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侵入者だと?

 地の底は簡単な板が敷いてあった。落下して辿り着いた場合は板が割れてこの地底のさらに下、終点の針山地獄で串刺しの刑を受けることになる。俺は閻魔大王、もといアズリエルから沙汰に執行猶予をつけてもらい、この隠し通路を生きたまま通ることを許された。


「この先はどうなっているんだ?」


 俺はアズリエルの後ろに付き従いながら尋ねる。まだ闇に目が馴染んでいないので、彼女の足音に注意して進む。


「もう落ちたりはしないから安心していい」


 アズリエルはそう言って迷う様子もなく前を歩いていき、俺もそれに倣う。ようやく目が慣れてきた頃、道の先でぼんやりと白く光る穴が見えた。


「ここだ」


 アズリエルはその光の中にさっと飛び降りる。俺が恐る恐る覗き込むと、白い光の先はビロードのような膜が張っていて、彼女はその上をらせん状に滑って行ったようだ。俺もつばを飲み込んで、後に続く。するりとした生地のたわみと摩擦熱を背中で感じたのは一瞬で、すぐ空中に放り出されてしまった。


「おっと」


 降り立った場所は明るく、地面との距離も人二人分程度の高さだったため、俺は難なく着地して見回す。


「倉庫?」


 俺が滑ってきた膜は豪華なテントのようなものの天井部分だったようだ。テントの周りには木箱や樽がいくつも積み上げられているが肝心のテントの入口は閉ざされていて中を見ることはできない。上を見ると、こちらから元来た道はちょうど死角になっている。文字通り隠し通路というわけだ。


「こっちだ」


 テントとは反対方向、通路側からアズリエルが俺を呼んでいる。そのまま進むと倉庫の外、ブラックバレーのどこかに出ると思うのだが、アズリエルは通路の途中で立ち止まっている。


「洞穴の中なのに明るいな」


 俺は素朴な疑問を口にした。


「魔力発光体とか言ったかな。大気中のマナに反応して光る石だ。知らないか?」

「そういえばダンジョンとかにはあったような……」


 俺は過去の記憶を辿ってみる。


「人族は屋外で生活する文化の方が多数派なんだろうな。そんなことよりこの先だ、覚悟はいいのか?」


 アズリエルが強引に話を変えるが、何の変哲もない通路の途中で覚悟しろと言われても戸惑うばかりだ。


「……もしかして、また隠し通路か?」

「そういうことだ」


 アズリエルはしゃがんで、通路の端に沿って並んだ魔力発光体の一つに手を触れる。彼女が力をこめると、魔力発光体は赤く輝き始めた。赤い光は先ほどまで壁だった部分を半楕円形に照らしている。


「ほら、行くぞ」


 アズリエルは俺の手を引いて壁の方へ向かう。彼女に引っ張られるまま壁に触れ、なんとそのまますり抜けて壁の中へ吸い込まれてしまった。壁抜けした先はさっきの場所とあまり変わり映えのしない通路。それから特定の魔力発光体に魔力を流して次のフロアへ進むという手順をを二度続け、三度目の直前にアズリエルが手を止めた。


「プロバビロンはこの先だ。覚悟は出来ているんだな?」


 俺は頷いた。


「アレク。プロバビロンと、お姉ちゃんを……頼む」

「任せてくれ。必ず助ける」


 俺の返事を聞いて、アズリエルも頷いた。魔力発光体に手を触れ、魔力を流す。


「次のフロアを道なりに進んだ扉の先だ。行こう」


 俺達は光の中を通り抜けた先を進んだ。最後の通路ではいつの間にかアズリエルは俺の後ろに控えていた。辿り着いた先、プロバビロンの扉に俺はゆっくりと手をかける。


「メメント、ジャスミン、ルビー……あと少しだけ待っていてくれ」


 深呼吸をしてから扉を開く。俺はようやく魔法無効化の元凶である、プロバビロンの祭祀場へと足を踏み入れた。



 祭祀場の構造はアズリエルから事前に聞いている。ドーム状の空間で中央には祭壇と、それを囲むように三つの聖櫃が安置されていた。壁や床には魔法陣のような文様か文字が刻まれている。部屋の隅には倉庫で見たものと同じ木箱がいくつか並んでいたりするが、それ以外は小ざっぱりとして者が少ない。そして中央の祭壇では女性が一人横たわっていて、その前には誰か、おそらくこの事件の首謀者が立っている。


「侵入者だと?」


 こちらに気付いた男が訝しんだ。声は低く、しかしかなり若そうな口調だった。黒いローブによって顔や種族はまだわからない。


「あなたが魔法を使えなくしたんですか?」


 俺は慎重に歩み寄りながら男に尋ねた。男は答えず、逆に問い返してきた。


「……貴様は何者だ? どうやってここへ来た?」

「俺はアレクと言います。魔法が使えなくなって些か不便をしているので、クレームを入れに来たというところです」

「理由などどうでもいい。俺は手段を聞いたんだ。どうやってここに来たんだ? しかも、人族なんかが」

「俺も名乗ったんですから、そちらからもお名前くらいは伺いたいものですね。それに、こちらはあなたがこんなことをした理由に興味があります」

「……答えないのならもういい。貴様の死期が早まっただけだ」


 フードの下で鋭い牙が光る。この男は会話や交渉が出来る手合いではないかもしれない。


「どうにか穏便に済ますことはできませんか?」

「勘違いしているのか? そもそも俺は貴様などと話すつもりもない。人族は……皆殺しだ!」


 男はその言葉と同時に鋭い爪で襲い掛かってきた。俺は飛び退いて躱す。かなりのスピードだ。カイザルフの比ではない。


 男は俺がさっきまで立っていた場所からこちらをじっと見ている。襲い掛かった拍子にフードが取れてこちらからも顔が見えた。黒い短髪に鋭く赤い瞳。頭には猫耳。どうやらルビーと同じ猫魔族のようだ。


「貴様は……」


 躱されるとは思っていなかったのか、男は苦々しげに俺を睨んでいる。


「人族だからってだけで殺されたんじゃ、俺も浮かばれないですから」

「どうやら、最初から全力で行った方が良さそうだ」


 そう言って、男は例の薬を懐から取り出した。


「ですから、俺はできれば戦わずに済ませたいのですが」

「しつこい奴だ。そう思うなら、大人しく殺されろ」


 そうして男は薬を口にしてしまった。これでこの勝負は俺の勝ちだ。


「それを使われたら、さすがにこちらも抜かざるを得ませんね」

「か弱い人族の分際で抜かしやがる。全力というのがこの薬だと思って安心でもしたか?」

「違うんですか?」

「全力だと言っただろ? 俺を舐めたこと後悔して死ね。強化魔法【絶大】ネコマタ!」

「何……?」


 男の周囲に衝撃が走る。体つきは目に見えて大きくなり、かつてのルビーのように魔力で形どられた漆黒の尾が複数本現れた。確か尾の本数が力の指標になるんだったか……。数えてみると五本、元の尾と合わせて全六本だ。以前ルビーが使用したときは四本だったので、そのくらいの能力上昇は覚悟しなければならない。


「プロバビロンを起動した俺まで魔法は使えないものと思ったか? 馬鹿が!」


 男ののどがごくりと上下した。今薬を飲み込んだのだろう。ということは、ここまでの変化は強化魔法によるものだったということになる。薬による変化はここから上乗せ。そう考えると、俺はだんだん気が滅入ってきた。


「ぐぐぐぐ……」


 うめき声をあげながら、男の体は更に肥大化していく。魔力の尻尾は八本まで増えていた。全部で九本。ルビーのときの倍以上だ。俺は無意識のうちに剣へと手を伸ばし、身構えていた。


「効き目が出る前に仕掛けて来ても、良かったんだが?」


 体の変化が完了したであろう男が、深い息を吐きながら挑発した。


「しかし、まだお名前すら聞いていませんし」

「ふん。その余裕がいつまで続くかな? せいぜい粘れよ!」


 再び男は俺めがけて突っ込んできた。

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