Ex:きっと無事ですよ
メメント・モリよりも少し手前の街道。予定通りここで王国の一団に接触を図る。足止めならばこの場所は都合がいい。戦闘になっても村に被害が出ないうえ、状況次第では一時撤退も可能だ。先の戦いで判明した、複製した遺物の継線能力の低さも考慮してのことだった。
「では頼むぞ、ルビー」
メメントの声はルビーの持つエレメントからだった。メメントは戦場全体を見通すために村に残っている。迎撃予定の街道付近にある森には、ルビーのほかにはマーリンとイスラフィール、それにアレクからの要請を受けた魔族が数十人ほど集まっていた。ただし実際にはアレクからの要請というよりも、アズリエルに頼まれたからという者がほとんどだった。
「はいっ」
ルビーは神妙な面持ちで頷くと、フードを被って森を飛び出した。街道を進む騎士たちの前へと、猫魔族らしく足音もなく舞い降りて立ち塞がった。眼前の騎士の数はメメント側のおよそ十倍の規模で、メメントの事前の目算では三百人近くにもなる。もし全員が複製遺物を装備しているとすれば厳しい戦いになることは間違いない。ルビーの登場に先頭の騎士は後方へハンドサインを送り、すぐさま警戒態勢をとっている。
――止まれ。
風の音も木々のざわめきも、よく教育された従者のようにぴたりと気配を殺す。魔法にかけられたような状況に騎士たちは一様に呼吸を忘れた。メメントの声。そして一瞬の静寂。声量こそ決して大きくはなかったが、凛とした声色はその場にいた敵味方すべてに行き届いていた。隊長と思しき騎士が一人、顔を隠したルビーの前に出る。
「大賢者メメント。投降するなら今のうちだ」
たった一言で空間を支配した大賢者の威圧に対して、怖気づくでもなく、ただ読み上げるようにそう言った。メメントからの二言目はない。しばしの沈黙の後、隊長は首を振った。
「残念だ」
隊長はくるりとルビーに背を向け、戦闘準備の指示を始めた。あまりにも無防備な背中だったが、その隙を突かれることはない。メメントたちの目的はあくまで防衛だった。
「むう、ダメか」
「どうしますか?」
ルビーはエレメントを通じてひそひそと相談する。
「予定通りここで足止めじゃ。全体の指揮はわしが執るが、万が一こちらが忙しくなったらイスラフィールに任せるぞ」
「かしこまりました」
足止めの戦闘が始まった。ルビーを含む身体能力が自慢の魔族は暴れて隊列を崩し、すぐに離れる。翼魔族をはじめサポートが得意な魔族はかく乱して補助、イスラフィールやマーリンら遠距離魔法主体のメンバーが敵戦力を削っていく。しかし、複製遺物持ちの騎士たちは打たれ強さが自慢だった。攻撃を受けてもしぶとく立ち回っていく。逆に消耗していくのはメメント・モリの面々だった。
「やれやれ。予定ではそろそろ遺物が限界のはずなんじゃがな」
広場にいるメメントのぼやきが閑散とした村内に響く。エレメントを通して戦場を観察しているメメントだけは静寂とは無縁だった。風を切る衝撃波に広範囲を薙ぎ払う魔法。罵声や怒号、それに悲鳴。敵味方含めた命がけの死闘をその場におらずとも体感し、指揮を執っている。同時に多くの情報を処理するメメントだが、気がかりなことがあった。
「アレクの音声が途切れておるな……」
若さゆえの未熟さはあれど、アレクの戦闘力の高さはメメントも認めるところであった。魔族領から戻ったときの頼もしさは、かつてともに旅をした勇者を想起させるほどだった。にもかかわらず、今日は妙な胸騒ぎがした。気の遠くなるほど長い人生経験に裏打ちされた確信めいた勘は、嫌な予感ほどよく当たるものだ。攻城メンバーのエレメントに意識を集中させていると、突然の爆発音が耳をつんざく。反射的に耳をふさいだが、エレメントを通じて聞いているので意味はなかった。
「うっ……! ジャスミンが施設を爆破するんじゃったな。あ、あー」
キンキンとする頭を振りながら、自分の声で鼓膜の無事をたしかめる。耳に水が入ったような感覚はジャスミンのエレメントからだ。おそらくは爆発から身を護ったのだろう。少なくともあの子は無事のようだ。
「メメント様、何かありましたか?」
「いや、問題ない。よし、いったん……」
マーリンの心配そうな声が聞こえる。意識を防衛線の方へ向けると、戦況は想定よりも早いペースで悪化していた。後退の指示を出そうとして、また攻城側の音声に気を取られた。ジャスミンの、首を絞められているような、かろうじて絞り出したような声。そんな声色で発せられる言葉を聞き、メメントは杖を取り落としそうになった。
「アレク、死んじゃった」
いつぶりだろうか、ざわりと鳥肌が立つ。遠く離れているにもかかわらず、ジャスミンの絶望が直感的に伝わってきた。彼女の動揺の声がメメント・モリの戦士たち全員に届いていることさえ失念してしまうほどに。
「な、なんじゃと!?」
まさか、という思いと、それが生命魔法の使い手であるジャスミンの発言だという二重の衝撃があった。メメントは城の状況を探ることに意識を集中していた。たった今出そうとしていた指示のことさえも忘れていた。常に冷静に戦況を視ていたメメントの、はじめて生じた明確な隙だった。
「しまっ――」
「メメント様? 大丈夫ですか? ……メメント様!?」
マーリンは不安げにエレメントへ呼びかけるも返事はない。彼女の不安はエレメントを通じて伝播していく。メメントは依然として沈黙したままだ。
「マーリン。私が引き継ぎます」
「先生? でも……!」
「この子たちが生きていますもの。きっと無事ですよ」
イスラフィールは穏やかな言葉づかいでマーリンをなだめた。大きく息を吸い、エレメントへ向けて毅然とした口調で告げる。
「各員に通達。メメント様は手が離せないため、イスラフィールが指揮します」
イスラフィールはメメントに代わって後退の指示を出した。しかし、想定したよりも強力な遺物、メメントとの音信不通、それに戦力のイスラフィールが指揮に回ったことで、形勢はおのずと王国側に傾いていく。




