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008.開戦

 夜も更けてきた。仕込みは万端だ。

 俺は街の北、襲撃予想ポイントの一つで待機している。


「あー。その。聞こえてるか?」

 周囲には誰もいないのに話しかけるというのは妙な感覚だ。


「ルビー、聞こえます!どうぞ」

「こちらジャスミン、聞こえてるわ。どうぞ」

「おお、問題ないようじゃ」


 メメントの魔法、命あるものを媒介として意思疎通をすることができるという。

 普段はメメントへの一方通行で監視、もとい情報収集をしているらしいが、応用で双方向の会話ができるようだ。


「すごいですね、この魔法。私も練習しようかしら」

「ではこの戦いが終わったら教えてやろうかの」

「のん気なもんだな。そろそろお出ましだぞ」


 俺の前に向かってくる影が一つ。


「ちょっとも~。ヤダ~。降ってきたじゃない!」


 妙なしゃべり方をする男。

 おそらく魔族だろう。

 警戒が薄いようだが油断しているわけではなさそうだ。相当な手練れだろう。


「こんばんは。あいにくの天気ですね。こんな日にお出かけですか?」

「アラ!ちょっとおぼこいけど中々いい男じゃない!はじめまして。アタシはサティロス」

 体格のいい半獣の魔族はそう名乗ると更に近づいてくる。


「アレクです。この村に用ですか?あいにくですが今は止めておいた方がいいですよ。嵐に備えてどこも戸が閉まってます」

「そうなの?教えてくれてアリガトウ。でも大丈夫よ。開けてもらうために来たんだから。皆も待ってるしね」

「お引き取りいただくわけにはいきませんか?」


 俺は村へまっすぐ進んでくるサティロスの前に立ち塞がり、ダメ元で尋ねてみた。


「できない、と言ったら?」

「力ずくでも、と答えるまでです」

「そう?でもね」


 ――来る。


「それはこっちのセリフなんだよ!」


 そう言いながらサティロスを名乗る半獣の男が素早く殴り掛かってきた。

 俺はその攻撃を剣で受けるが、物凄い衝撃が襲う。

 響いた衝突音は降り出した雨のせいもあって落雷のように響き渡った。

 それを合図にしたように遠くから大群が押し寄せてくる。

 おそらく全方位から一斉に村へ向かっているだろう。


 予定通りだ。


「貴方を倒せば、彼らは引いてくれますかね?」

「二つの意味であり得ないわ。一つはアタシ一人ぐらい倒したところで大勢は変わらないこと。そしてもう一つ。アンタはアタシには勝てないってことよ!」


 その勢いのまま間合いを詰め、攻撃を続けるサティロス。俺はそれをいなし続けているが、その間にも魔王軍との距離がどんどん近づいてくる。


「ほらほらどうした?やる気あんのかよぉ!」


 嬉々とした表情で撃ち込んでくる。そのさまに俺は首をかしげざるを得ない。


 先ほどの一合で力の差がわからなかったのだろうか?


「では貴方を倒した上で大勢をひっくり返せばいいわけだな?」

「何ですって!?」


「メメントじゃ。敵がそろそろ指定ポイントに到達するぞ」


 了解。心の中で呟き、サティロスの怒涛の攻撃にカウンターで切り返した。


「ぐおっ!?」


 ひるんで跳び退くサティロス。ここだ。



 雷魔法【絶大】ショックディサンダー。



 俺が魔法を発動し、天に向かって雷を放った。

 その瞬間、雨雲はたちまち空を覆いつくすほどの雷雲となり、特大の雷が村の周囲へ降り注ぐ。空が割れんばかりの轟音が体の奥まで響いてくる。


「な、な、何だ……これは……」


 背後からの閃光と轟音に思わず振り返るサティロス。


「落雷か? 村の周りすべてに!? それだけじゃない……落ちた所から周りの魔獣へと攻撃が伝わっている……!?」


 数が多すぎるのか、一撃で殲滅とはいかなさそうだ。だがこれで魔獣は半壊、魔族も感電でダメージを負った。戦意喪失、撤退としてほしいところだが。


「お前がやったのか!?」

「そうだ。お前の傷も浅くないだろう。これなら撤退するか?」

「ふ、ふざけるなああああ!」


 あれで生きてるだけで立派だと思うが、冷静さを失っているようだ。



 雷魔法【極大】雷撃。



「ぐあああああ!!」

「さてと。手早く片付けないとな」


 雷魔法を受けて持ちこたえた魔獣を処理していく。

 中には魔族も何人かいたようだが、俺にとってはどちらでも同じことだった。

 数はかなり減らしたが、一体でも通せばこちらの負けだ。

 それに厄介なのはサティロスレベルの手合いが複数いた場合だ。

 メメントはともかく、ルビー達が危ないかもしれない。


「あ、アナタが一番つ、強かったのかしら……」


 ふいに足元から声が聞こえる。サティロスだった黒いものが傍まで迫っていた。

 雨音にかき消されそうなほどか細いが、辛うじて声を絞り出したようだ。


「まだ生きてたのか。獣魔族のタフさはとんでもないな」

「完敗……よ。でも、こちらが勝、つ……。ふふ……」

「何? どういう意味だ」

「……」


 返事がない。すでに限界だったようだ。

 しかしどうもサティロスの最期の言葉は負け惜しみには聞こえなかった。


「メメント、こっちは終わった。俺は西に向かう」

「さすがに早ぎんか? わしも引退かのう」

「馬鹿なこと言ってる余裕があるなら早く片付けて東へ向かってくれ。嫌な予感がする」


 メメントより早く片付いたので西に向かい、生き残りの魔獣を片づける。




 その後、メメントが東に向かうと連絡があってから少し。西で戦闘していると、メメントから連絡が入った。


「メメントじゃ! アレク! 東に来れるか!?」


 東と言えばルビーとジャスミンが担当していたが、すでに南を片付けたメメントが合流しているはずだ。

 3人いれば戦力的に不足はなさそうだが、どうかしたのだろうか?


「もうすぐ西が片付く。しかしエレメント達が強くて助かる。雨で強化されて……」

「そんなことはいい! 緊急事態じゃ! ま……」


 そこでメメントとの連絡は途切れた。普通ではない様子だ。

 魔族のような人影だけは素早く雷撃で撃ち抜き、俺は西をエレメント達に任せて東へ向かうことにした。




 村を真っ直ぐ突っ切って東側へ辿り着くと、状況はかなり悪い。


 エレメントはほぼ壊滅、残りも魔族達にどんどん削られていく。

 ルビーは負傷したのか結界内、村の端でジャスミンから治療を受けているようだ。

 他に村の防衛をしている女性が一人、黒い翼の魔族と交戦しているがかなり押されている。

 このままでは結界に取りつかれるのも時間の問題だ。


「こんな事が……。メメントはどこへ行った?」


 まずは唯一の戦力と言えるあの女性のフォローをしなければ。

 詳しい状況も聞きたい。

 俺は雷撃を女性と交戦中の魔族に放ち、雷の後を追うように一気に距離を詰めた。


「終わりだ、大賢者!!」


 黒翼の魔族がそう叫び、魔法を放った所だった。


「そうはさせない!」


 魔族には雷撃が刺さり、黒い影を飛ばした魔法はメメントに届く前に俺が切り払った。


「ア、アレクか。間に合ったんじゃな……」

「大賢者って……お前まさかメメントか?」

「他に誰がおるんじゃ。全く、他に言うことがあるじゃろうに」


 大賢者と呼ばれ、今しがた俺が窮地を救った女性はメメントを名乗った。


 だが待ってほしい。俺が知ってるメメントはもっと子供だったはずだが。

 今ここにいる女性はスタイルも良く大人の魅力がある。手負いでボロボロなところも妖艶さの一因とさえ思える。

 よく見ると、確かにあの生意気な子供の面影がある。


「その姿は?」

「生命魔法を極めればこのくらい簡単なことじゃ。それより、奴よ」


 メメントに言われ、雷撃が直撃したはずの魔族の方を見る。


「雷の魔法……。貴様、勇者か」


 大きな黒い翼と、同じく黒く長い髪。金色に輝く瞳は静かに憎しみを湛えているように見える。

 翼魔族の女性だ。厳かなマントを羽織っており、手にしているのはグロテスクなデザインの大鎌。


「あの雷撃を防いだのか?」


 どうやら数本の長い紐のようなものがついた小型の盾を身に付けているようだ。


「我らの祖先は勇者に敗れたのだ。勇者の魔法対策はしていて当然だろう?」

「気をつけるんじゃ! 奴は現魔王、アズリエル!」


 魔王か。威厳のある恰好、メメントが苦戦する相手。

 合点がいった。

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