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これを使う羽目になるとは……

「くっ……!」


 男の動きは予想以上に早く、俺は躱しきれず抜刀していなした。男はまだウォーミングアップ中だとでも言わんばかりに肩を回し、首をゴキゴキと鳴らす。


「くははっ、とんでもない力だ! それにしても貴様、今の攻撃も防ぐとはな……まあいい、どんどん行くぜ!」


 そこから男の猛攻が始まった。戦闘スタイルは圧倒的なフィジカルでのゴリ押し。見た目に反して非常に素早く、そして見た目以上にパワーがある。プロバビロン下での強化魔法と薬の二重強化はおそらく初めてだったのだろう。男の動きは序盤こそシンプルで直線的な突進系が多かったが、強化状態に慣れてきたのか少しずつインファイトで攻めてくるようになった。俺は男の爪と牙を捌きつつ、様子を窺う。


「冒険者時代に培った、タンクの経験が活きるとはな……」


 ジョー達とパーティを組んでいたとき、後衛に敵を近づかせない役割を一人で担っていたころを思い出す。数の暴力で押し迫る魔獣達への均等な削りと後衛を守るヘイト集めに比べれば、一人の相手に集中でき、防御に専念するだけならば、まだ戦いやすい気がする。


「何をぶつぶつ言ってやがる!」


 お互いに動きに慣れてきて、傍からは踊っている様にさえ見えるだろう。俺がこの男とステップを踏んでいるのには当然理由がある。一つは、下手に追い込むと人質、祭壇に寝かされていたイスラフィールと思しき女性に危害が及ぶ可能性があるからだ。それにもう一つ。薬での強化には、副作用があるはずだ。


「貴様、ふざけてるのか?」


 男が突然攻撃の手を休め、話しかけてきた。


「俺はいつも真剣ですよ」

「そうか……貴様、さては俺が服用した薬の効果が弱まるのを待っているな?」


 俺は首を傾げる。話す気はないと言ったのは男のほうだったはずだが。


「……? だったら何です?」

「くは、だとしたら残念だったな。俺に副作用は出ないぞ」

「何を言っているのか、俺にはわからないですね」


 きっとこの男は、こんなところに引きこもっていたので本当は誰かと話したかったのだろう。適当にとぼけて話を促す。時間が稼げて得なのはこちらだ。


「この薬は猫魔族の強化魔法を再現したものだ。貴様はおそらく、薬を服用した相手に粘り勝ちしたことがあるんだろう。それで勘違いしたんだろうな? 確かにこの薬は飲んでからしばらくすると体に痛みが走る。だがそれは猫魔族以外の者が体に合わない薬を服用することによるものだ。つまり猫魔族の俺には、その副作用とは無縁なんだよ」


 にやりと笑って男が勝ち誇る。やはりあの薬はグランドケイブで見た資料と同じもののようだ。それに、こいつの言葉も理屈としては一応筋が通っている。しかし、身に余る力に何の代償もないはずはないと俺は思う。これほど大きい強化ならなおの事だ。


「試したんですか?」

「まさか! ここまでの強敵は貴様が初めてだ」

「それほどでも。しかしあなたも相当なものですよ」

「時間稼ぎに意味がないと知ってなお、まだそんな口が利ける……か」


 男の顔から笑いが消え、再び身構えた。


「降参、というわけではなさそうですね」

「……殺す」


 男は右手を開いて地面につく。物騒な言葉に加えて凄まじい殺気をも放っている割に、仕掛けてくる気配がない。俺は嫌な予感がして、こちらから間合いを詰めようと踏み込む。


「良い勘だ、だが遅い!」

「うぐぅっ……!」


 祭壇の女性が苦しそうに呻き、男の足元から黒い煙が噴き出した。俺は毒を警戒して下がり、一閃。煙を剣圧で吹き飛ばした。


「毒じゃない、か。それに……」


 吹き飛ばした煙の中に男の姿はなかった。俺は部屋を見回す。後ろを取られたわけでも、天井に張り付いているわけでもない。しかしあの様子では逃げたとは考えづらい。魔法を使える男と、翼魔族の女性の呻き声。考えられる可能性は……。


「はぁっ!」


 俺は誰もいない前方に向けて剣を横に薙いでみる。手ごたえは無し。愛剣は空しく空を斬った。空振りだとわかった段階で俺はすぐ壁際まで後退する。


「偽装魔法か。これは参った」


 そこにいるだろう男に向け、大きな声で言った。おそらく俺に感知できないだけだ。わざと声を張ったのは、相手を少しでも躊躇させて時間を稼ぐためだった。広い祭祀場に俺の声だけが響く。正直、偽装魔法の対策はしていなかった。必死で考え、思いついたものを実行する。


「これならどうだ?」


 俺は部屋の壁を蹴り、前方を斬り払いながら向かいの壁まで進む。壁に着くと角度を変えて同じことをする。ピンボールのように部屋を飛び回った。これなら運が良ければ倒せるかもしれない。……だが、逆に言えば。


「ぐっ……!」


 壁を蹴っての移動中、脇腹に痛みが走る。咄嗟に抑えた手は赤く汚れていた。腹部を鋭いナイフで斬られたような感覚。やはりあの男、ここにいるのは間違いない。しかし一撃で仕留めなかったあたり、俺の動きを完全に捉えた訳ではないのだろう。もう一度壁を蹴って痛みを感じた位置から距離を置く。


「ちっ……」


 俺は舌打ちして、移動を止めた。今の跳躍で、入口とは逆方向に来てしまった。いつでも撤退できるよう入口近くを中心に跳んでいたことに気付かれて、待ち伏せされたようだ。

 祭祀場の最奥に陣取った俺の背を、冷たい壁が押し出そうとしているようにさえ感じられる。追い詰められてしまったようだが、腹の傷をこのまま放っておくのもよくないように思えた。


「これを使う羽目になるとは……」


 すぐに動ける体制を維持しつつ、ロベルトに渡された薬草を取り出して傷口を抑えて止血する。魔法が便利すぎたことと、これまでろくに傷を負わなかったこと。そんな経験から薬草なんて今日日まともに使ったことがなかったが、こんな使い方でいいのだろうかと少し疑問を持った。もしかすると食べるのが正解だったり、煎じたりして傷口に刷り込むのかもしれない。

 「油断するな」そうアズリエルに言われたことを思い出した。油断していたつもりはなかった。だが準備不足で劣勢となったの現状を考えると、俺はどうやら自分の強さを過信していたようだ。


「情けないな……。何が任せてくれだ」


 俺は自分に腹が立った。腹部の痛みは俺への罰のような気がした。そしてその痛みが俺を冷静にさせる。今の俺は隙だらけだ。あの男もそろそろ仕掛けてくるかもしれない。移動できるよう態勢を整える。その時、遠くから響く声が場内に響いた。


「跳べ!」


 誰かが叫んだ。俺でもあの男でもない誰か。俺は無我夢中で跳んだ。その瞬間、俺の背後にあった壁に大きな爪痕が出現した。声を無視していたら……そう考えると背中から嫌な汗が流れる。


「今だ!」


 再び声がした。俺は天井を全力で蹴り、元いた場所へ急降下する。地面へと振り下ろした剣からは血が滴っていた。眼前にはうっすらあの男の姿が見えた。肩口から血を流している。被弾して偽装魔法が解けかかっているのかもしれない。追撃のため剣を抜き、振るう。が、今度は空振りに終わったようだ。剣に残った血だけが地面に飛び散った。


「アレク、大丈夫か?」


 アズリエルが中央の祭壇付近からこちらに呼びかけている。翼魔族には偽装魔法は通用しないのだろうか?


「危険だ、下がれ!」


 俺は叫び返す。あの男にアズリエルの存在を知られたら、俺達だけでなく人質のイスラフィールも危ない。……そう、思ったのだが。


「下がるのはお前だ、アレク!」


 アズリエルは負けじと叫び返すと、手から何かを放る。あれはそう、爆弾だ。それが地面に落ちた瞬間、けたたましい爆音の後に祭祀場は炎に包まれた。

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