当然のように生き返った
たぶん、俺は土に還っていたと思う。
というよりも、まだなかば土のような気がする。
大地に埋まっていた体を起こすと、ぼろぼろと土がこぼれ落ちた。腕から雑草が生えている。巻きついているだけかもしれない。
体がかゆくて、寝ているどころではなかった。
例の団地だ。
季節は不明。少なくとも冬ではない。
体の表面を、たくさんの蟻が這っていた。巣を造っていなかっただけマシかもしれないが。
あらゆるものをはたき落とした結果、俺は自分が全裸であることに気づいた。
いちおう服はある。
だが風化して、なかば板のようになっていた。全裸のまま街へ戻るのもイヤだったので、なんとかして着れないかとほぐしてみた。結果、ぼろっと崩れ落ちて、もはや板ですらなくなった。
まさか百年ほど経過して、人類はすでに滅んでいる、なんてことになっていなければいいが。
あの日、俺はシュラウド部隊に殺害された。
それは間違いない。
ギリギリのところで封印された能力が戻るかも、という期待もあったが、そうはならなかった。普通に死んだ。
死んだはずだ。
なのに、俺は生き返った。
回復能力のおかげだろうか。いや、能力はすべて失ったはずだ。なのだが、すべての能力を取り戻せた気がする。
能力は取り戻せたが、服がない。
俺はこのまま死ぬこともできず、誰もいない団地で暮らすことになるのだろうか。木のツタで服を編んでから街へ戻ろうか。
顔に触れると、ヒゲぼうぼうであることが分かった。
ぜひ鏡を見てみたいものだ。
辺りを見回すと、アタッシェケースが目に入った。
誰かが不法投棄したものだろうか。
中には携帯電話が一台と、充電器、未開封の電池などがあった。手紙まで添えられている。
「目が覚めたらご連絡ください
あなたの隣人より」
内容はそれだけ。
姫子ではないだろう。あいつは「隣人」なんて漢字を書けない。他の漢字も同じ。それどころか、ひらがなでさえ怪しい。
俺は充電器に電池をセットし、ケーブルをつないで携帯電話をかけた。連絡先は「隣人」しかなかった。
『おはようございます、黒木さん。もう目覚めないのではないかと心配していたところです』
相変わらずの調子だ。
俺は軽く咳払いをし、こう応じた。
「気取り屋の思想家さんよ、これはいったいどういうことなんだ?」
『いまから迎えに行きます。詳しい話はそのときにでも』
「例の団地にいるよ」
『ええ』
急に切られた。
あまり電池が持たないことが分かっていたからか。もし俺と話をしたくないのであれば、そもそもこんなお膳立てをしないはずだ。
俺は全裸のまま小さな公園をうろうろした。
激戦の痕跡はない。血痕もない。
いまとなってはひとりの変質者がいるだけだ。
だいぶ経ってから、足立ナンバーのセダンが入ってきた。
彼は軽くクラクションを鳴らすと、俺のすぐ脇で停車した。
「まるで原始人ですね」
「こりゃひどいな」
俺もカーブミラーで自分の顔を確認した。
首から上が黒いもじゃもじゃで占領されている。髪も伸び放題だ。しかし異臭はない。少なくとも自分で感じる限りは。
思想家もさほど顔をしかめていないから、おそらく獣臭は発していないのだろう。
「五年が経ちました」
俺が後部座席へ腰をおろすと同時に、彼はそう告げた。
「えっ? ご、五年?」
「ええ、五年です。しかしご安心ください。世間に変化はありませんよ。あきれるほどね」
言われてみれば、彼の白髪もさほどの違和感がなくなっている。若すぎた顔が、ようやく落ち着いてきたような。
俺はまたつぶやいた。
「五年……」
「そこの服を着てください」
「ああ、分かった……。けど五年って……」
姫子はいくつになったろう。もともと年齢不詳だった。当時、十か十一、あるいは十二か十三くらいだったから、そこからプラス五歳のはず。つまりまだ成人はしていない。たぶん。いや、彼女の栄養状態を考えると、もっと上か……。
ワイシャツを着て、スラックスをはいたが、首から上はもじゃもじゃのままだった。妙な感じがする。原始人にムリヤリ服を着せたような。
首のところに蟻がいたので、窓から捨てた。
「タイプXで能力を失った。あなたはそう思い込んでいましたね?」
運転中、思想家はいきなりそんなことを言いだした。
「思い込むもなにも、あんたがそう言ったんだろ」
「そして実際そうなった」
「なったよ」
すると彼は、肩を震わせて笑った。
「いや、失礼。あれ、じつは私の能力でして」
「はっ?」
「精神を操る能力ですよ。あなたに暗示をかけて、能力が使えないと思い込ませた。だからあなたは力を使えなくなった。それがトリックの正体です。暗示を解いたのは、最後にあなたの頭を撃ち抜く直前でしたから……もしかしたら間に合わなかったかと思って、少々あせりましたよ。それに、この能力は、敵意を持たれていると発動しませんから」
「……」
まったく意味が分からない。
俺がきょとんとしていると、彼はこう言葉を続けた。
「タイプXはね、じつは単体では機能しないんです。その代わり、他の能力に反応して未知の結果を引き起こす」
「なら、あいつはどうだったんだ? 俺に復讐しに来た……」
「村田さんですか? 彼女はタイプXを単体でしか保有していませんでしたから、特になにも。ランクも低かったですしね」
「じゃあ、いまの俺は……」
「それは私にも分かりません。組織のドクターに見せればなにか分かるかもしれませんが、まさか実際にそうするわけにもいきませんので。ご自身で探ってみてください。ま、おそらく月に近づくと思いますが」
「月……」
水槽の死体が使ったとされる能力。それが原因でデカい騒ぎになって、組織は警察と揉めた。
俺は身を乗り出し、運転席の思想家に顔を近づけた。
「あんた、なにが目的だ?」
さすがに彼も顔をしかめた。
「敵でないことはご理解いただきたい」
「まだ判断しかねるな。いろいろ配慮してくれたことには感謝する。だがそれは、俺を利用しようと思ってるからだ。なにが目的なのか教えてくれ。内容によっては協力する。が、内容によっては怒る」
この男を殺して能力を得ることはたやすい。
だが、そしたら俺は、情報を入手する機会を失うことになる。協力者も失う。おそらくは、それ以上のものも。
「ちゃんと座ってください。警察に見つかったら怪しまれますよ」
「分かったから教えてくれ」
俺は後部座席へ引っ込んだ。
たしかにこのまま見つかったら危ない。まあ凶器なんて持ってないから、逮捕まではされないと思うが。
彼は安堵の表情を見せ、かすかに息を吐いた。
「私が追っているのは月の能力です。はじめは水槽の彼女を狙っていたのですが、会長が手放そうとしないので……」
「それで俺に?」
「ええ。吸収系の能力者が見つかったと聞いて、ピンと来たんです。うまく育てれば、月が手に入ると」
「……」
利用する気マンマンというわけだ。
ま、隠さず教えてくれたことだけは評価しよう。
「月を使うとなにができるんだ?」
「あくまで推測ですが、この世界に眠る巨大なエネルギーを引き出せます」
「月蝕で?」
「正確には、空間を切り裂く能力によって。そこには光の世界が広がっているのだとか。水槽の彼女は、その光を月と表現しました。当時の資料によれば、『熱ナキ光』と記録されていますね」
「まさか、そいつで俺に蛍光灯の代わりをしろってんじゃないだろうな」
「ご名答」
皮肉のつもりだったのに、肯定されてしまった。
夜になるたび働かされるんじゃ、生活が昼夜逆転してしまう。
信号が赤になり、思想家は車を停車した。
「明治時代、その力に目を付けた政府は、ひそかに彼女を呼びつけて実験を開始しました。当時、世界には電気もありましたが、基本的には蒸気機関でしたから。光を無限に供給できる彼女の能力は、政府にとっても魅力的でした」
「そこで月蝕が起きたのか?」
「その通り。まったき円のような光が現れるはずだったのに、翳りが生じたのです。そしてエネルギーが暴走し、立ち会っていた全員が死亡しました。もちろん水槽の彼女もね」
「死んだのか?」
「ええ。しかしその後、当然のように生き返った。彼女だけがね。政府関係者は激怒して、彼女を捕まえようとしました。もちろん彼女は無敵ですから、誰も歯が立ちません。何人もの警察官が命を落としました」
まさか組織と警察が、明治時代の因縁で揉めているとは思わなかった。
いや、ただの怨恨ではないだろう。利権が絡んでいる。そうでなければ、こんなにしつこく争ったりしない。
「じゃあいつ水槽に入ったんだ?」
「逃げている途中だそうです。自分の存在が争いの種になっていることを嘆いて、協力者に頼んで水中へ封じてもらったのだとか。なにせ普通の方法じゃ死ねませんからね」
哀しい話だ。優しい人間ほど苦しむハメになる。
俺だったらそうはしない。何度でも月蝕とやらを起こして、俺を利用しようとする連中を昇天させてやるところだ。
人間発電所になるなんてゴメンだ。
「さ、着きましたよ」
到着したのは、見覚えのないボロアパートだ。
まさか、これが彼の自宅だろうか?
目を点にしていると、彼はこう促した。
「行ってください。203号に、あなたの身柄引受人となった女性がいます」
「女性?」
まさか、田辺と離婚した平松が、俺を待っているのか?
いや、そんなわけないな。
可能性があるとすれば姫子か。あるいは情報屋かもしれない。
「このまま行って平気かな」
「大丈夫。すでに話は通してありますから。彼女は味方ですよ」
俺の身内はすでに調査されているんだったか。
まあいい。
「分かった。なにかあったら連絡してくれ」
*
車は去った。
俺はできる限り身なりを整え、いちおうヘアスタイルを気にしながら、錆びついた階段をのぼっていった。
203号。
チャイムを押すと、内部で歪んだ電子音が響いた。
それから、かすかに足音。
おそらく覗き穴からこちらを見ている。
「えーと、黒木です。見た目ちょっとアレだけど、床屋に寄ってる時間もなくて……。あと金もなくて……」
喋ってる途中でドアが開いた。
三十代だろうか。顔を出したのは、少し疲れた様子の女性だ。黒髪のセミロング。いったい誰なのか思い出せない。
「く、黒木さん? ホントに? 生きてたの?」
声の感じでようやく分かった。
「情報屋?」
「そ、そうよ。とりあえず入って」
クソ高いマンションで豪勢に暮らしていたころの彼女ではない。生活のつらさが顔にまで出ている。
俺は居間へ通された。
というより、このアパートには居間しかない。
「なに? 遭難してたの?」
「まあね」
思想家によれば、話は通っているということだった。が、彼女はほとんど状況を把握していないように見える。
「てっきり死んだのかと思ってた……。ああ、でもどうしよ。姫子ちゃん帰ってきちゃう……」
彼女は妙にうろたえていた。
「姫子? どっか行ってるのか?」
「うん……まあ、そのぅ……アルバイトに……」
「おー、あいつもバイトできる年齢か。五年経ったらしいね」
「うん……」
返事が冴えない。
別人のように弱気になっている。
この五年の間に、なにかあったのだろうか。
「前の家はどうしたの?」
「売った……」
「生活のために?」
「そう……」
情報屋の商売は、あまりうまくいかなかったということか。そもそも、客は俺しかいないようだった。きっとそのまま廃業してしまったのだろう。
情報屋はしばらくキョロキョロしたかと思うと、テーブルにあったペン立てからハサミをとった。
「黒木さん、ごめん……」
「はっ?」
「姫子ちゃん来る前に、髪だけなんとかして……」
切羽詰まった表情。
まあ、俺も髪はどうにかしたいと思っていたが。
「べつにいいけど……」
「来て。お風呂場でやるから。早くしないと姫子ちゃん来ちゃう」
「ああ」
あきらかに様子がおかしい。
姫子となにかあったのだろうか? 関係がこじれた? それとも反抗期か?
こっちまで不安になってくる。
(続く)




