まだ買っとらん……
翌日。王、騎士団長、メメント、それに俺は再び謁見の間に集まっていた。
「早いな。それでは結論を聞こうか」
「確たることは何も言えんというのは変わらんよ。わしらが確率を操作していない以上、お主らの主張では魔族のしわざか、あるいは本当にただの天災かもしれんな」
しれっとそう答えるメメント。王はその様子に少し考えこんでから俺に話を振った。
「アレク君、君の意見はどうだ? それとも、大賢者の前では言いづらいかな?」
「いえ、私も大賢者様と同意見です」
「そうか……。ならば少しだけ発破をかけようか。今、君たちの村へ多少の戦力を向かわせている。先日のような襲撃があってはいけないだろう? 君たちがいない間、村の防衛に協力しようと思ってのことだったが……」
結局そうなるのか。
「それは脅しのつもりかの?」
「まさか。君たちが何もないというのなら調べても問題はないはずだ。あの村も、私の国の一部なのだから」
「わしとの約定を違えると?」
メメントから微かに殺気が漏れている。
「いいや。君とは確かにできるだけ不干渉という話だが、あの村に今、君はいないだろう?」
無茶苦茶な理屈だ。だが対面している相手は一国の王。屁理屈を押し通すだけの権力を持っている。
「自分で呼びつけておいて、よくもぬけぬけと」
「君たちにはもっと真剣に協力してもらいたいというだけなんだが、わかってもらえないか?」
張り詰める空気の中、謁見の間の扉が勢いよく開かれ、兵士の一人が息を切らして入ってくる。
「し、失礼します!」
「何事だ」
冷たい声で王が尋ねる。
「はぁ、はぁ……っ、報告します!ま、ま、魔王が……、運河を渡ってきました!」
「何だと?」
魔王が侵攻してきたという報告に、王や騎士団長を含めた兵士たちは浮足立つ。
「どうやらわしらの相手をしている場合ではなくなったようじゃな?」
メメントはせせら笑っている。
「……本当なのか?」
「はい。ただ魔王は一人だけで、しかも既に傷を負っており……森に降りたようですが方角的には、メメント・モリの方へ向かっていたようです……」
「何じゃと?」
今度はメメントが驚く番だ。
「状況はよくわからんが、助けを求めにきたような動きに見えるな……。お前たちが実は魔王とグルだったと、そういうことか?」
まずい。村の心配どころか、俺たちの立場の方は一気に雲行きが怪しくなった。王国からすればいつもは脅威の魔王も今回ばかりは吉報だろう。この王の一言で護衛の騎士が一斉に俺達へと武器を向ける。さらに騒ぎを聞きつけて場内の騎士が集まってきた。
「誤解だ! 何の確証もないのに。おいメメント、どうする?」
「どうするも何も……」
誤解を解くにしろ最低でも拘束されるのは間違いないだろう。王から既に強行姿勢を見せられている以上、それは避けたい。しかし抵抗すればもちろん反逆者。残された道は。
「逃げるしかないじゃろ! 水魔法【極大】大波!」
メメントの杖から入口に向けて津波のように水が溢れだす。それは騎士たちを押し流し、俺はメメントに掴まれ波に飲まれて城の外へ流された。
「追え! 重要参考人だ。手ごわいぞ、あれも使って構わん!」
波間に王の号令がかすかに聞こえた。
城から脱出した俺たちは、建物の屋根を伝って王都からの逃走を図る。
「びしょびしょじゃないか。全く……」
俺は濡れた髪をかきあげながら悪態をついた。
「文句を言うでない。ほら、これでええじゃろ」
メメントが杖で俺の頭を小突くと、服や髪を濡らした水分は全てメメントの杖先に集まった。
「しかしどうする? 村へ戻っても王国はこの前の魔王軍みたいに侵攻してくるんじゃないのか?」
「それは後じゃ。村を押さえられたままでは交渉にもならん」
杖が集めた水は一定の大きさになると地面に滴り、エレメントを生成していく。
「それに魔王……。この前帰っていったばかりじゃというのに、一体どうしたことじゃ」
「その話だが……本当なのか? あの場で俺たちを抑えるための嘘ということは?」
「わからんが、嘘にしては突飛すぎるとわしは思う」
俺もそう思う。わからないことだらけだ。
「いたぞ!こっちだ!」
王国軍の兵士が集まってくるが、俺も足には自信がある。メメントに合わせているが十分逃げ切れる速度差があった。
「魔王への警戒態勢で前にも兵士たちがいるからの、注意せえよ」
「わかってる。それより外壁だ、越えられるか?」
前にいる兵士はまだ俺たちが追われていることを知らないはずだ。彼らが情報を共有する前に逃げおおせることはできるだろう。それより、王都を抜けるにはこの高い外壁を越えなければならない。
「そら、水魔法【大】氷柱」
外壁から何本かの氷の柱が生えてくる。それを足場にして乗り越えると、氷柱はエレメントとなって地面へ落ちていった。
「で、上ったはいいがどうやって降りるんだ?」
「ん? ここから降りるのは楽しいぞ?」
先ほど上ってきた高さを今度は壁の外側へ降りなければならない。メメントは鼻歌交じりに氷の坂をこしらえて滑っていく。俺も後に続いた。
「なんか、慣れてるな」
「村には娯楽が少ないからの。こういう遊びは飽きるほどにな」
「そうか……。まあ、何にせよ助かった。森を進んで追っ手を撒こう」
俺たちは氷の坂を滑り降り、森へ向かう。村への最短距離だ。
「あっ!」
突然メメントが声を上げる。何か思いついたのか?
「どうした?」
「トゥンカロン、まだ買っとらん……」
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