確かめるなら、戦えばいい
次の日。
俺達は街の外にいた。
「……ほんまに来たな」
「何が?」
隣にいたメルが俺を見る。
「いや」
腰の短剣に触れる。
身体には、昨日親方から渡された防具。
結局あれから日が暮れるまで、走ったり、跳んだり、短剣を振ったりしていた。
一日しか使ってない。
けど。
動く分には問題なさそうだった。
「緊張してる?」
「ちょっとな」
「私も」
「お前、三日も練習したやん」
「三日練習したら魔物が怖くなくなるの?」
「……ならんな」
「でしょ?」
メルが笑う。
少し離れたところには、ガイアス、オルガン、マシュー。
三人とも武器は持っている。
でも。
「基本は、お前ら二人でやれ」
ガイアスが言った。
「危なくなったら?」
「助けてやる」
「それまでは?」
「見てる」
「ほんまに見学やん」
「試験だからね」
マシューが笑う。
「二人がどう動くか見ないと意味がないでしょ」
「見られながら戦う方が緊張するんやけど」
「気にすんな」
オルガンが言う。
「無理なら逃げろ」
「それは得意や」
「自慢すんな」
ガイアスに言われた。
その時。
メルの耳が動く。
「いる」
声が変わった。
「どっち?」
「ランウルフ。たぶん三匹」
「分かるん?」
「足音」
俺には何も聞こえん。
でも。
メルが言うならいるんやろう。
少し待つ。
草の向こうから影が現れた。
四本足の魔物。
狼に似ている。
でも。
普通の狼より大きい。
「……ランウルフ」
「うん」
「走ってる狼やな」
「走ってるね」
「そのままやん」
「何が?」
「いや、こっちの話」
三匹のランウルフがこちらを見る。
一匹が低く唸った。
「…………」
なんか。
見覚えがある。
「メル」
「なに?」
「こいつ、前にも会ったよな?」
「うん。街に来る途中」
「……石投げたやつや」
「そうだね」
「あいつ、ランウルフって名前やったんか」
「知らなかったの?」
「あの時それどころちゃうかったやろ」
あの時は。
武器すら持ってなかった。
逃げて。
足元の石を拾って。
投げたら頭に当たった。
それだけ。
腰の短剣に触れる。
今回は。
石じゃない。
「来るよ」
「おう」
短剣を抜く。
メルも剣を抜いた。
一匹目が先に動く。
速い。
真っ直ぐメルへ向かう。
メルが横へ動いた。
ランウルフの牙が空を噛む。
そのままメルが剣を振る。
一匹目が飛び退いた。
少し離れたところで、こっちを窺っている。
でも。
入れ替わるように二匹目が来る。
「メル!」
「分かってる!」
メルが身体を引く。
いや。
引きかけて。
止まった。
「っ!」
ランウルフの前脚が、メルの肩に当たる。
鈍い音。
身体が少し揺れた。
でも。
下がらない。
そのまま一歩入る。
「…………」
見覚えがある。
街へ向かう途中。
俺が適当にいじった胸当てを着けたメルも。
あの時。
一歩、入った。
ただ。
あの時の防具には、爪が掠めただけで傷が残った。
動けるようにするために、守れる場所を減らしていた。
だから。
あれじゃ完成じゃないと思った。
「はっ!」
剣が横へ走った。
二匹目の身体に入り、ランウルフが地面を転がる。
「……おお」
今度は。
ちゃんと守って。
それでも、一歩入れた。
「アキラ!」
「え?」
三匹目。
「うおっ!」
横から飛び込んできたランウルフを、大きく避ける。
転がるように距離を取った。
「危なっ!」
立ち上がる。
ランウルフが向きを変える。
メルを見る。
肩。
さっき攻撃を受けたところ。
防具には跡が残っている。
でも。
メルは動いている。
俺も自分の胸元を見る。
「……そういうことか」
親方が言ってた。
全部避ける必要はない。
いや。
避けられるなら避けた方がいい。
でも。
避けるために、こっちの動きまで止める必要はない。
ランウルフが来る。
今度は。
よく見る。
牙。
これはあかん。
「それは避ける」
半歩ずれる。
噛みつきを外す。
前脚が来る。
身体を引きかける。
でも。
その先にあるのは、俺の胸。
防具がある。
「っ!」
前脚が胸元を掠めた。
衝撃。
「怖っ!」
思わず声が出る。
でも。
足は止まっていない。
近い。
前は。
こいつから逃げた。
逃げて。
石を投げた。
たまたま頭に当たって、倒れた。
今は。
防具がある。
短剣がある。
それに。
何を避けて。
どこまで入ればいいのか。
少しだけ分かる。
一歩。
懐へ入る。
短剣を振った。
音がする。
あの時とは違う。
それでも。
刃は狙ったところへ入った。
ランウルフが崩れる。
「……斬れた」
前は、当たった。
今は。
狙って入れた。
「ぼさっとすんな!」
「はい!」
ガイアスの声。
顔を上げる。
残った一匹は、メルの方へ向かっていた。
メルが避ける。
今度は完全に避けた。
そのまま追わない。
ランウルフが着地する。
向きを変える。
もう一度、飛び込む。
メルは待った。
牙を避ける。
前脚は肩で受ける。
そして。
踏み込む。
剣が入った。
ランウルフが倒れる。
「……終わった?」
「三匹ならな」
ガイアスが周囲を見る。
メルの耳も動いている。
「大丈夫。もういない」
「ふぅ……」
息を吐く。
思ってたより疲れた。
「メル」
「ん?」
「肩、大丈夫?」
「うん」
メルが肩を回す。
「当たった感じはしたけど、痛くない」
「俺は怖かった」
「私も怖いよ?」
「三日やっても?」
「うん」
「親方の言った通りやな」
「怖がったまま使え、だね」
「せやな」
後ろを見る。
三人とも。
本当に何もしてない。
「ちょっとくらい手伝ってくれてもええんちゃう?」
「必要なかっただろ」
ガイアスが答える。
「そうだけど」
「ならいい」
「親方と同じこと言いそうやな、お前」
「誰があの親父と同じだ」
「嫌なん?」
「嫌だ」
「親方に言っとこ」
「やめろ」
オルガンが笑った。
「まだ終わってねぇぞ」
「あ」
そうやった。
依頼書には、もう一つ。
「ビッグリザード」
「そっちは少し移動するよ」
メルが言う。
「分かるん?」
「この辺にはあんまりいないから」
「ほな任せるわ」
「うん!」
◇
しばらく歩いたところで、メルが足を止めた。
「いる」
前を見る。
岩の近く。
見覚えのある大きな身体があった。
「……ほんまにビッグリザードやな」
「知ってる魔物だろ?」
オルガンが言う。
「知ってるけど」
大トカゲ。
ずっと大トカゲって呼んでた。
正式な名前を知ってから見ると。
「やっぱそのままやな」
「さっきから何言ってんだ?」
「気にせんで」
短剣を抜く。
ビッグリザードがこっちを見る。
前に親方と来た時のことを思い出す。
顎を跳ね上げた。
斬った。
胃まで切った。
もう一匹。
今度は胃を残した。
その時は。
攻撃される度に避けた。
当たったら危ないから。
今も。
当たったら危ない。
そこは変わらない。
ただ。
全部が同じではない。
「来るで」
「うん」
ビッグリザードが地面を蹴った。
速い。
大きな口が開く。
「それは無理」
横へ飛ぶ。
噛まれたら、防具とか関係ない。
ビッグリザードの頭が横を通り過ぎる。
前なら。
ここで距離を取っていた。
でも。
足は止めない。
身体を返す。
ビッグリザードも向きを変える。
尾が来る。
「っ!」
避ける。
いや。
全部じゃなくていい。
身体を沈める。
尾の先が肩を掠めた。
衝撃が走る。
「怖っ!」
思わず声が出る。
でも。
動ける。
「これ、無傷になる防具ちゃうんやな!」
「当たり前だ!」
後ろからガイアスの声が飛んできた。
「知っとるわ!」
ビッグリザードの横へ入る。
短剣を構える。
振る。
刃が入った。
浅い。
「ちゃうな」
あの一太刀じゃない。
でも。
前より狙った場所には入る。
ビッグリザードが暴れる。
離れる。
今度はちゃんと離れる。
全部受ければいいわけじゃない。
受けられるものだけ。
避けるものは避ける。
「アキラ!」
メルの声。
ビッグリザードが俺を追う。
その横からメルが入った。
剣が脚を捉える。
ビッグリザードの身体が傾く。
「今!」
「おう!」
踏み込む。
跳ばない。
前みたいに、無理に頭を狙う必要もない。
今。
届くところへ。
狙えるところへ。
短剣を入れる。
もう一度。
さらに一度。
ビッグリザードの動きが鈍る。
メルが反対側から剣を入れた。
大きな身体が地面へ落ちる。
「……倒した?」
メルが聞く。
「多分」
「多分!?」
「ちょっと待って」
少し離れて見る。
動かない。
「……倒したな」
「やった!」
メルの尻尾が大きく揺れた。
後ろから三人が近づいてくる。
「どう?」
メルがガイアスを見る。
「何がだ」
「防具」
「俺に聞くのか?」
「見てたでしょ?」
「まあな」
ガイアスがメルの肩を見る。
「前よりはマシだ」
「それだけ?」
「十分だろ」
「褒めるの下手やな」
「お前に言われたくねぇ」
「なんで俺やねん」
マシューが俺の方を見る。
「アキラも変わったね」
「俺?」
「うん。前より短剣がちゃんと狙ったところに入ってた」
「お」
珍しく褒められた。
「ただ」
「ただ?」
「防具があるからって、受けすぎない方がいいよ」
「……見てた?」
「ずっと」
「恥ずかしいな」
「試験だからね」
そうやった。
自分の防具を見る。
少し擦れた跡はある。
でも。
痛みはない。
動きを邪魔する感じもなかった。
「まあ」
短剣を鞘へ戻す。
「使えそうやな」
「うん!」
メルも自分の防具を見る。
完成した。
そう思ってたけど。
実際に使ってみたら、また分かることがあった。
◇
街へ戻った俺達は、そのままグランのおっちゃんのところへ向かった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
メルが返事をする。
「どうでした?」
俺は持ち帰った素材を置いた。
「ちゃんと両方倒したで」
「それは何よりです」
「三人、ほんまに何もしてへんけど」
「それでいいのです」
グランのおっちゃんがガイアス達を見る。
「実際に使ってみて、どうでした?」
「問題ない」
ガイアスが答える。
「動きに支障は?」
「なかった」
「攻撃も受けた」
オルガンが言う。
「受けたのですか?」
「うん」
メルが少しだけ胸を張る。
「でも大丈夫だった」
グランのおっちゃんがメルを見る。
「痛みは?」
「ないよ」
「動きにくくなったりは?」
「全然」
「なるほど」
「俺も大丈夫やで」
「まだ聞いていませんよ」
「聞けや」
グランのおっちゃんが笑う。
「では、アキラさんは?」
「痛くない。動くのも問題なし」
「それは良かったです」
そこへ。
「見せろ」
親方が来た。
まずメルの防具。
肩、胸、腕、腰、留め具。
次に俺の防具も同じように見る。
「問題ねぇな」
「直さなくていい?」
メルが聞く。
「細けぇ調整はする」
「あるんだ」
「使えば出る」
「そっか」
「それを見るための試験だろ」
親方はメルの肩をもう一度触った。
「ここは少し厚くしてもいいな」
「重くならへん?」
「この程度ならな」
「俺のは?」
「お前は受け方が下手だ」
「防具の話して」
「防具は問題ねぇ」
「ほな最初からそう言えや」
「お前が下手なのも問題だ」
「二個答えんでええねん」
メルが笑っている。
グランのおっちゃんも笑っていた。
「では」
そのグランのおっちゃんが手を叩く。
「次へ進みましょう」
「次?」
「はい」
「試験終わったんちゃうん?」
「この街では、ですね」
「この街では?」
グランのおっちゃんが頷いた。
「獣人街へ行こうと思います」
「……獣人街?」
メルの耳がぴんと立つ。
「はい」
「この防具持って?」
「もちろんです」
「売りに行くん?」
俺が聞く。
グランのおっちゃんは少し考えてから答えた。
「まずは、見てもらいに行きます」
「誰に?」
「獣人の方々に。それから、現地の職人にも」
親方とグランのおっちゃんの視線が一瞬だけ合う。
なんか。
俺の知らんところで話進んでない?
「おっちゃんが行くん?」
「行きますよ」
「商人やもんな」
「はい」
グランのおっちゃんが頷く。
「ですので、皆さんには護衛をお願いしたいと思っています」
「皆さん?」
「ガイアスさん、オルガンさん、マシューさん」
三人を見る。
それから。
「メルさんと、アキラさんにも」
「私も?」
「俺も?」
「お二人とも冒険者でしょう?」
「まあ、そうやけど」
そういえば。
登録してから、薬草採ったくらいしか依頼らしい依頼してへんな。
「もちろん、メルさんには実際にこの防具を使った方として来ていただきたいですし」
グランのおっちゃんが今度は俺を見る。
「アキラさんにも、来ていただきたい理由はあります」
「何?」
「現地へ行けば、また何か見つかるかもしれません」
「……何かって?」
「それが分かっていれば、私が見つけています」
「知らんのかい」
「ですから、行くんですよ」
「……」
なんか。
このおっちゃん。
分かってるようで、分かってへんな。
でも。
それでここまで来たんやろう。
「まあ……」
俺は頭を掻く。
「護衛の依頼なら、仕事やもんな」
「はい」
「私も行く!」
「だからお前も依頼されてるやろ」
「あ、そっか」
グランのおっちゃんが笑う。
「では、お願いできますか?」
「分かった」
ガイアスが答える。
「了解」
「僕も大丈夫」
「俺もええで」
「私も!」
「結局いつものメンバーやん」
「良いことではありませんか」
「まあな」
俺はもう一度、メルの防具を見る。
この街で作ったものを。
今度は。
これを必要としているかもしれない人達のところへ持っていく。
「いつ出るん?」
「準備がありますので、数日後ですね」
「何準備したらええんやろ」
「そこからですか」
「旅なんてしたことないし」
「この街まで来たでしょう」
「大トカゲに追われてきただけや」
「なるほど」
「納得すんな」
グランのおっちゃんが笑う。
でも。
行き先は決まった。
次は。
獣人街らしい。




