012.決着、その後
復活した邪神サリエルは風船のように膨らんでいき、あっという間に見上げるほど大きくなった。頭だけで俺の身長の二倍はあるだろうか。魔力体なのか半透明で、全体的に白がかっているが翼魔族を象徴する翼だけは真っ黒だった。今のところ上半身だけだが、この地下ではそれでもぎりぎりで大きな翼が壁を這うように広がって、やがて止まった。もしサリエルがこのサイズのまま肉体があれば、バランスを保てず前に倒れて魔王は下敷きになっていただろう。
「大きいな……」
見上げながら、つい声に出てしまった。
「ああ、サリエル様。あなたの翼もまた、黒いのですね」
アズリエルはサリエルに気を取られ、隙だらけだ。
とりあえず今のうちに人質だったジャスミンを助けることにする。
「ん……。アレク!?」
ジャスミンを抱え、サリエルから距離を取る。
揺れのせいか、彼女は目を覚ました。
「ジャスミン。体調は?」
「だ、大丈夫」
「顔が赤いな。熱があるのか?」
「ほ、本当に大丈夫だから! その、降ろして……」
「……? ああ、わかった。無事ならいいんだ」
先ほどまで意識のなかった彼女に状況を説明した。できるだけ手短に。
「それで、あの大きい人? を倒すの?」
「それはあいつ次第だな。そもそも倒せる手合いなのかどうか」
ここまでは大きな動きは見られなかったが、突然サリエルの様子が変わった。
「ああああぁぁっ!!!」
耳をつんざく叫び声。金切声に近い。声の主はサリエルだ。
よく見てみるとアズリエルがサリエルに攻撃をしかけたようだ。
奴の目的を考えれば当然だったかもしれない。
これで一応はダメージが通ることが判明した。
「で、大賢者様よ。邪神ってのは倒せるのか?」
メメントに問いかけた。姿は大人のままだが、今はしゅんとしていて、かなり小さく見える。
「お主なら倒せんことはないじゃろ」
ずいぶんと投げやりな返事だ。
「できるとしても、だ。お前的には倒してしまっていいのか?」
「世界を救うには必要なことじゃ」
「俺達にわざわざ邪神のことを伏せていた。何か思うところがあるんじゃないのか?」
「……」
じれったいやつだ。
「あの魔王が邪神とやりあってる間にしか話はできんぞ?」
そこまで言って初めて、メメントが意を決したように話し出した。
「……友達、だったんじゃ。あいつが、サリーがああなる前は。だから、殺してほしくないと思っておった。じゃが」
暴れるサリエルを見るメメントは、自分が攻撃を受けていると言わんばかりにつらそうだ。
「しかしあの姿は封印前とはまるで違う。永き時の中で肉体は朽ち果てたんじゃろう。あれはもう人ではなく、まさに邪神。神格化した邪な心そのもの」
メメントは一呼吸置き、決心したように俺に頭を下げた。
「アレク、頼む。あやつを倒してくれ」
「わかった。任せろ」
「……ありがとう。今のお主なら強化も受けられるじゃろ。生命魔法【極大】ザ・パワー」
そう唱えたメメントから暖かい光が伝わってきた。今まで受けたことのない、力がみなぎっていく感覚。
皆は今までこんなコンディションで戦ってたのか。
この恩恵を受けられなかった俺が追放された理由も、今なら少しだけ理解ができる。
「じゃあせっかくだ、強烈なのを見舞ってやる」
「メメント様、私たちも」
「ああ、やってやろうかのう」
二人も残りの魔力を使って援護してくれるようだ。
特にジャスミンは魔力切れが心配だが、これが最終決戦だ。二人の判断を尊重しよう。
「アズリエル! 下がれ!」
全員の準備ができたところで、邪神と交戦中の魔王に呼びかけた。
「やっと協力してくれる気に……って、ちょっと待って!」
いつのまにかぼろぼろのアズリエルが、こちらを見て慌てて飛び退いた。
「……行きます! 水魔法【極大】激流!」
「サリー、すまん……。水魔法【絶大】オンザロック!」
ジャスミンの水魔法はメメントの強化を受けてなんとか極大クラスの水流を絞り出した、といった様子。
メメントはその水流の先でサリエルを氷漬けにする。魔力体でも俺が狙い撃ちしやすいように固めてアシストしてくれた、ということのようだ。
「今じゃ! アレク!」
「雷魔法【絶大】ボルトストリーマ!」
三人の合体魔法とでもいうのだろうか?
強化込みではあるが、撃った自分でも驚くほどの威力をした雷がサリエルを襲った。
閃光と衝撃が辺りを包み、直線上にある全てを文字通り消し飛ばしたのだった。
光が収まったとき、サリエルの姿もまた、跡形もなく消えていた。
合体魔法による破壊の余波が、まるで邪神の断末魔のように耳の奥で反響していた。
そして、神を倒した余韻に長く浸る間もなく、地響きが、上から。
――よく考えたら、ここは地下だったような。
「やば。」
この時の魔法によって、地下室を含むメメント邸は崩壊。
地下を脱出した後、雨は上がっており夜明けの空には虹がかかっていた。
その後のことだ。
まず邪神ことサリエルは消滅した。これは間違いないようだ。
あのあとメメントからサリエルについて少し話を聞いた。
内容を要約するとこうだ。
サリエルはメメントと同じく勇者パーティの一人で、勇者のことが好きだったらしい。しかし、天使族の神となってパーティを離れることになったその後、勇者は別のパーティメンバーと結ばれた。サリエルは勇者の妻への嫉妬と、嫉妬心を抱いてしまうことの自己嫌悪に耐えきれず邪神となってしまったという。
悲しい話だよな。
俺だったらどうするだろう?
アズリエルは翼魔族の新たな神の選定があるからと残存兵力をまとめておとなしく帰っていった。
重傷者多数だったようだが、幸い魔族から死者は出なかったらしい。
別に不殺を狙ったわけではなかったが、無意識に雷魔法の調整が出来ていたということだろうか?
そのこともあって多少は気楽にアズリエルとも話せた。
協力には感謝しているということだが、最後には背後から雷魔法を撃たれるかと思って結構冷や汗ものだったと本音を話してくれた。襲撃したことを謝罪されたし、最後に誤解させてしまったことを謝った。
案外ルビーやジャスミンと変わらない普通の女の子だったという印象だ。
魔王という立場や、翼魔族の代表という責任があるから魔王っぽいふるまいをしていただけだったんだろうな。
ルビーは範囲攻撃を持たないせいもあり、結局は最後まで西方面の魔獣と戦っていた。
全てが終わって合流した後、俺の活躍が見られなかったと残念がっていた。
俺としては、家を壊すところを見られなくて良かったと思っている。
魔王軍に大怪我をさせられた張本人のはずだが、彼女自身はまったく気にしていない様子だった。むしろ、いつの間にか魔王のことをアズリエルちゃんなどと呼んでいて、帰るときには別れを惜しんでいた。元気をもらえるあの人懐こさは、俺も見習いたいところだ。
ジャスミンは熱があったわけでもなく、単に魔力を消耗しすぎただけだったようだ。
今は体調も戻り、元気に過ごしている。
ただ、心境の変化はあったようで、それが行動に出るようになった。
例えば、あの日を境にルビーが俺にくっつくのをけん制している。
きっと俺にルビーを取られたくないのだろう。
それだけの思いがあればこそ、生命魔法の奥義を成功させることができたのだと思う。
俺の引き受けた依頼は無事に達成されたというわけだ。
メメントは家が無くなったので俺たちのいた宿を仮住まいとして生活している。
残念なことにあの日以来、元の少女の姿に戻ってしまったが、あれだけ働いた後でも魔力切れをおこしたりしなかった。その辺はさすがに大賢者を名乗るだけはある。
時折寂しそうな表情を見せるが、家の立て直しで忙しくしていれば多少は気が紛れるだろう。
また落ち着いたときには少し話を聞いてやろう。
俺はというと、実は特にやることがなくなった。
メメント・モリに来た理由の魔法成功率については解消された。
もう一度パーティを組んで試してみたが、無事に魔法が成功したのだ。
メメント曰く、あれは邪神が持っていた勇者への嫉妬心が、他の者とパーティを組ませないように働いたのではないかと推測している。
漠然と考えていた魔王退治も、直接対面して和解してしまったし。
今更わざわざ挑むのも違う気がして、目標が無くなってしまった。
じゃあ俺が今、何をしているかだが――
「こら、アレク。何さぼってるんじゃ」
「おっと。見つかったか。急ぐこともないんだ、のんびりやればいいだろ?」
「そういうのは壊した本人がする話ではなかろうて」
こうして村の人たちと協力してメメントの家を修理している。まあ、壊したのは俺だしな。
なぜこんなことになったかだが、あの後メメントから邪神の件を隠していたこと、依頼の報酬を払えなくなったことを謝罪されたのだ。
報酬も何も目的は果たされたのだし、俺はそんなこと別にどうでもよかったがメメント的には少しばつが悪かったのだろう。
そこで俺からそれぞれについて提案を出した。
一つ目、邪神の件は、いつかメメントの冒険譚を俺たちに聞かせてくれること。
二つ目、依頼の報酬は、代わりに俺たちをこの村に置いてもらうことだ。
ルビーも以前ひっそりと暮らしたいと言ってたし、ジャスミンの願いでもある。
俺も責任を感じているというのもあるが、ここでの暮らしが割と気に入っている。
パーティを追放されたときには田舎でスローライフなんて考えもしなかったな。
しばらくはこの村でゆっくりするつもりだ。
そのうちメメントの冒険譚を聞くこともあるだろうが、そのときにはアズリエルも呼んでみよう。
お互い、前の戦いのことは水に流してのんびりできるといいんだが。
さてと。
そろそろ休憩は終わりにして、家の建て直しに戻るか。
一章はここまでです。お読みくださり、ありがとうございます。
一区切りつきましたので、改めてここまでの感想や評価をいただければ嬉しく思います。
既にしていただいてる方には特段の感謝を。本当にありがとうございました。




