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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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13/25

当然のように生き返った

 たぶん、俺は土に還っていたと思う。

 というよりも、まだなかば土のような気がする。

 大地に埋まっていた体を起こすと、ぼろぼろと土がこぼれ落ちた。腕から雑草が生えている。巻きついているだけかもしれない。

 体がかゆくて、寝ているどころではなかった。


 例の団地だ。

 季節は不明。少なくとも冬ではない。


 体の表面を、たくさんの蟻が這っていた。巣を造っていなかっただけマシかもしれないが。

 あらゆるものをはたき落とした結果、俺は自分が全裸であることに気づいた。

 いちおう服はある。

 だが風化して、なかば板のようになっていた。全裸のまま街へ戻るのもイヤだったので、なんとかして着れないかとほぐしてみた。結果、ぼろっと崩れ落ちて、もはや板ですらなくなった。

 まさか百年ほど経過して、人類はすでに滅んでいる、なんてことになっていなければいいが。


 あの日、俺はシュラウド部隊に殺害された。

 それは間違いない。

 ギリギリのところで封印された能力が戻るかも、という期待もあったが、そうはならなかった。普通に死んだ。

 死んだはずだ。

 なのに、俺は生き返った。

 回復能力のおかげだろうか。いや、能力はすべて失ったはずだ。なのだが、すべての能力を取り戻せた気がする。


 能力は取り戻せたが、服がない。

 俺はこのまま死ぬこともできず、誰もいない団地で暮らすことになるのだろうか。木のツタで服を編んでから街へ戻ろうか。

 顔に触れると、ヒゲぼうぼうであることが分かった。

 ぜひ鏡を見てみたいものだ。


 辺りを見回すと、アタッシェケースが目に入った。

 誰かが不法投棄したものだろうか。

 中には携帯電話が一台と、充電器、未開封の電池などがあった。手紙まで添えられている。


「目が覚めたらご連絡ください

 あなたの隣人より」


 内容はそれだけ。

 姫子ではないだろう。あいつは「隣人」なんて漢字を書けない。他の漢字も同じ。それどころか、ひらがなでさえ怪しい。

 俺は充電器に電池をセットし、ケーブルをつないで携帯電話をかけた。連絡先は「隣人」しかなかった。


『おはようございます、黒木さん。もう目覚めないのではないかと心配していたところです』

 相変わらずの調子だ。

 俺は軽く咳払いをし、こう応じた。

「気取り屋の思想家(ザ・シンカー)さんよ、これはいったいどういうことなんだ?」

『いまから迎えに行きます。詳しい話はそのときにでも』

「例の団地にいるよ」

『ええ』

 急に切られた。

 あまり電池が持たないことが分かっていたからか。もし俺と話をしたくないのであれば、そもそもこんなお膳立てをしないはずだ。


 俺は全裸のまま小さな公園をうろうろした。

 激戦の痕跡はない。血痕もない。

 いまとなってはひとりの変質者がいるだけだ。


 だいぶ経ってから、足立ナンバーのセダンが入ってきた。

 彼は軽くクラクションを鳴らすと、俺のすぐ脇で停車した。

「まるで原始人ですね」

「こりゃひどいな」

 俺もカーブミラーで自分の顔を確認した。

 首から上が黒いもじゃもじゃで占領されている。髪も伸び放題だ。しかし異臭はない。少なくとも自分で感じる限りは。

 思想家(ザ・シンカー)もさほど顔をしかめていないから、おそらく獣臭は発していないのだろう。

「五年が経ちました」

 俺が後部座席へ腰をおろすと同時に、彼はそう告げた。

「えっ? ご、五年?」

「ええ、五年です。しかしご安心ください。世間に変化はありませんよ。あきれるほどね」

 言われてみれば、彼の白髪もさほどの違和感がなくなっている。若すぎた顔が、ようやく落ち着いてきたような。

 俺はまたつぶやいた。

「五年……」

「そこの服を着てください」

「ああ、分かった……。けど五年って……」

 姫子はいくつになったろう。もともと年齢不詳だった。当時、十か十一、あるいは十二か十三くらいだったから、そこからプラス五歳のはず。つまりまだ成人はしていない。たぶん。いや、彼女の栄養状態を考えると、もっと上か……。


 ワイシャツを着て、スラックスをはいたが、首から上はもじゃもじゃのままだった。妙な感じがする。原始人にムリヤリ服を着せたような。

 首のところに蟻がいたので、窓から捨てた。


「タイプXで能力を失った。あなたはそう思い込んでいましたね?」

 運転中、思想家(ザ・シンカー)はいきなりそんなことを言いだした。

「思い込むもなにも、あんたがそう言ったんだろ」

「そして実際そうなった」

「なったよ」

 すると彼は、肩を震わせて笑った。

「いや、失礼。あれ、じつは私の能力でして」

「はっ?」

「精神を操る能力ですよ。あなたに暗示をかけて、能力が使えないと思い込ませた。だからあなたは力を使えなくなった。それがトリックの正体です。暗示を解いたのは、最後にあなたの頭を撃ち抜く直前でしたから……もしかしたら間に合わなかったかと思って、少々あせりましたよ。それに、この能力は、敵意を持たれていると発動しませんから」

「……」

 まったく意味が分からない。

 俺がきょとんとしていると、彼はこう言葉を続けた。

「タイプXはね、じつは単体では機能しないんです。その代わり、他の能力に反応して未知の結果を引き起こす」

「なら、あいつはどうだったんだ? 俺に復讐しに来た……」

「村田さんですか? 彼女はタイプXを単体でしか保有していませんでしたから、特になにも。ランクも低かったですしね」

「じゃあ、いまの俺は……」

「それは私にも分かりません。組織のドクターに見せればなにか分かるかもしれませんが、まさか実際にそうするわけにもいきませんので。ご自身で探ってみてください。ま、おそらく月に近づくと思いますが」

「月……」

 水槽の死体が使ったとされる能力。それが原因でデカい騒ぎになって、組織は警察と揉めた。


 俺は身を乗り出し、運転席の思想家(ザ・シンカー)に顔を近づけた。

「あんた、なにが目的だ?」

 さすがに彼も顔をしかめた。

「敵でないことはご理解いただきたい」

「まだ判断しかねるな。いろいろ配慮してくれたことには感謝する。だがそれは、俺を利用しようと思ってるからだ。なにが目的なのか教えてくれ。内容によっては協力する。が、内容によっては怒る」

 この男を殺して能力を得ることはたやすい。

 だが、そしたら俺は、情報を入手する機会を失うことになる。協力者も失う。おそらくは、それ以上のものも。

「ちゃんと座ってください。警察に見つかったら怪しまれますよ」

「分かったから教えてくれ」

 俺は後部座席へ引っ込んだ。

 たしかにこのまま見つかったら危ない。まあ凶器なんて持ってないから、逮捕まではされないと思うが。


 彼は安堵の表情を見せ、かすかに息を吐いた。

「私が追っているのは月の能力です。はじめは水槽の彼女を狙っていたのですが、会長が手放そうとしないので……」

「それで俺に?」

「ええ。吸収系の能力者が見つかったと聞いて、ピンと来たんです。うまく育てれば、月が手に入ると」

「……」

 利用する気マンマンというわけだ。

 ま、隠さず教えてくれたことだけは評価しよう。

「月を使うとなにができるんだ?」

「あくまで推測ですが、この世界に眠る巨大なエネルギーを引き出せます」

「月蝕で?」

「正確には、空間を切り裂く能力によって。そこには光の世界が広がっているのだとか。水槽の彼女は、その光を月と表現しました。当時の資料によれば、『熱ナキ光』と記録されていますね」

「まさか、そいつで俺に蛍光灯の代わりをしろってんじゃないだろうな」

「ご名答」

 皮肉のつもりだったのに、肯定されてしまった。

 夜になるたび働かされるんじゃ、生活が昼夜逆転してしまう。


 信号が赤になり、思想家(ザ・シンカー)は車を停車した。

「明治時代、その力に目を付けた政府は、ひそかに彼女を呼びつけて実験を開始しました。当時、世界には電気もありましたが、基本的には蒸気機関でしたから。光を無限に供給できる彼女の能力は、政府にとっても魅力的でした」

「そこで月蝕が起きたのか?」

「その通り。まったき円のような光が現れるはずだったのに、翳(かげ)りが生じたのです。そしてエネルギーが暴走し、立ち会っていた全員が死亡しました。もちろん水槽の彼女もね」

「死んだのか?」

「ええ。しかしその後、当然のように生き返った。彼女だけがね。政府関係者は激怒して、彼女を捕まえようとしました。もちろん彼女は無敵ですから、誰も歯が立ちません。何人もの警察官が命を落としました」

 まさか組織と警察が、明治時代の因縁で揉めているとは思わなかった。

 いや、ただの怨恨ではないだろう。利権が絡んでいる。そうでなければ、こんなにしつこく争ったりしない。

「じゃあいつ水槽に入ったんだ?」

「逃げている途中だそうです。自分の存在が争いの種になっていることを嘆いて、協力者に頼んで水中へ封じてもらったのだとか。なにせ普通の方法じゃ死ねませんからね」

 哀しい話だ。優しい人間ほど苦しむハメになる。

 俺だったらそうはしない。何度でも月蝕とやらを起こして、俺を利用しようとする連中を昇天させてやるところだ。

 人間発電所になるなんてゴメンだ。


「さ、着きましたよ」

 到着したのは、見覚えのないボロアパートだ。

 まさか、これが彼の自宅だろうか?

 目を点にしていると、彼はこう促した。

「行ってください。203号に、あなたの身柄引受人となった女性がいます」

「女性?」

 まさか、田辺と離婚した平松が、俺を待っているのか?

 いや、そんなわけないな。

 可能性があるとすれば姫子か。あるいは情報屋かもしれない。

「このまま行って平気かな」

「大丈夫。すでに話は通してありますから。彼女は味方ですよ」

 俺の身内はすでに調査されているんだったか。

 まあいい。

「分かった。なにかあったら連絡してくれ」


 *


 車は去った。

 俺はできる限り身なりを整え、いちおうヘアスタイルを気にしながら、錆びついた階段をのぼっていった。

 203号。

 チャイムを押すと、内部で歪んだ電子音が響いた。

 それから、かすかに足音。

 おそらく覗き穴からこちらを見ている。

「えーと、黒木です。見た目ちょっとアレだけど、床屋に寄ってる時間もなくて……。あと金もなくて……」

 喋ってる途中でドアが開いた。

 三十代だろうか。顔を出したのは、少し疲れた様子の女性だ。黒髪のセミロング。いったい誰なのか思い出せない。

「く、黒木さん? ホントに? 生きてたの?」

 声の感じでようやく分かった。

「情報屋?」

「そ、そうよ。とりあえず入って」

 クソ高いマンションで豪勢に暮らしていたころの彼女ではない。生活のつらさが顔にまで出ている。


 俺は居間へ通された。

 というより、このアパートには居間しかない。

「なに? 遭難してたの?」

「まあね」

 思想家(ザ・シンカー)によれば、話は通っているということだった。が、彼女はほとんど状況を把握していないように見える。

「てっきり死んだのかと思ってた……。ああ、でもどうしよ。姫子ちゃん帰ってきちゃう……」

 彼女は妙にうろたえていた。

「姫子? どっか行ってるのか?」

「うん……まあ、そのぅ……アルバイトに……」

「おー、あいつもバイトできる年齢か。五年経ったらしいね」

「うん……」

 返事が冴えない。

 別人のように弱気になっている。

 この五年の間に、なにかあったのだろうか。

「前の家はどうしたの?」

「売った……」

「生活のために?」

「そう……」

 情報屋の商売は、あまりうまくいかなかったということか。そもそも、客は俺しかいないようだった。きっとそのまま廃業してしまったのだろう。


 情報屋はしばらくキョロキョロしたかと思うと、テーブルにあったペン立てからハサミをとった。

「黒木さん、ごめん……」

「はっ?」

「姫子ちゃん来る前に、髪だけなんとかして……」

 切羽詰まった表情。

 まあ、俺も髪はどうにかしたいと思っていたが。

「べつにいいけど……」

「来て。お風呂場でやるから。早くしないと姫子ちゃん来ちゃう」

「ああ」

 あきらかに様子がおかしい。

 姫子となにかあったのだろうか? 関係がこじれた? それとも反抗期か?

 こっちまで不安になってくる。


(続く)

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