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分からないなら、聞けばいい


「クソ野郎! 何しにこの街に来た!」


 第一声が、とんでもなく怒気のこもった言葉だった。


 ……俺か?


「お前に言ってるんだよ! オルガン!」


 オルガン!?


 振り返る。


 オルガンが、珍しく目を逸らした。


「セラ……」


「気安く名前呼ぶんじゃないよ!」


「いや、俺は――」


「それ以上近づくな! 鼻が曲がる!」


「…………」


 なんやこれ。


 さっきまで普通やったのに。


 街に着いた瞬間、修羅場始まったんやけど。


「どなたか存じませんが」


 グランのおっちゃんが、いつもの笑顔で一歩前へ出た。


「うちの護衛に何か御用ですか?」


「……あんたは?」


「申し遅れました。レグナベルクで商会を営んでおります、グランと申します」


「私はセラ。猫族のセラだ」


 猫族。


 やっぱり猫なんや。


 縞模様があるから、虎かと思った。


 ……虎も猫か?


 まあええ。


「それで、オルガンが何か?」


「そいつに聞きな」


 セラがオルガンを睨む。


 ほんまに怖い。


「…………」


 オルガンは下を向いて何も言わない。


 こんなオルガン、初めて見たな。


「別に、あんた達に恨みがあるわけじゃない」


 セラが俺達を見回す。


「でも、そいつだけは別だ」


「何したん?」


「アキラ!」


 メルに怒られた。


「いや、気になるやん」


「とにかく」


 セラがオルガンを指差した。


「次、私に近づいたらただじゃおかないからな!」


「セラ、待っ――」


「来るな!」


 セラはそれだけ言うと、俺達の横を通り過ぎていった。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰も喋らない。


 オルガンだけが、セラの背中を見ていた。


「オルガン」


「なんだよ」


「何したん?」


「……知らねぇよ」


「知らんの?」


「分かってたら、こんなことになってねぇよ!」


「……行きましょうか」


 グランのおっちゃんが言った。


「ここで立ち話をしていても仕方ありません」


「せやな」


 俺達は再び歩き出す。


 オルガンだけ、少し遅れてついてきた。


 隣を見る。


 メルが、さっきセラが消えていった方を見ていた。


「メル?」


「ん?」


「どうしたん?」


「ううん」


 メルは少しだけ考えるようにしてから、首を振った。


「なんでもないよ」


「そう?」


「うん」


 耳が、少しだけ動いた。


 なんやろ。


 まあ。


 本人がなんでもないって言うなら、ええか。


 ◇ ◇ ◇


 宿に着いて荷物を置いたあと。


 俺達は一階に集まっていた。


 オルガンは部屋に行ったまま、降りてこない。


「オルガン、大丈夫かな?」


 メルが階段を見る。


「大丈夫ちゃうやろなぁ」


「そうだね……」


 ガイアスは腕を組んだまま黙っている。


 その視線が階段へ向いた。


 ちょうどオルガンが降りてきた。


「…………」


「…………」


「なんだよ、ガイアス」


「いや」


「なんか言えよ!」


「……いや、何もない」


「それがムカつくんだよ!」


 お。


 ちょっと元気出た。


 マシューが口元を緩めている。


「なんだよ、マシュー」


「いや?」


「お前もなんか言えよ!」


「何もないよ?」


「絶対あるだろ!」


 うん。


 いつものオルガンに少し戻ったな。


「それでは」


 グランのおっちゃんが手を叩いた。


「今後の予定を確認しておきましょう」


 オルガンが席につく。


「私達がこの街へ来た目的は、以前お話しした通りです」


 メルの防具を実際に使ってもらうこと。


 獣人用の防具を、この街で作れるようにすること。


 そのために、親方が作った見本も持ってきている。


「まずは、こちらの商会や職人の方々へ挨拶をしてきます」


「今日から?」


「ええ。とはいえ、皆さんにお願いすることはまだありません」


「じゃあ?」


「今日と明日は、自由にしていただいて構いませんよ」


「おお」


「街を見て回るのも良いでしょう」


 そういや。


 俺、この街のことなんも知らんな。


「メル?」


「うん?」


「この街、詳しいん?」


「うん! 前ここに住んでたから!」


「そうなん? もしかして故郷?」


「うん!」


「じゃあ案内頼める?」


「もちろん!」


「それでしたら、私も一緒にいいですか?」


 プロパがメルに尋ねる。


「うん! 一緒に行こう!」


「それじゃあ行こか?」


「うん!」


 俺達三人は宿屋を出た。


 少し三人で歩いていると。


 ぐぅぅぅ。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰や。


「メル?」


「私じゃないよ!」


「まだ何も言うてへんやん」


「顔が言ってる!」


「プロパ?」


「違います」


 ぐぅぅぅ。


「…………」


「…………」


 二人ともやん!


「なんか食いに行くか」


「うん!」


「そうですね」


「切り替え早いな!」


 まあ俺も腹減ったし。


「メル、この辺でなんか美味い店ある?」


「あるよ!」


「即答やな」


「前に住んでた時、よく行ってたところ!」


「ほな、そこ行こか」


「うん!」


 ◇ ◇ ◇


 メルに案内されて着いたのは、宿から少し離れた裏通りの店だった。


 中に入る。


「懐かしい……」


 メルが店内を見回している。


「変わってへん?」


「うん。あんまり変わってない」


「何が美味いん?」


「お肉!」


「早いな!」


「ここの味付けが美味しいんだよ! もちろん、アキラが作ってくれたお肉も美味しかったけど!」


「照れるな。じゃあ俺もそれにしよかな」


「私も同じものを」


「プロパまで?」


「メルさんがそこまで迷わず選ぶのでしたら、間違いはないかと」


「責任重大だね」


 メルが笑う。


 俺達も席を探す。


 その時。


「あ」


 少し離れたところに。


 一人で酒を飲んでいる女がいた。


 さっき見たばかりの、縞模様の耳。


「セラやん」


 俺の声に、セラがこっちを見る。


「……なんだ。あんた達か」


「一人?」


「見りゃ分かるだろ」


「それもそうやな」


「アキラ」


「はい」


 メルに怒られた。


「セラ」


 メルが声をかける。


「オルガンはいないよ」


「そんなもん、匂いで分かるよ」


「そうだよね」


「猫族をなんだと思ってんだい」


「ごめんね」


 メルの耳がぺたんと伏せた。


 俺にはよう分からん。


「一緒に座ってもええか?」


「好きにしな」


 断られなかった。


 俺達はセラと同じ卓についた。


 料理を頼む。


 少しの間。


 誰もオルガンの話をしなかった。


 セラは酒を飲んでいる。


 メルは何度か口を開きかけて、やめた。


 プロパはいつも通り。


 俺は。


 気になる。


 めっちゃ気になる。


「なあ」


「なんだい」


「聞いてええ?」


「内容による」


「オルガン、何したん?」


「アキラ!」


 メルに怒られた。


「だって気になるやん!」


「……まあ、いいよ」


 セラが杯を置いた。


「別に隠すようなことでもないさ」


「ほんま?」


「ああ」


 少しだけ。


 セラの目つきが変わった。


「あいつ、前にこの街へ来てた時、何度も私を誘ってきたんだよ」


「オルガンが?」


「ああ」


「へぇ」


「毎日のようにな……」


「猛アタックやん」


「うるさい!」


「俺に怒らんといて」


 セラが酒を一口飲む。


「最初は全部断ってた」


「なんで?」


「興味なかったからだよ」


「なるほど」


「それに――」


 セラが一度、言葉を止めた。


「猫族は、どうでもいい相手と二人きりで出かけたりしない」


「……そうなん?」


「ああ」


 セラは俺を見る。


「人族がどうなのかは知らないけどな。私達にとって、異性と二人きりで出かけるってのは、そんな軽いもんじゃない」


「どのくらい?」


「少なくとも」


 セラが杯から手を離した。


「そいつを番の候補として見るってことだ」


「…………」


 思ってたより重いな。


「だから、あいつが誘ってきても断ってたんだよ」


「そういうことか」


「別に嫌いだったわけじゃない」


「お?」


「その顔やめろ!」


「なんも言うてへんやん!」


「顔が言ってる!」


「……あいつ、しつこいけど」


「うん」


「悪い奴じゃなかったし」


「うんうん」


「見た目も……まあ、悪くないし」


「ほうほう」


「その顔やめろって言ってんだろ!」


「はい!」


 怖い。


 でも。


 さっきより少しだけ。


 セラの顔が柔らかくなった気がする。


「何度断っても誘ってくるし」


「やるなオルガン」


「だから……」


 セラが杯を指で回す。


「一回くらい、ちゃんとあいつを見てもいいかって思ったんだよ」


 声が少し小さくなった。


「それで、二人で?」


「ああ」


「……楽しみやった?」


「…………」


「セラ?」


「少しだけだ!」


「おお」


「だからその顔やめろ!」


「なんで俺ずっと顔怒られてんの!?」


 メルが小さく笑っている。


 プロパも。


 ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。


「で?」


 俺は聞く。


「それで何があったん?」


「…………」


 セラの表情が戻った。


 いや。


 さっきより怖い。


「待ち合わせ場所で待ってた」


「うん」


「そしたら、あのクソ野郎が来た」


「オルガンな」


「ああ」


 セラの耳が、少し後ろへ倒れる。


「臭かった」


「……臭かった?」


「とんでもなくな」


「オルガンが?」


「ああ!」


 俺はメルを見る。


 メルも少し困ったような顔をしている。


「普段臭くないけどな」


「そうだよ!」


 セラが机を叩いた。


「それまで何度も会ってた! 何度も話した! あいつがしつこく誘ってくるたびにな!」


「うん」


「でも、一度もあんな臭いはしなかった!」


「……その日だけ?」


「そうだよ!」


 セラが吐き捨てるように言った。


「私が初めて、二人で出かけるって答えた日だけだ!」


「…………」


 その日だけ。


 今まで何度も会ってる。


 その時は、臭くなかった。


 初めて二人で出かける日だけ。


 何か。


 その日だけ違うことをした?


「しかも全身からだ!」


「全身!?」


「近づいてくる前から分かったよ!」


「そんなキツかったん? なんかつけたんか……?」


 つけた?


 ……ん?


 昨日の夜。


 オルガンが持っていた、小さな瓶。


「……もしかして」


「なんだい」


「その臭いって……香油?」


「そうだよ!」


「あれかぁ……」


 繋がった。


 オルガンが昨日見せてきた、あの香油。


 俺は嫌いじゃなかった。


 プロパは。


「私は嫌いです」


「まだ何も聞いてへん!」


「聞かれると思いましたので」


「先に答えんなや!」


「ふふ」


「メルは?」


「私は嫌いじゃないけど……得意じゃないかな」


「やっぱ結構強いんやな」


「うん」


「強いとか、そういう話じゃない!」


 セラが睨んでくる。


「え?」


「猫族にとって、あの臭いは最悪なんだよ」


「最悪?」


「ああ」


 セラが眉間に皺を寄せる。


「私達に近い種族がいるんだよ」


「近い種族?」


「ああ」


 セラは本当に嫌そうな顔をした。


「そいつらの糞が、あの香油と同じ臭いなんだよ!」


「…………」


「…………」


「…………」


 俺達三人が黙った。


「……マジで?」


「だから言ってんだろ!」


 セラが机を叩く。


「糞の臭いなんだよ!」


「…………」


「しかも、さっき言っただろ」


「何を?」


「猫族が異性と二人で出かけるってのは、そういう意味だって!」


「ああ……」


「そんな日に、全身から糞の臭いさせた男が来たんだぞ!」


「…………」


「それで私の隣を歩くつもりだったんだぞ! そんな奴と二人で街歩けるか!」


「……無理やな」


「だろ!?」


 猫族にとって、異性と二人で出かけることは軽くない。


 相手を番の候補として見る。


 そこまで考えて。


 ようやく誘いを受けた。


 その日に。


 全身から糞の臭いをさせて現れた。


 ……。


 そら怒るわ。


「私だって……」


 セラが呟いた。


「ん?」


「あれだけ誘われて、一回くらいならって……」


 セラは杯を見たまま言う。


「少しは、楽しみにしてたんだよ」


「…………」


 今度は何も言わなかった。


「なのに、あいつはあんな臭いさせて来やがった」


 セラの手が、杯を強く握る。


「最初は、意味が分からなかった」


「うん」


「でも考えたら、腹が立ってきた」


「……うん」


「それまで一度も、あんな臭いさせてなかったんだよ」


「……うん」


「なのに、なんであの日だけなんだよ」


 セラが唇を噛んだ。


「私が初めて誘いを受けた日だけだぞ?」


「…………」


「だから思ったんだ」


 セラが顔を上げる。


 怒っている。


 でも。


 さっき街で見た時とは。


 少し違う気がした。


「今まで言ってたことも、全部嘘だったんじゃないかって」


「…………」


「可愛いだの」


 セラが指を一本立てる。


「飯に行こうだの」


 二本目。


「私と一緒なら楽しいだの」


 三本目。


「散々、適当なこと言って!」


 適当。


 ……今は黙っとこ。


「私がその気になるまで待って」


 セラの声が少し震えた。


「最後に、あんな臭いさせて現れて」


 そこで。


 やっと分かった。


 セラが怒ってるのは。


 臭かったからだけじゃない。


「最初から、私を馬鹿にするためだったんじゃないかって思ったんだよ!」


 セラが吐き出すように言った。


 店の中が少し静かになった。


「…………」


 何も言えなかった。


 いや。


 言おうと思えば言える。


 昨日。


 オルガンは、あの香油を自慢していた。


 故郷じゃ、いいものだと言っていた。


 俺は嫌いじゃなかった。


 プロパは嫌いだった。


 メルは得意じゃない。


 セラには、糞の臭い。


 同じものなのに。


 全然違う。


「でも、それ多分――」


 そこまで言って。


 止めた。


 違う。


 俺はオルガンじゃない。


 あいつが何を考えてたのかまでは分からん。


「……なんだよ」


「いや」


「言いかけただろ」


「言いかけたけど、やめた」


「なんで?」


「俺が勝手に決めることちゃうと思って」


「…………」


 セラが俺を見る。


「昨日な」


「うん」


「オルガン、あの香油見せてきたんよ」


「……あいつ、まだ持ってんのか」


「持ってた」


「捨てろよ!」


「それは本人に言って」


「絶対言う!」


「まあ、それはええとして」


「よくない!」


「オルガンは、あの香油のことを『故郷じゃ結構いいもんなんだ』って言うてた」


「…………」


「俺は嫌いじゃなかった」


「私は嫌いです」


「プロパは嫌いやった」


「はい」


「私は、ちょっと苦手かな」


「メルはちょっと苦手」


「なんで二人の感想までまとめてんだよ」


「分かりやすいやん」


「……それで?」


「それだけ」


「は?」


「それ以上は、俺には分からん」


「…………」


「なんでオルガンが、その日にあの香油をつけたのか」


 俺はセラを見る。


「何を考えてたのか」


 セラは何も言わない。


「そこは、本人に聞かんと分からん」


「……あいつに?」


「うん」


「嫌だ」


「即答やな」


「会いたくない」


「そらまあ、今はそうか」


「今じゃなくても会いたくない」


「そこまで?」


「会いたくない!」


「はい」


 怖い。


「でも」


 セラが小さく呟いた。


「ん?」


「……本当に、あいつの故郷じゃいいものなのか?」


「俺はオルガンの故郷行ったことないから、知らん」


「チッ、役に立たないな!」


「なんでや!」


「そこは『そうだ』って言うところだろ!」


「知らんもんは知らん!」


「…………」


「ただ」


 俺は昨日のオルガンを思い出す。


 小さな瓶を見せながら。


 少し自慢げに。


 故郷ではいいものだと言っていた。


「少なくとも、オルガンはそう思ってるように見えたで」


「……そうか」


 セラが酒を飲む。


 さっきまでより。


 ほんの少しだけ。


 怒ってないように見えた。


 それでも。


「だからって許さないからな」


「まだ何も言うてへんやん」


「顔が言ってる!」


「今日ずっと顔で怒られてる!」


 メルが笑う。


 プロパも小さく笑った。


 セラは。


 一瞬だけ俺達を睨んで。


 また酒を飲んだ。


 でも。


 最初に見た時ほど。


 怖い顔ではなかった。

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