009.奥義
魔王と呼ばれた少女、アズリエルが不敵に微笑む。
メメントをここまで追い詰めた相手だ。油断はできない。
「ここは俺が引き受ける。お前はルビーの元へ」
「いや、助けてくれたのはありがたいが……あちらへ行くのはお主じゃ。二人とパーティを組んでくれ」
「なぜだ?」
俺に治療はできない。メメントが向かうべきではないのか?
「ルビーの傷が深い。お主の力でルビーの生命力を強化しなければ命が危ない」
「お前が行って二人体制で治療すればいいだろう。それにお前、魔王にやられかけてたじゃないか」
「う……。じゃが、そういう問題ではないのじゃ。あの状態からの治癒は消耗した今のわしには出来ん。こいつは何とか足止めして見せるから、頼む」
「……わかった。組んだらすぐ戻る」
「話はまとまったか?」
悠長に待ってくれていたのか。
おそらくは時間をかければ魔王側が有利になるという判断だろう。こうしている間にもエレメンタル達はどんどん数を減らしている。それに治療でどちらかが戦線離脱すれば戦局はさらに魔王側へ傾く。
有利なら無理に攻める必要はない。
「お前と戦うのはまた後でな」
「賢者を犠牲に女を助けるか。いい判断だ」
嘲笑する魔王を無視して二人の元へ急ぐ。
その最中、エレメンタルと交戦中の一団に雷撃を撃てないか横目で見ていたが、流石は魔王。
俺と軍勢の間に上手くポジション取りをして照準を付けさせない。
集団戦ではあちらに一日の長があるということか。
死ぬなよ、メメント。
俺は足早にルビーの元へ向かった。
「ジャスミン。大丈夫か?」
「アレク……」
結界を隔ててルビーを治療中のジャスミンに声をかけた。
見た感じ、手と服は血まみれだが治療する彼女自身には目立った外傷がなかった。
ルビーが体を張って守ってくれたおかげだろう。
ただ、彼女の表情からは普段の落ち着いた様子が見られない。
メメントの言った通り、状況はあまり良くないらしい。
「あ、あの、ルビーが私をかばって……。私、回復をして。してるんだけど全然、目を、覚まさないの……顔も、真っ青で……!」
「落ち着いて。俺がパーティに入るから。ジャスミン、君の魔法が強まる。ルビーの生命力も増す。そのために来たんだ」
歩み寄って優しく声をかける。聖女と呼ばれるほどの美貌を持つ彼女と見つめあうと、いつもなら少し緊張してしまう。が、今はジャスミンがパニック状態なのでこちらはその分だけ落ち着いていられる。
ちらりと見たルビーの顔は確かに真っ青だ。傷口は塞いでいるようだが、当たりどころが悪かったのか?
かなり出血もしているようだ。
「さ、これでパーティに入れた。落ち着いて、もう一度ルビーの回復をしてあげてくれ」
ジャスミンは小さく頷くと、ルビーの体に手を添え魔力をこめた。
結界の外で戦いの音と衝撃が響いている間はメメントも無事だろうが、急がなければ。
「ダメ……。なんで、私の力じゃダメなの?」
手ごたえがないのか、ジャスミンが悔しそうに俯いた。今にも泣きそうなか細い声だ。
「ジャスミン、メメントから奥義を授かったんじゃないのか? それはどうだ?」
「奥義……。それなら助けられるかもしれないけど……まだ上手く扱えない……。成功率が低すぎるの……」
「修行中、1%でしか失敗しないはずの俺の魔法が何度失敗したか忘れたのか?大丈夫さ。心配ない」
「……わかった。やってみる」
ジャスミンは鼻をすすってから大きく深呼吸をして、再び唱える。
「生命魔法【絶大】リアニメイション!」
ルビーを中心に一瞬白く光ったが、その光はどこかへ吸いこまれるように消えてしまった。
「やっぱり、ダメ……。もう、どうしたら……。アレク……」
がっくりと肩を落とすジャスミン。失敗による精神的なストレスもそうだが、奥義となると彼女自身の消耗も相当なようだ。
「落ち着いて。大丈夫。ほら、深呼吸して」
「ア、アレク……?」
優しくハグしてみた。たしかハグにはストレスを軽減する効果があると聞いたことがある。
ルビーも心配だがジャスミンももう限界だろう。
「大丈夫、大丈夫」
「私、でも、ま、また失敗、したら、もう……!」
ハグしかえしてくるジャスミンの腕に力が入っている。
人の命がかかっているのだ。それも恩人の。
相当な重圧があっただろう。俺は抱きしめたまま、彼女の頭を優しく頭を撫でてみた。
「大丈夫だから。成功のコツを教えてあげる」
「成功の、コツ……?」
「そう。いい?成功するか失敗するかなんて、そんなことは考えなくていい。成功した後のことを想像してみて。成功したら、ルビーは元気になるだろ?で、その勢いで俺たちは魔王軍を返り討ちにするんだ。それで村は今までの暮らしが戻ってくる。しばらく修行は休みにしてさ、広い温泉にゆっくり浸かったり、おいしいご飯を皆で食べたり。どう?ここを乗り切ったら、ジャスミンはどんな生活がしたい?」
「私は……」
少し間を置いて、彼女は答えた。
「ルビーには生きててほしい。もちろんメメント様にも。それで……。皆と、アレクと一緒に生きていきたい」
「よし!その意気だ」
彼女は頷いた。先ほどのような弱弱しいものではなく、力強く。そして彼女は再びルビーに手を添えた。
「俺も、少しでも力になれるように」
そう言って、俺も自分の手をジャスミンの手に重ねてみた。彼女の手はまだ震えていた。
「ありがとう、アレク」
そう言って、大きく深呼吸したジャスミン。集中できている。これなら。
「生命魔法【絶大】リアニメイション!」
次の瞬間、先ほど失敗したときとは比べ物にならないほどの輝きがルビーを覆った。
俺は思わず目を瞑ってしまう。
次に目を開けたとき、ルビーの体に白い光が集まっているようだった。
「これが、奥義……」
雨音も、戦闘の音も、この時だけは耳に入らなかった。
辺りは世界の時間が止まっているのかと思うほどの静寂に包まれていた。
白い光は少しずつルビーの体へと吸い込まれていき、そして、彼女はついに目を覚ました。
「あ、アレク様。ジャスミン。もしかして心配、かけちゃった?」
「ルビー!良かった!」
「わ!痛いよジャスミン」
起き上がろうとしたルビーにジャスミンが抱きつく。
ルビーの顔色も良くなったようだ。
「具合はどうだ?ルビー」
「はい。むしろ絶好調って感じで。戦いはどうなりました?」
「無事なら良かった。戦いの方は、今はメメントが頑張ってくれている。もう援護に行かないと」
俺は立ち上がろうとしたが、ジャスミンがルビーに被さっていた。よく見ると、ジャスミンは寝息を立てているようだ。
「よく頑張ったな。ジャスミン」
彼女を脇に寝かせ、結界の外に出ようとすると、ルビーが声をかけてきた。
「待って下さい!あたしも行きます!」
「大怪我だったんだろう。戦えるのか?」
「この白い光、見えますか?あたし今、なんだか力が溢れてくるんです!見ててくださいよ?」
「強化魔法【絶大】ネコマタ!」
白い光が収束し、彼女の尾になった。元々の黒い一本に加えて白い尾が四本。計五本だ。
「尾の数がネコマタの力を表している、らしいです。さっきまでは二本だったので、きっと倍以上の力が出せるはずです!足手まといにはなりません!」
心配だったが、今度は俺も近くにいる。
パーティを組んだままにしておけばさらに身体能力も増すだろう。
どうせ雷魔法は魔王に防がれるしな。
「わかった。だが無理はするな。調子にも乗るな。いいか?」
「はい!」
さっきまで青い顔でぐったりしていた少女と同一人物とは思えない笑顔だ。だが、本当にわかったのだろうか?しかし今心配すべきはメメントの安否だ。
「行くぞ!」




