〜第8話〜魔王と天才軍師
ラミアの【裁きの翼】は、レオンの身体についた土のツタも全て引き裂いた。
「ラミアさん。ありがとうございます」
レオンは頭を下げる。
「……急いでゾゾリマの城へ」
「え、でも……その……」
「ここは私が何とかする」
ラミアの強い眼差し。レオンは躊躇したが、その眼を見て頷いた。
「ラミアさん……また明日から花園の世話お頼みしてもいいですか?」
「……ふふ、明日からってレオンけっこう人使い荒いね」
「……あ、いや……あ、その、すみません」
「いいよ。全然だいじょぶ」
ラミアは微笑んだ。そしてレオンは踵を返して走り出した。
「待て魔王レオン」
それを阻んだのはロズルだった。彼は巨大な斧を掲げ、立ちはだかった。
「……すみません。通してください」
レオンは軽くそう言うと、ロズルの横をすり抜ける。ロズルは斧を振り下ろすがそれは虚しく空を切る。そしてコツンとロズルのうなじにレオンの手刀が入った。
次の瞬間ロズルは白眼を向き、その体躯はドスンと地面に倒れこんでいた。
レオンはそれを一瞥もしようとせずに駆けていった。
戦いによってボロボロになった荒野。横たわる大量の魔族と猛牛。
そこに立つのは、土使いモリワ、そして青き翼を背中に携えたラミアの二人だけだった。
モリワの口が静かに動く。
「本当におかしな話だ。『魔王喰い』がここまで魔王のために従順に尽くすなんてな」
「私を魔族を殺すための兵器以外として扱ってくれた……。だから……私はレオンが好き……、彼のためならば……、どんな魔族だって殺してみせる」
ラミアの翼がドッとその大きさを増す。そして飛翔した彼女はレイピアを抜きモリワに迫る。
モリワは土の槍を作り出し握る。そしてそれを握りしめる。
モリワも飛翔した。彼の身体をオレンジ色のオーラが纏う。
青い翼のラミア、オレンジ色のオーラのモリワ、二人の身体が空中で交差した。
同時にズシリと地面を踏みしめる二人。風が二人の髪の毛を揺らす。
そしてモリワが糸の切れた人形のようにドンと横たわった。土の槍はぽろぽろと溶けていった。
ラミアは静かに倒れたモリワに近づく。
「悔しいが、貴様の勝ちだ『魔王喰い』。お前は私のすべてを奪ったわけだ」
モリワは静かにそう言って、眼を閉じた。
「すまんな。どう謝っても私の罪は償いきれんと思うが」
もはや意識がないであろうモリワに、ラミアは言う。そして徐々に彼女の青い翼はくすみ始め、しなびていく。
無理をしすぎた……。レオンとの約束は守れないかも……。でもよかった。最後に、レオンのために戦えて。
そう考えた瞬間に青い翼は消え、彼女は倒れた。
◇◇◇
ゾゾリマの城は、すでに3国の連合軍によって占領されていた。
城を守っていた宰相のアグバは、その大軍勢を見て速攻で降伏を決め、ゾゾリマの魔族たちはことごとく捕虜となり、ゾゾリマの城は明け渡された。
こうして魔都ゾゾリマはグルス、ホーハム、インボイの3カ国の魔族がひしめき合う異様な状況となった。
主を変えたゾゾリマの城を、ふたりのグルスの魔族が門番として守っていた。
「いやあ、楽勝だったなあ」
「まさか、こんなにあっさりとゾゾリマが降伏するとは思わなかったぜ」
「確かにこっちの軍勢は圧倒的多数だったが、常識的に考えて少しは抵抗するだろう。ていうかしろよ、すんごい張り合いねえぞ」
「無抵抗で無血開城とかどんだけプライドないんだ奴ら」
「ああ、物足りねえよ。いっそ魔王レオンがいればよかったのになあ。そしたら少しは歯ごたえがあっただろうよ」
「いやあ、この分だと魔王レオンってのも噂だけで、実際はすんげえ弱っちいんじゃねえか」
「ああ、違いねえ」
ふたりの魔族は声を合わせて笑い出した。あたり一面に響く声でひとしきり笑ったあと、不意に声がかけられた、
「すみません、ここを通していただけますか?」
何だ貴様は?と声を掛けられたものに目をやる門番。彼はそれを見て一旦息を止めた。
そして叫んだ。
「……うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
門番は悲鳴をあげたあと白眼をむいて失神した。もう一人の門番も腰を引いて槍を構える。
「き、……貴様は魔王レオン」
「はい。そうですが……。あれ、以前どこかでお会いしたことありましたっけ?」
会ったことがなくともそれは明白だった。近くにいるだけで殺されるに違いないと思わせるような凄まじい邪気をレオンは常に放っているからだ。
「僕のことを知っているのならば話は早いです。ここは僕の城なのでお通しいただけると助かります」
「だ、ダメに決まっているだろう。もうこの城はわれわれ連合軍のものだ」
「……あのお、それでしたら責任者の方とお話をしたいのですが。ダメでしょうか?」
レオンの質問には答えようともせず、門番は笛を鳴らした。門の中にいた別の魔族がそれに呼応してベルをカンカンと鳴らす。
大量のグルスの兵士たちが集まりレオンを取り囲み、一斉に槍を向けた。レオンはきょとんとした顔で周囲を見渡す。
「あのお、お話を…………」
グルスの兵士たちは答えない。だが、レオンの持つあまりの邪気に自分から攻撃もできない。ただ睨みつけることしかできず、冷や汗をかきながら対峙していた。
「……皆さん、退いて下さい。ちょっと天才が通ります」
ふわりと扇を仰ぎながら颯爽と兵士をかき分ける者がいた。
「だ、ダックワース様」
兵士が呟いた。ダックワース。彼はレオンの目の前に足を進める。
そして礼をした。
「はじめまして魔王レオン様、この連合軍の作戦統括を担っておりますグルスのダックワースと申します。なので一応『責任者』は私になります。先ほどお話をされたいと言っておられましたが」
ダックワースは涼しげな顔で飄々と言う。
「わざわざありがとうございます。私には他の国と戦争するという意志が全くありません。今後ずっと皆さんと平和に共存していければと思っています。ですので、その、ゾゾリマから兵を引き上げていただけると助かります」
レオンは丁寧に頭を下げた。取り囲む兵士たちは「何をバカな」という目で見ている。
「わかりました」
「「っ!!」」
ダックワースの言葉に、兵士たちは皆驚く。そしてレオンの表情は明るくなった。
「ありがとうございます。助かります」
「ただし、条件があります」
ダックワースは扇を前に差し出す。
「簡単なゲームに参加してください」
「ゲーム?」
「はい。天才の私が考えた楽しいゲームです」
「別に全然大丈夫ですが、どんなゲームですか?」
ダックワースはむふふと笑う。
「これからレオン様はゾゾリマの城に入って下さい。城には何人かレオン様と戦いたがっている者がいます。それをすべて倒して玉座に座ることができたらレオン様の勝ちです」
「……え?」
レオンの顔色が変わった。
「ははははは面白そうでしょう?この天才考案のゲームは」
「でも、それですと、お相手にケガをさせてしまいませんか?」
「ははははははははは、心配なく。皆さん覚悟ができている方たちばかりなので。それにしてもレオン様はとても面白いお方だ。自分が怪我をしたり殺されたりすることに関しては全く考えないのですね」
笑うダックワース。レオンはキョトンとする。
「ではレオン様、玉座の間でお待ちしております」
ダックワースは踵を返して歩き出した。
ダックワースにひとりの兵士が駆け寄る。
「ダックワース様、何のおつもりですか?魔王レオンはたったひとり、こちらの数万の軍勢で押しつぶしてやればいいではありませんか」
「ダメです」
「は?」
「天才の私が考えるに、それをやると、例え魔王レオンを殺せたとしてもこちらの数万の魔族が死に絶えます。費用対効果があまりに悪すぎます」
「え……あ……」
「それよりはこちらが用意した精鋭たちだけをあてた方が効率的です。天才の私の構想では、魔王レオンは二度と自らの玉座を見ることなく死ぬでしょう」
笑うダックワース。しばらく笑ったあと、思い出したように言った。
「しかし、魔王レオン。はじめて会いましたが……。想像以上でした」
ダックワースは、右掌を兵士に向ける。その手は汗でベタベタになっていた。
「こんなこと、生まれて初めてです」
うつむくダックワース。その目には魔王レオンと対決する狂気への喜びと恐怖が渦巻いていた。




