↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/43

一緒なら、やればいい

「なんで!?」


 メルが俺の顔を覗き込んでくる。


「なんでって言われてもなぁ……」


 冒険者。


 森では魔物にも襲われたし、どう考えても危ない仕事だ。


「俺には無理やろ」


「なんで?」


「いや、見たら分かるやろ。俺、戦ったことなんかないぞ?」


「でも――」


「メルみたいに戦える奴と一緒にせんといてくれ」


「……」


 あ。


 メルの耳が、ぺたんと垂れた。


「私……そんなに戦えないよ」


「いや、ちゃうちゃう! そういう意味ちゃうって!」


「私、魔物を見つけたりするのは得意だけど……」


「それめちゃくちゃ役に立ってたやろ」


「うん。耳と鼻はいいから」


 そこは少しだけ誇らしそうだった。


 でも、すぐに耳がまた下がる。


「でも私たち女の獣人は、人族みたいに前で戦うのは難しいから」


「……なんで?」


「なんでって……」


 今度はメルが困った顔をした。


「私たちに合う防具なんてほとんどないし……防具もなしに前に出たら危ないでしょ?」


「まあ、それはそうやけど」


「だから私は、みんなより先に魔物を見つけて知らせる。それが私の役目だと思ってたの」


 まるで当たり前のことを話すように言う。


 多分、こいつにとっては本当に当たり前だったんだろう。


「でもね」


 メルが自分の胸当てに触れた。


「この前、初めて一歩前で戦えた」


「……」


「アキラがこれを私に合わせてくれたから」


「ちょっといじっただけやけどな」


「それでも!」


 メルが顔を上げる。


「今まで誰も、そんなことしなかった」


「……」


「女の獣人に合う防具なんてない。だから仕方ないって。私もずっとそう思ってた」


 胸当てに置かれた手に、少し力が入る。


「でもアキラは、仕方ないって言わなかった」


「……」


「合わないなら、合わせればいいって言った」


 ――あ。


 確かに言った。


 でも俺にとっては、合ってないものを合わせただけだ。


 そんな大したことをしたつもりはない。


「それで本当に、私は一歩前で戦えた」


 メルの尻尾が、ゆっくりと動く。


「だから私、思ったの」


 メルが俺を見る。


「アキラと一緒なら、今まで『できない』って思ってたことも……できるようになるかもしれないって」


「……」


「だから、アキラと一緒に冒険者やりたい」


 なるほど。


 そこまで言われたら、さすがに悪い気はしない。


 あの防具を少しいじったことが、メルにとっては俺が思っていたよりずっと大きかったらしい。


 ……でも。


「いや、俺には無理やろ」


「……」


 耳が落ちた。


「いや! なんでまた落ち込むねん!」


「だって……」


「今の話と俺が冒険者できるかは別問題や!」


「……一緒にやりたかった」


 尻尾まで完全に止まった。


「あーもう!」


 なんで俺が悪いみたいになってんねん!


「分かった! やる!」


「……え?」


「冒険者! やるから!」


「ほんと!?」


 耳が立った。


 尻尾が一気に揺れ始める。


「ほんとほんと」


「やったー!」


「うおっ!?」


 メルが勢いよく飛びついてきた。


 首に腕を回され、そのままぎゅっと抱きつかれる。


「一緒にやろ!」


「分かった! 分かったから!」


「えへへ」


 俺に抱きついたまま、尻尾がぶんぶんと揺れている。


 ……さっきまでの落ち込みはどこ行った。


「じゃあ行こ!」


「どこに?」


「ギルド!」


「今から!?」


「うん!」


「ちょ、待て! まだ心の準備が――」


「早く!」


「人の話聞けや!」


 すっかり上機嫌になったメルに腕を引っ張られ、俺は宿を出た。


     ◇


「着いた!」


「ほんまに来てもうた……」


 メルに引っ張られるまま辿り着いたのは、大きな二階建ての建物だった。


 扉を開けた瞬間、ざわざわとした声が耳に入る。


 中には思っていた以上に人がいた。


 剣を腰に下げた男。


 弓を背負った女。


 俺の身体がすっぽり隠れそうなほど大きな盾を持った大男。


 ――でか。


 ガイアスも大概でかかったけど、こいつも引けを取らんな。


 その少し向こうには、大きな鉤爪を装備した虎の獣人。


 さらに奥には、自分の身体ほどありそうな斧を担いだ熊の獣人までいる。


 なるほど。


 ここが冒険者ギルドか。


 …………。


 俺は自分の格好を見る。


 武器なし。


 防具なし。


「……やっぱ帰ってええか?」


「ダメ!」


 即答だった。


「まだ何もしてへんやん」


「するの!」


「俺の意思は?」


「さっきやるって言った!」


「言うたけど……」


 メルはそんな俺を無視して、慣れた様子で受付へ向かっていく。


「あら、メルさん」


 受付にいた女性がメルに気づき、笑顔を向けた。


「今日はどのようなご用件で?」


「はい!」


 メルが嬉しそうに俺を見る。


 嫌な予感がする。


「アキラを冒険者にしに来ました!」


「おい」


 俺の意思。


「こちらの方を?」


「はい!」


 なんでお前がそんな嬉しそうやねん。


「一緒に冒険者やるんです!」


「まだそこまでは言うてない!」


「やるって言った!」


「冒険者やるとは言うたけど、お前とずっと一緒にやるとは――」


「……」


 メルの耳が下がりかける。


「やる! 一緒にやる!」


「ほんと!?」


「その耳やめろ!」


 受付の女性が、俺たちを見ながらくすりと笑った。


「では、新規登録ですね」


「あ、はい……」


「登録されたばかりの方は、皆さん最低ランクからの開始となります。よろしいですか?」


「まあ、それは別に」


「では、こちらにお願いします」


 言われるまま登録を済ませる。


 こうして俺は。


 勢いで言った一言から、本当に冒険者になってしまった。


     ◇


「次は依頼を探そ!」


「もう?」


「冒険者になったんだから!」


 メルに連れられ、壁一面に依頼が貼られた掲示板の前へ向かう。


「この中から選ぶん?」


「うん!」


 ざっと眺める。


 護衛。


 魔物の討伐。


 薬草の採取。


 荷物の運搬。


 店の手伝い。


 他にも細かい依頼がいくつも並んでいる。


「冒険者って、魔物と戦うだけちゃうんやな」


「うん。いろんな依頼があるよ」


「へぇ……」


 もっとこう、剣を持って魔物を倒して金を稼ぐような連中ばかりだと思っていた。


 これなら俺にもできることがあるかもしれない。


 そう思って眺めていると――


「あっ!」


 隣でメルの耳がぴんと立った。


「アキラ! これ!」


「ん?」


 メルが一枚の依頼を指差す。


「鍛冶屋さんのお手伝い!」


「鍛冶屋?」


「うん! 掃除したり、荷物を運んだり、道具を片付けたりするんだって!」


 メルは自分が依頼を受けるみたいに嬉しそうだ。


「アキラ、こういうの得意そう!」


「……嫌や」


「…………」


 さっきまでぴんと立っていた耳が、ゆっくり垂れた。


 ぶんぶん動いていた尻尾も止まる。


「……そっか」


 急に静かになった。


「いや……」


 メルが何も言わず、こっちを見る。


 耳はぺたん。


 尻尾は完全に停止。


 そのうえ、なんでそんな目で見るん。


「…………」


「……分かった」


「え?」


「やる。鍛冶屋行く」


「ほんと!?」


 耳が立った。


 尻尾が一気に振れ始める。


「ほんとほんと」


「やったー!」


「うおっ!?」


 また飛びついてきた。


「アキラならそう言ってくれると思った!」


「ほんなら最初から聞くな!」


「えへへ」


 俺に抱きついたまま、メルの尻尾がぶんぶんと揺れている。


 ……あれ?


 もしかして俺、こいつに扱い方覚えられてへんか?


「じゃあ鍛冶屋さん行こ!」


「はいはい」


「早く!」


「分かったから引っ張んな!」


 さっきまでの落ち込みはどこへやら。


 すっかり上機嫌になったメルに引っ張られ、俺たちは鍛冶屋へ向かった。


     ◇


 近づくにつれて、金属を叩く音が大きくなっていく。


 カンッ。


 カンッ。


 カンッ。


 音の合間に、熱気と鉄の匂いが通りまで流れてきた。店先には薪や炭の入った袋が積まれ、壁際には使い込まれた樽と、刃を研ぐための砥石が置かれている。看板には、剣と槌が交差するように描かれていた。


「ここ!」


 メルが足を止めた。


 扉は半開きになっていて、その隙間から赤い炉の光がちらちらと漏れている。中を覗くと、壁には剣や槍、斧なんかが並んでいた。どれも飾り気はないが、刃はきれいに整えられ、柄や留め具にも緩みがない。


 前にメルの胸当てを見てもらった店とは違う。


 こっちは武器を扱う鍛冶屋らしい。


「すみませーん!」


 メルが声をかける。


 返事の代わりに、奥で金属を叩く音が三度響いた。


 カンッ。


 カンッ。


 カンッ。


 やがて、炉の向こうから大きな影が現れた。


「……なんだ」


 低い声とともに姿を現したのは、太い腕をした男だった。


 短く刈った髪。


 無精髭。


 分厚い革の前掛け。


 いかにも鍛冶屋です、と言わんばかりの見た目だ。


 男は手にしていた槌を作業台へ置くと、火床の蓋を半分閉めた。炉の火が弱まり、店内の熱気が少しだけ和らぐ。それから革の前掛けについた煤を手の甲で払い、俺たちの前まで歩いてきた。


 無愛想な顔つきだったが、足元に転がっていた小さな金具を見つけると、無言で拾い上げ、作業台の端にきちんと置いた。


 道具も材料も雑然と並んでいる。


 ただ、男本人にはどこに何があるのか分かっているらしい。


 男はメルの胸当てに目を留めた。


 留め具。


 肩の可動域。


 腰回りの隙間。


 ほんの一瞬のうちに、そこを確かめるように視線を走らせる。


 そして、わずかに顎を引いた。


「ギルドの依頼を見て来ました!」


「……依頼?」


「はい!」


 男の視線がメルから俺へ移る。


 上から下まで、じろじろと見られる。


「そっちか?」


「そうです!」


「なんでお前が答えるねん」


「……細ぇな」


「聞こえとるぞ」


 男は俺の言葉を無視して、俺の手や靴、それから店内の道具へと視線を移した。値踏みするというより、仕事を任せられるか確かめているようだった。


 やがて、作業台の上に置かれた短剣を手に取る。刃を親指でなぞることはせず、光にかざして歪みを確かめ、鞘に戻した。


「名前は?」


「アキラ」


「そうか」


 短い返事だった。


 だが、男はすぐに俺から目を逸らさなかった。俺が名乗ったことを確かめるように、ひとつ頷く。


「……」


「……」


 終わり?


「えっと……仕事は?」


「掃除」


「はい」


「片付け」


「はい」


「炭と材料運び」


「はい」


 男は作業台の脇に積まれた炭袋を顎で示した。


「言ったもん持ってこい」


「はい」


「重いもんは無理に一人で持つな。腰を痛めたら仕事にならん」


「……」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、注意する内容は具体的だった。


「以上」


「……それだけ?」


「嫌なら帰れ」


「いや、やるやる」


「そうか」


 男はそれだけ言うと、奥へ戻ろうとする。


 その途中、炉の脇に置かれた火箸が床へ落ちているのに気づいた。男は足を止め、拾い上げる。柄の部分を布で拭い、先端を確かめてから、元の場所へ戻した。


 道具の扱いが丁寧だった。


 無愛想で、説明も必要最低限。


 それでも、仕事に関することだけは曖昧にしない。道具も材料も、使う人間の安全も、きちんと見ている。


 少なくとも、適当な仕事をする人間ではなさそうだった。


「ちょ、待って」


「なんだ」


「採用ってことでええの?」


 男が振り返る。


「仕事しに来たんだろ」


「まあ、そうやけど」


「なら明日から来い」


 男はそれだけ言って、今度こそ奥へ消えていった。


 その背中が炉の赤い光の向こうへ消える直前、男は振り返らずに付け加えた。


「遅刻するな。来たら、まず道具を覚えろ」


 カンッ。


 カンッ。


 すぐに金属を叩く音が聞こえ始める。


 さっきよりも、音がはっきりして聞こえた。


「……」


「よかったね、アキラ!」


「……今ので採用なん?」


「たぶん!」


「たぶんなんかい」


 こうして俺の冒険者としての最初の仕事は――


 魔物討伐でも。


 護衛でもなく。


 鍛冶屋の雑用に決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。