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知らないなら、知ればいい


 獣人街へ行くことが決まった、その日の夜。


 俺は宿のベッドに寝転がっていた。


「…………」


 天井を見る。


 ちゃんと天井がある。


「最初はなかったな……」


 この世界に来て、最初に目を覚ました時。


 目の前にあったのは、知らない天井――ではなく、空だった。


 草原のど真ん中。


 遠くには山が浮いていた。


 そこで神様に会って。


 なんやかんやあって。


 よく分からん固有スキル《適当》をもらった。


 その後は森に放り出され、早々にビッグリザードに追いかけられた。


 逃げた先でメル達に出会って。


「…………」


 出会ったというか、押し付けたんやけど。


 なんとか助けてもらい、そのまま一緒に街へ向かうことになった。


 途中でメルの防具を弄ったり。


 冒険者になったり。


 工房で働いたり。


 短剣を振ったり。


 薬草を採ったり。


 またビッグリザードやランウルフと戦ったり。


 気がつけば、メルの新しい防具まで作っていた。


「…………」


 改めて考えると。


 ここまでだけ聞けば、前世で読んだラノベみたいやな。


 異世界、神様、固有スキル。


 魔物、冒険者、獣人。


「揃ってんなぁ……」


 しかも、最初に出会った奴らがいい奴らで助かった。


 グランのおっちゃん。


 ガイアス。


 オルガン。


 マシュー。


 そして、メル。


 あいつらに会ってなかったら、俺は今頃どうなってたんやろ。


 まあ、考えても仕方ない。


 それより。


「そういや俺……」


 前世で読んだラノベやと。


 異世界に来て。


 特別な能力をもらって。


 チート無双したり。


 可愛い女の子に囲まれたり。


「…………」


 俺は、ここまでのことを思い返した。


 薬草を採った。


 工房で雑用した。


 短剣を振った。


 風呂に入った。


 防具を作った。


「だいぶ違うなぁ……」


 そういや。


 俺の前世って、どんなやったっけ。


「うーん……」


 まだ、よく思い出せない。


「まあ、ええか」


 思い出せないものは仕方ない。


 というか。


「魔法すら使ってへんやん」


 剣と魔法の世界。


 そう聞いていたはずなのに。


 剣――というか短剣は使えるようになった。


 でも魔法は?


 火の玉を飛ばしたこともない。


 雷を落としたこともない。


 空を飛んだこともない。


「なんか思ってたんとちゃうな……」


 それに、もっと大事なことがある。


 俺はこの世界に来た時、何を言われた?


 確か――


 世界を救ってくれ。


「…………」


 そうや。


 世界を救うんやった。


「俺、なんもしてへんやん」


 薬草採って。


 防具作って。


 魔物と戦って。


 それだけ。


 魔王どころか、魔族にすら会ってない。


「今度神様に会ったら、文句言ったろ」


『なんじゃ? 文句があるのか?』


「うおっ!?」


 俺は勢いよく身体を起こした。


 部屋を見る。


 誰もいない。


『なんじゃ』


「いや、なんじゃちゃうわ! どこにおるねん!」


『お主の頭に直接語りかけておるのだ』


「怖いわ!」


『失礼な奴じゃな』


「というか、全部聞いてたん?」


『わしを口にしてからじゃな』


「神様?」


『そうじゃ』


「呼んだら喋れるん?」


『条件が合えばの』


「先に言っといてくれや!」


『言わんかったかの?』


「……聞いてへん」


『それはすまんかったの』


 神様が笑う。


「まあ、ええけど」


 俺もつられて笑った。


「そや、ちょうどええわ。文句あんねん」


『なんじゃ?』


「魔王倒せ言うたくせに、俺まだ魔王どころか魔族にも会ってへんぞ」


『ワシ、魔王を倒せなどと言ったか?』


「言うたやろ」


『世界を救ってくれとは言った』


「…………」


 そう言われてみれば。


 あの時、神様が言ったのは――


『勇者よ! この世界を救ってくれ!』


 だった気がする。


 魔王を倒せ、とは言われてない。


「……んじゃあ、魔法は?」


『話を変えたな』


「変えてへん。剣と魔法の世界言うたやろ!」


『言ったな』


「俺、まだ一回も魔法使ってへんぞ」


『使ってはおらんな』


「ほら!」


『じゃが、魔法ならもう体験しておるぞ。例えば――お主、服が汚れておらんじゃろ』


「服?」


『街へ入った時も、宿へ出入りする時も、清潔を保つ魔法が働いておる』


「地味やな」


 思わず苦笑する。


『気づいておらんかったのか?』


「知らんかったわ!」


『他にもあるぞ。街の中に魔物が入ってこないのを、不思議に思わなかったのか?』


「門あるやん」


『空を飛ぶ魔物もおるぞ』


「…………」


 そういや、異世界やしいるか。


『結界じゃ。街の周囲には、魔物を寄せ付けにくくする魔法が組まれておる』


「先に言えや!」


『なぜワシがそこまで説明せねばならんのじゃ!』


「異世界初心者やぞ!」


『自分で調べろ!』


「神様やろ!」


『神は案内人ではない!』


「最初めっちゃ案内してたやん!」


『あれは必要だったからじゃ!』


「じゃあ魔法も教えとけや!」


『お主が聞かなかったんじゃろ!』


「…………」


 それを言われると、ちょっと弱い。


「でも俺が想像してた魔法とちゃうな」


『お主が勝手に想像していただけじゃろ』


「またそれか」


『人族は、暮らしの中で使う魔法を得意としておる。火を使う。水を使う。物を清潔に保つ。灯りをつける。そういったものじゃな』


「もう一度言うけど、地味やな」


 俺は笑った。


『便利じゃろ』


「便利やけど……」


 俺が想像していた魔法とは、だいぶ違う。


 もっとこう。


 ドッカーン。


 ズババーン。


 みたいな。


「じゃあ――」


『そろそろ時間じゃ』


「は?」


『時間切れじゃ』


「早すぎるやろ! まだ聞きたいことあんねん!」


『条件が合えば、また話せる機会はある』


「神様やろ! そこ頑張ってや!」


『神にも条件はある』


「なんの条件やねん!」


『ではな』


「いや、ではなちゃうわ! 次いつ話せんねん!」


 声が消えた。


「神様?」


 返事はない。


「おーい」


 やっぱりない。


「ほんまに消えよった……」


 俺はしばらく座ったまま、天井を見上げていた。


 魔王を倒せとは言われてなかった。


 魔法も、ないと思っていたけど。


 俺が気づいていなかっただけで、ずっと身近にあった。


 考えてみれば、この世界に来てからずっと、目の前のことで精一杯だった。


 食うこと。


 寝る場所。


 金。


 冒険者。


 薬草。


 短剣。


 工房。


 メルの防具。


 その時、その時で、目の前にあるものをどうにかすることばかり考えていた。


 それで、今のところはなんとかなっている。


 でも。


「俺、この世界のことなんも知らんな……」


 知らないままでも、ここまでは来られた。


 けど、次はこの街を出る。


 獣人街へ行く。


「…………」


 少しくらい、この世界のことを調べといた方がええか。


 魔法のこと。


 魔物のこと。


 人族のこと。


 獣人のこと。


 魔族のこと。


 それ以外にも、俺が知らんことなんていくらでもあるんやろうな。


「この街、図書館とかあるんかな?」


 明日、メルに聞いてみよう。


 なかったら――


「まあ、なんとかなるやろ」


 今のところは。


 だいたい、なんとかなっている。

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