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嘘、なんだろ?

「なあアレク、あの話は本当なのか?」


 潜伏中、アズリエルが小声で話しかけてきた。


「なんのことだ?」

「偽装魔法が使えると言っただろ、お前」


 おそらくロベルト説得の時の話だろう。俺は大人しく肯定した。


「ああ、言ったな」

「一体どういうことなんだ?」

「さあな……イスラフィールに籠手を渡して入れてもらったんじゃないか?」


 そう返事をした俺に、彼女の鋭い視線が刺さる。相当疑っているようだ。なおも質問を投げかけてくる。


「じゃあ偽装魔法をどう使うつもりなんだ?」

「どうって、それは……」

「使い方がわからないのなら、どうしてロベルトに聞かなかった?」


 とぼけようと思えばできなくはないだろうが、おそらく無意味だ。


「……何が言いたいんだ?」

「偽装魔法が使えるって話……嘘、なんだろ?」


 今さら偽っても仕方がない。正直に答える。


「……ああ」

「やっぱりか」


 アズリエルがこめかみを抑え、深くため息をついた。


「ロベルトの反対を制するにはあれしか思いつかなかった」

「わかってる。あいつは簡単には引かなかっただろう。でもな、ロベルトはそれだけお姉ちゃんを心配してくれてるんだよ」

「……すまない」

「構わない。別に攻めるつもりはないから。お前にとっては魔王だった私なんかの家族よりもメメント・モリの方が大切なのは当たり前だ」

「っ……! そういう、つもりじゃ……」

「……悪い、困らせたな。……あの時も言ったが、私はアレクのことを信じてるから」

「アズリエル……。俺は……」

「しっ。来たぞ」


 その時、サテュロスが一団を引き連れて街道を通り過ぎた。人数にして十人ほどと、物資運搬用か馬車を一台引いている。その後しばらくすると、予測通り離れてサテュロス達を追っていく人影があった。全部で四人だ。俺達はそいつらを警戒して二重尾行を始めたが、さっきのアズリエルの言葉で俺は心に暗い影を落としていた。

 しかし、敵の尾行がたったの四人であったことは幸運だった。兵が伏せている可能性も考慮しつつ、警戒して敵を追う。俺の見たところ、リーダー格の男以外はさほど強くはなさそうだ。それぞれ鋭い目つきの犬のような風貌。狼魔族だ。


 作戦では、前半のうちに挟撃する手はずになっている。中腹辺りには商人たちに休憩ポイントとして活用される開けたスペースがあるので、戦闘後にそこで一息入れようという腹だ。しかし、森に入ってからそれほど時間のたたないうちに前を行く尾行者が不審な動きを取り始めた。こちらも警戒して距離を取っているし、森に身を隠しながら後を追っているので気付かれたとはそうそう考えづらい。隣ではアズリエルが汗を拭いながらも、俺と同じ感想を持ったようだ。


「アレク。あいつらの様子がおかしい」

「わかってる。気付かれたか?」


 息を殺して観察を続けると、奴らは何事もなかったかのようにまた歩き出した。


「あいつら、単にサテュロス達に近づきすぎたのかもしれないな」


 俺が楽観的な感想を述べると、アズリエルは眉をしかめて苦言を呈した。


「油断するな」


 先ほどのやり取りで少し気まずくなったことを気にして軽めに意見したのだが、アズリエルには伝わらなかったらしい。仕方がないので俺はアズリエルに同調する。


「もちろんだ。予定より早く仕掛けることも考えておこう」


 アズリエルはこくりと頷くと俺の言葉に補足した。


「あちらから仕掛けてくることも、な」


 そして彼女の予想は的中する。道中の緩やかなカーブになっているところで、四人組は少しペースを上げる。俺達は見失わないように少し距離を詰めて尾行していた。すると前の四人は反転し、勢いよくこちらに突っ込んでくる。


「やっぱり気付かれてたか。アズリエル、隠れていろ」

「わかった。だが、危なそうなら爆弾で援護する」


 俺は嘆息し、立ち上がって茂みから出る。四人のうちリーダー格以外の三人が同時に襲い掛かってきた。全員、得物は剣だ。振り下ろす者、突く者、それぞれだが俺に対しての殺気だけは一様に感じとれた。俺はゆっくりと剣に手を伸ばす。


「……どうして、薬を飲まずに仕掛けてきたんだ?」


 すれ違いざまに一人、振り返る隙にもう一人を斬り捨てる。最後の一人は俺と攻撃のタイミングが同時だったので鍔迫り合いになった。ちょうどいいので狼魔族の男に質問してみる。


「あれはサテュロス達への不意打ち用に決まってるだろうが、ガキ」

「それでケチった挙句、ガキに返り討ちとは。ずいぶん情けない奴らだな?」

「ああ、全くだ」


 狼魔族もなかなか力自慢の種族のようだ。剣越しに見える鋭い目からは自信が溢れている。俺は剣に込める力を少し緩めて尋ねた。


「く……。ところで……隠れていたつもりだったんだが、どうしてバレたんだ?」

「人族ってのは視覚的に見えづらければ隠れた気になりやがる。匂いでバレバレなんだよ」


 やはり匂いか。気を付けてはいたつもりだったが、細かい範囲などは知らなかったのでこればかりはやむを得ない。


「ほとんど風もないと思ったが」

「単純な嗅覚だけならそうかもな。狼ならともかく、俺達は狼魔族だぞ? なめるなよ、ガキ」


 プライドが高いのか、上から目線の発言が多い。もう一人残っているし、こいつも手早く始末してしまわなければ。


「うわっ!」


 剣を一瞬強く押し込み、相手が押し返してきた瞬間に緩める。名も知らぬ狼魔族は前につんのめる形で体勢を崩し、情けない声を上げた。俺は狼魔族の無防備な背中へと一太刀浴びせてやる。最後の一人が血だまりに伏せると同時に俺は振り返る。リーダー格の男が会話ができる距離まで近づいてきていた。


「どうして彼らを援護しなかったんですか?」


 俺は剣についた血を振り払い、男に声をかける。剣から滴った血は、地面にまばらに散った。


「お前が、俺の仕掛けを待っていたからだ」


 この洞察力からもわかる通り、今寝そべっている三人よりは遥かに手ごわそうだ。体格もいい。さきほどの狼魔族は痩せこけていて、小突けば折れてしまいそうだった。しかしこいつは、大柄な男がかなり絞っているような体型。体作りからできている奴が弱いはずはない。


「薬、使わないんですか?」

「体に悪そうだったんでね。俺は使わねえ」


 先ほどの狼魔族に続いて、やはり自信満々にそう言い切る男。あの薬はどう見ても健康に悪影響が出るだろうし、気持ちはわかる。


「それはありがたい話ですね。あなたは健康管理には気を使っているようだし、命は大事でしょう。どうでしょう、ここは引き下がってはもらえませんか? 大人しく彼らを連れて、山を下りては」

「俺に気を使ってくれるのか? ふははは! 言うじゃねえか人族の小僧。お前こそせっかく魔族領に来たんだ。少しくらい遊んでもいいんじゃねえか?」


 尾行している身とはとても思えない豪快な笑いに、俺も少し釣られそうになる。


「ええ、では少しだけ」

「俺はカイゼルフ。お前は?」


 カイゼルフはファイティングポーズを取り、ステップを踏み始めた。


「……アレクです」

「アレクか……行くぜ!」

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