信じておらん者の台詞じゃ
「さてと。メメント、マーリン、イスラフィール。お前たちに残ってもらったのには理由がある」
全員での会議で解散を宣言したあと、俺はこの三人を呼び止めた。
「全員いるとできぬ話か?」
「そんなところだ。単刀直入に言うぞ。マーリン、お前は何者なんだ?」
「ボクは……皆さんの味方です」
言葉を濁すマーリン。メメント・モリは以前ほど切羽詰まった状況ではなくなった。村を守るため、今日はそんな逃げを許すつもりはない。
「目的は?」
「この村を、世界を、支配されたくない。……魔王軍にも、王国にも」
「魔王軍は穏健派のアズリエルに主導権が戻ったから心配ないが、これから俺たちが王国を乗っ取ったらどうするんだ?」
「え、それは……?」
マーリンはよくわからないといった様子で聞き返してきた。全く考えもしなかったとでも言いたげだ。
「お前は守りたいと言うが、いまいち何を考えてるのかわからない。ロベルトには守ることが使命だと言ったらしいが、使命とはお前の望みではないんじゃないか?」
「アレクさん。それはつまり……マーリンが誰かに仕えている、と?」
イスラフィールが俺の意をくみ取って噛み砕いてくれる。それを聞いて、マーリンは驚いて首を振った。
「違います! ボクはただ……」
「ただ?」
「この場所を……守りたいだけで……」
「話にならんな」
俺は冷たく突き放すが、ここまで黙っていたメメントがマーリンをかばう。
「アレク、マーリンは確かに怪しい部分もあるがこの村を守ってくれたぞ? 遺物を狙っている様子もなかったし、第一、お主もマーリンに助けられたんじゃろ?」
「そうだ。だが、素性を明かさない理由はなんだ? 俺が言いたいのはこの先の戦い、肝心なところで裏切られては困るってことだ。例えば、俺たちは魔王軍を黙らせた。次に王国を押さえたところでマーリンが本性を見せ、こいつか、こいつの主人が世界を乗っとる、なんて可能性があるわけだ」
「アレクさんは、村を守るつもりが、実はどなたかの世界征服をお手伝いさせられていた、なんてことになるのを恐れていますのね」
イスラフィールは先ほどから俺の言いたいことを丁寧にほどいてくれている。口下手な俺としては非常にありがたい。俺は頷いて言葉を続ける。
「漁夫の利を狙うのが一番損失が少ないからな」
「違う……違うんです……」
声を震わせて否定するマーリン。メメントは変わらずそんな彼女の肩を持つ。
「アレクや、そこまで攻めたてるような言い方をせんでも良かろう? ……マーリン、アレクは口が悪いがこれも我がメメント・モリを想ってのことじゃ。このアホを安心させる協力をしてはもらえんか?」
「うっ……うう……」
マーリンは今にも泣き出しそうに小さく震えている。そんな彼女の様子を見かね、イスラフィールからも擁護がなされる。
「アレクさん。あなたの言っていることはわかります。あなたの気持ちも。ですがマーリンは今まで味方でいてくれたのでしょう? この先に起きることは私にもわかりません。私がマーリンを信じろと言ったところで、簡単に納得できるものではないでしょう。ただマーリンのこれまでの功績に対して……アレクさん、もう少し敬意を払ってあげられませんか?」
二人から咎められ、俺は眉間にしわを寄せ、黙って聞いていた。イスラフィールを見ていると、彼女の妹のことを思い出す。俺の嘘を見抜いたうえで、俺を信じ、俺の思う通りにさせてくれたアズリエルのことを。彼女は魔王として人の上に立つだけのことはあったのだと、自分との器の差みたいなものを思い知った。
「先生……」
イスラフィールは涙目のマーリンをゆっくりと抱き寄せ、話し続ける。
「この子はね、この騒動の前は小クラスの魔法さえままならなかったのですよ? そんな状態で、しかも年頃の女の子がたった一人でロベルトの元に来たんです。怪しまれることも承知の上で、それでも必死に魔法の練習をして。結果としてマーリンはこの戦いに力を貸してくれました」
あっさり俺を赦したイスラフィールにこうして諫められると、不思議と自責の念が湧いてくる。村のことを最優先に考えるメメントも合わせて、この二人がここまで言うのだ。信じてもみてもいいのかもしれない。俺は降参とばかりに両手を上げて受け入れる。
「もうわかった。俺が悪かったよ」
「それはマーリンに言ってあげてくださいな」
目を真っ赤にしたマーリンが、イスラフィールに背中を押されてこちらを見る。
「マーリン……その、悪かった」
「ぐすっ……うん。ボクも……何も言えなくて、ごめんなさい」
こうしてベソをかいている所を見ていると、確かにそんな裏があるとは考えにくい……か。
「最後にもう一度だけ聞かせてくれ。お前は俺たちの味方なんだな?」
「うん」
俺はマーリンを見る。見つめ返してきたのは、返事などなくても肯定が伝わってくるような、真っ直ぐで強い眼だった。
「理由は言えないのか?」
「……うん」
一瞬の迷いが感じられたが、最後まで説明を拒絶するマーリン。俺は諦めてため息を吐いた。
「わかった。もう聞かないし、二人に免じて俺もマーリンを信じよう。だが、もし裏切るようなら……」
「アレク、その先は信じておらん者の台詞じゃ」
「ふん。わかった、この話は終わりにしよう。呼び止めて悪かったな」
居心地の悪くなった俺は振り返ることなく、一番に部屋を後にした。
「何やってんだろうな、俺」
その夜の事。俺は食事もとらずに自室で一人、自己嫌悪に浸っていた。
いったい魔族領で何を学んできたのだろう。あの戦いの中で、自分の傲慢さを知ったはずなのに。
ほかに言い方はなかったのか。メメントやイスラフィールは穏やかに俺を諭した。あんな物言いでは話してもらえるはずもないのに。
そんな思考がぐるぐると頭の中を支配していたとき、ふと小さくノックする音が聞こえた。俺はしぶしぶドアへ向かう。開けると、一人の少女が立っていた。
「アレク……さん」
マーリンが訪ねてきていた。自己嫌悪を少しでも払拭したくて、俺は改めて頭を下げる。
「さっきは済まなかった」
「いえ……」
でも、とマーリンは言葉を続けた。
「アレクさんはメメント・モリが大好きなんですね」
「は?」
「皆優しすぎるから。ああいうことをズバッと聞けるのはアレクさんだけです」
違う。俺はただ何も信じられなかっただけだ。だが、メメント・モリが好きだと指摘されて気付いた。俺は自分でも気づかないうち、この村に愛着を持ち始めていることに。しばらく黙っていると、マーリンの方からまた口を開いた。
「その、アレクさんはボクを信じるって言いましたよね」
「ああ、言ったな」
「アレクさんだけにはボクのことをお話しておこうかと思いまして」
ためらいがちに告げられた言葉に俺は目頭を押さえた。マーリンの方からそう言われてしまうと、昼間あれだけ問い詰めたのがバカみたいに感じる。
「どういう風の吹き回しだ?」
「ボクが話さなかったのには理由があるんです」
個人的にはもう終わった話なので、半分程度に聞いておくことにする。
「だろうな。話せるならとっくに話してるだろ」
「……話しても信じてもらえないと、思ったんです」
「だから信じるって言った俺には話します、か?」
なんて皮肉な話だ。それなら俺よりメメントやイスラフィールに話せばいいだろうに。
「他にも理由があるんですけど、話の前に一つだけ条件を出してもいいですか?」
「一応聞いてやる」
「王国との戦いが終わったら……一日だけでいいです。アレクさんに付き合ってほしいです」
「なんだそれ?」
本気で何を言っているか分からず、聞き返す。
「あ、変な意味じゃないですよ!」
手をぶんぶん振って否定するマーリン。じゃあどんな意味なんだ。
「俺に何をさせるつもりなんだ?」
「別に難しいことをしてもらうつもりはありませんから。ダメならそのときに断ってくださっても構いません」
「俺にできることなら、それでいい。村を守るためなら安いもんだ」
昼間の件で借りがあったように感じたので、俺はヤケクソ気味に承諾する。なるようになれ。
「ありがとうございます」
「それで、本題だが?」
「はい、実は……」
マーリンを部屋に招き入れ、これまでのいきさつを聞いた。彼女の生まれた境遇や、生きてきた世界のこと。そして、ここに来た経緯。
「……にわかには信じがたい話だが、それなら腑に落ちることもいくつかあるな」
彼女の話を黙って聞いていたが、マーリンが信じてもらえないというのも納得の内容だった。昼間にこの話をされていたとしても聞き流していたかもしれない。
「これがボクの戦う理由です。お願いします。メメント・モリを……世界を救ってください」
「世界とは大げさだな。俺は俺の……俺たちの居場所を守るために戦うだけだ」
「……はい!」
張り詰めていたマーリンの表情が少しだけ緩んだ気がした。
「もう寝ろ。すぐに次の戦いがある」
「そのことなんですけど……実はもう一つお願いがあるんです」




