〜第2話〜ダックワースの暗躍
ゾゾリマの宰相アグバはここ三ヶ月間、気ままな日々を過ごしていた。
恐ろしいレオンもいなければ、自分に睨みを効かせてくるやっかいなオーティズもいない。事実上ゾゾリマの最高責任者であるアグバは、まる魔王であるかのようにふるまうことができた。
今日とて、真昼間からワインを片手にバスローブ姿でだらりと過ごしている。
「あぁ、天国とはこのことよ」
そう言って、だらしなく笑った。
「アグバ様っ!!」
そんな彼の幸せを配下の声が引き裂いた。「なんだ」と露骨に迷惑そうな顔で答えた。
「……グルスの大軍勢が、ゾゾリマに向かっております!!」
アグバはワイングラスを思わず落としそうになった。
「な、何……?」
「アグバ様っ!!」
別の配下が報告する。
「オリクサの軍勢が、国境を越えて迫っております」
「は?」
次の声が聞こえる。
「アグバ様、大変でございます。クヤフの軍勢が……」
「ちょっと待て!!」
「アグバ様……」
「待てと言っているだろう」
「……ホーハムの軍勢がゾゾリマを攻めてきております」
「…………」
「アグバ様っ」
もう一人の配下が言った。
「インボイの獣人どもが関所を破壊し、攻めてきております」
今度こそアグバはワイングラスを真下に落下させ、パリンと弾ける音がした。
◇◇◇
インボイの王、オレステス。獅子の見た目をした屈強な獣人はある客人と会っていた。
「いやあ、オレステス様とお会いできて良かったです。天才の私が聞いたお噂どおり、誠に屈強な武人でございますね」
「……」
オレステスは黙って、扇をひらつかせる目の前の客人を訝しげな目で見た。
「インボイは誠に素晴らしい国です。特に兵の戦闘力では魔の六国では最強でしょう」
「……ダックワース殿、もったいぶらずに本題に入っていただけないだろうか?」
オレステスに促されて、グルスの軍師、ダックワースはニヤリと笑って言う。
「私たちグルスは、これからゾゾリマを滅ぼそうと思っております。すでにオリクサ、クヤフ、ホーハムは我々と同盟を組み、すでにその軍勢はゾゾリマに進行中です」
ダックワースはわざとらしく扇をひらりと差し出す。
「ですので、是非インボイも……」
「断る」
「…………オレステス様、これはゾゾリマに属国とさせられている屈辱の鎖を解くチャンスだと思いますが」
「断る」
「……なぜですか?魔王レオンひとりに対し、こちらはそれ以外の魔族がほぼ全員なのですよ」
「…………その程度の戦力でレオンを倒せると思っているのか?」
「…………」
「例えどんな状況になったとしても、俺はレオンとは二度と戦いたくない。そういうことだ」
「…………クク、ふふふふふふふ、ははははははははははははははははははは」
突如ダックワースは腹を抱えて笑いだす。オレステスは冷たい目で見下ろす。
「面白い。実に面白い。オレステス様は何よりも自分の力を信頼されているお方であり、かつ負けず嫌いで、自分よりも強いとのたまう存在を決して許さないお方だ。それが、大観衆の前で自分を屈服させた魔王レオンを許さないと思うどころか、ブルブルと震えてもう一度戦うのを嫌がっておられる。傑作です。あなた様にそこまで思わせる魔王レオンとはいったいどれほどの男なのですか?ますます彼と会ってみたくなりました」
所々、自分への煽りをふくむ言い振る舞いにオレステスは憤り、ダックワースを睨む。
「本当に面白いのです。すでにインボイの多くの魔族と接触したのですが、綺麗に意見は真っ二つに分かれるのです。魔王レオンを八つ裂きにして屈辱を晴らしたいと思う者たち、そしてオレステス様のように、二度と魔王レオンに逆らいたくないという者たちです。調べを進めたところ、前者たちと後者たちにはある共通点があることがわかりました。何だと思いますか?」
当然オレステスはむっすりとして答えない。ダックワースはにこやかに続きを話す。
「魔王レオンとオレステス様のコロシアムでの戦いを見た者は全員、二度と魔王レオンと戦いたくないと言っています。直接戦ったオレステス様も同意見。これは、天才の私でなくとも魔王レオンの恐ろしさがわかります」
そして、ダックワースの唇が妖しく動く。
「だから、早く滅ぼさなくてはなりません」
その瞬間扉が開いた。そこには銀の毛を生やした血まみれの獣人がいた。
「フェルナン!!」
「オレステス……様……」
銀色の獣人は倒れた。
「ははは、彼も以前魔王レオンと直接相対し、二度と魔王レオンと戦わないという意見を押し通した者です。しょうがないので、静かにしてもらうことにしました」
オレステスは窓の外を見る。インボイの城を自分の配下のはずの獣人たちが取り囲んでいた。
「『魔王レオンなどに屈服して、オレステス様も焼きがまわったな』と息巻いている一派です。すでに天才の私が彼らをまとめてクーデターの用意を整えておきました。あっ、魔王レオンに逆らいたくない派の方たちは、皆捕らえられたか死にましたので」
ダックワースはにっこりと笑う。その瞬間部屋に大量の獣人たちが殺到し、オレステスに鋭い爪を向けた。
「貴様あああああああああ!!!!!!!!!」
オレステスは激しく咆哮したが、ダックワースは涼しい表情で自らを扇で仰ぎ続けた。




