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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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14/25

おい、原始人

 意外というべきか、情報屋の散髪技術はなかなかだった。

 髪が想像以上に砂まみれで、ハサミをダメにしてしまったが。それでもちょっとしたワイルド風ヘアにしてもらえた。だがヒゲはダメだ。ヒゲ剃りがない。いちおう短くはしてもらえたが、ツルツルにはなっていない。


「なあ、情報屋。監視カメラの様子を見たいんだが」

 部屋に戻り、俺がそう言いかけると、彼女はぎょっとしたような顔でこちらへ向き直った。

「もうやってない。廃業したの」

「あれからなんかあったのか?」

「別に。ヘマなんかしてない。ただ、誰も客が寄り付かなくて、徐々にすり減ってっただけ。私、才能ないの」

 完全に自信を喪失している。

 クソデカマンションでの生活を謳歌して、たくさんの機材に囲まれていたピンク髪の情報屋とは別人だ。

「才能はあるだろ。少なくとも、俺にはあんなマネできない」

「あの組織が異常なのよ。普通はセキュリティ会社が入るから、あんなふうにはいかないわ。音声だって取れないし。逆に、なんであんなにザルだったのか不思議なくらい」

「警察と揉めてるからな。まともな業者を入れられなかったんだろう。とにかく、あそこなら入れるってことだよな? 頼むよ」

「姫子ちゃんに聞いてみないと……」

 ずいぶん姫子のことを気にしている。


 そうこうしているうちに、誰かが外の階段をあがってくるのが聞こえた。安アパートだから、そういう音がダイレクトに響いてくる。

 情報屋がそわそわし始めた。

 俺まで緊張してしまう。

 鍵の音がして、ドアが開いた。

「ただいまー。もぉー、つっかれたぁー。聞いてよ、ねえちゃん。今日の客さぁ……。あれ? 誰か来てんの?」


 入ってきたのは、俺の知ってる姫子ではなかった。

 俺のヘソくらいしかなかった背は伸びて、胸のあたりまである。髪も金髪にして、派手なツインテールだ。ツインテールといっても愛らしい感じではない。バサッと開いている。

 チラチラとヘソを見せつけるほどシャツは短く、スカートの丈もかなりギリギリといったところだった。

 そして表情は、完全に固まっている。


「いや、待った。そういうのやめてよ。ウソでしょ? いるわけないもん……」

 俺を遠巻きにするように、壁際に寄ってしまった。

 感動の再会、というわけにはいかなそうだ。

「悪いな。邪魔してる」

「邪魔……だよ。ホント。勝手にいなくなったと思ったら、勝手に帰ってきて……。なにその原始人みたいな顔? 山ごもりでもしてたの? つーかなにしに来たの? ここにあんたの居場所なんてない……」

 かなり怒っていることは、表情を見ても分かる。いや、ただ怒っているだけではない。いまにも泣き出しそうに震えている。


 五年が経った。

 気を失っていた俺にとっては一瞬。

 だが、成長期の姫子にとっては、ずいぶんな時間だ。


 情報屋がか細い声を出した。

「あ、あのね、黒木さん、ほかに行くところないから……」

「はぁ? 行くところがない? じゃあいままでどこ行ってたんだってハナシだよ! 自分勝手なんだよ! あたしらを捨てたくせにさ! あの日、あたしが『どこ行くの?』って聞いたとき、こいつ、なんて言った? 『ちょっとな』だよ? なんだよ『ちょっとな』って! そんでうまくいかなくなって、また一緒に住ませてくださいって? 頭湧いてんの?」

 なにもかも、仰る通りだ。

 姫子の怒りに、俺はまったく反論ができない。俺は事情も説明せず家を出た。そして帰らなかった。五年。完全に自分の都合だけで行動している。

 姫子は大股で俺の前に来た。

「一言くらい反論してみろ!」

「ムリだ……」

「なにが『ムリだ』よ。ホント、ムカつくんだから……。そういう……そういうのホント許せないから。なんだよ『ムリだ』って。だったら……だったらさ、なんか理由あってここに来たってことじゃないの? なんとなくでここに来たってことなの?」

「……」

 俺が黙っていると、情報屋がまた顔色をうかがうような態度でフォローしてくれた。

「黒木さんにもいろいろ事情があるのよ」

「だからなに? じゃあその事情を言えばいいじゃん? なのにこいつ、さっきからずっとだんまりでさ……」

 そうだ。

 言葉による説明はできない。

 だから俺は床へ頭をひっつけ、土下座した。

「ほかに行くところがない。ここに置いてくれ」

 すると返事は言葉ではなく、足で来た。後頭部に足が乗ったのだ。強く踏みつけてきたわけではなく、軽く乗った程度だが。

「おい、原始人。見ての通り、あたしらクッソ貧乏なの。あんたみたいなクソ男養う余裕ないの。どうしても住ませて欲しかったら、金入れなよ。五万。そしたら置いてやる」

「金はない」

「よく言えんね、そんなこと」

「ただし、このあと金が手に入ったら、全部お前らにやる」

「言ってること全部クソなんだよ。なんだよ『このあと金が手に入ったら』って。まるで入るアテがあるみたいにさ。どうせ人様から金盗る気なんだろ? 犯罪者なんかうちに置いとけないから。厄介ごとはゴメンなの」

「ビジネスのアテはあるんだ。ちゃんとした金が入る」

 ウソじゃない。たぶん。月からエネルギーを取り出せれば、いくらか金になるはずだ。

 ようやく足がどけられた。

「ふぅん。でもいま手持ちはないんでしょ? あ、いいから。原始人からお金とったら可哀相だし。その代わり、あたしが飼ってあげる。ペットとして。あんたはあたしの犬になるんだ。ほら、ワンコロ。お手だよ」

 かつて彼女にしていたことを、今度は俺がするということか。

 お手はさせなかったが。

 いや、いい。彼女の怒りはもっともなのだ。

 差し出された手に、俺は手を重ねた。すると彼女はその手を振り払い、涙を流しながら情報屋の胸元へダイブしてしまった。

「ねえちゃん! あたしもうやだ! こんなのあんちゃんじゃない!」

「……」

「絶対別人だもん! 昔はこんなダサくなかった!」

「……」


 ダサくないというか、偉そうにしていただけだ。

 暗示によるものとはいえ、いったん力を失い、そして殺されてみて、初めて分かった。俺は一方的に他人を殺せる力を手にして、イキリ倒していただけなのだ。窮地に追い込まれると、自分でも信じられないほどダサくなる。

 だったら、最初からダサいほうがいい。

 そのほうが整合する。


 するとおろおろしていた情報屋が、ハッとなにかに気づいた顔をした。

「そうだ! タコパ! タコパしよ? ねっ?」

 聞いたことのある言葉だ。

 たしかアメリカの……。あれはタコマだったか。ちなみにワシントン州にあるタコマと、ワシントンDCにあるタコマパークは別物だ。いや、そんなことはどうでもいい。

 姫子も様子をうかがっているふうだったので、俺はこう尋ねた。

「すまん。タコパってなんだっけ」

 情報屋はすると、信じられないものを見るような目を向けてきた。

「タコ焼きパーティーだよ」

「あー、略してタコパね。いいぜ。俺、やったことないんだよな」


 静寂が訪れた。

 かと思うと、姫子がビャービャー泣き出した。

「やだやだやだ! 絶対やだ! ねえちゃん、こいつニセモノだよ! みんなで楽しくタコパしたのに! 忘れるわけないもん! あたし、こいつ嫌い!」

 まったく記憶にないのだが……。

 いや、それ以外にも記憶がないから、もしかするとしたのかもしれない。

 俺は率直にこう告げた。

「悪いな。じつはしばらく死んでて……。いろいろ記憶がない」

「ほらこういうこと言う! 死んだ人間が生き返るわけないもん! もっとマシなウソつけバカ! 犯罪者! 原始人!」

 ヒゲを剃りたい……。


 これには情報屋もフォローをあきらめたらしい。

「姫子ちゃん、タコパの準備するから、ちょっといい?」

「やだ。もっと慰めて」

「あまえんぼなんだから」

「だってつらいんだもん……」

 とはいえ、情報屋に頭をなでられると、姫子も少しは落ち着いてきたようだった。


 *


 そしてタコパをした。

 はじめは気まずい雰囲気だった。そして中盤になり、鉄板で焼き始めてからも気まずいままだった。最後までずっと気まずいままかもしれない。

「ねえちゃん、あたしのは大きく作ってね」

「ムリよ。サイズぜんぶ同じなんだから」

「そっかー」

 あまり賢くないのは変わっていない。

 情報屋は手先が器用なのだろう。ピックで上手に球体をつくっていった。かなりサラサラの液体だったのに、意外とちゃんとタコ焼きになるものだ。

「ほら、食べて」

 情報屋は、それぞれの皿に盛り付けた。

 なんだかいろいろ思い出してきた気がする。中がクソ熱いのに、がっついた姫子がひっくり返るほどのダメージを受けたのだ。あのときはうるさくて大変だった。

 俺は余計なお世話とは思いつつ、こう告げた。

「中、熱いぞ。やけどするなよ」

「……」

 すると彼女は不審そうな顔でこちらを見た。いちいちうるさいと思われたか。

 いや、彼女は座ったまま、となりの情報屋にすがりついた。

「なんでこいつ、あんちゃんと同じこと言うの? ホントにホンモノのあんちゃんなの? あたし、頭ん中ぐちゃぐちゃだよ……」

 また泣き出してしまった。鼻水が出たらしく、ティッシュを手繰ってチーンとかんだ。

 情報屋はかすかに溜め息だ。

「正真正銘、姫子ちゃんのお兄さんよ。受け入れて」

「ねえちゃん、怖い顔しないで……」

「ごめんね。もうしないから。でも、本当のことなの。帰って来たの」

「やだよ……怖いもん……」

「なにが怖いの?」

「だって、また急にいなくなるから……」


 俺は他人の命など、なんとも思わない時期があった。

 自分は特別。

 他人は簡単な反射しかしない動物。

 あまり差別をしなかったのは、全員をその程度だと思っていたから。違いがあるにしても、好みの犬とそうでない犬がいるくらい。

 一段高い場所から見ていた。

 好んで低く見ていたわけではない。彼らが、くだらない部分しか見せてくれなかった。だから観測の結果、自然とそういう結論になった。


 だが、姫子のこの態度は、心臓に直撃した。

 俺は彼女の大事なものを奪った。奪っただけでなく、事の重大さをまったく認識していなかった。

 姫子の哀しい顔を見ると、哀しくなる。

 楽しい顔を見ると、楽しくなる。

 姫子のリアクションのひとつひとつが、俺のただの人間の部分を引きずり出してくる。

 俺も、ただ反射していたのだ。

 いままで気づけなかったのは、そういう機会がなかったからだ。そういう機会を共にする仲間もなかった。

 いや、あった。あったのだが、気のせいだと思い込んでいた。俺はなにも分かっていなかった。分かったつもりになっていた。

 俺もみんなと同じ人間だ。どうしようもなく。


 俺は箸を置いた。

「そうだな。ちゃんと話をしよう。五年前、なにがあったのか。そしてこれから、なにをするつもりなのか。全部、具体的に言う。言うべきだ」

 言おうが言うまいが、あんまり関係ないと思っていた。教えたところで、彼女たちの好奇心を満たす効果しかないと思っていた。

 だが、そういう問題ではないのだ。

 俺は分かち合っていなかった。

 死ぬのは俺だけなんだから、いいと思っていた。


 情報屋はしかしさめた目をしていた。

「いいけど、食事が終わってからね。まだいっぱいあるんだから」

 その通りだ。

 メシを粗末にしてはいけない。

 特に、人が作ってくれたメシは。


(続く)

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