食えるなら、美味しく食えばいい
さてと。
俺は切り分けた肉を手に取り、改めてよく見る。
「これがビッグボアの肉かぁ」
こうして見ると、凄い肉厚やな。
それに、めちゃくちゃ脂が多い。
前世で見たイノシシの肉とは比べもんにならん。
「どう料理するかなぁ」
血抜きはしっかりされてる。
まずは脂身と肉を分ける。
肉の表面には、浅く格子状に隠し包丁を入れていく。
これだけ厚い。
中までしっかり火を入れるなら、この方がええやろ。
「次は味付けやな」
持ってきた調味料を見る。
一つ手に取って、匂いを嗅ぐ。
少しだけ指先につけて、舐めてみる。
「おっ」
次も確認する。
その次も。
前世でいうところの塩。
それからローズマリーやタイムに近い香草。
ガーリックにペッパー。
もちろん、まったく同じものかは分からない。
でも。
匂いと味はかなり近い。
「これなら、あれが作れそうやな」
いくつか選んで、もう一度匂いを確かめる。
……ただ。
結構、香りが強くなりそうやな。
メルとは何度も一緒に飯を食ってる。
全部知ってるわけじゃないけど、なんとなく好みも分かってきた。
これくらいなら大丈夫やと思うけど。
「メル」
「なに?」
「こういう香り強いの、平気やったよな?」
選んだ香草を少しだけメルへ近づける。
メルの鼻が動いた。
「うん。大丈夫だよ」
「ならいけるか」
選んだ香草と塩を混ぜていく。
少し匂いを嗅いで。
もう一つ足す。
また嗅いで。
少しだけ減らす。
「……こんなもんかな」
鉄板を火にかける。
熱くなってきたところで、さっき取り分けた脂身を置いた。
じわじわと脂が溶け出していく。
その間に、さっき作った香草と塩を肉へ振りかける。
軽く馴染ませて。
鉄板を見る。
脂は十分に溶けていた。
「よし」
肉を一気に乗せる。
――ジュウッ!
一斉に音が上がった。
肉の焼ける匂い。
脂の香ばしい匂い。
そこに香草の香りが混ざって、一気に辺りへ広がる。
「うわぁ……すっごくいい匂い!」
真っ先に反応したのはメルだった。
耳がピンと立つ。
尻尾もさっきから忙しなく動いている。
「そうやろ。もう少し待っててな」
「うん!」
片面にしっかり焼き目がついたところで返す。
反対側にも焼き目をつけて、一度火から離す。
少し休ませながら、余熱で中へ火を入れる。
それから、もう一度鉄板へ。
再び肉の焼ける音が響いた。
「アキラさん……まだでしょうか?」
グランのおっちゃんが肉を見つめている。
いつもの笑顔ではある。
でも。
今、唾飲み込んだやろ。
「もう焼けるで!」
表面を見る。
いい焼き目や。
今やな。
肉を火から離し、食べやすい大きさに切り分けていく。
「お待たせしました! あったかいうちに食べてや!」
「おお!」
みんなが一斉に肉へ手を伸ばす。
そして。
一番最初に口へ入れたのは、やっぱりメルだった。
「……おいしい!」
耳が立った。
尻尾もさらに速くなる。
分かりやすいなぁ。
「まさか、これほど美味しいとは……これは……」
グランのおっちゃんが肉を見ながら、少しだけ悪い顔をした。
……なんや?
また何か閃いたんか?
プロパも一口食べる。
しばらく噛んで。
「……美味しいです」
小さく呟いた。
表情はほとんど変わってない。
でも。
ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。
そして。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
三人は何も言わない。
ただ。
ひたすら食っている。
「…………」
「…………」
「…………」
早い。
手が止まってない。
やがて三人が同時に皿を差し出した。
「おかわり」
「おかわり」
「おかわり」
「そこは息合うんかい!」
どうやら、気に入ってくれたらしい。
「おう! いっぱい作ってるから食ってくれ!」
俺は次の肉を鉄板へ乗せる。
「あ、それとスープもあるからな!」
「ほんと!?」
メルの尻尾が、さらに勢いよく揺れた。
……そういや、さっき言ってたな。
『多分、みんなで食べきれるよ?』
冗談かと思ってたけど。
鉄板の前に並ぶ全員を見る。
もう次の肉を待っている。
「……ほんまに食い尽くしそうやな」
俺は苦笑しながら、次の肉を焼いた。
◇
「アキラさん」
「ん?」
食事が一段落したところで、グランのおっちゃんが声をかけてきた。
「アキラさんが、これほど料理のできる方とは思いませんでした」
「前にも作ったことあるけどな」
「私は食べていませんからね」
「ああ、そういやそうか」
グランのおっちゃんが、さっき使った香草を見る。
「特に、あれです」
「これ?」
「ええ。先ほど、いくつか混ぜていましたよね?」
「ああ」
「それぞれは、この辺りでも手に入るものです」
「そうなん?」
「はい。ですが、あのように混ぜて使うのは初めて見ました」
「へぇ」
俺にとっては、ハーブソルトみたいなもんやけど。
こっちじゃ、あまり一般的じゃないんかな。
グランのおっちゃんが、また笑う。
……さっきと同じ顔や。
「なんや、その顔」
「なんのことでしょう?」
「なんか悪いこと考えてる顔やで」
「商人ですから」
「それ便利やなぁ」
「便利なので」
どっかで聞いた返しやな。
「それで、アキラさん」
「ん?」
「他にも、このような調理方法や味付けをご存じなのですか?」
「んー」
どうやろ。
知ってるものもある。
忘れてるものもある。
そもそも、こっちに同じ材料があるとも限らん。
今日だって、昔知ってたものに近い味と匂いのものを選んで、なんとなく合わせただけや。
「なんでもは知らんし、なんとなくできるだけや!」
「……なんとなく、ですか」
「なんやねん」
「いえ」
グランのおっちゃんが、さっき混ぜた香草をもう一度見る。
「十分です」
「何が?」
「こちらの話です」
「絶対なんか考えてるやろ」
「商人ですから」
「またそれかい」
まあ。
悪いことではなさそうやし。
放っとくか。
◇
夜。
今日の見張りは、俺とオルガンとプロパ。
火の前に三人で座る。
周りは静かだ。
時折、薪が弾ける音がする。
「……静かやな」
「静かな方がいいだろ」
オルガンが言う。
「昨日も似たようなこと言われたわ」
「なら覚えとけ」
「覚えてるわ」
「本当か?」
「多分」
「それを覚えてねぇって言うんだよ」
「細かいなぁ」
「お前が適当なんだよ」
「否定はせん」
そんなことを話していると。
「アキラ」
「ん?」
「先ほどの料理」
プロパがこちらを見る。
「美味しかったです」
「お、ありがとう」
「特に、香りが良かったですね」
「そこ?」
「はい。肉の香りだけではありませんでした」
「ああ。香草混ぜたからな」
「なるほど」
プロパが小さく頷く。
「確かに、あれはいい匂いだったな」
オルガンも会話に入ってきた。
「オルガンもああいうの好きなん?」
「嫌いじゃねぇよ。俺の故郷じゃ、香りには結構うるさいからな」
「へぇ」
「香油なんかも色々あるぞ」
「香油?」
「知らねぇのか?」
「いや、物は分かるで」
「そうか」
オルガンが荷物を探り始める。
「……まさか持ってきてんの?」
「悪いかよ」
「旅に?」
「だから悪いかよ」
「いや、意外やなと思って」
「うるせぇ」
取り出したのは、小さな瓶だった。
「これなんか、故郷じゃ結構いいもんなんだぞ」
「へぇ。嗅いでええ?」
「ほら」
受け取って蓋を開ける。
軽く匂いを嗅いだ。
「……あー」
「なんだよ」
「いや。俺は嫌いじゃないで」
「だろ?」
「でも、結構独特やな」
もう一度、軽く嗅ぐ。
前世で嗅いだコーヒー。
あれとも少し違う。
香ばしさはある。
でも、その奥に少し酸味みたいなものも感じる。
「なんやろ。香ばしいんやけど、ちょっと酸味があるような……不思議な匂いやな」
「それがいいんだよ」
「へぇ」
俺は瓶をプロパへ差し出す。
「嗅いでみる?」
「はい」
プロパが受け取る。
蓋の近くへ鼻を寄せて。
一度。
匂いを嗅いだ。
「どう?」
「私は嫌いです」
「はっきり言うな、お前!」
「聞かれましたので」
「もうちょっと言い方あんだろ!」
プロパが少し考える。
「……あまり好きではありません」
「変わってねぇよ!」
「そうですか?」
「そうだよ!」
「難しいですね」
「何がだよ!」
「言い方です」
「そこじゃねぇ!」
「ふふ」
「今笑ったやろ?」
「気のせいです」
「いや、笑ったぞ!」
「気のせいです」
「お前らなぁ……」
オルガンが瓶を取り返す。
「せっかく持ってきたのによ」
「つけるん?」
「……やめとく」
「プロパに嫌いって言われたから?」
「うるせぇ!」
まあ。
匂いなんて好みあるしな。
俺は嫌いじゃない。
プロパは嫌い。
オルガンは好き。
それだけの話やろ。
多分。
◇
それからも、馬車は進んだ。
何度か魔物とは遭遇した。
でも。
ガイアス達がいる。
メルがいる。
プロパの結界もある。
俺も、最初の日よりは少しだけ周りを見るようになった。
危ない時は止まる。
分からなければ聞く。
教えてもらったことは、やってみる。
それだけでも。
最初よりは、少しだけ旅らしくなった気がする。
野営にも慣れてきた。
見張りにも慣れてきた。
……慣れたと思った頃が一番危ない。
ガイアスにそう言われたので、調子には乗らないことにした。
そして。
何度目かの朝。
「見えてきましたよ」
御者台から、グランのおっちゃんの声がした。
「おっ!」
馬車から顔を出す。
街道の先。
遠くに、大きな街が見える。
「あれが?」
「はい」
グランのおっちゃんが笑った。
「テリアンです」
「やっと着いたかぁ!」
「アキラ!」
「ん?」
メルを見る。
耳が立っている。
尻尾も揺れていた。
「着いたね!」
「せやな」
「うん!」
なんや。
メル、嬉しそうやな。
そりゃそうか。
獣人の街やもんな。
馬車はそのまま街へ向かう。
近づくにつれて、人の姿が増えていった。
いや。
人というか。
「おお……」
耳。
尻尾。
角がある奴までいる。
今までいた街とは、明らかに違う。
「ほんまに獣人ばっかりやな」
「テリアンですから」
「それも便利な言葉やな」
「事実ですので」
街へ入り。
俺達は、グランのおっちゃんが手配している宿へ向かうことになった。
馬車を預けて。
荷物を持って。
俺が先頭を歩く。
「すげぇな……」
つい、周りを見てしまう。
犬……っぽい人。
猫……かな。
あれは狼?
正直、俺にはまだ見分けがつかん。
そんなことを考えながら歩いていると。
「……ん?」
少し先。
一人の獣人が立っていた。
女……だよな。
猫?
いや。
あの縞模様。
虎……か?
綺麗な顔をしている。
しているんやけど。
「……なんや?」
めちゃくちゃ怖い。
とんでもない形相で、こっちを見ている。
……俺?
なんかした?
いや。
待て。
視線が微妙に合ってない。
俺じゃない?
じゃあ。
誰を見てる?
俺の後ろ……?
振り返ろうとした。




