不穏な買い物
「おっはようございます!先輩」
朝になると月歌が元気良く朽野の布団をはぎ取る。
「寒っ」
まだ、冬本番ではないが寒いことには変わりない。
「さっ!先輩、朝ご飯出来てますよ!起きないと僕食べちゃいますよ!!」
「・・・・・眠いんだ。あと一時間」
「だーめーですよ!今日は先輩と僕のデートなんですから」
「ただの仕事だろうが」
うだっていても仕方がない、ゆっくりと起き上がり、テーブルへ。
パンに目玉焼きに、コーヒー。
「ふむ」
シンプルな朝食ではあるが味はしっかりしている。
どこぞのモンスターの卵の味ではなく、鶏の卵そのもの。
胡椒もちゃんとしたなんちゃって胡椒ではなく、本物に近い風味を出している。
「えっへっへ。北海道の上級品を手に入れることが出来まして。どうです?いい味だしていますでしょう?」
北海道。農業系のゲームと融合したその土地は良質な農産物を各国に輸出することで成り立っている。
最近、品種改良を繰り返すことで大崩壊前に近い食材を作り出すことに成功したらしいが、それでも流通しているのは一部だけであり、この朝食だけでも一万はしそうだ。
「お前、そんなことにお金かけなくても」
「ふっふっふ、折角の先輩との共同作業ですよっ!記念すべき朝ですからこれくらい贅沢しても後悔はありません」
胸を張り、笑顔を浮かべる月歌。
昨日のことを尾を引いていないか朽野は少し気になるが、月歌の目の下にあるかすかに浮かび上がっているクマを見て小さく嘆息する。
「あ、先輩。ため息つくと幸せ逃げますよ」
「あー、はいはい」
空元気を振りまく彼女を見て、朽野はまた、小さくため息を吐くのだった。
◆◇◆◇
どこか、余所余所しい雰囲気の中、二人はアパートを出る。
外は、忌々しい程の青空が広がっている。
「先輩お買い物~♪」
テンション高めな声を出す月歌だが、普段に比べてウザったさが足りてない。
本当に、月歌はうざい時は本当にうざいのだ。
それが無いのが、彼の心境を現している。
(どうしたものかね)
昨日の夜の出来事から、少しづつ歯車がかみ合わなくなってきている。
それも当然だと思う。昨日の寝たふりは確実に彼女にバレている。
月歌の観察力は、彼が知る中でもトップクラスだ。彼女の目から逃れるのは難しい。
いつかボロが出る。
だから、その前に仕事を終わらせ月歌を帰そうと思ったが、そうもいかなくなっている。
はぁ、と小さくため息をつくと、ふと視界の隅に二人の子供が目に入る。
二人とも、ちゃっちい緑色の鎧に身を包み、手には剣のようなものが握られている。
「俺は、緑の騎士だー!救世軍!覚悟しろー」
「てっちゃん、さっきも緑の騎士役だったじゃん!僕にも緑の騎士やらせてよー」
そんなことをいいながらお互いの剣をぶつけ合っている。
そんな、朽野の視線に気づいたのか、月歌は、くすりと笑う。
「あれは、最近流行っている『緑の騎士キッド』ですよ。子供向けのおもちゃで、剣は極端に攻撃力を落としたもので、あの鎧はそこそこ防御力あるので怪我をする心配がないってことで横浜を中心に流行っているようですよ。まさか、厚木にもあるとは思いませんでしたが」
『緑の騎士』。
アーサー王の伝承の中に『ガウェイン郷と緑の騎士』という伝承がある。
その話の中で、ガウェイン郷の前に、全身を緑に染めた騎士が現れ、ガウェイン卿に「俺の首を鉈で掻き切ってみろ」と持ちかける。
ガウェイン卿に首を落とされた緑の騎士は、自分の首を拾い上げ、一年後、仕返しの一撃をくれてやる、言い残し去っていく。
これは、古い伝承における話の一節だが、神奈川においてこの名は別の意味を持つ。
深い、黒いに近い緑の鎧に身を包んだ騎士。
いかなる攻撃を食らおうと、どのような窮地に陥ろうとも倒れることの無かった不死身の騎士。
「当時は日陰者だった緑の騎士が今や神奈川の英雄ですからねー。先輩どう思います?」
「あー、『あれ』を知る身としては、そんな良いもんじゃないと思うんだが」
「けど、彼らからすると間違いなく緑の騎士はヒーローですよ。あー、なんか微笑ましいですねぇ。先輩、子供欲しくなってきました」
朽野に体をスリ寄せながら、月歌はいう。
「お前、生むこと出来ないだろうが」
「いや、気合いと根性があれば」
「無理だろう」
むんす!と気合いを入れる月歌に、朽野は冷たく答える。
そんなことを話ながら歩いている内に目的の店に到着する。
適当な木材をつなぎ合わせたような今にも物理的に潰れそうな店。
『岡ちゃん商店』だ。
安くもそこそこの品質の道具が揃うこの場所は、厚木の中では隠れた名店となっている。
「へい、らっしゃ・・・・・・」
いつもは威勢のいい声で出迎える店長が朽野と月歌の姿を見るなりフリーズし、そして・・・・・・
「・・・・・・帰れ」
店長の岡ちゃんがドスの聞いた声を朽野に浴びせてくる。
「リーダ、い、いや、岡ちゃん。いきなりそれはないんじゃね?」
「じゃかーしい。この前の合コンでお互い痛い目見て、もう彼女なんていらねぇ、と誓ったじゃねーか。しかも、こんな可愛い子と、だと。どこまでいった?ことによっちゃあ、『リヴァイアタン(嫉妬の蛇)』に報告するぞ。あ?」
岡ちゃん、このゴリラのような容姿をしたこの男。先日の合コンへ一緒にいった仲である。
ちなみに、彼の言う『リヴァイアタン(嫉妬の蛇)』は、全国にその手を伸ばす秘密結社の名前である。決してモテない男達の集まりではない。
「ま、まて!岡ちゃん。こいつは男だ、騙されるな」
「こんなに可愛い子が男の子のはずがないっ!」
ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ二人に、月歌はあはは、と笑うのみ。
やはり、様子がおかしい。通常なら、ここで『せんぱーい、そんなこというんですか。あんなにあつーい夜を過ごしたというのに』とか言って事態を混沌とさせるはずなのだが
しかし、今は頭に血が上った岡ちゃんを何とかするのが先だ。
「え?ガチで男」
「ああ、紛れもない男だ」
「そんな、こんな可愛いのに男なんて・・・・・・俺、男でもいいかも」
「落ち着け!岡ちゃん!」
そんなこんなで馬鹿をやっていると、ガラッと扉が開かれる。
別の客が来たらしい。
「へいらっしゃい!なにをお望みで」
入ってきたのは三人の男達。
髪を金髪に染めたチャラい男に、何か格闘技をやっていたであろう筋肉質の男。そして、頭の良さそうな男。
それぞれゲームは違うが剣士、挌闘家、僧侶とバランスのいいパーティーだ。
彼らのことは知っている冒険者ギルドでよく見かける面々だ。
それなりの実力を持ちそろそろ更に西か、首都である横浜に乗り込もうとしているチームだ。そして、彼らも当然、朽野のことを知っている。
「お、これは臆病者先輩じゃないっすか」
金髪の男が、朽野に向かってフザケた挨拶をしてくる。
その言葉に、月歌がぴくり、と反応する。
「臆病者先輩も買い物っすか? しっかし、臆病者先輩に買えるようなものあるんっすか?」
敬っているようで、明らかに見下した言動に朽野は、ははは、と笑って誤魔化す。
「やめろ。そんな雑魚にかまうのは時間の無駄だ」
「おいおい、一応先輩だぞ~。臆病者先輩は」
「はぁ、どうでもいいですがさっさとしてください。あなたと違って我々は忙しいので」
「・・・・・・」
いつもはうるさい月歌が黙り込む。
「で?そこの可愛い女の子。新しい寄生先?やめたほうがいいよ~。臆病者先輩、味方を見捨ててさっさと逃げるから」
「うむ、装備からしてそこそこの御仁のようだが、そのような男に連むのは良くない。自身の品格を落とすことになる」
「・・・・・・」
「っ!!あ、あはは、ごめん~。俺らのことは無視して買い物してくれ。俺らは外で待っているから、邪魔したな」
月歌から不穏な気配がしたので彼女の手を引いて外に出ようとするが、遅かった。延びた手の先に彼女はいない。
瞬時に距離を詰めた月歌が、金髪男を切り裂きHPを一気に0にする。
「はっ?え?」
「・・・・・・ざけるな」
絞り出すような月歌の声。いつもの笑顔が、怒りに歪む。
「あんた達に先輩のなにが解るっていうのですか」
静かな、本当に静かな声。朽野は知っている。
月歌は怒る時は声を荒上げない。ただ、静かに淡々と怒りの炎を燃やすのだ。
「い、いきなりなにを、そ、そんな臆病者を庇う必要性無いだろうが」
「そうだ。言いたくはないがそいつは屑だ。命欲しさに女を見捨てて逃げるような男だぞ」
「そうそう、騙されてるだけだってー。おねーさん強そうだからこっちのパーティーに入れてあげてもいいよ」
圧倒的な実力を見せても、さすがは実力のある冒険者。引き腰になりつつも、月歌から目をそらさない。
「僕は、先輩の背中を追いかけ続けてきました。その先輩を馬鹿にするのなら・・・・・・誰であろうとねじ伏せる」
「ちっ、女を殴るのは趣味ではないがっ」
静かな月歌の怒りを感じとったのか、挌闘家が拳をふるおうとし、それに対し月歌も剣を振り上げる。
双方がぶつかろうとした、その時・・・
「は、はい、そこまで!」
二人の動きが止まる。
いや、止まらず得なかった。
二人の間に立つのは朽野。
右手で持った細剣が月歌の目先に止まり、左手の銃口は、挌闘家の額に押し当てられている。
「ここで暴れたら店に迷惑だろ。岡ちゃん、本当ごめんっ!」
「たく、朽野!狂犬の綱くらいちゃんと握っておけ」
「本当、ごめんごめん。さっさと出て行くからさ。スタングレネードある?」
「あ~、ほれ、これな。金は?」
「今度払うから、ほら、月歌行くぞ!」
「あ、先輩!」
店主からアイテムを奪い取り、逃げるように店を後にするのだった。




