知らないなら、調べればいい
次の日。
俺は宿を出ると、メルと合流した。
「おはよう、アキラ」
「おはよう」
「今日はどうするの?」
「ちょっと聞きたいことあんねんけど」
「なに?」
「この街って、図書館ある?」
「あるよ?」
「あるんや」
「なんでそんなに驚いてるの?」
「いや」
昨日。
神様と話して。
改めて気づいた。
俺はこの世界のことを、ほとんど知らない。
魔法のこと。
魔物のこと。
人族のこと。
獣人のこと。
魔族のこと。
これから向かう獣人街のこと。
それ以外にも。
知らないことなんて、いくらでもある。
「ちょっと次の街のこととか、色々調べようかなって」
「今から?」
「今から」
「獣人街なら私が教えられるよ?」
「それ以外にも知りたいことあるんや」
「そうなんだ。アキラって案外勉強屋さんなんだね」
「せやで。元は学者やからな」
「え? そうなの?」
メルが驚いた顔で俺を見る。
「嘘や」
笑って答える。
「もう! アキラったら!」
メルが頬を膨らませた。
「すまんすまん。図書館、案内してくれる?」
「はいはい」
「はいは一回って親方に怒られるで?」
悪戯っぽく笑う。
「そうだね! アキラみたいに怒られるね」
メルも悪戯っぽく笑った。
「言うようになったな」
「誰かさんのせいじゃない?」
「誰やろな」
「さあ?」
二人で笑う。
「じゃあ、図書館まで案内するね」
「頼むわ」
メルが歩き出す。
俺もその隣を歩く。
「メルは行ったことあるん?」
「何回かあるよ」
「本読むん?」
「んー、あんまり読まないかな?」
メルが空を見ながら考える。
「たまに魔物の生態とか、薬草のことを調べる時くらい」
「メルも勉強屋さんやな」
俺がニヤリと笑う。
「一応冒険者で、アキラよりランク上ですから」
メルも悪戯っぽく笑った。
「せやった。メル先生だったな」
「えっへん」
胸を張る。
尻尾も嬉しそうに揺れている。
「ほんまメルは分かりやすいな」
「何?」
「いや、こっちの話」
俺は笑った。
昨日も思ったが。
この世界で初めて出会ったのが、メル達で本当に良かった。
そんな他愛もない話をしながら。
俺はメルと一緒に、目的の図書館へと向かった。
◇
「ここだよ」
「おお……」
メルに連れてこられた建物は、思っていたより大きかった。
石造りの立派な建物。
中へ入ると、いくつもの棚が並んでいる。
そして、その棚には。
「本多いな」
「図書館だからね」
メルがなぜか自慢げに言う。
「そうやな」
俺はそんなメルを見て笑った。
この世界に来てから、まともに本を読む機会なんてなかった。
冒険者ギルドで書類を見たり。
依頼書を見たり。
工房で素材について書かれたものを見ることはあったけど。
これだけの本が並んでいるのを見るのは初めてだった。
「何を調べるの?」
「とりあえず色々」
「色々?」
「魔物とか、薬草とか、歴史とか、この世界の地理とか」
「多いね」
「俺、ほんま何も知らんからな」
「気になることがあったら聞いてね。知ってることなら教えられると思うから」
「そん時は頼りにしてます、メル先生!」
「任せて」
メルがドヤ顔で答える。
「ところで、どれから見るの?」
「んー……」
棚を見る。
並んでいる本の背表紙。
そこに書かれている文字。
俺には読める。
これも《適当》のおかげなんやろう。
前までは、それで済ませていた。
でも。
昨日、神様と話してから少し気になっている。
読める。
話せる。
それがどういう仕組みなのか。
俺は知らない。
「まず魔物かな」
「こっちだよ」
メルについていく。
何冊か本を見つけ、そのうちの一冊を手に取った。
「魔物図鑑……」
開いてみる。
すぐに見覚えのある魔物が出てきた。
「ビッグリザード」
「うん」
「やっぱ大トカゲやん」
「だから何が?」
「なんでもない」
ページをめくる。
「あ、ランウルフ」
「昨日倒したね」
「走る狼」
「走る狼だね」
「そのままやん」
「だから何が?」
「こっちの話」
さらにページをめくる。
そこから先は、知らない魔物ばかりだった。
「こんなんおるん?」
「いるよ」
「これも?」
「いる」
「これデカない?」
「大きいね」
「できれば会いたくないな」
「そしたら一緒に逃げようね」
メルが笑う。
「そうやな」
俺もつられて笑った。
倒せないなら逃げればいい。
別に全部の魔物と戦う必要なんてない。
その図鑑を抱えたまま、次は薬草の棚へ向かう。
こっちは少しだけ分かる。
「キュア草、カルト草、バウフ草……」
キュア草。
傷を治す薬草。
カルト草。
風邪や熱が出た時に飲む薬の材料。
バウフ草。
腹痛の時に煎じて飲む薬草。
どれも、前にメル先生に教えてもらったものだ。
一緒に採ったものもある。
本に書かれた名前と説明を見ていると。
あの時教えてもらったことを、少しずつ思い出す。
「採ったね」
「これは分かる」
「それ以外は?」
「……薬草採取の時に見たっけ?」
「見てないよ」
メルが無邪気に笑う。
「なら分からんな」
俺も笑った。
その後も。
地理。
魔族。
人族。
獣人。
気になるものを探していく。
その途中。
「……魔法」
一冊の本が目に入った。
昨日、神様から聞いたばかり。
俺が思っていたものとは、だいぶ違った。
火を使う。
水を使う。
物を清潔にする。
灯りをつける。
街を守る結界まであるらしい。
「これも見とくか」
棚へ手を伸ばす。
その時。
同じ本へ、反対側から手が伸びた。
「…………」
「…………」
手が止まる。
俺の手。
そして。
もう一つ。
細い指。
「あ」
顔を横へ向けた。
女の人だった。
俺より少し背が低い。
長い髪。
整った顔。
それから。
「…………」
耳。
長い。
横へ細く伸びている。
俺の視線に気づいたのか。
女の人が少し首を傾げた。
「何か?」
「いや……」
もう一度、耳を見る。
「エルフ?」
「そうですが」
「初めて見る……」
「…………」
女の人が俺を見る。
「まあ、驚くのも仕方ありませんね。私達エルフは希少な存在ですから」
「そうなん?」
「そうです」
知らなかった。
やっぱり俺は、この世界のことを全然知らない。
それにしても。
なんやろ。
少しだけ鼻につくな。
「それで、その本を読みたいのですが」
エルフが言う。
俺はもう一度、目の前の女の人を見る。
「何ですか?」
「その本」
「ん?」
女の人が、俺達の間にある本を見る。
「ああ」
そうやった。
同じ本を取ろうとしてたんや。
「読みたい?」
「そのつもりで手を伸ばしました」
「そらそうか」
「あなたは?」
「俺も気になったから」
「そうですか」
「…………」
「…………」
どっちも手を離さない。
「譲る気は?」
「ありません」
「即答やな」
「あなたは?」
「…………」
なんか。
負けた気がする。
「ええよ」
俺は手を離した。
「どうぞ」
「いいんですか?」
「俺、他にも読む本あるし」
抱えている本を見る。
魔物。
薬草。
地理。
その他色々。
これだけでも十分多い。
「魔法はまた今度でええわ」
「そうですか」
女の人が本を取る。
「ありがとうございます」
「ええよ」
軽く頭を下げると。
その女の人は本を持って歩いていった。
「…………」
後ろ姿を見る。
長い耳。
「エルフやったな」
「エルフだったね」
「初めて見た」
「そうなの?」
「そうやで」
「この街にもいるよ?」
「おるん!?」
「少ないけど」
「知らんかった……」
「アキラ」
「ん?」
「本当に何も知らないね」
「せやから調べに来たんやろ」
「そっか」
「そうや」
それにしても。
名前くらい聞けばよかったかな。
「…………」
まあええか。
もう会うこともないやろ。
◇
「広っ」
机の上に広げた地図を見る。
「これ全部?」
「全部じゃないよ」
「まだあるん?」
「あるよ」
「広すぎん?」
「世界だからね」
「そらそうやけど」
メルと並んで本を読む。
今いる街。
その周辺。
山。
川。
森。
さらにその先。
知らない街や土地の名前がいくつも書かれている。
「俺らが行く獣人街ってどこ?」
「ここ」
メルが地図を指差す。
「ここから?」
「うん」
「どれくらいかかる?」
「七日くらいかな」
「七日!?」
「それくらい」
「遠ない?」
「少し遠いね」
「少しなん?」
「魔物も出るし、護衛もしながらだから」
「そらそうやけど」
七日。
この街へ来るまでとは比べものにならない。
ちゃんとした旅になる。
「これ、準備いるな」
「だからグランさんが準備してるんじゃない?」
「俺もせなあかんやろ」
「着替えとか?」
「それもやけど」
何がいるんやろ。
そこから分からん。
やっぱり。
知らないことだらけや。
次に、魔族について書かれた本を見る。
「魔族って普通に街におるん?」
「いないよ! 今は魔族達と戦争中だし」
「じゃあ、どこにおるん?」
「ここだけど……」
メルが地図の一角を指差す。
そして、俺の顔を見る。
「まさかアキラ、魔族に会う気なの?」
「まあ、その予定やな」
「危ないよ」
メルが心配そうな顔をする。
「すぐにじゃないから安心してくれ」
「うぅ……アキラ」
耳と尻尾が垂れ下がる。
あかんな。
この話題を続けると、メルが心配する。
話を変えよう。
ページをめくる。
人族。
獣人族。
エルフ族。
そして、魔族。
今のところ、この本に載っているのはこの四種族だけ。
もしかしたら、他にもいるんやろうか。
俺は話題を変えるため、開いたページに載っているエルフ族を指差した。
「あ、エルフも載ってる」
「さっき会ったでしょ」
「載ってるのと会うのは別やろ」
「そう?」
「そうや」
本を読む。
知らない言葉が出てきたら、メルに聞く。
メルも分からない時は、一緒に別の本を探した。
全部覚えられる気はしない。
でも。
昨日までよりは知っている。
それだけでも、少し違う気がした。
「魔法の本、譲らんかったらよかったかな」
「読みたかった?」
「ちょっとな」
「また来ればいいよ」
「せやな」
今日、全部知る必要はない。
知らないなら。
その時にまた調べればいい。
◇
図書館を出たあと。
俺達はグランのおっちゃんのところへ向かった。
「ちょうど良かったです」
「何が?」
「出発の日が決まりました」
「いつ?」
「五日後です」
「五日後」
「はい」
獣人街までは七日ほど。
出発までは五日。
「結構あるな」
「準備は必要ですよ」
「何したらええ?」
「まず旅に必要なものを揃えてください」
「何がいる?」
「そこからですか」
「そこからや」
グランのおっちゃんが笑う。
「では、それも含めて準備しましょう」
「頼むわ」
「自分でも考えてくださいね」
「分かっとる」
多分。
◇
それからの五日間。
本を読んだ。
魔物。
薬草。
地理。
種族。
魔法についても、別の本を見つけた。
全部覚えたわけじゃない。
というか。
読めば読むほど、知らないことが増えた気がする。
工房にも行った。
「手ぇ動かせ」
「今動かしてるやろ」
短剣も振った。
あの一太刀は、まだ出ない。
でも。
前よりは形になったと思う。
しっかり振れるようにもなった。
旅の準備もした。
必要なものを聞いて。
揃えて。
足りないものをまた買って。
そんなことをしているうちに。
気づけば。
五日は過ぎた。
◇
出発の日。
朝。
俺は荷物を持って、いつもの道を歩いていた。
向かう先は。
親方の工房。
この街に来てから。
何度も通った場所。
今日は。
そこから、次の街へ向かう。




