↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/43

動けるなら、それでいい


 メルの耳が、ぴくりと動いた。


「私の?」


「たぶんな」


「たぶん?」


「まだ素材やから」


 俺が持っているのは、昨日までとは少し違う毛皮。


 柔らかく曲がる。けれど、簡単には刃が通らない。


 これをメルの身体に合わせて、防具にする。


「まず合わせるぞ」


 親方が言った。


「うん!」


 返事が早い。


 メルが作業台の前へ立つと、親方が俺から毛皮を取り、肩へ当てた。


 胸、腕、腰。


 順番に合わせていく。


「前にもやったな」


「うん」


「あの時より楽そうやな」


「そう?」


「ほら」


 肩に当てられた毛皮を見る。


 メルが腕を動かすたび、毛皮も一緒に曲がっている。


 前に試した防具は、メルの身体に合わせようとして、留める場所を変えたり、形を調整したり、いろいろやった。


 でも、今回は少し違う。


 そもそも素材の方が、メルの身体についていく。


「腕上げろ」


「はい」


 メルが両腕を上げる。


「回せ」


 肩を回す。


「痛くねぇか」


「大丈夫です」


「引っかかるところは」


「ないです」


 親方が何度か位置を変え、それから毛皮へ印をつけた。


「今日はこれでいい」


「もう?」


「形は取れた」


「早いな」


「誰が作ると思ってる」


「親方」


「分かってんなら黙ってろ」


「はい」


 親方が毛皮を作業台へ置く。


 メルが、少し名残惜しそうに見ていた。


「まだ着れへんで?」


「分かってるよ」


「顔が着たそうやった」


「……ちょっとだけ」


「ちょっとなん?」


「いっぱい」


「正直やな」


 尻尾が、大きく揺れた。


     ◇


 次の日。


 工房へ行くと、昨日の毛皮はもう昨日とは違う形になっていた。


「早っ」


「うるせぇ」


 親方が手を動かしている。


 胸、肩、腕、腰。


 メルの身体に沿うように、少しずつ形になっている。


 でも、いつもの作業とは少し違った。


 鉄を熱して、叩いて、形を整えているわけじゃない。


 毛皮を切る。重ねる。穴を開ける。


 太い糸で縫い合わせ、必要なところには留め具をつける。


「……なんか」


「なんだ」


「今日、鍛冶屋っぽくないな」


 親方の手が止まった。


「どこがだ」


「いや」


 親方の手元を見る。


「針使ってるし」


「だからなんだ」


「もっとこう、鉄を叩いたりするもんかと」


「必要なら叩く」


 親方が毛皮へ針を通す。


「必要ねぇなら叩かねぇ」


「……なるほど」


「使えるもんを作るのが仕事だ」


「鉄叩くのが仕事ちゃうんや」


「手ぇ止めんな」


「はい」


 言われて、俺も作業台を見る。


 硬い板を無理やり身体へ合わせている感じじゃない。


 布を仕立てている。


 なんとなく、そんなふうにも見える。


「親方」


「なんだ」


「そこ、毛皮残した方がええんちゃう?」


 親方の手が止まった。


「なんでだ」


「見た目」


「……」


「大事やろ?」


「動きの邪魔にならねぇなら好きにしろ」


「お」


「ただし、お前が切れ」


「え?」


「言ったのはお前だ」


「そういう流れ?」


「手ぇ動かせ」


「はい」


 言われた通り、少しだけ形を整える。


 切りすぎないように、メルが着た時を想像しながら。


「ここは?」


「残せ」


「こっちは?」


「削っていい」


「これは?」


「聞く前に考えろ」


「厳しいなぁ」


「誰の案だ」


「俺です」


 親方は、使える意見なら使う。


 使えなければ、普通に却下する。


 分かりやすい。


 だから、俺も思ったことを言いやすい。


「なあ」


「今度はなんだ」


 作業台の端に、まだ残っているビッグデスマンの爪がある。


「爪、少し見えるところに使えん?」


「用途は」


「……見た目」


「またか」


「せっかくビッグデスマンの防具なんやし」


「防具は飾りじゃねぇ」


「分かってるけど」


 親方が爪を見る。


「邪魔にならねぇ場所なら使える」


「ほら」


「喜ぶな」


「はい」


 結局、いくつかの爪は胸元や腰まわりに使うことになった。


 もちろん、邪魔にならない場所だけ。


 そこは親方がちゃんと選んだ。


「……まだあるな」


「あ?」


「爪」


 防具に使う分を除いても、作業台の端にはまだ残っている。


 大人の腕ほどもある、ビッグデスマンの爪。


 前に砕いたり、削ったり、いろいろ試した。


 三層になっているのも、その時に分かった。


「親方」


「なんだ」


「これって、細く加工できる?」


「できる」


「中をくり抜くんは?」


 親方の手が止まった。


「できなくはねぇ」


「じゃあさ」


 爪を一本持ち上げる。


 大きさは十分ある。


 硬さもある。


 削れるし、形も変えられる。


 なら。


「例えば――」


 思いついた使い方を親方に話す。


「……」


「どう?」


 親方は俺の持っている爪を見て、少し考えた。


 それから一本手に取る。


「面白ぇな」


「いける?」


「やってみねぇと分からん」


「まあ、そうよな」


「だが」


 親方が爪を作業台へ置く。


「試す価値はある」


「お」


「喜ぶな。仕事増やしたのお前だからな」


「俺もやるん?」


「当たり前だ」


「そういう流れ?」


「手ぇ動かせ」


「はい」


     ◇


 それから、もう一日。


 工房の仕事も、短剣の練習もいつも通り続いた。


 その合間に親方は防具を作り、俺もできることだけ手伝った。


 毛皮を切る。


 位置を合わせる。


 穴を開ける。


 縫う。留める。また合わせる。


 思っていたより、地味な作業が多い。


 でも、一つずつやるたび、毛皮だったものが少しずつ防具になっていった。


 そして、三日目。


「……できたぞ」


「ほんま?」


 作業台を見る。


「おお……」


 そこにあったのは、もう毛皮の切れ端じゃなかった。


 ちゃんと、防具だった。


 胸元はしっかりと新しい毛皮で覆われ、少し厚めに作られている。


 柔らかく見えるのに、触れば頼りなさはない。


 急所を守る部分だけは、親方も一切妥協していないのが分かる。


 肩や腕にも同じ毛皮が使われている。


 でも、固められてはいない。


 曲げれば曲がる。


 腰まわりも、脚の動きを邪魔しないように作られている。


 ところどころに使われた爪は、俺が思っていたよりちゃんと馴染んでいた。


「……ええやん」


「当たり前だ」


「俺の案も入ってるやろ?」


「一割な」


「少なっ!」


「多いくらいだ」


「せめて二割」


「ゼロにするぞ」


「一割でお願いします」


 親方が鼻を鳴らした。


「メル呼べ」


「今日は場所知ってるで」


「そうか」


「昨日聞いた」


「遅ぇ」


「一個ずつ覚えてんねん」


 工房を出ようとした、その時。


 扉が開いた。


「おはようございます!」


「……」


 メル。


「また来た」


「え?」


「いや、助かる」


「何が?」


「こっちの話」


 親方を見る。


「呼びに行く手間なくなったな」


「ああ」


「なんで二人ともそんな顔してるの?」


「ええから入って」


「?」


 メルが工房へ入り、作業台の上を見た。


「……」


 止まった。


 耳も、尻尾も動いていない。


「メル?」


「……これ」


「うん」


 俺は防具を持ち上げる。


「できたで」


 尻尾が、一気に揺れた。


「ほんと!?」


「たぶん」


「たぶん?」


「着てみな分からん」


「着る!」


「早いな」


     ◇


 メルが完成した防具を身につける。


 親方が最後に位置を確認した。


「どうだ」


「……」


 メルが自分の身体を見る。


 胸、肩、腕、腰。


 それから、ゆっくり腕を上げた。


「……あ」


「痛い?」


「違う」


 もう一度、腕を上げる。


 今度は大きく。


 肩を回し、身体を捻る。


 しゃがんで、立つ。


 その場で軽く跳んだ。


「メル?」


「アキラ」


「ん?」


「これ」


 メルが腕を動かしながら言う。


「服みたい」


「服?」


「うん」


 もう一度、身体を捻る。


「防具を着てる感じがしない」


「軽い?」


「軽いのもあるけど」


 メルが首を振る。


「動いても、邪魔しないの」


「……」


 なるほど。


 そういうことか。


 今までの防具は、身体を守るために硬いものを身体へつける。


 だから、身体の方が防具に合わせて動く必要があった。


 でも、これは違う。


 メルが動けば、防具も一緒に動く。


 肩を回せば、肩に沿って曲がる。


 身体を捻れば、腰まわりもついてくる。


 いつもの服みたいに、メルの動きを邪魔しない。


「……合ってるな」


「うん!」


 メルが笑う。


 尻尾が、大きく揺れている。


「走ってみてもいい?」


「工房で走るな」


 親方が即答した。


「はい」


「外ならいいぞ」


「はい!」


 メルが笑った。


     ◇


 しばらく、メルが動くのを見ていた。


 腕を伸ばしても、しゃがんでも、身体を大きく捻っても、防具は邪魔をしない。


 獣人の身体によく合っている。


 確かに、これは獣人が使いやすい防具だ。


「……」


 でも、見ているうちに少しだけ引っかかった。


「親方」


「なんだ」


「これ」


「あ?」


「人族でも使えるよな?」


「ああ」


「……即答なん?」


「使えるだろ」


「分かってた?」


「見りゃ分かる」


「先に言ってや」


「聞かれてねぇ」


「そういう問題?」


 もう一度、メルを見る。


 軽い。


 曲がる。


 動きを邪魔しない。


 それでいて、守るところはちゃんと守っている。


 これなら、例えばマシューみたいに弓を使う人間にもいいんちゃうか?


 肩を大きく使う。


 身体を軽く動かす。


 重い防具より、こっちの方が合うかもしれない。


 グランのおっちゃんみたいに旅をする人にも。


 戦うためじゃなくても、軽い防具を着ていれば、何かあった時に助かる可能性は上がる。


「……」


 獣人用。


 そう思って、ここまで作ってきた。


 確かにメルには合っている。


 たぶん、獣人にはこういう防具の方が合う。


 でも。


 だからって、人族に合わないわけじゃない。


「なあ、親方」


「なんだ」


「これって」


 一度、言葉を止める。


「ほんまに、獣人用なん?」


 親方が俺を見る。


 少しだけ、口元が動いた。


「さあな」


「またそれ?」


「自分で考えろ」


「……はい」


 メルはそんな俺達の横で、新しい防具を着たまま嬉しそうに腕を回していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。