がいる。


 ならば――魅せられる。


 だが、観測は、より一層重くなる。




 灰の外套が、ゆらりと揺れる。


 観客の拍手が、広場に広がる。


 その音を聞いた瞬間。


 アモンの口元が、ゆっくりと歪んだ。


「……なるほど。あなたの宝具。古い文献で見たことがあります。

 悪魔で弓を扱う者など、一人しかいない。――バルバトス。」


「……よく知っているな。」


 そして、バルドはゆっくりと弓を構える。


「バルバトスということは未来視持ち。

 あなたとは妙に噛み合うことが多いと思っていましたが、やっと理解できました!」


 アモンは大きく手を広げた。


「皆さん。これは、とても珍しい戦いなのですよ!」


 声が広場へ響き、笑っている仮面が、バルドへ向く。

 戦場だった場所が、いつの間にか舞台へと変わっている。

 観客がざわめき、帽子を軽く持ち上げ、礼をする。


「未来視持ちの人間と戦うのは初めてとはいえ、

 未来が一本しか見えないならあなたに勝ち目はありませんよ?」


 その瞬間。


 アモンの動きが変わった。


 軽く布を取り出す。


 それを、ひらりと観客へ見せる。


 ただの布。――観客にはそう見えた。


 だが、次の瞬間。


 布が落ち、アモンの前に立っているのは、弓を構えたバルドだった。


 観客がざわめく。

 

 バルドがいた場所はアモンとは対極の位置。


(その未来は見えて...)


 ――違う。


 見えない糸が体に張っている。


 腕、肩、足。


 すべての重心が、固定されていた。


(サラを攫った時の魔法……。)


 アモンがゆっくりと歩く。


「邪魔されると面倒なので。」


 帽子のつばを押し上げる。


「あなたは観客と一緒に楽しんでもらいます。」


 その瞬間。


 アモンの手の中に、槍が現れる。


 一つ、二つ、三つ。


 次々と生まれ、それを軽く放り上げる。


 槍がジャグリングのように空中を回る。


 観客が歓声を上げる。


「すごい……」


「見て!」


 槍はさらに高く投げられ、夜空へ消える。


 次の瞬間。


 それが居住区の瓦礫に落ちる。


 巨大な槍が突き刺さり、さらに崩れる。

 

 轟音が鳴り響いた。


 だが観客は悲鳴を上げない。

 誰も家族の元へ戻ろうとしない。


 それを見て、拍手している。


 アモンが楽しそうに笑う。


 その間にも。


 バルドの体が揺れる。


 見えない糸。


 その糸が、わずかに動く。


 バルドの呼吸は乱れない。


 目をほんの一瞬閉じる。


 ――開く。


 次の瞬間、また目を閉じる。


 三回程だが、確実に目を閉じる間隔がなくなっていた。


 アモンは観客へ向き直る。


 アモンはゆっくりと両手を広げた。


「さあ皆さん、静かに!」


 瓦礫の下から助けを求める声が響く。


 アモンはそれを聞き、首を傾げる。


「悲鳴は素晴らしいですが、少し音程が乱れていますね。」

 

 だが、粉塵の流れがほんのわずかに変わる。


 灰の糸が、一瞬だけ揺れた。


 張りが狂う乱れをバルドは見た。


 次の瞬間。


 バルドは矢を二本の指で握った。


「月の夜道ライトロード


 矢がバルドの周りを飛び、糸が次々と切れる。


 そしてバルドは叫ぶ。


「アモン!これ以上、紫のアメジマドゥスの民を侮辱するな!」


 声が広場へ響く。


 それは力ではなく、宣言だった。

 

 舞台の中央で二人だけが、違うものを見ていた。


 次の未来を―――



 バルドは弓を握り直した。


 そして、ゆっくりと弓を空へ掲げる。


 広場の中央で、その動きは静かだった。


 だが、確かな意志がそこにあった。


 アモンはそれを見て、わずかに首を傾げる。


(何をしている?)


 観客はまだ拍手している。


 笑い声。

 ざわめき。

 狂った祝祭のような音。


 そのすべてが、道化師の舞台を満たしていた。


 バルドは低く呟く。


「……力を貸してくれ、バルバトス。」


 次の瞬間。


 弓から、黒い光が溢れた。


 それは矢ではなかった。


 水面に落ちた雫のように、静かな波紋となって広がる。


 黒い光の輪が、広場へと広がっていく。


 石畳を越え、瓦礫を越え、煙と粉塵を貫き――観客を包み込んだ。


 甘い香りが、霧のように漂っていた。


 その支配が、黒い波紋に触れた瞬間、砕け散る。


 まるで、見えない糸が切れるように。


 住人の表情が、変わった。


 拍手が止まり、ざわめきが消える。


 ほんの一瞬の沈黙。


 次の瞬間。


「……っ!」


 誰かが息を呑んだ。


 やがて、現実が戻る。


 崩れた街、燃え上がる家、瓦礫に埋もれた道。


 悲鳴が、広場に広がった。


 誰かが走り、誰かが転ぶ。


 子供が泣き叫び、人々が逃げ惑う。


 恐怖が、空気を引き裂く。


 その瞬間。


 アモンの作り上げた、道化の舞台が崩れていった。


 アモンは未来を見る。


 未来が分岐する。


 二本、三本、五本、十本。


(まだ読める。)


 だが――次の瞬間

 未来は数十、数百へと裂けた。


 未来が数え切れないほど、無数に分岐する。


 逃げる住人、崩れる瓦礫。燃え広がる炎、叫び声。


 増え続ける未来の全てが、アモンを狂わせる。


 計算が、追いつかない。


 アモンの視界が揺れる。


 その一瞬をバルドは見過ごさなかった。


 アモンの未来にはなかった軌道。


 その矢が、仮面を掠め、目の部分にヒビが入る。

 

 パキっ、と小さな音がした。


 目の部分の仮面が割れ、破片が石畳へ落ちる。


 その瞬間――アモンの笑みが、消えた。


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