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知らないなら、教わればいい

第二章、始まります。


アキラ達の新しい旅です。


よろしくお願いします。


 街を出てから、しばらく馬車に揺られていた。


 見慣れた街道。


 と言っても、俺にとっては一度しか通ったことのない道だ。


 この世界に来て。


 ビッグリザードに追いかけられて。


 逃げて。


 メル達に助けられて。


 そのまま街まで連れて行ってもらった。


 あの時とは、進んでいる方向が逆。


 それだけなのに、なんとなく不思議な感じがする。


「この辺やったかな」


「何がですか?」


 隣に座っていたグランのおっちゃんが聞いてくる。


「俺が皆に会った辺り」


「ああ、あの時の」


「もうちょい先やった気もするけど」


「わたし達と会ったの、もう少し先だよ」


 御者台からメルが振り返った。


「そうやった?」


「うん! そうだよ! アキラ、凄く走ってたもんね」


 メルが笑いながら言う。


「走ってたというか、逃げてたんやけどな」


「同じじゃないの?」


「全然ちゃうわ」


「そう?」


「気持ちの問題や」


 あの時は、後ろからでかいトカゲが追いかけてきていた。


 景色なんか見ている余裕はない。


 今こうして見ると。


 街道の片側には草原が広がり、反対側には木々が生い茂り、その先に森がある。


 空も広い。


 街の中にいる時とは、やっぱり違う。


「では、そろそろいいでしょう」


 グランのおっちゃんが言った。


「何が?」


「ここから先についてです」


「ここから先?」


「はい。街の近くまでは比較的安全ですが、ここからは少しずつ魔物と遭遇する可能性も増えます」


「なるほど」


 俺は馬車の周りを見る。


 ガイアス、オルガン、マシュー。


 三人とも馬車の周囲を歩いている。


 街を出てからずっとだ。


「そういや、三人ともずっと歩くん?」


「そのつもりだ」


 ガイアスが答える。


 そうだった。


 初めて会った時も、ガイアス達が護衛してたんやもんな。


 いつ魔物が出てきてもおかしくない。


「でもメルがいれば問題ないんちゃう?」


「勿論、私も音と匂いで警戒するけど……」


 御者台のメルが前を向いたまま答える。


「それだけじゃ足りねぇんだよ」


 オルガンが呆れたように言う。


「いいか? 確かにメルは索敵能力には優れてるが、完璧じゃねぇ。それに魔物だって、ゆっくり現れてくれるわけじゃねぇんだぞ?」


 そうやな。


 確かに全員が馬車の中にいたら、いざという時の一歩が遅れてしまう。


「たしかにそうやな」


「それに、魔物だけじゃないからね」


 今度はマシューが口を開いた。


「魔物だけじゃないん?」


「うん。この辺りじゃ滅多に出ないけど、盗賊だっているからね。念には念を入れるのが旅の鉄則だよ」


 マシューが笑いながら言う。


 それもそうやな。


 今までメルと薬草を取りに行った時は、戦わないで済むなら戦わないって選択ができた。


 親方と素材採取に行った時は、自分から魔物を探した。


 防具の試験運用だってそうだ。


 でも今回は違う。


 こっちがどうするかなんて関係なく、向こうから突然来ることだってある。


 少し気が緩んでたのかもしれない。


「アキラさん」


 グランのおっちゃんが笑いながら俺を見る。


「なんや?」


「せっかくですので、役割を決めておきましょう」


「役割?」


「はい」


 グランのおっちゃんが順番に指を向ける。


「私は馬車を動かします。メルさんには私の隣で周囲を警戒していただきます」


「うん」


「ガイアスさん、オルガンさん、マシューさんには馬車の周囲を」


「いつも通りだな」


「そしてアキラさん」


「うん」


「三人の交代要員をお願いします」


「交代要員?」


「ずっと歩き続けるわけにもいかないからな」


 ガイアスが言った。


「疲れた状態で何か出てきても動けねぇだろ」


「なるほど」


「だから順番に休む」


「じゃあ俺がその穴埋め?」


「そういうことだ」


「分かりやすいな」


 それなら俺にもできそうだ。


「で」


 俺は馬車の中を見る。


「プロパは?」


 街を出てから、プロパはずっと馬車の中にいる。


 座っているというより、何かをしている。


 目を閉じたり、小さく手を動かしたり。


 たまに外を見たり。


「……働いています」


 プロパが目を閉じたまま言った。


「聞こえてたん?」


「聞こえています」


「何してるん?」


「簡単に言うと、結界です」


「結界?」


「はい」


 プロパが目を開ける。


「周囲に魔物が寄りにくくなるよう、簡単な結界を展開しています」


「そんなことできるん?」


「できます」


「めっちゃ便利やん」


「そうですね」


 プロパはそれだけ言うと、また目を閉じた。


「……終わり?」


「何がですか?」


「いや、もっとこう、説明とか」


「必要ですか?」


「せっかくやから、もうちょい教えてくれへん?」


「魔力を細い糸のように周囲へ広げて、魔物が嫌う状態を維持しています」


「なるほど」


 分からん。


「分かった顔してるけど、分かってねぇだろ」


 オルガンが笑う。


「うるさいな。なんとなく分かったわ」


「言ってみろよ」


「なんかこう……魔物が嫌がる感じにしてる」


「そのまんまじゃねぇか」


「合ってるやろ?」


「……概ね」


 プロパが答える。


「ほら!」


「威張るな」


 ガイアスに言われた。


 でも、そんな便利なものがあるなら。


「じゃあ三人もいらなくない?」


「は?」


 オルガンがこっちを見る。


「いや、魔物が寄ってこんのやろ?」


「アキラさん」


 プロパが俺を見る。


「完全に防げるものではありません」


「そうなん?」


「はい。強い魔物ほど効果が薄くなりますし、中には結界を気にせず入ってくるものもいます。それに、この結界は人には効きません」


「人には効かんの?」


「はい。魔物避けですので」


「穴あるやん」


「結界とはそういうものです」


「もっとこう、絶対入ってこれません、みたいなのないん?」


「ありますよ」


「あるんや」


「でも残念ながら、移動しながらは使えません」


「そうなん?」


「それに、結界があるからといって、何もしなくていいわけではありません」


 プロパが溜息混じりに言う。


「そう言われたら、確かにそうやな」


 ……俺、思ってたより浮かれてるんかもしれんな。


「アキラ、何かあったら頼りにしてるからね」


 メルが振り返って言う。


「おう! そん時は修行の成果見せたる」


「ふふふ」


 メルが笑った。


 その後。


 言われた通り、俺達は隊列を組んで進んだ。


 馬車の前、左右、後ろ。


 三人が位置を変えながら周囲を見る。


 俺は馬車に乗りながら、交代を待つ。


 とはいえ。


 何も起きない。


 本当に何も起きない。


 たまに鳥が飛んでいる。


 風が吹く。


 馬車が揺れる。


 それだけ。


「今のところ平和やな」


「それが一番です」


 グランのおっちゃんが言う。


「まあ、そうなんやけど」


 何もないまま昼を過ぎた。


 交代で俺も外を歩いた。


 街道を歩く。


 馬車の速度に合わせて。


 周りを見る。


 右。


 左。


 後ろ。


 たまに森の方。


「動きが硬いね」


 マシューが笑う。


「あかん?」


「まぁ、最初はそれでいいんだよ」


「そうなん?」


「でも少し肩の力を抜かないと、いざという時に動けなくなるよ?」


「それは嫌やな」


「じゃあ、もう少しリラックスして」


「難しいこと言うなぁ」


 結局。


 その日は本当に何も起きなかった。


 日が傾き始めた頃。


 グランのおっちゃんが馬車を止めた。


「そろそろ野営場所を探しましょう」


「もう止まるん?」


「暗くなってから探す方が大変ですから」


「なるほど」


 道から少し外れた場所。


 周囲が開けていて。


 馬車も止められる。


 近くには川もある。


「ここでいいだろう」


 ガイアスが言った。


「何を基準に決めてるん?」


「周りが見える。逃げ道がある。水がある」


「ほう」


「あと、魔物の痕跡が少ない」


「そんなの分かるん?」


「見ればな」


「分からん」


「なら覚えろ」


「おう、じゃあ教えてくれ」


「まず地面を見ろ」


 ガイアスはそう言うと、地面に残った跡や周囲の草、それから水場まで、順番に教えてくれた。


 ぶっきらぼうな割に、説明は分かりやすい。


 流石にずっと三人をまとめてきただけはある。


「分かったか?」


「なんとなくやけど、分かった気がする!」


「それならいい」


 ん?


 今、少しガイアスが笑った気がする。


 ……気のせいやな。


 いつもの怖い顔や。


 そこから皆で野営の準備をする。


 火を起こす。


 馬を休ませる。


 食事を用意する。


 寝る場所を決める。


 俺も言われたことをやる。


「旅って大変やな」


「まだ何も起きてねぇぞ」


 オルガンが言った。


「だからや。何も起きてないのに、やること多いやん」


「何も起こさないためにやってんだよ」


「なるほど」


 それは確かにそうか。


 飯を食って。


 辺りが暗くなる。


「じゃあ、最初は俺とメルとアキラだ」


 ガイアスが言った。


「何が?」


「見張りだ」


「見張り?」


「そうだ」


「寝ないん?」


「全員で寝たら誰が見張るんだ」


「プロパの結界」


「お前まだ言ってんのか」


「いや、あるもんは使った方がええやろ?」


「使ってる。その上で見張るんだ」


「徹底してんな」


「旅だからな」


 最初の見張り番は、俺とメルとガイアス。


 火の近くに座る。


 静かだ。


 昼よりも、ずっと。


「そういえば、何をすればいい?」


「全部だ」


「一番困る答えや」


「音。匂い。風。草の動き。明かりの外。馬の様子」


「多いな」


「全部を一つずつ追う必要はねぇ」


「どういうこと?」


「いつもと違うものを探すんだ」


 ガイアスが暗闇を見る。


「何もない時の状態を覚えるんだ。そうすりゃ何か変わった時に気づく」


「……なるほど」


 それなら分かる気がする。


 俺も暗闇を見る。


 何もない。


 風の音。


 草が揺れる音。


 火が弾ける音。


 馬がたまに動く音。


 メルは時々耳を動かしている。


「何か聞こえる?」


「色々」


「便利やな」


「全部聞こえるのも大変なんだよ?」


 メルが少しだけむくれて言う。


「ああ、そっか」


 聞こえればいいってもんでもない。


 必要な音を選ばないといけない。


 しばらくすると。


 本当に何もすることがなくなった。


「なあ」


「なんだ」


「これ、ずっと?」


「ずっとだ」


「何も起きなくても?」


「何も起きないように見張ってるんだ」


「……なるほどなぁ」


 昼間と同じだ。


 何も起きない。


 でも。


 何も起きていないから必要ないわけじゃない。


 何かが起きた時のために。


 何も起きていない時間も見ている。


 やがて交代の時間になった。


 次の三人を起こす。


「異常は?」


「ない」


「了解」


 短いやり取り。


 俺は横になる。


 少し疲れていたのか。


 すぐに眠った。


 そして。


 朝。


「……普通に寝れたな」


 目を開ける。


 空が明るい。


 馬車もある。


 馬もいる。


 全員いる。


 魔物もいない。


「おはよう、アキラ」


 メルが笑う。


「おはよう」


 俺は体を起こした。


 結局。


 何もなかった。


「……やっぱ平和やん」


「聞こえてるぞ」


 ガイアスが言った。


「いいことやろ?」


「まあな」


 朝飯を食べ。


 野営の跡を片付ける。


 そして。


 俺達は二日目の旅へ出発した。

第一章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ここから第二章です。


いよいよ街を出て、今度は知らない場所へ。

アキラ達の世界も、少しずつ広がっていきます。


まあ、まずは旅の仕方からですが。


引き続き、のんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。

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