古い記憶2
「惜しい。本当に惜しいな」
その声は、月歌の背後より聞こえてくる。
「ああ、『ファウスト』を使う前までであれば、私の負けなのだろう。だが……」
熱源が、背後より膨れ上がる。
「っ!オーダー!!!!」
振り返り、スキルを使おうと月歌が吠える。
「神となることを目指し、されど失敗の果て悪魔へと身を堕としたこの身ではあるが、なりそこないであろうと小娘一人に負けるなどありえんよ」
その言葉と共に放たれる炎。次の瞬間、月歌の視界は黒い炎へ包まれた。
◆◇◆◇
黒い炎が彼女の視界を焼いた後、月歌の意識は下へ下へと落ちていく。
クルクルと回るかつての記憶。
ああ、これが走馬灯か、と思うと共に、様々な思い出が目の前を駆け巡る。
仲間と会った。最初は4人。それぞれの目的の為別れてしまったけど、それでも何かあったら必ず駆けつけると誓いあった。
背中を追った。朽野と共に駆け抜けた戦場。普段はヘラヘラしている朽野が血反吐を吐きながらも立ち続けるその背中を守ると、そう誓った。
家族が出来た。隊長は朽野で、副隊長は月歌。朽野の元に様々な勇士が募り、そのことが誇らしくて、そしてそんな彼らが大事な家族へとなっていった。
別れがあった。英雄と呼ぶに相応しい偉業を成し遂げ、しかし月歌達の元から去った朽野。
後を追いたい、と願うも彼からの願いがその足を止めさせた。
どれも、月歌が月歌である為の大事な記憶。
つらいこともあったが、朽野と、そして仲間達と駆け抜けたあの日々は月歌の宝物だ。
ああ、だけど、月歌がそう思えるのもあの出来事があったから
『それ』が月歌になった最初の日。
最初に、その出会いがあった。
◆◇◆◇
崩れた天井から覗く月は綺麗だった。
陽介の部屋だったそこは、突如として生えた木々に浸食されその形を失いつつある。
大崩壊。いずれそう呼ばれるその日を、引きこもりであった『それ』は家の中で迎えていた。
木々の元で発光する青い花はまるでナイツオブラウンドオンライン上の高位ダンジョン『幻想郷』にそっくり、いやそのものと言っても過言ではない。
『それ』の部屋も突如として生えた木々に浸食されつつあり、すでに部屋としての機能を失いつつある。
隙間から入る風が冷たい。震えながら『それ』は身体を丸める。
その部屋は『それ』の監獄ではあったが、『それ』にとってそこが世界のすべてであり、今更出ようとも思わなかった。
それはこの異常事態でも代わりはない。
生きるか死ぬかのこの状況、『それ』も死ぬのは多少は怖いと感じてはいたが今更ここを出てまで生きようとも思っていなかった。
そも、出れたとしても生きられるとは思ってもいない。
世界は変わってしまった。
窓の外には閑静な住宅地が広がっていたはずなのに、広がるのは鬱蒼とした森。
遠くからは、獣のような鳴き声が聞こえてくる。
母は、世界が変化した日にこの家を飛び出してしまった。
恐らく、生きてはいないだろう。『それ』はそれを事実として受け止める。
あの母がこのような世界で生き延びられると微塵にも思えなかった。
『それ』の力が世界が大きく変革したことを肌で感じ取っていた。
見れば解るような単純な変化だけではない。
大気の構成が違う、自分を形作る身体の要素からして変わっている。
世界がここではないどこかと繋がり、混じり今までとは全く別物に変貌してしまっているのが解る。
まるで、この世界はミックスジュースだ。
世界という果実を、幾つもミキサーに入れて、ぐちゃぐちゃにすり潰した世界。
『それ』は世界が変貌してから2日間。
情報の入らない森の中で、そしてその場から一歩も動かずに、この世界の誰よりも正確にこの世界の変化を感じ取っていた。
そのことこそが『それ』が恐れられている理由。
世界と繋がり、その変化を肌で感じ取り、操る力。
その一族の女が、時々持って生まれる不思議な力だが、『それ』からすると微妙としか言い様のない能力だ。
そんな微妙な力が教えてくれる。
世界はもう元に戻ることなどない。
混じり合った果汁を分離することなど不可能だし、仮に分離出来たとして、果汁をまとめたからと言ってそれを果実に戻すことなど出来ない。
何でこうなったか解らない。ただ、何となく世界が変わる時、空から何かの視線を感じた幾千幾万というその視線。
あの異質過ぎるあの目が関係している、何となくではあるが『それ』は考える。
(そんなことはどうでもいい、か)
どうせ、ここで朽ち果てる。
元々、『それ』の心配する者などいない。唯一『それ』を心配してくれた兄はとうの昔に死に、『それ』のことを陽介ではなく『それ』と認識出来る母も生きてはいないだろう。
『それ』を『それ』と認識しない世界。
世界が変わろうと、そのことは大して変わらない。
だから、『それ』がいなくなっても大して代わりはしないだろう。
死ぬのは少し怖い。
ただ、あの部屋で朽ち果てるのを待つだけの日々を考えると、予定が少し早くなっただけ良かったのかもしれない。
もし、あの世というのがあれば、あの優しい兄に会うことが出来る、そのことが死の恐怖を軽くしてくれた。
(ああ、でも心残りがないわけではない、かな?)
一つは、自分が死ぬことで『陽介』という存在の痕跡がこの世から消えてしまうこと。
そして、もう一つが……
「……先輩」
喉が渇いた状態、しかも久しぶりに出した声が嗄れているが、それでも一つの言葉を形作る。
同じVRMMOをプレイしていた『シン』という名のプレイヤー。
ゲームの中で、一緒に旅をした仲間。現実では一切笑うことが出来なかった自分も彼女と一緒なら笑えてたと思う。
現実の話は一切しなかったが、悲しい時は察してくれてそばで馬鹿な話をしてくれるそんな人。
ふと、思う。もしかしたら、ひょっとしたら、だが
あの人は兄以外で唯一、自分のことを認識してくれた人だったのかもしれない、と
「先輩」
何気なく呟いた言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
自分を認識している人がいる。そう思うと捨てようと思っていた命が惜しくなる。
所詮ゲームの話。相手も自分のことなどどうとも思っていないかもしれない。
だけど、もし相手の記憶の片隅に、僅かに『それ』を認識してくれているのであれば……
「死にたく、ないな」
自然と、視界が歪む中、月に向けて手を伸ばす。
獣の声しかしない森。
『それ』も理解している。こんな場所に誰も来るはずがない、と
そんなことは理解していても、言わずにはいられなかった。
『それ』を誰も認識していないのであればここで死んでもかまわない。
だけど、もし『それ』を認識している存在がいるとしたら、その人の元で生きて、その人の元で死にたい、と
だから……
「助けて、先輩」
「了解。んじゃ、助けるとしますか」
無意識で漏れた言葉。
返ってくるはずがない、そのはずなのに返す声が『それ』の耳を震わす。
「え?」
壊れた天井。そこから一つの影が降ってくる。
黒いとんがり帽子に、ボロボロになった黒い外套。
顔には笑顔の形を象った石仮面。
見覚えがある。その装備。『それ』もその装備を揃えるを手伝ったことがある。
恐らく、『ナイツオブラウンドオンライン』全体でも一部しか持っていないレア中のレアの装備の数々。
恐らく一式持っているとなると数人程度。その数少ない一人が……
「せん、ぱい?」
「ああ、そうだ、シン先輩だぞ。引きこもり、とは聞いていたけど、こんな時まで部屋を出ないなんて筋金入りだなぁ」
「うる、さいです。それよりも先輩、ネカマだったんですね」
何でこの場所に?それになんでゲームの格好で?
気になることは山ほどあるが、出てきたのはゲームで会話するような軽いノリの言葉。
「あー、ほら、ナンパする時、女の子相手のほうが女性も警戒しないというか。ま、まぁ、お前が無事で良かったよ。以前、住んでる町のこと聞いたろ?もしかしてと思って来てみれば町はダンジョン化しているしで、慌てて飛び込んで見たんだけど……って?お、おい、どうした?」
涙が止まらなくなる。
無いはずの救いの手を差し伸べてくれた先輩は『それ』が泣き出したことで右往左往するばかり、そんな先輩が可笑しくて、泣きながらも吹き出してしまう。
「先輩、来てくれたのは格好良かったですけど、やっぱり締まりませんね」
そんな笑顔に顔を赤く染める先輩。
思い出す兄の陽介は美少女と間違える程の美形だった。
その顔とそっくりだった自分も、もしかしたらそれなりに顔は整っているのではないか?と
照れたように先輩は顔を掻き、そして手を差し伸べてくる。
「うっせ、ああ、そういえばこうやって現実で会うのは初めてだったな。俺は朽野伸也。お前は?」
そう言われ、『それ』は考え込む。
そもそも、『それ』には名前がない。便宜上、兄の名前を名乗っているが、それも『それ』自身の名前ではない。
だけど……
「近衛坂、近衛坂陽介」
名乗ったのは、兄の名前。もう殆どの人が忘れてしまっているけれど、せめてその名前だけは残したいという思いで、そう名乗る。
「は? え? 男?」
男の名前で名乗られたことで、目を見開く先輩の姿に『それ』は吹き出しそうになるのを堪える。
「けど、まぁこの顔で男の名前はあれなので、月歌とっ!みんなのアイドル、キューティー月歌ちゃんと呼んでくださいっ!」
そして、この日、『それ』はこの世から痕跡を消し、『陽介』となった。
あの日から、月歌の思いは変わらない。
朽野の元で生き、朽野の元で死んでいく。
そう、だから……
「こんなところで、寝ている訳にはいかない、よね」
だから、月歌は、小さく唱える。
『月読』と
「力が強いだけの化け物。そんなの月歌からすればいいカモでしかない。それだけのことさ」( ・`ω・´)キリッ by 朽野
そう言われつつも何気にピンチを迎えている月歌さん、上司の信頼が┗(;´Д`)┛おもてぇ




