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EX:へーき、だよ?

メメント・モリでの戦いは激しさを増していく。メメント・モリ側はアレクが城を攻め落とすまでの時間稼ぎができれば十分だったが、それすらも困難な状態に陥っていた。マーリンは王国騎士の中心に転移して攻撃する。注意を引けばまた転移してと、かく乱を続けていた。だが王国側も慣れてきて冷静に対処されつつある。


「予定よりずっと早く押しこまれてる。なんとかしないと」

「マーリン、出すぎは禁物です」

「わかってます。でも、このままだと!」


 マーリンは遺物を使っての攻撃とかく乱を担当していたが、焦りから少しずつ攻撃の割合が増えていた。彼女のストッパーとなっていたイスラフィールも、今やマーリンだけを見ているわけにはいかない。時折注意はするものの、限界があった。


「こちらサテュロス、中央はもう持たないわ! 後退の指示を!」

「もう少し粘ってください! 私が援護に、うぐっ……!」

「先生!?」


 うめき声にマーリンが振り返ると中空から落ちる影が見えた。イスラフィールが矢か魔法か、何らかの攻撃を受けたのだ。慌てて遺物の力でイスラフィールのもとへ瞬間移動し、彼女を抱きとめた。翼には痛々しい穴がいくつも空いている。複製遺物ではない。派手な遺物の影にうまく隠した攻撃だった。


「大丈夫ですか、先生!」

「マーリン!? 貴女が持ち場を離れたら――」

「にゃぁあっ!」


 マーリンの元いた場所にはルビーが取り残されていた。消耗したルビーは騎士たちの攻撃を受けきれずに膝をつく。しかし、今ルビーのもとへ移動すればイスラフィールは空中に放り出されてしまう。瞬間移動の能力は遺物の所持者のみが対象だった。


「戻りな……さいっ!」


 突き放すようにイスラフィールに蹴とばされ、マーリンの体が空中へと投げ出された。マーリンは覚悟を決めてルビーのもとへ転移する。ルビーを襲う複製遺物の衝撃波を相殺し、なんとか包囲される前に後退した。メメント・モリとの距離はかなり近づいている。対して、前方の敵はまったく数が減っていないようにさえ見えた。


「ルビーさん、すみませんっ!」

「イスラフィールさんっ!」


 ルビーがぴくりと耳を動かし中空を振り返る。視線を追いかけてマーリンも空を見上げた。枯れ葉のようにふらふらと落下するイスラフィール。そこへ一斉に複製遺物の衝撃波が襲いかかる。空中で爆発音と煙が上がった。


「先生っ!」

「あ、あぶないっ!」

「ぐえっ」


 ルビーによって完全に意識の外から突き飛ばされたマーリンは、漏れ出た声を置き去りにして後方へと吹き飛ぶ。体はメメント・モリの正門にぶつかって止まった。


「ぐぅ……」

「痛ったあ……」


 鈍い痛みと重みに目を開けると、マーリンにはルビーが覆いかぶさっていた。魔力のこもった尻尾は一本もなく、背中はズタズタに引き裂かれて血まみれだ。傷に障らないよう、ゆっくりと抱きおこす。


「ルビーさん、またボクをかばって……ひどい傷」

「へーき。だいじょーぶ?」


 ルビーの声は弱弱しかったが、彼女はそれでもおっとりとマーリンに笑いかけた。彼女はマーリンの目から見てもまだ幼くて、明るくて、素直だった。そんな彼女に心配させるなんて、自分はよほどひどい顔をしているのだろうと、そう思った。


「平気じゃない。ボクが大丈夫でも、全然大丈夫じゃないよ」

「へーき、だよ?」

「なんで……」


 泣きそうな顔を隠すように、マーリンはそっとルビーに腕を回す。そして逡巡する。ルビーの治療のため連絡の途絶えたメメントの所へ向かうべきだろうか。しかしイスラフィールの安否も不明で指揮が乱れ、戦線の維持が困難になっている。今、遺物持ちの自分が離脱するわけにはいかない。


「だって……マーリンちゃん、は」

「あまりしゃべらない方が」

勇者(アレク)さまと、おんなじ……におい、するから」


 その言葉を最後に、だらりと脱力する。マーリンはルビーをぎゅっと抱きしめた。ゆっくりルビーを離すときには、すでに意識はなかった。顔も青い。どうすればいいのかわからなかった。噛みしめた唇から血が流れる。


「……っ! ボクにも、運命を変えるほどの力があれば」


 一滴の雫が頬を伝い、ルビーの頬に落ちる。この世界に来てからずっと準備してきた。戦いに備えて魔法の訓練をした。アレクを守った。大事な遺物と、アレクの留守を預かった。それなのに、このざまだ。守るべき人たちに守られて、守りたかった人たちを失おうとしている。世界の行く末は決まっているのだと、残酷な現実を突きつけられた気がした。期待に応えられないことがただただ悔しくて、情けなかった。


「ボクにみんなを助ける力があれば……!」


 エクスカリバーに視線を落とす。伝説の勇者が使ったとされる遺物。この剣を使いこなせていれば、結果は違っただろうか。マーリンがそうしている間にも王国騎士はすぐそこまで迫ってきている。村が戦場になろうとしていた。


「父さん……ごめん」


 もう一滴、大粒の涙がぽたりと刀身に落ちる。波紋は静かに広がって、音もなく消えていった。

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