確かに……うさんくさいですね
研究室に着くと、ホールのように広いスペースをみな忙しそうに何かを見たり動き回ったりしている。ここまで付き添ってくれた世話係の人がその中の一人を呼び止めて何か話すと、小走りで部屋の奥に消えていった。その人が用件を伝えてくれたらしい。少しすると奥からだらしない恰好の男が頭をかきながら現れた。
「ダリウスだ。ここのラボを仕切ってる」
「アレクです。忙しいのに、すみません」
挨拶を交わし、俺はダリウスを見る。研究者と言う割には体格が良い。王国は武闘派の集まりなんだろうか?
「確かに忙しいけど、王の命ならしゃーねーわ。あの資料のことだろ?」
ダリウスはそばにあった椅子を雑に引っ張って二つ並べ、そのうち一つに腰掛ける。一応気を使って世話係の方を見たが、絶対に座らないという意思を感じた。俺は無言の圧力に甘えてダリウスが用意した椅子に座った。
「そうです。まとめたのはあなただと聞いて。この研究室では魔法の発動確率について専門で調査をされているんですか?」
「んなわけねーだろ。魔法、遺物絡みはだいたいここだ。つーかこの城の奴ら、それ以外でも頭を使う類の話は全部俺のとこに持ってきやがる。忙しいったらねーぜ」
口ではこう言っているが、それが嫌そうという風には見えない。
「頼りにされてるんですね」
「ま、前任が気難しいヤツだったから、その反動もあるかもな」
「前任というのは?」
「もう結構前に辞めたんだが、俺の先輩にすげー人がいたんだよ。かなり前に作られたはずの騎士団の耐魔鎧とか今でも基本設計は変わってないし。ようやく実現にこぎつけられそうな遺物の――おっと、詳しくは話せないが、今でもその人のアイデアを元に開発しているものもあるんだ。ただ、自分の好きな研究しかやらないって人だったから王の命令も無視したりしてよく問題になってたな。ある日突然どこかへ行っちまったが。俺はその人を尊敬してんだ」
騎士団長の鎧はメメントも高度だとか言ってたな。
「しがらみが嫌になったんでしょうか?」
「さあな。だが、研究をするならここよりいい場所なんてないと思うがね」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。国営なんだから予算も材料も理由をつけて引っ張ってこれる。たまにある王の命令だけ聞いとけば非人道的な実験だって黙認、やり放題だ」
この男、本気で言ってるな。一見気さくだが、研究者とはこういう人物が多い職業なのかもしれない。
「そういうことはあまり部外者に言わない方がいいと思いますよ……」
「……確かにな。今のは忘れてくれ」
そんな一言で忘れられるわけはないが、俺は一応黙って頷いた。世間話は終わりだ。
「本題に入りましょうか」
「魔法の発動確率だったな。資料にも書いたが、俺は大賢者が絡んでると思ってる」
「どうしてですか?」
「だってよ……うさんくさいだろ、大賢者なんて」
お前が言うな。しかも仮にも研究者なのにそんな理由でいいのか?
「というか、お前は大賢者側の人間だろ。実際近くにいるお前が一番詳しいんじゃないのか?」
「そういわれると確かに……うさんくさいですね」
俺も本心が出る。先日の戦いで何度か嘘をついて俺たちを利用しようとしたことを思い出していた。
「だよな」
ダリウスはうんうんと腕を組んで頷いている。
「ただ、うさんくさいのと確率の件は関係ないと思いますよ」
「そうか。まあ俺はどっちでもいい。資料をまとめて考えを出すのが俺の仕事だっただけだからな」
「国の方針に沿った考えを、ですか?」
口が軽い男だと思ったので、それっぽいところをつついていくことにする。
「若いのによくわかってるな。そういうこと言うヤツはなんとなくシロだって気がする。だが、大賢者が確率を支配しているのではないとすれば、魔王軍が支配していた可能性が強くなるな。大賢者とぶつかって魔王軍が弱ったからと考える方が筋が通る、か?」
「どちらにしても先日の戦いと関連があるとお考えなのですね」
「他に主だった手がかりがないんだ。タイミング的には怪しんで当然だろう」
手がかりがないなら、あの山のような紙束には一体何が書いてあるのだ。
「王国は確率を支配したいのですか?」
「そこまでは知らねえよ、個人的に興味はあるがな」
「では、確率を操作できるならどういうものだと思いますか?」
「そうだな。何らかの魔法か、装置か。確率なんて今まで当たり前にあったものだから、想像が難しいな」
「……参考になりました。ありがとうございます」
「もういいのか?」
「はい。今のところは。もし何かあればまたお邪魔させてください」
「ああ。じゃあな」
部屋に戻るとメメントは資料の仕分けをしているところだった。
「なんじゃ、もう戻ってきたのか。面白い話は聞けたかの?」
メメントはこちらを見ることもなく、質問をしてくる。
「やっぱり何かあるな。確率を天災扱いしたくない、だっけ? あんな王の建前とは別の何かがあると思う」
「じゃろうな」
「資料にはなんて?」
「先日の戦いくらいしか大きな動きはなかったから、魔王か大賢者のどちらかが確率を支配していたとみて間違いない、じゃと」
「早く王都を出た方がいいかもな。あの二人なら大丈夫だとは思うが、万が一、村を狙われても面倒だ」
「明日の午前中に王のアポイントを取っておいてくれ。理由をつけて後回しにされても困るでな」
世話係にそう伝え、その日の調査は終わった。
夜遅く、人の気配がして目が覚める。
「誰だ?」
「そんなに警戒しなくとも暗殺なんてしませんよ、アレクさん」
女の声。月明かりに照らされた侵入者は煌びやかなドレスを着ていた。
「こっそりと警告をしに来たのです。王はあなた方の足止めを狙っています」
「だろうな」
「なあんだ。知っていらしたの?」
「可能性の一つとしては、な。で、お前は誰なんだ。目的は?」
「フェルレインです。あなたの勇者としての道を応援する者とでも言っておきましょうか」
「冗談はよせ。わざわざここに来て無駄話をしても仕方ないだろう」
「あら、本当ね。もうこんな時間……私、そろそろ行きますわ。あまり時間がありませんの。できればこの夜のことはご内密に」
フェルレインは窓から……でもなく、普通にドアから堂々と出て行ってしまった。
「何だったんだ、あいつ……?」
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