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プロローグ

「ねえ、まだできないの?」


 アレを渡してからもう結構な日数が経っているのに。ボクは少しいらついていた。


「毎日毎日うるさいぞー。いいからお前は魔法の練習をしてろよ、ヘタクソなんだから」


 汚い恰好をした男、ロベルトは、にべもなくそう答える。


「うっさい! ボクがどれだけ上手くなったか知らないでしょ!」


 確かに初めのころは小クラスさえ満足に撃てなくてこの男にバカにされてたけど、今は違う。


「ムキになるってことは大したことないんだよ」

「でも、極大クラスまでは使えるようになってるもん!」

「この間までは、絶大クラスまで使えるようにならなきゃーって言ってたろ? 諦めたのか?」


 ぐぬぬぬ。なんでこいつはこんなにもいちいちむかつくんだろう。眼鏡のずれを直す仕草すらもむかつく。


「諦めてない! 明日には使えるようになるもん! ていうか、こんなペースで本当に間に合うの?」

「知らねえよ。俺はお前の言う【その日】ってのがいつか知らないんだから。できるだけ早く作る、俺に言えるのはそれだけだ。いつも言ってるだろ?」


 ボクには使命がある。もうすぐ起こるであろう戦いの日までに、戦局を打開する二つの力を用意しないといけない。一つはボク自身。もう一つはこの男に託した、あるアイテムの開発だ。


「もう時間がないの! 頼むから!」


【その日】の詳しい日にちまではボクにもわからない。でも、もうすぐのはずなんだ。正確にわからないからこそ、早く準備をしたいのに。


「焦っても怒鳴ってもしょうがねえだろ。さっさと修行してこい。お前みたいなちんちくりんが絶大を覚える時までには間に合わせてやるよ」

「言ったな!今日帰ってきたときに出来てるってことだからなー!」


 ボクはそうタンカを切ってかび臭い家を飛び出す。俗世と距離を置くあの男が住んでいる、街外れにある家。目立たず、隠れ家のような地下の家は、居候のボクにとっても都合が良かった。家のすぐそばにある川に沿って走る。川の上流、小高い丘にある、いつもの修行場所まで。


「先生!」


 なだらかな坂を上り切ってボクが修行場所につくと、美しい女性が黒い翼をたたんで切り株に腰かけていた。手を振って近づいていくと、先生はにこやかに答えてくれた。


「あら、マーリン。おはよう。今日も元気ね」

「おはようございます!」


 先生はとても美人で、魔力の扱いが上手な翼魔族だ。もうすぐ神格化の儀式があるというのに、抜け出してボクの修行を見てくれている。


「ねえ先生。ボクが絶大クラスを使えるようになるまで、どのくらいかな?」

「んー。絶大ともなると、どうかしら。でも、あなたはとても覚えがいいし魔力の量も多いから、きっとすぐよ」


 先生はそう笑うと立ち上がり、翼と腕を広げて大きく伸びをした。


「絶大は今日中に覚えるつもりだから。ボク、早く強くなって使命を果たさないと……」


 ボクは先生に意気込みを語る。しかし先生は途中からうわの空で、目を細めて遠くの方を見ているようだった。


「あら、あれは……?」


 先生の声にボクも振り返ると、見晴らしのいい景色が広がっている。しかし先生が今見ているのはどうやら景色ではなく、川のさらに上流の方だ。いくつもの煙が上がっている。火事だろうか?それに、あの辺りは確か――


「私の村……? 何かあったのかしら」


 先生の言葉にボクはピンときた。戦いが始まったのだ。


「先生。逃げましょう」

「でも、村にはアズが……」

「村に行くのは危険です。妹さんが心配なのはわかりますが……」


 困った。戦いが始まるシミュレーションは何度もしていたのに、いざことが起こるとどうすればいいかわからない。


「……そうよね、ごめんなさい。でもマーリン、私はアズの様子を見に行くわ。あなたは先に逃げて」


 一瞬先生が迷ったのはきっと助けに行くか行かないかじゃない。ボクを逃がしてから行くか、すぐに妹さんの元に行くかで迷っていたのだろう。そう答える先生の顔からは、もう迷いは消えていた。


「先生……。わかりました。では妹さんと合流したらすぐに逃げてください。ボクたちは先にメメント・モリに行って待ってます」

「ええ、そうするわね。あなたたちも気をつけて」


 穏やかにそう笑った先生は黒い翼をばさりと広げ、滑空していってしまった。


 ボクも急がなきゃ。さっき上ってきたばかりの川沿いの坂を今度は転がるように下っていき、かび臭い戸を勢いよく開けた。


「おーう、早えな。忘れ物か?」


 振り向きもせずそう答えた男は、アイテムに刻まれた魔法陣をルーペで確認しているようだ。


「始まったよ。それ、返して」


 ボクはテーブルに置かれた右手用の籠手を指さして言う。


「ん?おう、いい資料だったぜ。レリクトバッテリ、だっけ?ありがとな。」

「お礼なんかいいよ。それより、どこまで出来てるの?」


 籠手を身に付けながら、ダメ元で聞いている。


「ああ、これか?チャージして試してみてくれ」


 そういうと男は振り返ってテーブルに左の籠手と細長い物体を置いた。


「え、で、出来てるの?」


 ボクは目を丸くして聞き返す。


「計算上はな。ちゃんと仕様通り動くかはやってみないとわからん」

「使い方は?」

「チャージはまだそいつを直接握らないとダメだ。チャージしたら籠手にセットして、籠手の先端で照準を合わせて魔力を込める。あ、チャージは絶大クラスにしてだいたい三発分くらいまでにしてくれよ。それ以上は爆発するかもしれん」


 しれっと怖いことを言う。でも間に合った。今のボクにとってはそれだけで十分だった。


「出来てるじゃん!すごい!なんで隠してたの?」

「未完成だからだよ。重さは設計より三割増し、そのくせチャージ量も全然ダメだ。おまけにデザインが気に入らない。あ、あとそれセットした状態で防御するのは止めてくれよ? 耐久性にも不安がある」


 この男は変なこだわりがあるみたいで、細かいことをぶつぶつ言ってる。たしかにごつくてあんまり可愛くないけど、使えるならそれでいいと思う。


「そんなのどうでもいいよ! ありがとう、さすが天才だね!」


 身に付けたばかりの籠手をがちゃがちゃ言わせながら手を取って感謝を伝えた。


「ちゃんと試し打ちしてからにしてくれよ? 名前は……そうだな、”充伝器(レリクトバッテリ)”の対になるアイテムだから……”充魔器(スペルバッテリ)”ってとこか?避雷盾の技術が役に立った。とはいえ他にもまだ――」

「あ、ボク、もう行かなきゃ!おじさんは、本当に来ないの?」


 聞けよ、と小さくぼやいた男は少しむすっとして答える。


「ああ、俺は行かねえ。行ったところで何もできないしな。それに、イスラフィールがここに来るかもしれねえし」


 先生のことは確かに心配だ。それに、村や妹さんのことも。でもボクが今向かったところで守り切ることはできないだろう。それに、村を守れたとしても別の場所が危機に陥る可能性がある。


「そう……。じゃあ、先生が来たらよろしく伝えておいて。今までありがとう、気をつけて」

「ああ、元気でな。マーリン」

「うん、さよなら。ロベルト」


 ロベルトと別れて近くの小屋に繋いでいたグリフォンに乗り、ボクは川を下流に向かって飛ぶ。川下では大きな運河に合流しており、この運河が魔族と人族の領地の境目になっている。運河を渡った先、魔族領の対岸には人族の中心地である王都がある。王国も運河を越える魔族には警戒しているので、はやる気持ちを落ち着かせて迂回せざるを得ない。遠回りして王国から気付かれない位置で運河を渡ってボクが目指すのはメメント・モリ。


 早くこの危機をアレクに伝えなくちゃ。


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