007.メメント・モリ
「魔王軍がこの村を襲うのか?」
俺は疑問に思い、メメントに尋ねた。こんな辺境の村を襲う理由があるはずだ。
ジャスミンとルビーも状況が飲み込めず、困惑している。
「左様。続々と村を囲むように集まっておる。早ければ今晩にも仕掛けてくるじゃろう」
「そいつらの目的はなんだ?」
「断言はできんが、生命魔法の使い手二人と勇者の力を持つもの。成長し切る前に潰しておく、といったところかの」
「他に心当たりはないのか?」
俺はメメントを睨みつけるようにして尋ねる。
「わしを疑っておるのか?お前たちを鍛え、村を結界で守っておるんじゃぞ?なぜわしが魔王軍を呼び込むような真似をするんじゃ?」
「そうよアレク、メメント様は……」
「こんなへんぴな村をわざわざ結界で守る必要がどこにある」
フォローしようとしたジャスミンも口をつぐんだ。
俺は言葉を続ける。
「この村にはなにか秘密があるんだろ?魔王軍の襲撃もお前ならもっと早くに気付いてたはずだ。一人では守り切れないと考え、防衛に参加させるために俺たちを依頼と称して囲い込んで鍛えた。違うか?」
メメントはしばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。
「そうじゃ。お主の言う通り」
やっぱりな。
とはいえ話を聞くまではまだ信用できない。
「この村にはな、我が戦友たちが眠っておる」
「お墓、ってことですか?」
「ああ。英雄と呼ばれるほど強い魔力を持つものたちは死体になってさえ価値がある。呪術、死霊術、媒介……悪用されれば世界を滅ぼしかねんほどのな」
「かつての勇者たちはそんなにも強大な力を持っていたのか?」
「勇者は特にな。それに悪用の技術も年々精度を増している。だが、そんなことは関係ないんじゃ。勇者を始め、わしと共に生き、わしを置いて死んだ者たちはみな思い出とともにここに眠っておる。その大事な場所をわしは荒らされたくない」
悪意あるものが使えば世界を滅ぼすほどのアイテムにもなるという、かつての勇者パーティの遺骸。
そんな彼らとの思い出を守るための結界だったのか。
「わかった。防衛に協力する」
「うっ、ぐすっ、あたしも、がん、ばる……」
「メメント様の思い出の地を汚させません……!」
ジャスミンとルビーは泣きそうになっているのをこらえているようだ。
「皆……ありがとう」
「飯もうまいし温泉も最高だ。それに加えてどうやら歴史もある。メメント・モリ。本当にいい村だな」
村に着いたとき皮肉めいた名前だ、などと考えていたことを心の中で詫びた。死を忘れるなかれ。この村に相応しい名だ。
「そうとも。メメントの守るメメント・モリは最高の村じゃ」
そう胸を張る彼女はこの村に来てから一番の素直な笑顔だった。
「さて、と。防衛の話に入ろう」
手を叩き、気持ちと話題の切り替えを促す。
「敵の戦力と配置。それにこちらの防衛力はどのくらいだ?」
「戦力はほとんどが魔獣、それを指揮する少数の魔族じゃ。ざっくり北から主力が半分、残り半分を三方に分散した四方からの同時攻撃が来るじゃろう。すべて合わせると約一万、というところじゃろう。」
「一万か……」
たかが村一つを落とすにしてはどう考えても過剰だ。
「こちらの戦力はわし一人。結界を維持しながらとなると全方位は厳しいのう」
「一人じゃないですよ。そのために私たちがいます!」
ジャスミンは張り切っている。これまでの修行でかなり自信がついたのだろう。
「罠とか迎撃用の魔法はないのか?」
「エレメンタルで足止めくらいかの」
「エレメンタルって何?」
素直に聞けるルビーの性格はこういう時に助かる。エレメンタルは俺もなじみがない言葉だ。
「こいつじゃよ」
そういって杖をかざすと、たちまち人の頭くらいの大きさの水塊が作られた。メメントが杖を床にカツン、と突くと水塊は淡い光を帯び、短い手足のようなものが生える。それは地面に降りるとひょこひょこと歩き出した。
「わあ!何これ!?」
「かわいいですね!」
かわいいだろうか?
「こいつがエレメンタル。水魔法に生命魔法をかけ合わせた、一言でいえば水属性のゴーレムのようなものじゃ」
「戦力としてはどのくらいなんだ?」
「並の魔獣くらいなら軽くあしらえるぞ。しかも直接わしが操作する必要もない」
「1体でもそれなりに消耗するんじゃないか?何体出せる?」
「大賢者をなめるなよ小僧。わしが戦える魔力を残しても百体くらい出せるわい」
「百!?メメント様、それ本当ですか?」
「当然じゃろ。わしは大賢者、じゃからな。」
ジャスミンが驚くのも無理はない。
並の人間ならば、これ一体に使われた魔力量があれば一流を名乗れるだろう。これを百。
戦力差としてはまだ大きいがメメントの防衛力は想像以上に高いようだ。
「ジャスミン。やれるか?」
メメントの戦力はわかった。次にジャスミンだ。
とはいえジョーのパーティでは一緒だったし、修行でも行動を共にしているから戦闘力はだいたいわかっている。
重要なのは本人の覚悟だ。
「あれだけ毎日修行してるんだから、ね。さすがにメメント様ほどではないけど、期待してもらっていいわ!」
「いい返事だ。頼んだぞ」
「任せて!でも、危なくなったら助けに来てよね」
「努力はするよ。……さて、と。ルビー」
「は、はい!」
「お前、戦えるのか?無理なら避難誘導とかに回ってもらうが」
正直グランドケイブで助けたときのか弱い女子、という印象しかない。猫魔族は強いのだろうか?
「なんじゃお主、連れ添っておるのに知らんのか?」
「う、うるさいな。ルビーに聞いてるんだよ」
メメントの指摘が図星だったので、ちょっとぶっきらぼうに返してしまった。
「やれます。アレク様、あたしも戦います」
「それは頼もしいな。だが、実際どのくらいできるんだ?今回の戦いは冒険者でいう中級者レベルですら戦力として怪しいぞ」
「う……ジャスミンの前衛として盾になるくらいはできる、と思いますが、どうでしょう?」
助けを求めるようにメメントを見るルビー。
「うむ、ルビーならばそのくらいはできるじゃろうな。」
「なんでお前が知ってるんだ?」
「大賢者、ぞ?」
この非常時にウインクなんかしやがる。緊張感はないのか?
「わかったわかった。お前が言うなら大丈夫だろう」
二人で行動するなら俺たちが行く前に倒されるリスクが低くなる。
そうなれば俺もメメントも自分の持ち場に集中できる。
「では俺が北の主力、東はジャスミンとルビー、南はメメントだ。西はエレメントで足止めして俺かメメントが終わり次第向かうこと。あとメメントは街の結界維持と俺たちの情報共有を担当してくれ」
「了解じゃ」「わかったわ」「はい!」
「俺は日暮れまでに罠の仕込みをしておく。メメントは必要分のエレメントを生成しつつ襲撃までの状況は逐次報告してくれ。二人は村の人に避難を呼びかけだ」
「わかりました。では行ってきます!」
「待つのじゃ。二人とも。……もっと強くなっておかんでよいのか?」
「どういうことですか?」「強くなれるの?」
駆けだそうとしていた二人がメメントの言葉に足を止める。
「ジャスミンには奥義の伝授じゃ。ルビーは覚醒をマスターし、猫魔の神と契約してもらう」
「興味ある話だが時間がない。俺は行くぞ。頑張れよ、ルビー、ジャスミン」
そうして俺は戦場となる村の外周へ向かった。
二人のことはメメントが上手くやってくれるだろう。




