ご同行願います
メメント・モリに襲来した魔王軍を退けてから数日が経った。
戦いの前から変わったことといえば、まずは大賢者の家が無くなったこと。それから、大賢者から受けた依頼の内容が修行から修理に変わったことくらいだ。
しばらくは代わり映えのないスローライフを謳歌できるかと思ってい過ごしていたんだが、すぐに俺の見込みが甘かったことが判明する。
「アレク?」
お気に入りの丘で物思いにふける俺に、ジャスミンが訪ねてきた。
「ジャスミンか。どうした? 先に断っておくが休憩してただけで、サボってるわけじゃないぞ」
「まだ何も言ってないじゃない。それより、お客さんよ」
先の戦いの後から少し優しくなった気はしていたが、まさかジャスミンが冗談を言うとは。
「はは、こんな田舎に人が訪ねてくるはずないだろ? 仕方ない、仕事に戻るよ」
俺は彼女の誘い文句に少し笑ったあと、重い腰を上げた。
「ちょっと! 本当にお客さんが来てるのよ? 家に来てもらってるから早く戻って。メメント様も先に行ってるから」
ジャスミンが呆れたように言う。俺は半信半疑のまま彼女に連れられて帰ることになる。
家に戻ると、エプロンを身に付けたルビーが玄関で待っていた。
「アレク様、おかえりなさい! お客さんは応接室で待たせているので、案内しますね」
尻尾を揺らしながら俺を先導するルビー。つい触りたくなって手を伸ばそうとしてしまうが、思い直す。動くものに気を引かれるなんて、猫はどっちなんだか。
「ただいま。それで、どんな奴だ?」
「王国の……なんとかって男の人でした」
ジャスミンの話が実はサプライズでした、というオチではなかったらしい。それはそれで逆にサプライズなのだが。
「要件は?」
「……何でしょうね? 大事な話らしいですけど」
案内人に伝えないということは大事な話なのだろうが、俺はそんな要件に心当たりはないのだがな。
「おお、アレク。来たか」
廊下でメメントと鉢合わせた。今日は子どもの姿ではなく、色気のある大人の女性として客人と会うらしい。
「メメント。お前の客か?」
「いや、違う。王国の者とは基本的に不干渉というスタンスで話がついておるんじゃが。ま、聞いてみればわかるじゃろう」
二人で応接室の前に並び、ルビーが戸を開いた。
「お初にお目にかかります。私はザカライア・ウッドワード、王国騎士団団長を務めております」
立ち上がり、そう名乗った髭面の男。歳は俺よりだいぶ上、歴戦の戦士という雰囲気だ。着こんだ軽鎧と二本ある剣の鞘には王国の紋章が刻まれていた。
「騎士団長殿、よく来たの。わしが大賢者メメント。こっちがアレクじゃ」
「それで、その騎士団長さんの要件というのは?」
俺は軽く頭を下げ、早速本題に入る。
「……魔法の発動確率が無くなったことは、ご存じでしょうか?」
魔法の発動には以前まで成功確率が設定されていた。その確率のせいで俺は以前パーティを追放されたのだが、原因は古の魔王による儀式魔法だった。先日の戦闘で現魔王が目的を達成したため、解除されたのだ。
「知っていますが、それがどうしたんです?」
「大賢者様にこの理由についてご意見を頂きたく、馳せ参じました。……いえ、正しくは、大賢者様にはその理由について思うところを我が王に直接お伝えいただきたいのです」
「わしに王都まで来い、と?」
「はい、ご面倒をおかけしますが……」
ザカライアは堂々とした態度ではあるが、やや申し訳なさそうにしている。
「それは、面倒じゃのう……」
「王国は大賢者とは不干渉ではないのですか?」
俺はさっき廊下でメメントに聞いたばかりの話だが、さすがに騎士団長が知らないはずはない。
「私もそう聞いております。ですが今回は世界中で影響のあった異常事態ですので……。あるいは、これは私の個人的な想像なのですが……王は先日こちらであった大規模の戦闘が何か関連していると思っておいでなのでは、と」
実際その通りなのだが。しかし今そう答えても、彼がそれで引き下がるわけではないだろう。
「それは王の命令で、逆らえばメメントは反逆者になるのですか?」
「元々不干渉という約束ですから、強制はできません。なので断っても大賢者様には何もありません。ですが……」
「ですが?」
とても嫌な予感がする。何か大きな事件が始まる、いや、既に始まっている気がした。
「アレク殿。あなたには大賢者様と同様の……命令が出ております」
騎士団長は命令の部分をとかく強調して言う。確かにメメントは強制していないが、実質的には俺が人質ということか。そこまでして王都に来させたいのか?
「メメントが行くと言えば、俺は行かなくても良いのですか?」
「いえ、そのようには聞いておりませんので、メメント様の答えがどうであれ、アレク殿は私とご同行願います」
とばっちりじゃないか。スローライフが始まってまだ数日だというのに。
「仕方ないの。アレクなぞどうなっても知ったことではないが、どうせその次はジャスミンを狙う気なんじゃろ? わかった。せいぜい久しぶりの旅行を楽しもうかのう」
「やれやれ。それでは、準備してきます」
俺達はため息混じりにそう答えた。
「本当に申し訳ない。協力感謝します。では私は村の入り口で待っておりますので、準備ができ次第おいで下さい」
騎士団長が深々と頭を下げる。俺たちが同行しなければ彼もどうなっていたかわからない。騎士とはそういうものかもしれないが、団長にまでなっても王の小間使いとは、大変なことだ。しかし同情はない。きっと彼らはそれを誇っているだろうから。俺のような冒険者にはない感覚だ。
部屋を出ると、ルビーが三人分の水を持って来たところだった。騎士団長は気を使ったのか俺の後ろを通ってそっと出ていく。軽く会釈をしていたのが見えた。
「ああ、ルビー。ちょうどいい所に」
「アレク様。お話、もう終わっちゃったんですか?」
ルビーが首を傾げた。
「ああ、面倒なことになった。ちょっと王都まで出かけないといけない。メメントも一緒だ」
「王都……って、あのギルドのあった街ですか?」
ルビーは控えめに尋ねる。俺がやや不機嫌そうに見えたのだろう。実際まだ納得はできていないが。
「んー、まあほぼ正解だ。あの街のすぐ北にあるんだ。ほとんど隣接してるから同じ街と言っても大きく間違ってはない」
「そうなんですね。いつ出発ですか?」
「準備ができたらすぐにだ」
「えっ! じゃ、じゃあ急いで準備してきます!」
ルビーの動きに合わせてお盆の水が大きく揺れるが、なんとかコップの中だけで踏みとどまった。
「ああ……いや。すぐに戻るつもりだから、ルビーとジャスミンは村で留守番していてくれるか?」
「えー……」
ルビーは露骨に口をとがらせる。この子は以前助け出したときから何かと俺に付き従おうとするのだ。
「すまないが、わしからも頼む」
話を聞いていたメメントが助け舟を出した。
「メメント様」
「久しぶりに村を離れると思うと、どうも不安でな。ルビーとジャスミン、二人が村にいてくれれば安心なんじゃが、どうじゃろう? 引き受けてくれんか?」
「うー……わかりました」
俺と同様に納得はしていないながらも同意してくれたルビーの頭を撫でてやる。
「ありがとう。それで、ジャスミンはどこへ?」
「ここ。全部聞こえてるわよ」
突然、後ろからジャスミンが声をかけてきた。
「お、おう。じゃあそういうことだから」
「王都のおみやげ、期待してるからね」
こうして俺とメメントの二人、それに騎士団長ザカライアを加えた三人はその日のうちに王都へ向かって出発することになった。
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