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行くなら、いけばいい


 朝一番に工房の扉を開ける。


「おはようございます」


「来たか」


「俺が一番乗りみたいやな」


「ああ、そうだな」


「親方、ありがとうございます」


 俺は頭を深く下げた。


「どうした? 緊張でもしてるのか?」


 親方は無表情ながら、僅かに驚いている気がする。


「いや、なんでやねん! 親方には色々世話になったから、ここはちゃんと礼を言いたかっただけやのに」


「ふっ。なら手ぇ動かせ」


 親方は鼻で笑いながら言った。


「なんかこう、あるやろ?」


「だからなんだ」


「最後くらいなんかないん?」


「ほう。もう戻ってくる気はないのか?」


「いや、そういうわけちゃうんやけど」


「なら手を動かせ」


「はいはい」


「はいは一回だ」


「はい!」


 なんだか、このやり取りもしばらく出来なくなると思うと、少し寂しい気がする。


 いつもなら、また明日もここへ来る。


 扉を開ければ親方がいて、挨拶をすれば、いつものようにぶっきらぼうな返事が返ってくる。


 それが当たり前やと思っていた。


 でも、明日からは違う。


 そう考えると、今のうちにもっと話しておきたい気もする。


 けれど、親方を前にすると、結局いつもの言葉しか出てこなかった。


 それにしても。


 いつも通りすぎるやろ。


 俺が勝手に寂しがっているだけみたいや。


「アキラ!」


 声がする。


 振り返る。


「おはよう!」


「おはよう」


 メル。


 その後ろには。


 ガイアス、オルガン、マシューがいた。


「お前が一番か」


 ガイアスが言う。


「遅れてきそうなのにな」


 オルガンがボソッと言う。


「おっはよ〜」


 マシューはいつも通り軽い。


「それにしても、荷物多くねぇか?」


 オルガンが俺の荷物を見る。


「初めての旅やからな」


「ん? ここまで来たのは旅じゃねぇのか?」


「大トカゲから逃げてただけや」


「あれ本当だったのか。まあいい」


 オルガンが面倒くさそうに言う。


「本当やって」


「はいはい、わかったわかった」


「はいは一回やぞ」


「うるせぇ」


 親方が横から言う。


「なんで俺が怒られんねん!」


 いつものやり取りに、少しだけ気持ちが軽くなる。


「それより、後はグランのおっちゃんだけか?」


「ああ。もう来るだろ」


 ガイアスが言う。


 その言葉通り。


 しばらくすると、工房の外から馬の足音が聞こえてきた。


「おはようございます、皆さん」


「おはよう」


 グランのおっちゃん。


 その後ろには馬車がある。


「これで行くん?」


「ええ」


「七日やもんな」


「少し長くなりますからね。食料等を運ぶためですよ。それとも飲まず食わずで行きますか?」


「嫌や」


「では、荷物を積みましょう」


 グランが笑う。


 馬車には、すでにいくつかの荷物が積まれていた。


 食料。


 水。


 道具。


 それ以外にも、何に使うのか分からない箱がいくつかある。


「これ何?」


「商品です」


「旅のついでに商売するん?」


「商人ですから」


「便利やな、それ」


「便利ですよ」


 いつもの笑顔。


 俺達も荷物を積んでいく。


 荷物を積むたびに、出発が近づいているのを感じた。


 楽しみな気持ちはある。


 知らない街へ行ける。


 見たことのないものを見られる。


 獣人街で、防具を試すこともできる。


 けれど、それと同じくらい不安もあった。


 今までなら、分からないことがあれば工房へ戻ればよかった。


 親方に聞けば、短い言葉で答えをくれた。


 でも今回は、その親方が隣にいない。


「おい」


 親方に呼ばれた。


「ん?」


「これも持ってけ」


 工房の奥。


 そこに三つ。


 見覚えのある形のものが置かれていた。


「……防具?」


「ああ」


 メルのものとは違う。


 三つとも形が違う。


 大きさも。


 肩の作りも。


 腰の形も。


 それぞれ少しずつ違っていた。


「これ全部、例の防具?」


「ああ」


「いつ作ったん?」


「手ぇ動かしてる間だ」


「またそれか」


 親方が一つを持ち上げる。


「見本だ」


「見本?」


「向こうで見せろ」


「獣人街で?」


「ああ」


「でも」


 三つの防具を見る。


「これ、向こうの人に合わんかったらどうするん?」


「調整しろ」


「誰が?」


 親方が俺を見る。


「…………」


「…………」


「俺?」


「他に誰がいる」


「いやいやいや」


 思わず一歩下がる。


「親方おらんやん」


「だからお前がやれ」


「本気で言ってます?」


「できるようにしてある」


「そういう問題?」


「留め具と紐で調整できる。大きく形を変える必要があるなら持ち帰れ」


「いや、でも俺――」


「何日工房にいた」


「…………」


「何回メルの防具触った」


「…………」


「何見てた」


「…………」


 何も言えない。


 親方と一緒に。


 素材を触って。


 砕いて。


 混ぜて。


 切って。


 合わせて。


 メルの身体に合わせて。


 何度も直した。


 俺一人で作れるかと言われたら。


 無理やと思う。


 でも。


 調整だけなら。


「……できるかな」


「出来ないやつに任せん」


「親方」


「なんだ」


「もしかして俺のこと――」


「早く積め」


「最後まで言わせろや!」


「向こうで着せろ」


「はい」


「動かせ」


「はい!」


「合わなきゃ直せ」


「……はい!」


「それだけだ」


 簡単に言う。


 でも。


 これ、親方が作った防具やろ。


 それを俺に触らせるんやろ。


 俺が何か言おうとすると、親方が三つの防具を見ながら言った。


「後は任せたぞ」


「…………」


 任せた。


 ただの作業を任されたんやない。


 親方が作ったものを、俺が向こうへ持っていく。


 俺が誰かに着せる。


 俺が調整する。


「はい!」


 それだけ言うと、親方は工房の奥へ戻っていった。


「…………」


 背中を見送る。


 なんか。


 信用されてる気がする。


 いや。


 期待されてるんやろか。


 分からん。


 本人は絶対言わんやろうし。


「アキラ」


「ん?」


 メルが防具を一つ持っている。


「これも積む?」


「……おう」


「重い?」


「いや」


 俺も一つ持つ。


「持てる」


 三つの防具を馬車へ積んだ。


 親方が作ったもの。


 今度は俺が向こうで合わせる。


「…………」


 ちょっと怖いな。


 でも。


 やるしかない。


「無理なら?」


 メルが聞く。


「持って帰る」


「うん」


「それで親方にやってもらう」


「うん!」


 そう考えたら。


 少し楽になった。


     ◇


「皆さん」


 荷物を積み終えると、グランのおっちゃんが俺達を集めた。


「準備はよろしいですか?」


「大丈夫だ」


 ガイアスが答える。


「俺も」


 オルガンが言う。


「僕も」


 マシューも応える。


「私も!」


 メルが元気よく言う。


「俺も多分」


「アキラさん」


「大丈夫です」


「では」


 グランのおっちゃんが笑う。


「今回向かうのは、ここから馬車で七日ほどの場所にある獣人の街、テリアンです」


 テリアン。


 聞いたことのなかった名前。


 でも。


 これから向かう場所。


 知らない街。


 知らない人達。


 知らない景色。


 何も知らないからこそ、見てみたいとも思う。


「少し遠いですが、皆さんよろしくお願いします」


「おう」


「はい!」


「了解」


「分かった」


「任せて」


「まあ、なんとかなるやろ」


「それと」


「ん?」


 グランのおっちゃんが続ける。


「今回は、もう一人同行する方がいます」


「もう一人?」


 ガイアスを見る。


「聞いてへんけど、まさか親方?」


「俺も知らん」


 ガイアスが首を横に振る。


「誰?」


 メルが聞く。


「もう来ていますよ」


「え?」


 グランのおっちゃんの視線を追う。


 馬車の向こう。


 そこから一人の女が姿を見せた。


「…………」


 長い髪。


 整った顔。


 そして。


 横へ細く伸びた耳。


「……あ」


 向こうも俺を見る。


「…………」


 見覚えがある。


「昨日――」


 違う。


 五日前。


「図書館の」


「先日はどうも」


 エルフの女が言う。


「知り合いか?」


 ガイアスが言う。


「名前知らんけど、図書館で会った希少な存在で高貴なるエルフ族の人や」


 少しだけ大袈裟に言った。


「そこまでは言ってませんが」


 エルフの女が真顔で答える。


「まあ、でも顔は知ってるわけですね?」


 グランのおっちゃんが笑う。


「では、ちょうどいいですね」


「何が?」


「ご紹介します」


 女が一歩前へ出る。


「プロパです」


「プロパ?」


「はい」


「エルフ?」


「見れば分かるでしょう」


「確認しただけやん」


「そうですか」


 なんやろ。


 この感じ。


 まだほとんど話してないのに。


 なんか引っかかる。


「俺はアキラ」


「存じています」


「なんで!?」


「グランさんから聞きました」


「ああ……」


 そらそうか。


「メルです!」


「ガイアスだ」


「オルガン」


「マシューです。よろしく」


「よろしくお願いします」


 プロパが軽く頭を下げる。


「それで」


 俺はグランのおっちゃんを見る。


「なんでプロパも来るん?」


「それは道中でお話ししましょう」


「今教えてくれてもええやん」


「出発が遅れますよ?」


「商人やなぁ」


「商人ですから」


「それで全部済ます気やろ」


「便利ですので」


 笑っている。


 絶対なんかある。


 まあ。


 七日もあるんや。


 そのうち聞けばいいか。


「では」


 グランのおっちゃんが馬車を見る。


「そろそろ行きましょう」


 荷物を確認する。


 短剣。


 防具。


 旅の道具。


 親方から預かった三つの防具。


 全部ある。


「アキラ」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 親方が工房の前に立っていた。


「なんや?」


「ちゃんと見てこい」


「何を?」


「知らん」


「知らんのかい」


「だから見てこい」


「…………」


 ほんま。


 この親方は。


 最後まで、親方らしい。


「分かった」


「手ぇ動かせ」


「向こうでも!?」


「当たり前だ」


「はいはい」


「はいは一回だ」


「はい!」


 親方が鼻で笑った。


 俺も笑う。


「行ってきます」


「ああ。行ってこい」


 短い言葉だった。


 でも。


 それで十分だった。


「行ってきます」


 馬車へ向かう。


 メルがいる。


 ガイアス。


 オルガン。


 マシュー。


 グランのおっちゃん。


 それから。


 五日前まで名前も知らなかったエルフ。


 プロパ。


 この世界に来た時。


 俺には何もなかった。


 武器も。


 防具も。


 金も。


 この世界のことも何も知らなかった。


 魔物から逃げて。


 たまたま出会った人達についてきて。


 気がつけば。


 短剣を持って。


 防具を着て。


 仕事まで任されている。


 それでも。


 知らないことは、まだ山ほどある。


「アキラ!」


 馬車からメルが呼ぶ。


「置いてくよ!」


「待てや!」


 慌てて走る。


「まだ出てへんやろ!」


「早く!」


「分かったって!」


 馬車に乗り込む。


 ゆっくりと動き始めた。


 工房が離れていく。


 街が少しずつ遠くなる。


 俺は一度だけ振り返った。


 親方が立っている。


 手は振っていない。


 俺も振らなかった。


 いつもの工房。


 いつもの扉。


 その前に立つ、親方の姿。


 それを目に焼きつけて。


 俺は前を見る。


 次は。


 獣人街。


 何があるのか。


 まだ知らない。


 まあ、知らないなら。


 行って見ればいい。


 馬車は、そのまま街の外へ向かって進んでいった。


                第一章 完

第一章、最後までお読みいただきありがとうございました。


本当は最後に、


「俺たちの冒険はこれからだ!」


と、打ち切りっぽく締めようか迷ったんですけど、ここはグッと堪えました。


最後の最後でボケたら面白いかもと思いましたが、我慢しました。


何度も言いますが。


我慢しました。


理由は察してくれると助かります。


と、ボケは一旦置いといて。


11月2日から第二章を投稿させていただきます。


もしよろしければ、暇つぶしにでも見ていただけると喜びます。


第一章、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
思ったよりAI感がなく、僕は素直に面白いと思いました。第二章楽しみにしてます。 それとちょっと会話型なのが個人的には好きです。
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