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試すなら、慣らせばいい


 完成した防具を身につけたメルを連れて、俺と親方はグランのおっちゃんのところへ向かった。


「おお……」


 メルの姿を見た瞬間、グランのおっちゃんの目が少しだけ大きくなる。


「完成したんですね」


「うん!」


 メルが嬉しそうに答えた。


 胸元には、新しい毛皮を使った防具。腕には小手、腰にも身体の動きを邪魔しないように作られた装具がついている。


 工房を出てからも何度か腕を回したり、身体を捻ったりしているけど、今のところ動きにくそうな様子はない。


「少し見せてもらっても?」


「はい!」


 グランのおっちゃんがメルの防具へ近づき、胸元から肩、腕、腰へと順番に見ていく。


「重さはどうです?」


「そんなに重くないです」


「長く着ていても?」


「それは、まだ分からないです」


「なるほど」


 今度は留め具を見る。


「ここは調整できるんですか?」


「ああ」


 親方が答えた。


「ある程度ならな」


「では、メルさんより少し大きな方でも?」


「限度はある」


「逆に小さければ?」


「締めればいい」


「なるほど」


 なんか。


 やたら細かいな。


「グランのおっちゃん」


「なんでしょう?」


「なんでそんなとこまで聞くん?」


「商人ですから」


「それ便利やな」


「便利ですよ」


 いつもの笑顔。


 メルがその場で肩を回し、身体を捻る。しゃがんで、立つ。その場で軽く跳んだ。


「前の防具では、そこまで動けませんでしたよね?」


「はい。肩とか腰が引っかかる感じがして」


「今は?」


「ないです」


「なるほど」


 またや。


 防具を見るというより、メルの話を一つずつ覚えているように見える。


「それで」


 グランのおっちゃんが俺を見る。


「アキラさんは、どう思います?」


「俺?」


「はい。この防具を作るきっかけを作ったのは、アキラさんでしょう?」


「作ったんは親方やで」


「それでもです」


「んー……」


 改めてメルを見る。


 ちゃんと守れている。


 ちゃんと動ける。


 前みたいに、人族用の防具を無理矢理合わせたわけでもない。


 メルには合っている。


 ただ。


 昨日から引っかかっていることがある。


「これな」


「はい」


「別に獣人じゃなくても使えるんちゃう?」


 グランのおっちゃんの目が止まった。


「と言いますと?」


「人族でも、重い防具が邪魔になる奴おるやろ?」


「もちろんいます」


「弓使う奴とか、動き回る奴とか」


「いますね」


「ほんなら、そういう奴にも合うんちゃうかなって」


「……なるほど」


「まあ、知らんけど」


「最後で台無しですね」


「だって試してへんもん」


 分からんものは分からん。


 メルに合ったからといって、他の奴にも絶対合うとは限らない。


「親方は?」


「知らん」


「親方まで!」


「作ったのはメルに合わせてだ。他の奴に合うかどうかは、他の奴が着なきゃ分からん」


「……それもそうか」


 グランのおっちゃんが小さく笑った。


「面白いですね」


「何が?」


「いえ」


 そう言って、もう一度メルの防具を見る。


「……やはり」


「ん?」


 小さな声だった。


「なんか言った?」


「ええ」


 グランのおっちゃんが俺を見る。


「あの時、メルさんに護衛をお願いして良かったと思いまして」


「……あの時?」


「アキラさんと出会った時の護衛ですよ」


「ああ」


 俺が大トカゲに追いかけられて、この人達のところへ飛び込んだ時か。


「なんで急にそんな話になるん?」


「こういうものは、実際に見てみなければ分かりませんから」


「……?」


 何の話や。


 メルを見ると、メルも首を傾げている。


「まあ」


 グランのおっちゃんは、いつものように笑っていた。


「商人ですから」


「またそれ?」


「便利でしょう?」


「便利すぎるわ」


 結局、何の話だったのかは分からなかった。


「それより、一つお願いがあります」


 グランのおっちゃんがメルを見る。


「私に?」


「はい。しばらく、その防具を実際に使ってみていただけませんか?」


「使う?」


「ええ。工房で動けることと、実際に使えることは別ですから」


「ああ」


 それはそうやな。


「ほな、なんか依頼受ける?」


「まだです」


「なんで?」


「お前は作ったばかりの防具を着せて、いきなり魔物の前に出す気か」


 親方が言う。


「ここに」


「手ぇ出せ」


「なんで!?」


「叩く」


「先に言うなや!」


 メルが笑う。


 グランのおっちゃんまで笑っていた。


「まず慣らせ」


 親方がメルを見る。


「慣らす?」


「ああ」


「どうやって?」


「着たまま動け。走れ。跳べ。しゃがめ。剣を振れ」


「うん」


「二、三日それで過ごせ」


「ずっと?」


「できるだけな」


 メルが自分の防具を見る。


「分かりました」


「それと」


 親方の声が少し低くなる。


「守れる場所は、守らせろ」


「……?」


 メルが首を傾げた。


「どういうこと?」


「お前は避けすぎる」


「避けた方がいいんじゃないの?」


「避けられるなら避けろ。だが、避けるために攻撃をやめる必要がない時まで退くな」


 メルが少し考える。


「……防具で受けられるなら、受けて入る?」


「そうだ」


「でも」


 メルが胸元を見る。


「当たるの、ちょっと怖い」


「それでいい」


「いいの?」


「怖くなくなったら、それはそれで危ねぇ」


 親方がメルを見る。


「怖がったまま使え」


「……はい」


 親方が頷いた。


     ◇


 次の日から、メルは新しい防具を着たまま走った。


 跳んだ。


 しゃがんだ。


 剣を振った。


「そこまで避けるな」


「えっ?」


 親方が木剣を持って立っている。


「今のは肩で受けられる」


「でも当たるよ?」


「そのための防具だ」


「……うぅ」


「嫌ならやめるか?」


「やる!」


 メルが構える。


 親方の木剣が動いた。


「わっ!」


 メルが避ける。


「避けてるぞ」


「だって怖いもん!」


「怖がったまま使えと言った」


「難しいよ!」


「だから慣らしてる」


「……もう一回!」


 何度か繰り返す。


 最初は全部避けていた。次は少しだけ残ったけど、当たる直前で身体が逃げた。


「もう一回!」


 また。


「もう一回!」


 また。


 そして。


 木剣がメルの肩へ向かう。


 一瞬、身体が逃げそうになる。


 それでも今度は残った。


 鈍い音がする。


「……!」


 メルの身体が少し揺れる。


 でも、下がらない。


「痛いか」


「……ちょっと」


「動けるか」


 メルが肩を回す。


「うん」


「なら入れ」


「え?」


「今ので相手の手は止まってる」


「あ」


 メルが一歩踏み込み、剣を振る。


 親方が木剣で受けた。


「そうだ」


「……できた」


「一回だけな」


「もう一回!」


「好きにしろ」


 尻尾が揺れている。


 当たったのに、なんか嬉しそうやな。


 俺は少し離れたところで短剣を握る。


「お前も手を動かせ」


「分かっとるわ」


 短剣を構え、踏み込んで振る。


 前に大トカゲを斬った時。


 音が消えたみたいな一太刀。


 あれを思い出しながら、もう一度振ってみる。


「……違うな」


 もう一回。


「これもちゃう」


 何度やっても、あの時と同じにはならない。


 でも、前よりは分かる。


 今のは力を入れすぎた。


 腕が先に動いた。


 足が遅れた。


 これは少し近い。


 できない。


 でも。


 何が違うのかは、少しずつ分かるようになってきた。


     ◇


 二日目。


 メルは前より避けなくなった。


 三日目には、肩で受けて、そのまま一歩入れるようになった。


 全部を受けるわけじゃない。


 危ないものは避ける。


 受けられるものだけ受ける。


 それでも、前までのメルとは動きが少し違っていた。


「どう?」


 練習を終えたメルが俺を見る。


「ええんちゃう?」


「ほんと?」


「前より近づくの早なった気がする」


「ほんと!?」


「多分」


「多分!?」


「俺、剣の先生ちゃうし」


「もう!」


 メルが頬を膨らませる。


「でも」


「?」


「最初に会った時よりは、全然違うで」


「……うん!」


 耳がぴんっと立った。


 その時。


 工房の扉が開いた。


「皆さん、お疲れ様です」


 グランのおっちゃんだった。


「なんでおるん?」


「そろそろ頃合いかと思いまして」


「何の?」


「こちらです」


 グランのおっちゃんが一枚の紙を取り出す。


 依頼書。


 そこには、見覚えのある魔物の名前が二つ書かれていた。


「ランウルフ……」


 それから。


「ビッグリザード」


 ……。


「そのままやん」


「何がです?」


「いや、こっちの話」


 ビッグデスマンに比べたら、なんというか。


 めちゃくちゃ普通やな。


「この二種類を?」


 メルが聞く。


「はい」


 グランのおっちゃんが頷いた。


「今度は、実際に試してみましょう」


「私が?」


「メルさんと、アキラさんにお願いしたいと思っています」


「俺も?」


「もちろんです」


「なんで?」


「アキラさんも、ちょうど試したいことがあるのでは?」


 グランのおっちゃんの視線が、俺の腰へ向く。


 短剣。


「……まあ」


 ないとは言えない。


「ただし、お二人だけではありません。ガイアスさん達にも同行していただきます」


「あのおっさん達も?」


「ええ。今回はあくまで確認ですから」


「危なくなったら助けてもらう?」


「そういうことです」


 メルが自分の防具を見る。


 それから、小さく頷いた。


「やります」


「決まりですね」


 グランのおっちゃんが笑う。


「ほな俺も――」


「おい」


 親方に呼ばれた。


「ん?」


「お前はこれを着ていけ」


 何かが飛んでくる。


「うおっ」


 慌てて受け取った。


 広げてみる。


「……防具?」


「見りゃ分かるだろ」


「いや、それは分かるけど」


 メルのものとは違う。


 尻尾のための作りもないし、肩や腰の形も違う。


 でも。


 この毛皮には見覚えがある。


「これ……ビッグデスマン?」


「ああ」


「なんで?」


「余ってたからな」


「余ってたから防具作ったん?」


「他に何に使う」


 いや。


 それはそうなんやけど。


「いつ作ったん?」


「お前が短剣振り回してる間だ」


「仕事早すぎん?」


「手ぇ動かしてりゃ終わる」


 そういう問題なんかな。


 もう一度、防具を見る。


 メルのものとは違う。


 でも、使っている素材は同じ。


「これ、人族用?」


「お前用だ」


「俺用!?」


「人族用に作って、お前に合わなかったら意味ねぇだろ」


「……」


 なんか。


 すごく当たり前のことを言われた気がする。


「親方」


「なんだ」


「もしかして、メルの作ってる時から人族でも使えると思ってたん?」


「知らん」


「知らんの!?」


「だから作った」


「……はい?」


 親方が俺を見る。


「使えるかどうかなんざ、使わなきゃ分からんだろ」


「……」


 さっき。


 似たようなことを聞いた気がする。


 グランのおっちゃんを見る。


 笑っている。


「なんやねん、このおっさん達」


「何か?」


「別に」


 防具を身体に当ててみる。


 軽い。


 少なくとも、前に着た鉄の防具とは全然違う。


「着てみろ」


「今?」


「明日、魔物の前で初めて着る気か」


「それは嫌やな」


 言われた通り身につける。


 胸元を留め、腕を通し、腰を締める。


 メルのものとは形が違う。同じ素材なのに、着てみると別物みたいだった。


 肩を回す。


 身体を捻る。


 しゃがんで、立つ。


 短剣を抜いて構えてみる。


「……動けるな」


「邪魔か」


「いや」


「なら慣らせ」


「俺も!?」


「当たり前だ」


 横を見ると、メルが笑っている。


「アキラも一緒だね」


「お前は三日やったやん」


「じゃあアキラも三日やる?」


「依頼いつなん?」


 グランのおっちゃんを見る。


「明日です」


「一日しかないやん!」


「今日中に慣れろ」


「親方!?」


「嫌なら脱げ」


「着ます」


「なら動け」


「はい」


 ……扱いに差がないようで。


 なんかある気がする。


 でも、防具をつけたまま短剣を構える。


 悪くない。


 むしろ。


 これなら前より少しだけ、近づくのが怖くない気がする。


 最初に会った時。


 メルは魔物を見つけていた。


 誰より早く。


 それでも、防具がないから近づけば下がるしかなかった。


 俺なんか、武器すら持っていなかった。


 あれから、そんなに時間が経ったわけじゃない。


 でも。


 メルには、メルに合わせた防具がある。


 俺には、俺に合わせた防具と短剣がある。


 同じ素材でも。


 形は違う。


 使い方も違う。


 それでいいんやろう。


「アキラ」


「ん?」


「明日、頑張ろうね」


「おう」


 今度はどうなるのか。


 試してみてもいい気がする。


 まあ。


 無理そうなら。


 その時は逃げればいい。


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