教わったなら、やればいい
「何かいる」
メルの言葉に、空気が変わった。
ガイアスが剣へ手をかける。
オルガンが槍を構える。
マシューも弓を手にしている。
「どこ?」
「森の中」
メルの耳が動く。
「こっちに来る」
「魔物?」
「多分」
俺も森を見る。
でも、何も見えない。
風に揺れる草と木々。
その奥は暗くて、何がいるのかまでは分からない。
「プロパ」
「はい」
「結界あるんちゃうの?」
「ありますよ」
「じゃあなんで来てんの?」
「絶対ではないと言いました」
「そういや言うてたな!」
昨日聞いた。
強い魔物には効きにくい。
中には気にしないものもいる。
「アキラ」
「ん?」
「来ます!」
メルの声が強くなる。
次の瞬間。
バキッ、バキバキバキッ!
太い枝が折れ、茂みが大きく揺れた。
「うおっ!?」
黒い塊が森の中から飛び出してきた。
でかい。
四本の脚。
太い身体。
前へ突き出した牙。
「……イノシシ?」
見た目はそうや。
でも、俺の知ってるイノシシより明らかにでかい。
馬車にぶつかったら、普通にひっくり返るんちゃうか?
「来るぞ!」
オルガンが叫ぶ。
巨大なイノシシが地面を蹴った。
ドドドドドッ!
「うわっ!」
速い。
でかい身体が、そのままこっちへ突っ込んでくる。
俺は短剣へ手を伸ばした。
その横を、ガイアスが前へ出る。
背中に背負っていた大きな盾を外し、地面へ足を踏み込む。
盾を構えた。
「ガイアス!?」
「フンッ!」
イノシシが、そのままぶつかった。
ドーンッ!!
まるで大砲でも鳴り響いたような音。
「くっ……!」
ガイアスの身体が後ろへ押される。
一歩。二歩。
踏ん張った足が地面を削り、土が大きく抉れていく。
それでも、ガイアスは倒れない。
「止めた!?」
あれを?
真正面から?
イノシシが頭を振り、押し切ろうとしている。
その瞬間。
ヒュッ!
矢が飛んだ。
右目。
深く突き刺さる。
「ブギィィィィッ!!」
巨大な身体が暴れる。
続けて。
ヒュッ!
二本目。
今度は頭の横。
こめかみの辺りへ突き刺さった。
「すげえ……」
思わず声が出た。
イノシシが頭を振る。
その動きに合わせて、ガイアスが盾を僅かに横へずらす。
「ぬぉりゃあ!」
その後ろから、オルガンが出る。
槍を低く構え、一歩踏み込む。
「はぁあっ!」
槍がイノシシの喉へ突き刺さった。
そのまま、斜め上へ。
深く。
「ブ……ギ……」
声が途切れる。
巨大な身体が揺れ、前脚が折れた。
ズズンッ。
土煙が上がる。
「……」
動かない。
「……え?」
俺は短剣を抜いていた。
そこまでは覚えている。
でも。
「終わった?」
「ああ」
ガイアスが盾を下ろした。
「……俺、なんもしてへんけど」
「する前に終わったね」
マシューが笑いながら弓を下ろす。
「いやいやいや」
倒れたイノシシを見る。
ガイアス。
マシュー。
オルガン。
「お前ら強ない?」
「ふっ。今さらかよ」
オルガンが槍についた血を払う。
「いや、強いのはなんとなくは知ってたけど」
ビッグデスマンを倒したのもこいつらや。
分かっていた。
分かっていたつもりやったけど。
「こんな一瞬なん?」
「一人じゃないからな」
ガイアスが盾を背中へ戻しながら言った。
「いや、それでもや」
誰も指示していない。
ガイアスが止めて。
マシューが射って。
オルガンが仕留めた。
気づけば。
三人の動きが、一直線に重なっていた。
一人が動けば。
その後ろから次が動く。
さらに、その次が続く。
最初から決めていたみたいに。
でも、そんな相談は一度もしていない。
「護衛」
「ん?」
オルガンが俺を見る。
「三人もいらないとか言ってなかったか?」
「……」
言った。
昨日、確かに言った。
「……必要ですね」
「だろ?」
「はい」
オルガンが笑う。
腹立つ。
でも、今の見せられたら何も言えん。
「今日はご馳走だね」
マシューが倒れたイノシシを見る。
「ご馳走?」
「うん」
「これ食えるん?」
「食べられるよ」
「イノシシ食うんや」
「イノシシ?」
マシューが首を傾げた。
「ん?」
「だから、食べられるよ?」
「……」
今、なんて言った?
いや。
俺には確かにイノシシと聞こえた。
「あ」
そうや。
前にもあった。
「マシュー」
「なに?」
「ちょっとこいつの名前、書いてくれへん?」
「名前?」
「そう」
「なんで?」
「ええから」
「まあいいけど」
マシューが矢を一本取り出し、その先で地面を引っ掻いた。
文字が書かれていく。
『ビッグボア』
「……」
読める。
「ビッグボア」
そう認識した瞬間。
頭の奥で、何かが。
かちりと噛み合った。
《適当》
――適応。
「ビッグボア」
「さっきからそう言ってるけど?」
「やっぱりか」
「なにが?」
「いや、こっちの話」
さっきまでイノシシとしか聞こえていなかった。
でも、今は違う。
ビッグボア。
この魔物の名前。
一つ、覚えた。
「で」
もう一度、ビッグボアを見る。
「こいつ食えるんやな?」
「だから最初からそう言ってるじゃん?」
「確認や、確認」
笑いながら答える。
「焼くだけだけどね」
「焼くだけ?」
「うん。肉を切って焼く。それで十分おいしいよ」
「……」
肉。
でかい。
かなり取れそうやな。
「なあ」
「なに?」
「今日の飯、こいつ使って俺が作ってええ?」
「アキラが?」
オルガンが俺を見る。
「お前、料理できんのか?」
「まあ、それなりには」
「アキラ、料理上手だよ」
メルがすぐに言った。
「お?」
マシューが俺を見る。
「メルが言うなら期待していいのかな?」
「期待されすぎると困るけどな」
「俺は食えりゃなんでもいい」
「オルガンは楽でええな」
「褒めてんのか?」
「さあ?」
倒れたビッグボアを見る。
料理するなら、まず。
「……解体せなあかんな」
「できるのか?」
ガイアスが聞く。
「何回かはな」
「何回か?」
「せや」
「何を解体した?」
「ビッグリザードと、ビッグデスマン。他にも少し」
「……」
ガイアスが黙った。
「なんや?」
「いや」
「親方に教えてもらいながらやけどな」
「なら、やってみるか?」
「ええの?」
「俺達もできる。無理なら代わる」
「なるほど」
それなら、やってみるか。
◇
ビッグボアの前にしゃがむ。
近くで見ると、やっぱりでかい。
「……ほんまにでかいな」
短剣を抜く。
思い出す。
『まず毛皮だ』
『順番がある』
『傷つけんなよ』
親方に教えてもらった。
刃の入れ方。
角度。
深さ。
ビッグデスマンを解体した時、何度も親方の手を見た。
「……」
短剣を当てる。
でも、止まる。
「どうした?」
オルガンが聞く。
「いや」
違う。
当たり前や。
ビッグデスマンとビッグボアは違う。
身体の形も。
毛も。
肉のつき方も。
同じようにやればいいわけじゃない。
なら、見る。
毛の流れ。
脚の付け根。
身体を押して、少し動かす。
「……ここか?」
短剣の角度を変える。
分からないことは、分からない。
でも。
教わったことならある。
刃物なら、ずっと使ってきた。
それを目の前の身体に合わせる。
頭の奥で、何かがゆっくり馴染んでいく。
《適当》
――適応。
刃を入れる。
浅く。
ゆっくり。
皮だけを切る。
「……」
もう一度、角度を変えて刃を進める。
力はいらない。
切れるところを探せばいい。
脚の付け根。
関節。
筋。
動かして、見て、刃を入れる。
「……ここやな」
すっ。
短剣が通る。
「お」
マシューの声。
「なに?」
「いや、続けて」
「気になるやろ」
「いいからいいから」
「なんやねん」
手を止めずに続ける。
親方に教わったこと。
自分が知っていること。
目の前にあるもの。
全部、少しずつ合わせていく。
気づけば、最初より手が止まらなくなっていた。
「……」
皮。
肉。
骨。
使える部分を分けていく。
『使えるもんを捨てるな』
「……」
親方の声が、なんとなく聞こえた気がした。
「アキラ」
「ん?」
「かなり慣れてるね?」
マシューが聞く。
「数回だけやで」
「本当に?」
「なんで疑うねん」
「いや」
マシューが笑う。
「慣れてるように見えるから」
「教えた人が良かったんちゃう?」
「なるほど」
「あと、刃物は慣れてるからな」
「料理?」
「まあな」
短剣を見る。
初めてこれを持った時もそうやった。
剣は駄目。
斧も駄目。
槍も少しマシなくらい。
でも、短剣だけは手に馴染んだ。
包丁を何度も使ってきたから。
「……」
なんや。
ちゃんと、繋がってるやん。
◇
解体を終える頃には、日が少し傾いていた。
「……こんなもん?」
立ち上がる。
腰が痛い。
「十分だ」
ガイアスが分けた肉を見る。
「初めてにしてはな」
「多分、五回くらいや」
「ビッグボアは初めてだろ」
「それはそう」
「じゃあ初めてだ」
「なんか納得いかんな」
マシューが笑う。
「でも上手いよ」
「そらよかった」
メルも肉を覗き込む。
「いっぱいあるね」
「全部は食えんな」
「残りはどうする?」
「持てる分は持っていく。傷みそうな分は今日食えばいい」
ガイアスが答える。
「今日食う量おかしない?」
「七人いるからね」
「七人でも多いやろ」
「大丈夫だよ」
メルが言う。
「何が?」
「食べられるから」
「誰が?」
「みんな」
「……ほんま?」
「うん!」
その返事。
なんか怖いな。
◇
それから、もう少しだけ進んだ。
日が落ちる前に、今日の野営場所を決める。
昨日と同じ。
周囲が見える。
逃げ道がある。
水も近い。
ガイアス達が周囲を確認する。
メルも耳と鼻を使っている。
俺も昨日教えてもらったことを思い出しながら、辺りを見る。
足元。
草。
木々。
水。
何か変な跡はないか。
「ここでいい」
ガイアスが言った。
それからは、昨日より少しだけ早く動けた。
荷物を下ろす。
必要なものを出す。
火を起こす準備。
馬の様子。
全部できるわけじゃない。
でも、昨日教えてもらった。
なら。
できることくらいは、やればいい。
「アキラ」
「ん?」
メルが呼ぶ。
「お肉」
「ああ」
そうやった。
今日は、俺の仕事がもう一つある。
解体したビッグボアの肉を出す。
調理に使えそうな道具。
調味料。
残っている食材。
順番に並べる。
「……」
顔を上げる。
メル。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
グランのおっちゃん。
プロパ。
「……なんで全員見てんの?」
「気になるからな」
オルガンが言う。
「まだ作ってへんわ」
「だから待ってんだろ」
「圧かけんなや」
「アキラ」
メルが俺を見る。
尻尾が少し揺れている。
「楽しみ」
「お前まで圧かけんの?」
「だって、この前おいしかったから」
「分かった分かった」
もう一度、並べたものを見る。
肉。
火。
道具。
調味料。
使えるものは限られている。
でも。
これだけあれば。
「まあ」
肉を手に取る。
「なんとかなるやろ」
三人組の連携を書いていたら、なぜか妙に懐かしい気持ちになりました。モビ…多分ですけど気のせいです。




