えいっ
「痛たたたた!」
「我慢しろ、それでも勇者か?」
脇腹から灼けるような痛みが走った。今、俺は横になってアズリエルが傷を診てくれている。イスラフィールの方はロベルトが診ているようだ。黒こげの男はその辺に転がしてある。しかし薬をかけた傷口から、肉を焼いているような音とともに少し煙が上がっている。めちゃくちゃ痛いし、俺の体は本当に大丈夫なのか不安に駆られる。
「俺は別に勇者じゃな、い、たたたた……」
「これ結構深いぞ。よくこの状態で戦えたな」
痛みで呼吸が乱れる。傷口から内臓が溶け出しているんじゃないかとさえ感じられた。反射的に逃げようとする俺の体を、アズリエルが押さえつける。
「姉は、ロベルトなんかに、まかせて、だいじょうぶ、なのか……」
途切れ途切れになるが、質問をしてみる。何か別のことをしていないとおかしくなりそうだ。
「聞こえてるぞー。俺が念入りに薬を刷り込んでやってもいいんだぜ、アレク?」
嫌味たっぷりなロベルトの声が聞こえる。さっきは許したと言っていたが、こいつは俺の悶えようを見てほくそ笑んでいないか?
「あれであいつもケガ人だからな。順番だよ。それに、お姉ちゃんは気を失ってるだけだってさ」
「なら……良かっ、た……」
俺の意識はそこで途切れた。
「ありがとう、アレク……」
夢か現実か、そう言われたような気がした。
――気付けば、辺りは妙に静かだった。ずっと洞穴の中なので、時間の感覚がわからない。体を動かそうとして、背中の痛みに無意識に呻き声が出る。地べたで寝ていたから仕方ないとはいえ、俺の声が洞穴の静けさを壊してしまった気がした。
「目が覚めたのですね」
体を起こした俺に聞きなれない声がかかる。静かで優しい、落ち着いた声。振り返ると翼魔族の女性が座っていて、ロベルトに膝枕をしていた。
「イスラフィールさん、でいいのかな」
「ええ。初めまして、私がイスラフィール。あなたのこともお尋ねして良いかしら?」
俺の問いに肯定し、イスラフィールは小声で話を続ける。イスラフィールはアズリエルを大人っぽくしたようなルックスをしていた。二人とも美人だが、大きな違いはアズリエルは釣り目で、彼女は垂れ目だというところか。彼女の膝の上のロベルトはどうやら眠っていて、イスラフィールはロベルトの腕を治療中のようだった。
「俺はアレク。見ての通り人族ですが、アズリエルの頼みであなたを助けに来ました」
「アレクさんですね、どうぞよろしくお願いします。傷の具合は如何でしょうか?」
言われて気付く。脇腹を触るが、傷が塞がっていた。痛みもなく、綺麗に治っている。
「治してくれたのですか?」
俺は確かめるように尋ねた。それは魔法が使えるようになったという意味でもある。
「少しだけ治癒系統の魔法に心得がありますので、勝手ながら」
「ありがとうございます。正直、薬での治療はものすごく痛かったので……」
腹をさする俺に、イスラフィールはふふっと笑って答える。
「それは良かった……でも、感謝するのはこちらですよ、アレクさん? この度は助けていただいて、ありがとうございました」
座ったまま丁寧に頭を下げるイスラフィール。
「いえ……礼はロベルトやアズリエル達に言ってやってください」
優しく、真っ直ぐなイスラフィールの言葉に俺はつい目を逸らしてしまう。
「もちろん皆に伝えますよ。でもまずは、アレクさんに私の気持ちを受け取っていただきたいのですが……ご迷惑でしょうか?」
「俺にそんな資格はないですよ」
つい吐き捨てるように言ってしまう。
「あら……感謝されるのに資格が必要なのですか? 人族は謙虚だと聞いたことがあるけど、そういう風習なのかしら」
「……俺は、あなたを助けたいと言うロベルトとアズリエルに嘘を吐いたんです」
「そうなの……でしたらアレクさんこそ、その気持ちをロベルトとアズに伝えてあげて。私はあなたに嘘を吐かれてないから、ありがとう、でいいでしょう?」
にっこりと微笑むイスラフィール。後ろめたい俺にとって、その笑顔はとても眩しかった。
「でも、そのことであなたを危険に晒した」
「私は元々危険な状況でしたし、アズを逃がすためにあの人に捕まることを選んだのは私ですから。私は気にしません」
「でも……」
「見かけによらず頑固なのですね? ……わかりました、ではこちらへ」
少し考えるようにしてからロベルトを床に下ろしてこちらへ向き直り、手招きをするイスラフィール。俺は誘われるまま彼女に歩み寄った。
「では、おこがましいことながら私がアレクさんを罰します。座って、目を閉じてください」
俺は言われた通りその場に正座し、目を閉じる。言われなかったが、軽く歯を食いしばった。
「アレクさん。今から私が与える罰は、きっとこれまで受けたどんな罰よりも苦しいものになると覚悟して下さい」
イスラフィールは俺の首筋をひんやりとした指で撫でる。それから優しい声に目一杯ドスを利かせ、俺の耳元で念押しをした。
「わかりました。お願いします」
俺は唾を飲み込み、返事をした。この穏やかそうな女性が下す罰とは一体どんなものだろうか。猫魔族の男とやり合った時よりよほど緊張する。
「いきますよ……」
彼女の手が頬に触れる。彼女も緊張しているのか、少し呼吸を整えているようだ。俺は時が来るのをじっと待った。
「えいっ」
小さい掛け声のあと、俺の額に柔らかく、温かいものの感触が。
「ふう……終わりです。目を開けていいですよ」
「えっ?」
あまりの呆気なさに声が裏返ってしまう。目を開けるとイスラフィールの顔が目の前にあった。彼女は手で口元を隠していて……少し照れているように見える。
「あの……?」
俺は訳が分からず問いかけようとした。しかしイスラフィールは俺の言葉を手で制し、話し出した。
「助けてくれてありがとう。これは感謝の気持ちです」
「あなたは俺を罰すると……」
「まだおわかりになりませんか? 私が下すあなたへの罰とは、許すこと。アレクさんは既に過ちに気付き、反省しているのでしょう? 自分の気持ちには、自分で区切りをつけて下さいな。同じ過ちを繰り返さないよう、これから先、あなたを信じてくれる人に報いることで……」
俺は彼女の厳しくて優しい罰に、少しこみ上げるものがあった。
「イスラフィールさ――」
そこまで言いかけたが、彼女への返答は途中で遮られてしまった。左頬に強い衝撃を受けて吹っ飛ばされたからだ。
「おいこらアレクてめえ……イスラフィールから離れろ!」
「ロベルト!?」
俺が起き上がるとそこには、さっきまで吊っていた右手で俺を殴った元気なロベルトの姿が。
「ロベルト、何か誤解をしているみたいだが……」
「イスラフィール、無事でよかった」
この男はいきなり人のことを殴りつけておいて、もうイスラフィールのことしか目に入っていない。
「ロベルト、助けてくれてありがとう。でもいきなり殴るのは……」
「そ、そうだよな。アレク、悪かった」
「……ああ、大丈夫だ」
俺はこの一言のやり取りでなんとなく二人の関係性を察した。
「改めて言わせてくれ、ロベルト。偽装魔法のこと、嘘を吐いて悪かった」
俺は立ち上がり、頭を下げた。
「あ? もう済んだことだし、そもそも俺はアズがお前を信じたから託しただけだ。結果だけ見ればお前は約束を果たしたしな。ま、もしイスラフィールに何かあればあんなもんじゃ済まなかったが」
「……ありがとう」
「こちらこそだぜ、アレク。お前がいなけりゃイスラフィールは助けられなかっただろう。よくやってくれた。礼を言う」
ロベルトと握手した。彼は俺を引き寄せて、背中をばしばし叩く。
「それで……アズリエルはどこ行った?」
アズリエルもそうだが、よく見ると猫魔族の男もいなくなっている。
「アズは村の様子を見に行っているわ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」
その言葉のすぐ後に足音がする。噂をすれば影と言うことなのか、音の主はアズリエルだった。
「二人とも目が覚めたんだな。アレク、ちょっと来てくれるか?」
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