DEAD END
「あは、あはははははは、さあ!どうする?」
地面の揺れが酷くなり、それに合わせ視界のノイズが酷くなっていく。
「うわっ、やばいっす。これまじやばいっす!!」
阿部達の言葉は軽いが表情が恐怖で引きつっている。
「あ、阿部、お前の能力で何とかならないか?」
「無理!これ、完全、運で何とかなるもんじゃない。確実に死ぬっ!」
みんなが慌てている中、月歌の表情は暗い。
「先輩、ごめんなさい。僕のミスです」
「まー、そうだなぁ。あの触手の制御方法を確認しておけば良かったかもなぁ」
そんな月歌の頭をポンポン、と軽くはたく。
「だけど、まぁ、この事態はさすがに不可抗力だ。まぁ、こういう時、何とかするのも先輩の役割ってね」
ゆっくりと触手のほうに足を向ける。
この緊急事態に対し、彼の反応は落ち着き払っている。
まるで散歩するかのような動作で、触手に近づいていく朽野。
長い付き合いである月歌は、彼が何をしようとしているのか感じ取る。
「先輩、まさか……」
「月歌、お前は、阿部達を連れて厚木に戻れ。俺のほうで何とかするつもりだけど、まぁ念の為、ギルドにも連絡いれとけ」
月歌の問いかけに対しては朽野は答えない。
つまりは、それが答えだ。
「先輩、あれをやるつもりですか?僕は反対です。先輩がそこまで体張る必要ないですよ」
そういう月歌の言葉には力がない。
月歌も、自分が彼を止められるとは思っていないからだ。
「まぁ、なんつーか、今回色々恥ずかしいとこ見せたからな。少しは恰好つけさせてくれ」
「先輩が恰好悪いなんていつものことじゃないですか」
「いや、お前なぁ」
「恰好悪くてもいいじゃないですか。このまま逃げちゃいましょう?今の先輩はただの冒険者。ここまでやれば十分ですって」
朽野は苦笑を浮かべ、しかしそれ以上は何も言わない。
月歌の声が、僅かに震えている。怒りではない。口惜しさが震えとなって現れる。
この事態を起こしてしまったことが、
手伝おうにも邪魔にしかならないという事実が、
そして何より、朽野にこのような選択肢を選ばせてしまったことが、、
それが、どうしようもなく悔しい。
そうやって、感情を持て余す月歌を見て、朽野は笑みを浮かべる。
「いや、まぁ逃げたいのは山々だけど、ふと思ったんだ。これって絶好のチャンスじゃないかと思うんだ」
「何がです?」
軽い朽野の言葉に月歌は疑問で返す。
その軽い言葉の裏にある彼の覚悟を理解した上で、彼の茶番に乗っかるのだ。
彼がそう望んでいるから、なら月歌としてはそれに従うしかないのだ。
本音を言えば彼には逃げてほしい。厚木の命運とかそういったことは彼だけで背負う必要はない。
しかし、それが出来ないから、かつての彼は色んなものを背負いこんだ。
戦場を駆け抜け、数多くの戦果を挙げ、そして名声を得ることなく自分達の元を去ったのだ。
だから、どうせ今回もどうしようもないことを言って自分ひとりで背負いこむのだろう
「いや、少し考えればわかるだろう?この状況色々やばいよな?」
「ええ、厚木が壊滅して、神奈川全体に大打撃与える可能性がありますね」
「つまりだ。この事件一人で解決できれば、俺モテモテになるんじゃないか?それに後輩にも恰好いいとこ見せれて一石二鳥の作戦」
「僕に言ったら台無しじゃないですか。ですが、まぁいいです。先輩、帰ったらお詫びしますから」
そう言いながら、阿部達を引き連れ、森の外へと足を向ける。
「……ちゃんと帰ってきてくださいよ。僕を恩を返さないような薄情者にしないでください」
一瞬、立ち止まって放たれた言葉。その声に、朽野は背を向けたまま、ただ片手を上げてひらひらと手を振って答える。
正直、彼の意識は月歌に割く余裕は全くない。
壊れたように笑うダラスも、遠ざかる月歌達のことも無視。
剣と銃。そして、その先にある邪樹のみに意識を向ける。
「さて、やりますか」
この森における最後の戦いが幕を開ける。
◇◆◇◆
月歌達は森の外に向けて走っていた。
揺れる大地。触手が地面を突き破り、月歌達を襲い掛かる。
月歌達に余力はない。ただ、最後の力を振り絞って道をこじ開け出口へと進む。
最初は触手達の数も多かったが中心地から距離が開くと、その数も減らし少しづつだが余裕も出てくる。
「月歌殿、朽野殿を置いてきてよかったのですか?」
息を乱しながらも岩島は月歌に問いかける。
三人は、今更、朽野を馬鹿にするつもりはない。
朽野の戦闘能力は三人が束になっても勝てないのは、十二分に理解している。
だから、月歌の決定に従って、あの場から離れたのだ。
しかし、落ち着いてきたからこそ思う。
自分たちはあの場を去ってよかったのか、と
「ま、まぁ、あの人ならあの状況を何とかするって、あの人なら、あんな触手、簡単に倒しちまうんじゃないかな?」
阿部の言葉に、月歌は、ハッ、と鼻で笑う。
「何とかする?何を?どうやって? 確かに先輩は強いよ?だけど、あのバグを生み出し続けるあのヘンテコな木は、なんの犠牲もなく倒せるほど甘い相手なのかな?」
三人は、邪樹と呼ばれた触手で出来た木を思い出す。
三人は精々、触手を見た程度、邪樹が本格的に戦う姿を見たわけではない。
しかし、そんなことなくても本能で理解できる。
見るだけで、冷や汗が噴き出してくるあの邪悪さ。
あれは、人の相手出来る存在ではない、と五感のすべてが訴えてくるのだ。
「先輩は文字通り命を懸けて戦っている。そこに僕たちは手を突っ込んでも足手まといにしかならない。だから、僕に出来るのは先輩が戦いやすい環境を整えるだけ」
自分を含め足手まといだ、と月歌は言うが、恐らく彼女は朽野の戦いについていくことが出来るだろう。
だが、その場合、三人は独力でこのバグであふれた森を越えなければならない。そのなれば、三人の命は完全に失われていただろう。
だから、彼女は自分を含めて足手まといだ、という。
岩島は思う。本人は否定するだろうが、なんだかんだで月歌も優しい人間だ。
戦力を割いてまで、三人の身を案じた朽野も優しいが、それでも三人に気を使わせないように嘘をつく月歌も十分に善人だ。
月歌の拳はきつく握られ、僅かばかりだが血が垂れている。
岩島は何も言えない。ただ、出来るのは一刻も早くこの森を抜けるというだけ。
「先輩、無事でいてください」
僅かばかり月歌の口から零れ落ちた祈るような言葉に胸を痛めながら岩島は前へと足を進めるのだった。
◇◆◇◆
触手の群れが襲ってくる。
上下左右関係なく、しかも隙が前よりも少ない。
邪樹を見る。
先まで無かった木々に生えた果実。丸い球体にその中心には黒い円がある。
表面には血管のようなのが走っており生理的に嫌悪感を抱かせる。
果実の中心の黒い円は朽野の動きを追うように常に、朽野を追っている。
その姿はまるで目玉のよう。
(いや、目玉そのものだ)
あの目玉の果実が生ってから、触手の動きは正確に、そして機敏になっている。
恐らく、ダラスの支配下から外れたことが影響しているのだろう。
歪つながらも木の形を保っていた邪樹も、次第にその在り方を変えようとしている。
胎動し、無作為にその触手を伸ばし、その形を歪めていく。
「さっさと片付けないと」
視界の端々に見えたノイズがどんどん広がっていく。
朽野が立っていた地面が揺らぎ、慌てて離れるとそこの無い穴が現れる。
「くそっ!!」
無理矢理作られた隙を縫うように触手の群れが襲い掛かる。
「オーダー!!ブリッツ」
突剣の先端を明後日のほうに向ける。
緊急退避。朽野の体が引っ張られ、触手達から距離を取る。
一瞬の浮遊感。その間に、朽野は銃の引き金を引く。
スキルも何もないシンプルな一撃。それが触手の一体を弾き飛ばす。
(やっぱ、強度は前と変わらない、か。ただ、参ったことに触手の動きに知性を感じるようになったことと。あいつ、バグを操っていやがる)
朽野の足場が崩れること4回。そのタイミングを見計らうように触手の群れは朽野を攻撃してきた。
あのタイミングは朽野の足場が崩れることが解っていなければ出来ない行動だ。
触手の群れが、次第に朽野を追い詰めていく。
月歌とは比べ物にならない速さで触手を屠っていくが、それ以上に触手の生える速度は速かった。
一歩、一歩と邪樹から距離が生まれ、気が付くと壁際に追い詰められていた。
慎重に、しかし確実に朽野との距離を詰めようとする触手達。しかし、朽野にはあきらめの色は一切ない。
「覚悟を決めたほうがいいか。オーダー、コマンド」
左手の銃を外し、その手の先に、黒い窓が現れる。そこには、ステータス、装備、スキルなどの文字が浮かんでいる。
普段音声でスキルや装備を変えている為、開くことは殆どないがコマンド画面を呼び出しスキルを使うことが出来る。
遠距離で砲撃するようなタイプは別として、接近戦を得手とする者はまず開くことのない画面。
しかし、あえて朽野はその画面を呼び出す。
画面を見ずにスキルの画面を開き、スキルの一覧が浮かび上がる。
突剣を邪樹に向け、反対の手で『プリッツ』のボタンを押す。それからワンテンポ遅れて朽野は叫ぶ。
「オーダー、プリッツ!」
ぐん、と朽野体が加速する。
コマンドで発動したプリッツの効果が消える前に音声入力で発動したプリッツが発動。
前の加速に更に速度を上乗せされ、爆発的な加速を生み出す。
通常、スキルの発動中、別のスキルを発動することは出来ない。
しかし、ゲームの使用なのかそれともシステムの穴なのか、プリッツの加速はスキルを発動した一瞬。
そして硬直時間もその一瞬のみだ。加速がやむ前に次のプリッツを使えば、更に速度を上乗せさせることが出来る。
二重のプリッツの発動。それは言うほど簡単のことではない。
0.1秒でもタイミングがずれれば後で発動させようとしたプリッツは効果を発動出来ずただの単発のプリッツにしかならない。
朽野はそれを成功させた。二重に上乗せされた加速は、触手の反応を上回り、その横を通り抜ける。
「はっ!」
朽野の口元に笑みが浮かぶ。5回に一回程度しか成功しない二重プリッツ発動。
それを成功させた安心感が、朽野の中で一瞬の油断を呼ぶ。
視界の隅から飛び出す影。それは人間だ。
神経質そうな顔を歪ませ、朽野に飛びつかんとする。
HP0の生身の男。通常なら障害にもならない。
しかし、予想外の動きに、朽野の動きに乱れが生まれる。
まず、意識がダラスに向いた。
その次に、一瞬の判断の迷いが、朽野を回避行動を取らせた。
まっすぐ走れば、触手を振り切って邪樹に届いたはずの刃は、僅かな回避運動を取らせたことで僅かに失速する。
そして、振り切ったはずの触手が追いついた。
背中に走る衝撃。HPがごっそり削られ、朽野はバランスを崩す。
「がっ」
視界が真っ暗になり、口の中に土の苦みが広がる。
やばい、と判断するよりもはやく体が動く。
戦場で染みついた勘が一瞬でも早く起き上がらないと死ぬ、と教えてくれる。
しかし……
「……は、ははっ」
起き上がろうと、顔を上げ、そして、笑ってしまう。
まず視界に入った光景。それは視界いっぱいに広がった触手の姿。
今までにない程、近くに広がるその全貌。
その先端は思ったほど鋭そうだ、とか。
その吸盤だと思ってたそれは、よくよく見ると小さい口の群れだったとか。
手を伸ばせば届きそうなその距離。スローモーションになる風景の中、鞭のようにしなり迫ってくる触手。
しかし、まだ起き上がれていない朽野は回避する術がない。
銃剣士は紙装甲・高火力型。当たらなければ、どの職業より強いが一撃でも当たれば致命的なダメージになりかねない。
HPはすでに3割程度。次の一撃を喰らえば確実にHPは0になる。
せめてもの抵抗に、両手を盾にする。
「がっ!!」
バリン、と音を立てて朽野のシールドが崩れ落ちる。
朽野が投げ飛ばされる。シールドの加護を失った体は壁に叩きつけられその口から血があふれ出る。
痛みで悲鳴を上げそうになるが、しかし叩きつけられた衝撃で肺から空気が抜け出てしまい声にならない。
両腕を見る。右腕は千切れ、左手は虫食い状態で骨が見えている。
逃げ出そうと足を動かすが、左足に力が入らずそのまま崩れ落ちる。
どうやら、叩きつけられたと思ってた壁は木のようだ。そして、肝心の左足は足首が完全に気に飲み込まれている。
あの触手が生み出したバグによって完全に木と一体化してしまったらしい。
「くそ、くそっ!」
張って逃げようとする。
しかし、右足が木と一体化している以上、木を何とかしない限り逃げようがない。
そして、HPを失いただの人となった朽野には木を傷つけることさえ出来ない。
ゆっくり、ゆっくりと迫る触手。触手の吸盤――否、その口からは涎があふれ出る。
まるで、ご馳走を前にした犬のように、ダラダラと、ダラダラと
「はっ!ははははは、おい、待て、待てよ。いくら何でもこんな死に方はさすがにっ!」
朽野が言い終わるより早く、触手の群れが朽野に向かって襲い掛かる。
足を、喉を、腹部を貫き、その中を駆けまわる。
「―――――――っ!!」
声にならない。すでに声を発する喉は食い破られている。
痛みは無い。そんなの最初の一瞬のみだ。
死を受け入れた脳が痛みをカットしてくれる。ただ残るのは体中を咀嚼される感触のみ。
最後に、朽野の口が動く。
言葉にならないその言葉、それは誰の耳に届くことなく。
朽野伸也の体は、ただの肉塊へと慣れ果てた。
こんな引きですが、更新来週になりそうです。すみません(汗)
まぁ、展開分かる人は、理解していただけているかと思われます。
あとお気に入り登録3人で100人到達!!
是非ともよろしくお願いします。




