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パーティー解散



挌闘家の男は、身動きを取れずにいた。

頬を伝うのは、一筋の汗。ただ、額に当てられた鋼の冷たさが今でも残っている。


「おーい、岩ちゃーん、どうしたー?」

仲間のチャラ男こと、阿部の声にようやく、現実に引き戻される。


「ぷ、はぁっ・・・・・・」


どうやら、息を吐くことさえ忘れていたらしい。

「あのねーちゃん、怖かったなぁ。いや、あのままだったらやられてたわ。マジ、臆病者チキン先輩に感謝」


違う。あの女と対峙した時、確かに恐怖がわき上がってきた。

自分より格上、それは戦いの中で磨かれた直感がそう告げていた。

今まで、自分の直感は優れていると思っていた。

仮に戦うことになってもこの三人なら何とか勝ちを狙える、そう踏んでいた。

だが、弱者だと思っていた朽野が乱入した時、その勘がざわめいたのだ。


ダメだ、と

この男を敵に回したらいけないと。


這い蹲って命乞いをしろ、と本能が彼の中で暴れ回ったのだ。

レベルとか、そういったものとは関係ない圧倒的な強者の気配。

それを感じた瞬間、彼に押し当てられた銃口がまるで死神の鎌のように感じられたのだ。


「・・・・・・岩島さん。あなた、噂に踊らされすぎです」

一連の流れをつまらなそうに見ていた僧侶の男、霧崎は挌闘家の男を呆れたような目を向ける。

「霧崎。お前、こうなることが解っていたのか?」

「いえ、ただ冒険者は舐められたらおしまいです。あそこまで馬鹿にされてカモにもされず冒険者として活動出来ているのはそれ相応の実力はあると考えるべきかと」

冒険者は品性はピンキリだ。独自のルールに沿って冒険者になった者もいれば、犯罪者寸前のような者もいる。

舐められれば後者に身ぐるみを剥がれるか、下っ端としていいように使われるような未来が待っている。

新人ルーキーであれば、ギルドや周りが守ってくれるが独り立ちした後は自己責任の世界。

そんな中、彼は冒険者として生きて来たのだ。

「おいおいおい、あの臆病者チキン先輩がそんなすごい人のはずがないだろう。岩ちゃーん、衰えたんじゃね?」

阿倍の軽薄な笑い声がやけに勘に障る。それなら、いますぐあの男に喧嘩を売ってこい、そうすれば、岩島の気持ちも理解出来るはずだ。

同意を求めようと、霧崎に目を向けると、ハァ、と小さく嘆息。


「岩島さん。あれの矢面にたったあなたに言うのもあれですが、正直、僕も阿部と同じ意見ですよ」

「な、さっきと言っていること違うじゃないか」

さっきと矛盾した言葉に岩島は混乱する。

「あの人は、強いですが、大した人ではありませんよ。あの感じは燃え尽きたか、折れたのか。ともあれ、もう終わった人ですよ。いくら実力があろうとも、相手にするまでもありません。ほら、いい加減、行きますよ」

「だなぁ、ギルドからの直接依頼だ。ちゃっちゃとすませようぜー」

「あ、ああ、行くとするか。帰らずの森へ」


こうして、三人は店を出る。

彼らが再び朽野と会うのは、しばらく先のこととなる。



◇◆◇◆




「・・・あー、もしもし月歌さーん」

「・・・・・・」


普段は、マシンガンのように話をする月歌が黙り込んでいる、それだけで彼女がどれだけ不機嫌なのか、理解出来る。


信頼関係は出来ている。長年、一緒に戦ってきた仲間だ。

それこそ一緒に死線をくぐり抜けた中だ。

そんじょそこらのパーティーには真似できない信頼関係が出来ていたと思う。だが、それがちょっとしたことですれ違ってしまうことも、パーティー間では良くある話。

つまり、朽野と月歌の間にはそういった空気が流れているということだ。


(まいったな、これからダンジョン入りなんだけど)


朽野は、変わってしまった。

それでも一日だけだったら月歌を誤魔化せると思っていた。

しかし、彼の甘い見通しは、月歌には通用しなかった。


彼女もこう見えてプロだ。気持ちの切り替えは上手い。

しかし、それでも僅かにこびり付いたシコリは、表面上見えなくとも妙なところで顔を出すことがある。それも、致命的なタイミングでだ。


それを理解しているのか、月歌が小さく嘆息し、朽野の方に振り返る。


「先輩、いったいどうしたんですか」

「ん?一体なにが?」


月歌は、仕事前にその問題を解決しようとしたのだろう。

しかし、朽野はトボケることしか出来ない。


「俺がバカにされることなんてよくある話あろう?ほら、なんつーか能ある鷹は爪を隠すというか」

「ええ、先輩と一緒にいると何故か敵地のど真ん中とかよくありましたからね。実力は過小評価されたほうがいいとか考えているのはよーく解ります」

「だろ?だから・・・・・・」

「ですが、ここは神奈川です。なんで弱者のフリをするのですか?」

そう、ここは敵陣ではなく神奈川だ。

特別、弱いフリをする必要もなく、舐められれば不利益になるようなことの方が多い。

この前のジャイアントキリングに襲われた時もそうだ。ある程度、実力があると思われていればああやって襲われることも無かった。


「実力はそこそこあるけど、そこまで目立って強くない。その程度に思われておくのが一番動きやすいって先輩言ってましたよね?あれ、完全舐められていますよ?何より・・・・・・」

月歌が、苦虫を噛んだかのような表情を浮かべる。


「なんすか、あの表情。バカにされても仕方がないって、顔にそう書いてありましたよ」


流石、長年のつき合い。

朽野の浮かべた表情の意味を、正確に読みとってくる。

だから、この話題に触れたくなかった。

この話になれば、今、月歌との間にある溝は、更に広がるだけ。

しかし、朽野がどんな嘘をつこうにも、見破ってくるだろう。

彼はその特性上、こういった勘が鋭いし、何よりつき合いが深いのだ。


はぁ、と朽野は小さくため息をつく。

しかし、それでも朽野は答えることは出来ない。

口が裂けても言うことは出来ない。

何故なら・・・・・・

「お前には絶対解らないよ」

それは、月歌と仲間達の過ごした日々を否定することになるのだから


「何ですかっ、それ!」

怒りの表情を浮かべる月歌。

こんな感情を月歌を朽野にぶつけてくるのは初めてではないだろうか。


駄目だ、と朽野は頭を降る。

こんな状態で、帰らずの森へ行くことは出来ない。

明らかに異変が起きているこの状況、時間はあまりないだろうが、この状態で二人で行くのは自殺行為だ。


「お前、横浜に帰れ」

「先輩、それ本気で言ってます?」

「こんな状態であの森に行くわけにはいかない。こっちは適当にメンバー見繕ってあの森に行く。今回の仕事のキャンセルの件はこっちで上手く誤魔化しておくから心配するな」


月歌程の人材はそうそう見つからないだろうが都子に頼めば、そこそこのパーティーは組めるだろう。

仮にパーティーが見つからなくても、奥の手を使うことを視野に入れるのなら朽野一人なら何とかなる。

「元々、無理があったんだ。俺とお前でパーティーを組むなんて」

「先輩、何を言って」


「もう、俺はかつての俺じゃない。だから、俺のことなんてもう忘れろ」


何か、ドラマみたいな台詞だな、と朽野は思う。

だが、これが朽野の隠さざる思いだ。

良くも悪くも、当時の朽野とは別人だ。


そして、同時に恐れていた。

変わってしまった自分を、彼の目はどのように見えているか、長いつき合いだからこそ、その視線が失望に染まるのを見たくなかった。

「なんすか、それ」


月歌の声が震える。

怒っていると思ったが、月歌の表情にはそれは感じられない。

変わりに表情に浮かんでいるのは悲しみ。


「先輩はもう、私は必要ないのですか」


否定しようと、口を開こうとする。

しかし、一瞬の躊躇の後、彼は笑みを浮かべる。

「関東動乱以降、俺は一人でやってきた。だから」

「もう、いいです」


朽野の言葉を遮って、月歌は疲れたように呟く。

「・・・・・・帰ります」

そう言って月歌は、ノロノロと去っていく。

その後ろ姿を朽野はただ見届けるしかなかった。


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