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なかなか可愛かったぞ

 それから俺は一晩ゆっくり休み、夜明けとともに出発することにした。

 早々に休んだので知らなかったが、夜は祝勝会のようなものが開かれていたらしい。全く気付かなかったので、自分でも知らないうちに疲れがたまっていたのだろう。朝、アズリエルがそう教えてくれた。


「それでは、参りましょうか?」


 昨日周遊した崖上の広場で、イスラフィールが俺に笑いかける。アズリエルは魔王軍をとりまとめる必要があるので、彼女が俺の付き添いを引き受けてくれたと聞かされた。飛んでいくらしいが、これまで捕えられていたことに加えて、メメント・モリまで結構距離がある。イスラフィールにそんなことが本当に可能なのか気になって、念のため本人に確認する。


「ブラックバレーから出発で本当に大丈夫ですか?」

「心配ですか? でも大丈夫ですよ、私に任せて下さいね?」

「それならいいんですが……」


 俺の心配をよそに、彼女は特に気にした様子もなく、優しく笑いかけてきた。俺もそれ以上は追及できず、引き下がる。どうも彼女はアズリエルとは真逆のおっとりとした性格をしているせいで、少し調子が狂ってしまう。俺は頭を掻いて顔を逸らした。とりあえずやってみて、厳しそうならば途中から歩けばいいか。


「お姉ちゃん、気を付けて」

「ありがとう、アズ。あなたも頑張ってね?」


 イスラフィールとアズリエルの姉妹が抱き合って別れを告げている。俺は話が終わるまで一歩引いて待っていた。終わった頃合いを見計らって、声をかける。


「それ、頼んだぞ」


 俺はアズリエルの左手を差した。俺が託した籠手が、朝日を受けて銀色に輝いている。


「任せておけ。注文通りにしてやる」


 彼女は不敵に笑って、お前こそしくじるなよ、と俺に発破をかけてきた。俺も口の端を上げて軽くうなずく。本当はもう一つ話しておくことがあるのだが、その話題はこうして面と向かって切り出すには少し言いづらい。居心地悪そうにしているのがアズリエルにも伝わったのか、眉をしかめていた。


「どうした?」


 答えに困って曖昧に目線を泳がせていると、イスラフィールと目が合った。アズリエルからは見えない立ち位置から、俺へ向けて両手の拳をぐっと握っている。黙ってはいるが、頑張れ、というエールが伝わってくるようだ。俺は一つ息を吐くと、覚悟を決めてアズリエルの目を見た。


「その、アズリエル……」

「今度はなんだ?」

「この前は嘘を吐いて悪かった」


 昨日は謝るタイミングを逃してしまったので、今日は別れる前に謝罪をしようと決めていたのだ。


「嘘? ああ、こいつの件か? お姉ちゃんが無事だったからもういい。気にするな」


 アズリエルは籠手をこつこつとつついて確認する。なんの話かはちゃんと伝わったらしい。だが、気にするな、とさっぱりした顔で言われると、それはそれでなんとなく落ち着かない。


「……そうか」

「納得いかないか?」

「いや……」


 俺は目を逸らした。不満げな表情を見抜かれていて、少し言葉に詰まってしまう。


「そうだ、私もお前に秘密にしていたことがあってな。それを明かすからおあいこ、ってことでどうだ?」

「秘密? ……わかった。それでいい。で、その秘密とはなんだ?」


 秘密と言うからにはバレたらそれなりにまずい話なのだろう。まさか実は自分が黒幕だ、とは言わないだろうが。アズリエルがにやにやしながら口を開く。


「偽装魔法をかけた相手と話すときはな、別に口調を真似しなくてもいいんだよ」

「……なんだと?」


 昨日のことが頭をよぎった。思いっきり"あたし"とか言ってしまった気がする。俺は少し顔が熱くなったのをごまかすため、背を向けた。


「くくく……リオレッド相手にしおらしく話すアレクはなかなか可愛かったぞ」

「お前っ……! はあ。もういい、これでチャラだからな」

「仲直りできたみたいで、良かったですね」


 くっくっと小馬鹿にしたように笑うアズリエルと、ふふっと対照的に優しく微笑むイスラフィール。似ているのは見た目だけだな。俺は肩をすくめた。


「そう見えますか?」

「ええ。じゃあアズ、お願い」

「偽装魔法【中】空目」


 アズリエルは頷いて魔法を発動させる。イスラフィールは偽装魔法を使えないのだろうか? そう考えているうちに魔法の気配がしたのだが、俺にもイスラフィールにも特に変わった様子はない。


「ちゃんと偽装できていますから、大丈夫ですよ。行きますね?」


 イスラフィールは翼を広げ、ばさりと上空へ舞う。勢いよく宙返りしたかと思うと、俺をお姫様抱っこで捕まえるとすごい勢いで滑空しだした。


「うわっ!」

「しっかり掴まっていて下さい」


 彼女は他にも何かつぶやいていた気がするが、すごい風でよく聞き取れない。彼女のか細い腕では支えきれずに転落してしまいました、ではお話にならないので、俺はしっかり彼女の体に手を回してしがみついていた。

 時間にして十分ほどだろうか。風の音が落ち着いてイスラフィールの声が聞こえた。


「着きましたよ、アレクさん」

「あ、ああ。ありがとうございます」


 まだ空中だったが、アズリエルと飛び立った場所、村のすぐそばだった。あまりの早さに俺は目を丸くしつつイスラフィールを見上げる。アズリエルは同じくらいの時間で対岸に渡る程度のスピードだったが、この差はいったい何なのだろうか。じっと見ていると、彼女はおっとりと笑って問いかけてきた。


「それで、メメント・モリはどちらでしょう?」

「方角的にはあちらの……」


 そう言いかけたとき、指をさした方から爆発音と煙が上がる。俺は言い直した。


「あそこです」

「承知しました」


 言うが早いかイスラフィールはメメント・モリへ向け、また勢いよく飛び始める。ふたたび風の音が耳の中で響いた。

次回は別視点の予定です。

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