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第二十六話 前夜

 謁見の間を出ても、誰も急がなかった。

 さっきまで王の前にいたのに、

 廊下に出た瞬間、空気の張りだけが一段ゆるむ。


 先頭を歩くのはサラ。

 その背中は相変わらず無音で、

 足音があるのかどうか分からない。


 リセリアが隣を歩き、

 最後尾にバルドさんがつく。


 城内の空気は、もう説明しなくても分かる。


 ひとつ扉を抜ける。


「いやー、カイル。よく無礼なく乗り越えたね!」


 バルドさんが、いつもの調子で声を出す。

 その一言で、ようやく呼吸が戻った気がした。


「……バルドさんが、真似をすればいいって言ってくれたからです」


「物覚えがいいね!

 リセリア様も、僕たちと遜色なかったよ」


「一応、作法は学んできていますので。それなりには」


 リセリアは平然と言う。

 誇らないし、卑下もしない。


 さっきまでの緊張がゆっくりほどけていく。


 でも――


 どうしても、ひとつ聞きたかった。


「……バルドさん」


「うん?」


「なんで、俺のために、王に進言までしてくれたんですか?

 黒は、この世界の悪なんですよね。」


 自分がどう扱われているのか、

 ちゃんと知っておきたかった。


 バルドさんは少しだけ考えて、肩をすくめた。


「僕はね、そんなに重役って立場じゃないんだ。国を背負った判断は、陛下の仕事だよ

 色がどうとか、制度がどうとか――そういうのとは別にさ」


 バルドはカイルの肩に手を置く。


「僕は、カイルを信頼できる人間だと思った。それだけ」


 あまりにも簡単に言うから、逆に重く感じる。


「……重役じゃないって、バルドさんは騎士団長ですよね?」


「これは手痛い指摘だなあ」


 笑う。


「騎士団長って言っても、僕は飾りみたいなものだよ。

 マダイ陛下みたいな威厳もないし、この国の騎士たちは、命令しなくても動く。

 ――それにね、僕って権力を振り回すの、苦手でしょ?」


 軽く言う。本気なのか冗談なのか分からない。


 でも――


 なんとなく分かった気がした。


 この人は“頼れる人”っていうより、

 “ついていきたい人”なんだ。


 だから、皆がついていくのかもしれない。


 評価じゃない。ただの実感だ。


 城の奥にある、騎士団用の空き部屋に通される。


 豪華ではない。

 でも、粗末でもない。


 机と椅子。

 寝台。

 湯の準備も整っている。


「……こんな場所に泊まってもいいんですか?」


 思わず聞いた。


 監視されると思っていた。


 バルドさんはあっさり言う。


「王の判断だからね

 君たちには、しっかり休んでもらうよ」


「食事は後で持って来させるから、部屋でゆっくりしていて」


 拘束するとも言わない。

 信用しているとも言わない。



 


 部屋は静かだった。


 監視の気配はない。

 だが、完全な自由でもない。


 服を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。

 宝具を手に取る。


 ノワール。明日、戦えるだろうか。


 宝物殿。もし、ルシファーの時みたいな戦いになるなら――紙一重だ。


 でも。ルシファーの力を使えれば、問題ないはずだ。


 あの力があれば。……考えすぎだ。


 今、余計なことを考えても仕方ない。


 湯を使う。


 温度が、肩からゆっくり落ちていく。

 頭の奥が、少しだけ軽くなる。


 湯から上がると、机の上に食事が置かれていた。


 香りが立つ。


 ハクレインより、明らかに豪華だ。


「……やっぱり、ハクレイン王国に比べれば豪華な料理だな。」


 そんなことを考えられるってことは、

 俺はまだ、追い詰められていないらしい。


 小さく笑う。


 食事を済ませ、寝台に横になる。


 明日は宝物殿。


 万全で行かないと意味がない。


 目を閉じる。


 すぐに眠りが落ちてきた。





 ――気配がある。


 音はしない。


 でも、そこに“誰か”がいる。


 目を開ける。灯りは消えている。


 影の中に、立っていたのはサラだった。


 寝ぼけて夢でも見ているのか?それとも現実か?


「怖がらなくていい。夢じゃない」


「いや、怖いでしょ!なんで寝てるときに来るんだよ!」


 飛び起きる。心臓がうるさい。


 というか――なんで俺が今思ったこと、分かったみたいに言うんだ。


 サラは、微動だにしない。


「考えなくていい。アメジマドゥスの民は皆、精神の揺らぎで分かる」


「……揺らぎ?」


「そんなことより、謁見の間でも、事情聴取でも。君の精神はほとんど揺れていなかった。

 君は考えて発言したことある?謁見の間の時も事情聴取の時も」


 淡々としている。


 また、事情聴取されているみたいだ。というか、この人バルドさん以外に喋れるのか。一方的だけど。

 

「もちろんだけど、考えて発言はしている。今まで喋ってきたことは全て真実だ。」


 視線が、真っ直ぐ向く。


「おかしい。というか変?取り繕って言うことは皆する。    

 団長も国の皆も、誰も本当の真実を語りたがらない。皆、少し精神との相違が生まれる。

 でも、あなたは別。マダイ陛下も言っていたけど相違が見られない。」



「……それって、悪いのか?」


「単純。まるで子供みたい」


「一体何なんだ?急に来て。」


 サラは表情を変えない。


 ただ、どこか雰囲気が柔らかくなったような気がした。


「気を悪くしないで。あなたのその純粋の心を持っている人間はいない。

 だから私は、あなたを唯一信頼する」

 

 声色は変わらない。

 でも、その言葉は妙に澄んでいた。


 信頼。


「ちょっと待て!それ、どういう意味――」

 

 言葉が追いつかない。

 

 だが。

 もう、影は動いていた。


 扉が、音もなく開く。


「明日、宝物殿に入る。その時、分かる」

 

 背を向けたまま。

 それだけ言って、出ていった。


 扉が閉まって静けさが戻る。


 本当に、来ていたのか?


 夢じゃない。分からない。


 本当に、分からない。


 天井を見上げる。


 眠気は、もう戻ってこない。


 でも。怖くはなかった。


 それだけが、妙に残った。





 朝かどうかは分からない。

 城の中にいると、時間の感覚が曖昧になる。


 扉が軽く叩かれた。


「おはよう、カイル。もう準備できてるね」


 開けると、バルドが柔らかく笑っていた。


「はい。寝られました」


「それは良かった。宝物殿はね、万全で挑む場所だから」


 後から、サラとリセリアも合流した。


 歩き出し、城を出る。


 昨日と同じ道のはずなのに、

 空気が違う気がした。


 サラが先を歩き、

 俺とリセリアが並び、

 バルドさんが横に来る。


「昨日の甘い香り、覚えてる?」


 不意に言われ、頷く。


「あれ、宝物殿の“前触れ”なんだ」


「前触れ……?」


「長く吸うとね、思考が鈍る」


 さらっと言う。


「理性の優先順位が落ちるんだよ。

 大事なことより、目の前のことを選びやすくなる」


 ――思い出す。


 フードが外れていた。


 色を隠そうとしなかった。


 リセリアも思い出す。


 フジライチョウの時、全力で戦った。


 隠す、という概念そのものが抜け落ちていた。


 あれは、俺達の油断じゃなかったと悟る。


「……あれ、全部」


「うん。香りの影響だろうね」


 バルドは軽い調子で続ける。


「中に入れば香りはより濃くなる。

 紫の宝物殿なら――精神干渉だ」


 精神。


 思考が揺らぐ。


 しばらく歩いてから、俺は聞いた。


「……バルドさんは、どの位階なんですか?」


 バルドさんは少し笑う。


「低×低。紫50+黒50。紫黒コシュマール


 前髪を少し上げ、バルドは両目をカイルに見せた。


 一瞬、空気が変わる。


 

 この世界において、色は強さを示す。


 低×低。


 それは色素核が最下層で均衡した状態を指す。


 色相、明度。


 本来、人は宝具を得ても、容易にはそこへ届かない。

 どこかが濁り、どこかが欠け、どこかが揺らぐ。


 だが、極限まで削ぎ落とされた色は、やがて均衡へと触れる。


 その到達域を、人はこう呼ぶ。


 陰翳シェード


 到達者と呼ばれる者たちの中でも、さらに限られた者のみが立つ領域。


 その数は、世界に数えるほどしかいない。


 そして今、その一人が、

 何でもない顔で隣を歩いている。

 それだけで、十分すぎる異常だった。

 

 思わず見上げる。


 思い返してみれば、この人と同じ色、紫国アメジマドゥスで見たことがない。


 リセリアもわずかに視線を向けた。


 恐る恐る、もう一人に聞く。


「……サラさんは?」


 沈黙。サラの歩みは止まらない。


 だが、小さな声。


「低×中。紫60+黒40。

 滅紫ミラージュ


 歩いていたバルドの足が止まった。


「サラが僕以外に、喋ったの見たことないよ」


 バルドはテンションが上がり、目を輝かせながら、カイルとリセリアに説明する。


 冗談みたいに言う。でも、冗談じゃない。


「僕が巡回している時に紫国アメジマドゥスのスラムで出会ったんだ。

 サラは才能はあった。でも環境が悪かった」

 

 バルドが続ける。


「悪い言い方だけど……環境が悪かったからこそ、

 《黯素》を最大限吸収した。

 今では宝具なしで、紫60+黒40滅紫ミラージュの強さまで手に入れた。」


 サラは前を向いたまま。


「ただ、他人と話したがらないのは、その頃からだ」


 バルドは苦笑する。


「僕と話してくれるのも、信頼というより、恩返しかもしれないね」


 少しだけ肩をすくめる。


「だから驚いてるんだよ。

 なんで君の質問に答えたのか」


 思わずサラを見る。


 表情は変わらない。


 何を考えているのか、やっぱり分からない。


 宝物殿が見えてきた。


 巨大な扉。


 昨日よりも、重く感じる。


「ともかく、カイル!

 マダイ陛下が君に機会をくれた」

 期待に応えないとね」


 バルドが言う。優しい声。


 でも、逃げ道はない。


 扉の前で、俺は立ち止まる。


「……もしロッシュを見つけたら、捕まえてもいいですか?

 黒について、何か知ってるはずなんです」


 バルドは迷わずカイルに言う。


「構わないよ。

 僕も黒には興味がある。

 組織と繋がっている可能性もあるからね」


 一拍おいた。


「ただし、生きて連れてこよう」


 頷く。


 それが条件なら、やるだけだ。


 サラは無言。セリアは静かに息を整える。

 バルドは入る前に数秒、目を閉じ精神を落ち着かせる。

 カイルは扉に手をかける。


 冷たい。重い。でも、迷いはない。


 扉が開く。暗闇。紫の空気。

 

 精神が、こちらを見ている。


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