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意外と……ある

「勇者よ、準備はいいか?」


 村を出て森を抜けた先の崖上。俺とアズリエルは運河を見下ろす。水面には半分の月が揺らめき、向かいの大陸を挟んでもう半分が空に浮かんでいる。


「準備はいいが、もう名前で呼んでくれないのか?」


 左腕の籠手を月に照らして眺めながら俺は尋ねた。


「う、うるさい! では行くぞ!」


 そう言って慌てて翼を広げ飛び上がると、俺を捕まえて運河へ飛び出すアズリエル。俺は彼女に後ろから抱きつかれる形で同行する。翼魔族の力を借りた移動は、身に付けて籠を吊り下げられる振り子のようなグッズも使われるらしいのだが、ないものは仕方ない。それに、あったとしても偽装魔法が使えない今、あまり目立つ飛び方は好ましくないだろう。いや残念だ、本当に。


「意外と……ある」

「ちょっと黙っててくれるか!?」


 怒られた。泳いでいけと言われても困るので大人しく指示に従おう。


「……その籠手、使いこなせるのか?」

「どうだろうな? 雷魔法は使い慣れてるし一応は使い方の説明も聞いたが」


 籠手はマーリンから渡されたものだ。プロバビロンに着いても場合によっては魔法無しでこれを破壊する手段が必要になる。そんな時のためにと、彼女から左の籠手を預かってきた。


「ま、道中使うことはほとんどないだろうし、今から気にしても仕方ないだろう。それよりも渡ってからのことだ。自慢にもならないが、俺には土地勘がないぞ。マーリンと相談してたみたいだが大丈夫か?」

「向こうに着いたら、まずはある男の元へ行く。彼女曰く、その籠手を見せれば力になってくれるかも、ということだ」

「マーリンの協力者か。どんな奴なんだ?」

「一言でいえば変人、だそうだ」


 もう少し詳しく説明してくれても良さそうなものだが。


「変人というのは一目見てわかるものなのかね。頭に花でも咲いてるとか?」

「さあ? とりあえず隠れ家の場所と協力者の名前は聞いてるから、行ってみるしかないだろう」

「ずいぶんと頼りない情報だな」

「おしゃべりはここまでだ。着いたぞ」


 アズリエルが俺をゆっくりと地面に預ける。これが魔族領への記念すべき第一歩だ。俺が降り立った少し開けた場所には、小さく古ぼけた小屋があった。辺りにはこれまた森があり、森の奥から運河に向けて川が流れている。小屋は人が住むようなものではなく、何かが飼われていたようだ。ただ、今は何の気配もしない。


「ボーっとするな、こっちだ。この川沿いを上流に進む」


 アズリエルは休むこともなく先へ進もうとしていた。一人抱えて運河を越えるのは大変だろうと思ったが、森歩きよりは楽なのかもしれない。


「ああ、悪い」


 俺はそう言って、慌てて後を追う。協力者の隠れ家までは比較的すぐだそうだ。時間も遅いし、気の利いた挨拶でも考えておいた方がいいだろうか……などと思っていたが、杞憂だった。


「お前、アズリエルか?」

「お前がロベルト?」


 教わった住所を尋ねると、みすぼらしい格好をした眼鏡の男。それに二人の反応を見るに、どうやらマーリンの言う協力者は、アズリエルと顔見知りだったようだ。


「知り合いか?」

「知り合いという程でもないが、知ってる奴だ」


 少し嫌そうな顔をするアズリエル。俺に頼みにきたときにもこんな顔はしなかったというのに。


「おいおいつれねえな。何回か会ったことあるだろうが。俺はお前がガキだった頃から知ってるぜ」

「……顔は知っていたが名前と住所までは知らなかった。どちらかというとおね……姉の知り合いという方が近いな」


 なるほど。昔のことを自分を知ってる相手はなんとなくやりづらいものだ。


「ロベルト……さん? 初めまして、アレクと言います」

「いかにも、俺はロベルト。しがない研究者だ。面倒だし、さん付けはいらねえぜ。よろしくな、アレク。それで、お前の左手のそれは……」


 ロベルトと名乗った男はマーリンの予想通り、籠手に食いついてきた。


「これはマーリンから預かったもので、見せればあなたが力になってくれると聞いて尋ねてきたのですが……」

「やっぱりスペルバッテリか! それで、マーリンは元気か? あいつは使命とやらを果たせたのかい?」

「元気ですよ。使命のことは聞いてませんが、俺も俺の仲間も、彼女には助けられました」


 そう伝えると、ロベルトの仏頂面が少しだけ明るくなった。だが、すぐに眉をしかめて尋ねてくる。


「そうか。……ん? 今お前、彼女って言ったか? あいつ女だったのか?」

「え? 違うんですか?」


 俺は驚いて聞き返した。男には見えなかったが。


「いや、マーリンはフツーにどう見ても女の子だ。ロベルトは研究しか興味ないから気付かなかったんだろう」


 アズリエルが俺の意見に賛同して二体一になり一安心。やはりマーリンは女性だったようだ。


「は? 違うし。ガキに興味ないだけだし」


 ガキと言ったロベルトが今まさにガキみたいな言い訳をしている。


「はあ。姉も何でこんな奴と知り合いだったんだか」


 そんな様子を見て、アズリエルが頭を抱えた。こじれる前に俺は話を進める。


「えーっと。研究というのはこの籠手のことですか?」

「ああ。スペルバッテリは俺が作った。ま、それはオリジナルがあったけどな。昔は王国式鎧の開発とかもやってたんだぜ」


 最近そんな話を聞いた気がする。誰かが王国を辞めた研究者がいたと言っていたが。


「お前と戦ったときの盾もこいつが作ったらしい」

「たまに魔王軍に協力することもある。避雷盾は自信作だ」

「あの盾は厄介でしたね。まさか開発者にお会いできるとは……それに、王国式鎧も。ということは、ダリウスが尊敬してる人っていうのはロベルトのことですか?」

「ダリウスか、懐かしい名前だな。どうしてんだ?あいつのこと知ってんのか?」

「研究室長になってましたよ。まあ、王国で少し話しただけですが……」

「そうか。ま、今それは置いとくか。それで、お前らは何しに来たんだ?」


 雑談もそこそこに、ロベルトにことのあらましを話した。


「やっぱり、イスラフィールが……」

「はい。それで彼女の救出とプロバビロンの破壊のため、あなたに協力をお願いしたくて」

「俺で良けりゃ、力を貸すぜ。何が必要だ?」

「これまでの魔族領での情報。それに何か戦力になるアイテムが欲しい」


 すかさずアズリエルが要求する。


「あのアズが魔王になったってのは知ってたが、ずいぶんしたたかに育ったな?」

「姉を助けるのに協力してくれるって言っただろう?」

「もちろんするぜ? ただちょっとチビの成長に感心してただけさ」

「はあ。お姉ちゃんは本当にこんな奴のどこが気に入ってたんだか」


 それからロベルトにこれまでの魔族領での出来事を聞いた。引きこもりだと思ったが情報収集はちゃんとしていたようだ。おそらくはイスラフィールのことが心配だったんだろう。


 魔族領ではやはり旧魔王軍のメンバーが抵抗勢力として活動しているらしい。しかし先日のメメント・モリ襲撃でまともに戦える人員は少なく、身体能力が高い魔族を中心に構成されている過激派には苦戦しているようだ。しかも身体強化薬の使用も確認されているらしい。


「あの薬、あれはやべえな。経口摂取であの即効性、効果量。薬物は専門外だが副作用めちゃくちゃきついんじゃねえか?」

「資料を見たことがあるが、あれは猫魔族の身体強化を薬で疑似的に再現しているようだ。ロベルトのアイテムでなんとか対策できないか?」

「薬は専門外だと言ったろ。それに、アイテムの開発だってそう簡単じゃねえんだよ。今すぐには無理だ」


 話は敵の布陣に切り替わった。過激派は街を完全に占拠しているわけではなく、プロバビロンのある黒翼族の村とその手前にルートを塞ぐバリケードを優先して作っているということだ。


「あちらも人が足りないんだろう。連携して仕掛ければ突破は難しいかもしれんが注意をひきつけることはできる」

「その隙に私たちが潜入するということだな」

「細かい話はあとだ。俺も今から抵抗勢力に会う予定だったから、合流場所に案内してやる。魔王がいれば話は早いだろう」


 俺たちはごつごつとしたリュックを背負ったロベルトに案内されて、魔族の街に向かう。

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