もしかして死ぬか? これ
さらに道を進み、森を抜ける。俺達はバリケード建設地の近くまで進行した。ここまでくればブラックバレーはすぐそばだ。ブラックバレーに近づくにつれて街道沿いの木々は少なくなっていき、露出した岩肌や乾いた風から環境の変化を感じ取れた。街道は川沿いだが、ずっと勾配を上がってきたため川自体は遠く崖下に見える程度だ。その川の中に人がいれば小指の先ほどの大きさにしか見えないほど高さがある。
「なあアレク。もう尾行は倒したのに、サテュロスと合流はしないのか?」
アズリエルが尋ねてきた。
あれから俺はカイゼルフを即座に斬り伏せた。フィジカルが自慢の相手にステータスで大きく上回っていた上に、こちらは剣。徒手空拳の相手に後れを取る理由はない。例の薬を使われていればかなり手を焼いただろうが、運が良かった。敵も一枚岩ではないらしい。俺は斬った四人を木陰に隠し、街道の血痕は木々を切り倒してカモフラージュするに留めて、ブラックバレーへの進行を再開したのだ。
「その方がいいだろう」
打ち合わせの時点でそんな予定はなかったので、アズリエルの話は今更という気もする。大方、俺と二人きりなのが気まずいということだろうが。サテュロス達のことを信じないわけではないが、アズリエルが同行していることを知る者は少ない方がいいと思う。それに、他にも尾行がいた場合なども考慮して合流はしない。
「サテュロス達、止まったな」
アズリエルからの呼びかけに前方を見る。サテュロス達は前方にある大きな岩の影に集まり、部下の一人が顔を出して様子を窺っているようだ。これ以上進めば敵の見張りに見つかる、ということのようだ。
「戦闘が始まったら川沿いを飛んでいく方がバレにくいか? それとも道を外れて迂回するべきか?」
俺はアズリエルに質問した。ここは彼女の故郷なのだから、その辺りの判断は一任するつもりだ。
「そうだな……飛んでいく方が早いが村の中に残っている敵に見つかるおそれがある。村に続く隠し通路が見つかっていなければ、そちらを使うべきだろうな」
アズリエルは少し考えてから答えてくれた。
「わかった。それなら隠し通路の方へ行こう。案内してくれ」
「そうしたいが、見張りが邪魔だ。ロベルトの合図を待ってからにしよう」
俺はサテュロス達よりも更に後ろの切り立った岩肌の陰で控えて待つことにする。その前に、俺も少しだけバリケードの方を覗いてみた。バリケードは、森から持って来たであろう倒木やその辺で破壊したであろう岩などが雑多に積んである。急ごしらえ極まりない出来だが脇には地面に木を突きさして作ったようなちょっとした高台があり、上には狸顔の見張りがいた。メメント・モリで倒した狸魔族よりはかなり細身だ。それに、見張りにはてっきり狼魔族のような索敵能力の高い種族を置いているかと思ったが、人手不足だろうか? 高台には梯子がかかっていないので、木登りが得意な者を、という人選なのかもしれない。
作戦ではサテュロス達がバリケードへ近づく前に、森で敵の連絡役を仕留めたロベルトが側面に回り込み、見張りを弓で射貫く手はずになっている。ロベルトは俺達が到着したのを確認したら、少し休む時間をおいてから仕掛けると言っていた。言葉通りであればその時が来るまでしばし休息……と思っていたのだが。
「おい、この音……」
遠くからがんがんと鍋の底を想いきり叩くような音が聞こえ、アズリエルが俺を肘でつく。何事も作戦通り、とはいかないらしい。この音を聞いたサテュロス達も慌ただしく戦闘準備を始めている。俺達の位置からではサテュロス達しか見えないので、何が起こったのかはわからない。だが、この位置についたのはついさっきのことだ。ロベルトの打ち合わせとは異なる事態に、俺もサテュロス達も少し身構えざるを得ない。
「ロベルトに何かあったのか……?」
「連絡役にやられたか、それとも見張りに見つかったか……。残念だがロベルトを探しに行く時間も余力もないぞ」
心配そうなアズリエルだが、もう戦いは始まろうとしている。人の事を考えていれば自分が足元をすくわれることは想像に難くない。俺は厳しめに念を押した。
「わかっている」
魔王をしていただけあって、そのあたりはアズリエルも理解しているようだ。俺の言葉に怒るでもなく、一瞬にして顔から感情を消した。
これがジャスミンやルビーだったらこうはいかないだろう。そしてそんなアズリエルだが、これがロベルトではなく姉であれば、同じように感情を殺せるだろうか。俺はストレッチをしながらそんなことを考えていた。
「サテュロス達が先手を打てなかったとしても、俺達のすることは変わらない。見張りがいなくなったら行くぞ」
サテュロス達の戦闘が始まった。そっと様子を窺うと、既に薬を服用したと思しき魔族たちが数人、バリケードの前に出てきている。後から更に数人が村の方から向かっているのも確認できた。
「そうは言っても、厳しそうだな……」
俺はぼやいた。戦闘に余裕ができれば、敵も周囲を警戒するというもの。サテュロス達は数こそ勝っているが、この戦闘力で劣る。さらに地形で不利な上に後手を引いた。森の中ならまだしも、ここには草木がほとんどない。道を外れると大小さまざまな岩がごろごろとしてはいるが、視界を遮るものが少ない。何らかの方法で注意を引かないと、素通りはできそうにない。
「アズリエル。爆弾を使お――」
振り返ってアズリエルに手を差し出そうとしたとき、前方でまさに爆発が起こり、爆風が頬をかすめる。俺はまたすぐ前を向いた。バリケードの最前列が見事に吹き飛ばされていた。バリケードの前にいた魔族は背後からの思わぬ衝撃につまずき、サテュロス達は隙ありとばかりに畳みかけている。見張りと村の入り口にいた魔族は泡を食って駆け寄ってきていた。
「私じゃないぞ」
「じゃあロベルトだな。今のうちに行こう。出来ればもう一発――」
さらに前方で爆発。あまりのタイミングの良さに苦笑いするしかなかった。俺はアズリエルを抱え、矢のように飛び出した。
「どっちだ?」
「あっちの壁際だ。大きな岩をどかせば村に続いている」
壁まで辿り着いた俺は、アズリエルの言葉通り岩を動かす。数人は余裕で通れそうな洞穴があった。
「天然にしてはちょうどいいサイズ感だな」
「待て! その先は――」
「ん?」
俺が洞穴の方へ進みながら振り返ると、アズリエルが空高く飛び上がった――いや、正しくは俺が落ちたのだ。足先が期待した地面に着かず、気付いた時には俺の体は自由落下に入っていた。
「アズリエル!」
天へと向けた俺の声は暗闇に反響して、すぐ遠くに行ってしまう。周りの壁に手や足がつく感じではない。おそらくは侵入者避けで、良くてぺしゃんこ、悪ければ串刺しといったところか。翼魔族しか利用できないようになっていたのだろう。目が慣れていないため深さも広さも不明だが、たとえ魔法が使えても対応の仕方が難しそうだ。古典的だが実に有効な罠だと感心した。こんなところで死んだら、メメントに馬鹿にされそうだ。ジャスミンやルビーも、呆れてしまうだろうか。
「もしかして死ぬか? これ」
そう呟いた矢先、何かが俺の横を俺より早く落ちていった。直後に俺は顔面から何か柔らかいものにぶつかる。それから落下速度は急激に遅くなり、やがて止まった。
「死なせるか、馬鹿野郎」
頭の上から声が聞こえた。俺は体を抱きとめられる形で下からアズリエルに支えられ、ゆっくりと下降する。
「助かったよ、意外とあって」
顔を彼女の胸にうずめたまま、俺は安堵する。
「お姉ちゃんを助けた後は覚悟しておけよ、アレク?」
その声のトーンだけでアズリエルがどんな顔をしているか伝わってきた。
「じょ、冗談だ。ありがとう、アズリエル」
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