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合うものがないなら、作ればいい

「アキラ」


「…………」


「アキラ、朝だよ」


「…………」


「起きて」


「…………あと五分」


「ごふん?」


「…………こっちの話」


 目を閉じたまま答える。


 昨日は、この世界に来て初めてベッドで眠った。


 狭い。


 天井も低い。


 寝返りを打てば、今にも壁にぶつかりそうな部屋だ。


 それでも、目を閉じたら朝までぐっすりだった。


「アキラ」


「…………」


「昨日、私の防具ちゃんとするって言ってた」


「…………起きます」


 目を開ける。


 ベッドの横で、メルがこちらを覗き込んでいた。


「おはよう」


「……おはようさん」


 頭の上の耳が、ぴくっと動く。


 朝から元気なことで。


 身体を起こして、大きく伸びをする。


「よう寝た……」


「すごく寝てたよ」


「なんで知ってんねん」


「何回か呼んだから」


「…………すまん」


 どうやら、かなり熟睡していたらしい。


 若返っても、朝に強くなるわけではないようだ。


     ◇


 一階へ降りると、昨日とは違う匂いが漂っていた。


 焼いたパンのような香ばしい匂い。


 それに、温かいスープ。


「朝ご飯、食べる?」


「食う」


 昨日、この世界に来て初めて食事をした身体は、どうやらすっかり食べることを思い出したらしい。


 腹が減っている。


「これ、いくら?」


「三コム」


「三コム……」


 昨日なら、ここでメルの顔を見ていた。


 だが今日は違う。


 革袋を開き、中から硬貨を三枚取り出す。


 昨日、大トカゲの串を買ったのと同じ硬貨だ。


「これやろ?」


「うん!」


「成長したな、俺」


「まだ一日だよ?」


「一日で成長できる男なんや」


「お金くらい普通に覚えてよ」


 そう言いながらも、メルは少し嬉しそうだった。


 朝食を済ませ、宿を出る。


 今日やることは決まっている。


 メルの防具だ。


 昨日の戦いで、胸当ての調整自体はうまくいっていた。


 動きを邪魔していた部分を外し、留め方を変えたことで、メル本来の動きはかなり取り戻せた。


 ただ、その分だけ守れていない場所も増えている。


 あれは森の中で、手元にある物だけを使った応急処置だ。


 ずっと使い続けるような物じゃない。


「この街に、防具作ってる店あるんやろ?」


「あるよ。こっち」


 メルについて歩く。


 朝の街は、昨日とはまた違って見えた。


 店を開ける人。


 荷物を運ぶ人。


 水路のそばで話している人。


 その中には人族もいれば、メルのような獣人もいる。


 昨日は何もかも珍しくて、そこまで気が回らなかった。


 こうして見ると、本当に普通に一緒に暮らしている。


 しばらく歩くと、メルが一軒の店の前で立ち止まった。


「ここ」


 中へ入ると、壁一面に防具が並んでいた。


 革で作られた物。


 金属で作られた物。


 盾や籠手のような物もある。


「いらっしゃ――」


 奥から出てきた男が、俺たちを見る。


 そして、メルの胸当てへ目をやった。


「防具か?」


「はい」


「見てもらいたいんです」


 メルが答えると、男は近づいて胸当てを眺めた。


「獣人用かぁ……」


 少し考えてから、今度はメル本人を見る。


「しかも嬢ちゃん、前に出て戦うのか?」


「はい」


「こりゃまた珍しいな」


 メルの耳が、わずかに動いた。


「珍しいん?」


 俺が聞くと、男は頷いた。


「獣人がって意味じゃねえぞ。この街じゃ別に珍しくもねえ。だが女の獣人で、前に出て戦う奴はそう多くない」


「へぇ」


 俺は改めてメルを見る。


「なに?」


「いや。珍しい生き物なんやなと思って」


「アキラ?」


「冗談や」


 男が小さく笑った。


「それで? こいつを直したいのか?」


「それもあるんやけど」


 俺はメルの胸当てを見る。


「できれば、ちゃんとメルに合うやつが欲しい」


「合うやつ?」


「そう」


 男が首を傾げる。


「なら、身体に近い大きさのを探して調整するしかねえな」


「いや、そうじゃなくて」


「ん?」


「最初からメルに合わせて作れへんの?」


 男の動きが止まった。


「……最初から?」


「うん」


 俺はメルの胸当てを指差す。


「例えばここ」


 脇に近い部分へ触れる。


「ここが詰まりすぎると、腕を前に出した時に邪魔になる」


 次に肩の辺りを見る。


「こっちはもう少し逃がした方がええと思う。メル、ちょっと腕上げてみ」


「うん」


 メルが腕を上げる。


「ほら。この辺まで動くやろ?」


「……ああ」


「でも守りまで全部なくしたら意味ないから、ここは残す。んで――」


 俺はしゃがんで、胸当ての下側を見る。


 昨日は時間も材料もなかった。


 だから、動きを邪魔していた部分を外すことでしか対応できなかった。


 けれど。


 今なら。


 材料もある。


 それを加工できる人もいる。


「この辺も、もうちょい身体に沿わせられへんかな」


「…………」


「それと、重さもここだけに掛けるんじゃなくて――」


 話しながら、昨日と同じ感覚があった。


 メルの身体。


 動き。


 胸当て。


 合っている場所。


 合っていない場所。


 足りないところ。


 余っているところ。


 それが少しずつ見えてくる。


 ――《適当》。


 やっぱりこの力は、何でも勝手にやってくれるわけじゃない。


 俺には、防具を作る技術なんてない。


 金属の加工方法も知らない。


 けれど。


 何がメルの動きを邪魔しているのか。


 どうすれば、もう少し合うのか。


 それなら分かる。


「……待て」


 男が言った。


「ん?」


「今の、もう一回言ってみろ」


「どこから?」


「最初からだ」


「長いで?」


「いいから」


 言われた通り、もう一度説明する。


 男は今度は口を挟まなかった。


 時々メルの身体や胸当てを確認しながら、黙って聞いている。


 そして。


「…………なるほどな」


「できそう?」


「いや」


 男は腕を組んだ。


「今まで、そんな作り方したことがねえ」


「そうなん?」


「普通は身体に近い防具を選ぶ。そこから多少詰めたり広げたりする程度だ」


 男は並んだ防具を見る。


「一人の身体に合わせて、動き方まで見て最初から作るなんて……」


「できへん?」


「……いや」


 しばらく考えてから、男はメルを見た。


 次に俺を見る。


「それなら、作れるかもしれん」


「おお」


「ただし、何度か嬢ちゃんには店に来てもらうぞ。寸法を取って、途中でも実際に着てもらう。お前にも来てもらう」


「俺も?」


「当たり前だ。俺は防具は作れる。だが、お前が言ってるその――身体の動きに合わせるってのは、やったことがねえ」


 なるほど。


 俺には作れない。


 この人には作れる。


 だったら。


「できる奴に頼めばええな」


「……なんだそりゃ」


「こっちの話」


 男は呆れたような顔をしながら、もう一度メルの胸当てを見る。


「材料も一から選び直しだな……型もそのままじゃ使えねえ。何度か調整もいる……」


 ぶつぶつと何かを計算し始める。


 俺はメルを見る。


 メルも俺を見ていた。


 尻尾が小さく揺れている。


「良かったな」


「うん!」


「じゃあ、それでお願い――」


「アキラ」


「ん?」


「値段」


「あ」


 そうだった。


 この世界に来てから、どうにも金というものを忘れがちだ。


「いくら?」


「そうだな……」


 男がしばらく考える。


「三千コム」


「…………」


「一からやるなら、それくらいはもらうぞ」


 三千。


 昨日食べた大トカゲの串が、一コム。


 今朝の飯が、三コム。


 この宿の一番安い部屋が、一泊四十コム。


 街に滞在するだけでも、一日十コム。


 そして。


 森で倒した、あの狼みたいな魔物。


 グランのおっちゃんが買い取ってくれた毛皮が、だいたい三百コムだった。


 こっちと前の世界では物価が違う。


 もちろん、正確に比べられるわけじゃない。


 それでも。


 今まで見た物の値段から考えるなら。


 一コム。


 前の世界の百円くらい。


 そのくらいの感覚で考えておけば良さそうだった。


 三千コム。


 つまり。


「…………三十万くらいか」


「何が?」


 メルが首を傾げる。


「いや、こっちの話」


 そして、もう一つ。


 狼の毛皮が一枚、三百コム。


 三千コムなら――


「狼十匹分か……」


「そういう考え方するの?」


「自分で言っててちょっと怖なったわ」


 腰の革袋を見る。


 グランのおっちゃんからもらった金だって、無限にあるわけじゃない。


 街へ入るために滞在税を払った。


 昨日は串を食った。


 宿も三日分取った。


 今朝も飯を食った。


 そして、これからも食う。


 宿にだって泊まらなきゃならない。


 この街にいるだけでも金がかかる。


 世界を救う以前に。


 まず俺自身が、この世界で生活しなければならない。


「…………金、稼がなあかんな」


     ◇


 店を出て、メルと並んで歩く。


「なあ、メル」


「なに?」


「なんか仕事知らん?」


「仕事?」


「せや。さすがにこのままやと金なくなる」


 メルが少し考える。


 そして。


「あっ!」


 頭の上の耳が、ぴんっと立った。


「ある?」


「うん!」


 メルがこちらを向く。


 尻尾が嬉しそうに揺れていた。


「じゃあアキラも冒険者になろうよ!」


「…………」


「私と一緒にやろ!♡」


「無理」


「なんで!?」


今回も読んでいただきありがとうございます!


朝、こんな感じで起こされても「あと五分」と言えるアキラ。


……強い。


挿絵(By みてみん)

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