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ありがとう、アズリエル

 ロベルトの自宅から三人で最寄りの街に向かう。街に近づくにつれて木々は少なくなっていき、街は比較的開けた平地に作られていた。俺は魔族の街へ来るのは初めてだが、魔族領だからといって全くの別世界ということはなさそうだった。俺たちの立場上くぐりはしなかったが、本来なら街道から道なりに街へ進めば、木彫り細工の大きい門が入口で迎えてくれる。王都のように検問があるわけではなく、平時は誰でも行き来できるようだ。


「この辺りは野良の魔獣が少ないから、街の周りに大きな塀や柵は作っていないそうだ」


 そうアズリエルが教えてくれた。


 大通り沿いにはオープンテラスのある店が多くを占めているが全て閉まっており、街に人の姿はない。明かりもほとんど灯っていなかった。過激派と旧魔王軍の抗争中だからなのか、ただ単に深夜だからか。これに関してアズリエルは、自分もあまり街を歩いたことはない、と肩をすくめた。そんなやりとりもロベルトには聞こえていないようで、一人どんどん前を歩いていく。足早に進む彼に続いて俺たちも大通りから道を一本入り、そのまま突き当りの家までやってきた。ロベルトが叩くと戸は静かに開き、彼は振り返りもせず一足先に入っていった。

 彼が集団行動ができないタイプなのか、俺たちを誘い込む罠なのか立ち止まって一瞬考えたが、彼の性格からすると前者だと思い直す。俺たちも続いて家に入ったのだった。


「アラ、ロベルトちゃん。あなたにツレがいるなんて思わなかったわね」

「おいおい、そんな口聞いていいのか? お前にとってはとびきりの上客だぜ?」


 部屋にはやはり明かりがなく、暗がりの中でロベルトが誰かと話しているようだった。一歩近づくたび、床板がぎぎ、と小さく音を立てる。


「今はあなたが魔王軍を仕切ってるんですか?」

「ん? 誰かしら……」


 尋ねた俺からはまだ相手の顔も見えないが、魔族の方が人族よりも夜目が利くらしい。話し相手は一歩遅れて入ってきたアズリエルに先に話しかけた。


「ま、魔王様! ご無事でしたか!」

「おい、サテュロス。声がでかいぞ」

「サテュロス……?」


 聞き覚えがある名だ。それに山羊のような顔。確か魔王軍が村に攻めてきたとき初めに交戦した相手がそう名乗ったっけ。あの戦闘で正面を任せられるだけの人材だったというわけか。


「あ、アナタは、確かアレク! どうしてここに……」


 サテュロスもこちらを覚えていたようだ。無理もないが少し警戒されているように感じる。


「魔法が使えないと俺たちも困るから、プロバビロン攻略に協力しようと思ってな。よろしく頼む」

「え、ええ。アナタが味方なら心強いわ」


 暗がりで見るサテュロスの引き攣った笑いがとても不気味だ。


「俺がやっておいてなんだが、傷の方はいいのか?」

「獣魔族は生命力が強いから、治癒も早いのよ。とはいえあれだけのダメージ、まだ本調子じゃないわ」

「サテュロスよ。再会の挨拶、私ともしてくれるか?」


 アズリエルが痺れを切らしたように口を挟む。今まで待っていたのは俺とサテュロスが険悪にならないように配慮したのだろう。


「これは失礼を。魔王様、大事無いようで何よりです」

「ああ。サテュロス、無事でよかった」

「恐縮でございます」


 サテュロスはアズリエルにだけは特徴的な話し方をせず、かしこまって頭を下げる。


「それで、そろそろ本題に入りてえんだが?」

「そうですね。それでロベルト、サテュロスとはどういう要件で約束していたんですか?」


 ロベルトの言葉に俺も同意し、話を進めようと促した。


「お前らと似たようなモンさ。何か戦力になるアイテムを寄こせってな」

「それで私たちをアイテム代わりに寄こしたって? 悪い冗談だ」

「ハッ、お前は魔法無しじゃ戦力にはならんだろうが。アイテム以下だ」

「うぐっ……」


 ロベルトに図星を突かれ、うなだれて肩を落とすアズリエル。


「魔王様を侮辱するのは止めろ」

「へいへい」


 サテュロスが凄むとロベルトもおとなしく話を戻した。


「まあ冗談は抜きにしても、お前たちを引き合わせるのはメリットがあっただろう? 俺から提供できるのはこいつだ」


 ロベルトは背負っていたリュックからいくつかの球体を取り出した。


「それは何かしら?」

「爆弾だ。ここを押して投げつければドカン! てな。テストはしてねえが、理論上は一つで大クラスの魔法くらいは威力が出る」


 魔法無しで大クラスの魔法を?


「大クラス相当なら頑丈な魔族にとってもそれなりの脅威でしょう。防衛ラインのバリケードを吹き飛ばすにもいい」

「すごいじゃない。不意もつけるし大クラスと言っても今の状況じゃあ火力としては十分でしょうね」


 俺が感心していると、サテュロスも同意してくれた。


「それがいくつあるんだ?」

「九だ。それとは別に最後の一つ、このでかいのは極大クラスぐらいにはなると思うぜ」


 リュックの底から、頭ほどの大きさがある爆弾が出てきた。


「全部で十か。十分でしょう。サテュロス、こちらの戦力は?」

「こちら、ね……。せいぜい二十人ってところよ。前衛で戦えるのはもっと少ないけどね」

「ずいぶん少ないな。相手はどのくらいいるんだ?」

「誰のせいよ、全く。相手の戦力は少なく見積もっても倍近いわ」


 ぼやきながらもサテュロスは素直に教えてくれる。


「ざっと五十か。あちらには薬もある、正面突破はまず無理だな。となるとやはり……」

「何か考えがあるの?」

「サテュロスにないのなら、旧魔王軍は敵の防衛ラインに攻め込んで注意を引いてもらいたい。その隙に俺とアズリエルで潜入する。俺たちの目的は防衛ラインの突破ではなく、プロバビロンだ」

「ま、それはそうね。魔王様がいないと困るでしょうし、戦力的には悔しいけどアナタの方が適任でしょうね」

「待て。それだとイスラフィールはどうなる?」


 まとまりそうだった話に、ロベルトが水を差した。


「彼女を人質として防衛ラインまで連れ出すなら居場所が割れて良し、救助を優先します。いないならおそらくプロバビロンでしょう。その場合、戦局には影響が出ないのでそれも良しと、そのように考えます」

「そんな博打みたいなやり方で彼女を危険に晒すなんて……」


 イスラフィール救出についてはアズリエルが文句を言う役かと思っていたが、ロベルトが言い出すとは意外だった。上手く納得させる方法を考えながら話しを進めていく。


「サテュロス、お前たちは魔王の姉であるイスラフィールが捕まっていることを知っていたか?」

「……いえ、知らなかったわ」

「そんな状況で人質をいきなり殺すでしょうか? あちらにはあの薬がある以上、爆弾があってもどの道防衛ラインの突破は不可能でしょう。そして我々は魔王であるアズリエルのナビゲートなしにはプロバビロンに辿り着けない。であれば人質は、プロバビロンまで辿り着いた魔王に対しての切り札として使いたいはずです」

「確かにな……だがその仮定が正しいとしても、それは潜入してからの打つ手がないという意味じゃねえのか?」

「あなたの素晴らしいアイテムは、何も爆弾だけではないでしょう?」


 こつこつと俺は身に付けている籠手を指で叩く。


「それはそうだが話を逸らすな! スペルバッテリは事前に蓄えた魔法が撃てるだけだ! それじゃあイスラフィールの安全が担保されてねえだろうが!」


 声を抑えるのも忘れてロベルトが声を荒げた。アズリエルとサテュロスはロベルトを注意しようとしたが、俺は気にせず淡々と話を進める。


「ここに偽装魔法が蓄えてあればどうです?」

「な……なんだと?」

「スペルバッテリの性質上、俺にも確認することはできませんけどね」

「だが……あいつは、マーリンは雷魔法使いのはずだ!」

「そうなんですか? ロベルト、あなたはマーリンをよくご存じのようですね。あの子は何者なんですか?」

「し、知らねえよ……。ある日急に家に来て、ここに置いてくれって泣きついてきて」


 何だそれは……。今は関係ないから触れないが、この男はとんだお人よしだったらしい。


「性別も誤認していたくらいですからね。あるいはそれも、偽装魔法だったのかもしれませんね? ですが、そんな得体の知れない子は信じるのに俺のことは信じられないのですか?」

「それは……」

「なあロベルト。お姉ちゃんのこと、心配してくれてありがとう。でも私はアレクのことを信じてみるよ」


 アズリエルはロベルトを嫌っていたように見えたが、今はとても優しい調子でロベルトをなだめている。しかしアズリエルがそんなにも俺を評価してくれているとは知らなかった。


「ありがとう、アズリエル」

「アズ……。お前がそういうなら俺も腹くくらんと、か。……アレク。イスラフィールのこと、頼むぞ」


 俺の目を真っ直ぐに見て、訴えかけてくるロベルト。とりあえず次のステップへ進めそうだ。


「……ああ。任せてくれ」

「大筋は決まったわね。ここからは具体的な策を立てましょう」

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