動けるなら、それでいい
メルの耳が、ぴくりと動いた。
「私の?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「まだ素材やから」
俺が持っているのは、昨日までとは少し違う毛皮。
柔らかく曲がる。けれど、簡単には刃が通らない。
これをメルの身体に合わせて、防具にする。
「まず合わせるぞ」
親方が言った。
「うん!」
返事が早い。
メルが作業台の前へ立つと、親方が俺から毛皮を取り、肩へ当てた。
胸、腕、腰。
順番に合わせていく。
「前にもやったな」
「うん」
「あの時より楽そうやな」
「そう?」
「ほら」
肩に当てられた毛皮を見る。
メルが腕を動かすたび、毛皮も一緒に曲がっている。
前に試した防具は、メルの身体に合わせようとして、留める場所を変えたり、形を調整したり、いろいろやった。
でも、今回は少し違う。
そもそも素材の方が、メルの身体についていく。
「腕上げろ」
「はい」
メルが両腕を上げる。
「回せ」
肩を回す。
「痛くねぇか」
「大丈夫です」
「引っかかるところは」
「ないです」
親方が何度か位置を変え、それから毛皮へ印をつけた。
「今日はこれでいい」
「もう?」
「形は取れた」
「早いな」
「誰が作ると思ってる」
「親方」
「分かってんなら黙ってろ」
「はい」
親方が毛皮を作業台へ置く。
メルが、少し名残惜しそうに見ていた。
「まだ着れへんで?」
「分かってるよ」
「顔が着たそうやった」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとなん?」
「いっぱい」
「正直やな」
尻尾が、大きく揺れた。
◇
次の日。
工房へ行くと、昨日の毛皮はもう昨日とは違う形になっていた。
「早っ」
「うるせぇ」
親方が手を動かしている。
胸、肩、腕、腰。
メルの身体に沿うように、少しずつ形になっている。
でも、いつもの作業とは少し違った。
鉄を熱して、叩いて、形を整えているわけじゃない。
毛皮を切る。重ねる。穴を開ける。
太い糸で縫い合わせ、必要なところには留め具をつける。
「……なんか」
「なんだ」
「今日、鍛冶屋っぽくないな」
親方の手が止まった。
「どこがだ」
「いや」
親方の手元を見る。
「針使ってるし」
「だからなんだ」
「もっとこう、鉄を叩いたりするもんかと」
「必要なら叩く」
親方が毛皮へ針を通す。
「必要ねぇなら叩かねぇ」
「……なるほど」
「使えるもんを作るのが仕事だ」
「鉄叩くのが仕事ちゃうんや」
「手ぇ止めんな」
「はい」
言われて、俺も作業台を見る。
硬い板を無理やり身体へ合わせている感じじゃない。
布を仕立てている。
なんとなく、そんなふうにも見える。
「親方」
「なんだ」
「そこ、毛皮残した方がええんちゃう?」
親方の手が止まった。
「なんでだ」
「見た目」
「……」
「大事やろ?」
「動きの邪魔にならねぇなら好きにしろ」
「お」
「ただし、お前が切れ」
「え?」
「言ったのはお前だ」
「そういう流れ?」
「手ぇ動かせ」
「はい」
言われた通り、少しだけ形を整える。
切りすぎないように、メルが着た時を想像しながら。
「ここは?」
「残せ」
「こっちは?」
「削っていい」
「これは?」
「聞く前に考えろ」
「厳しいなぁ」
「誰の案だ」
「俺です」
親方は、使える意見なら使う。
使えなければ、普通に却下する。
分かりやすい。
だから、俺も思ったことを言いやすい。
「なあ」
「今度はなんだ」
作業台の端に、まだ残っているビッグデスマンの爪がある。
「爪、少し見えるところに使えん?」
「用途は」
「……見た目」
「またか」
「せっかくビッグデスマンの防具なんやし」
「防具は飾りじゃねぇ」
「分かってるけど」
親方が爪を見る。
「邪魔にならねぇ場所なら使える」
「ほら」
「喜ぶな」
「はい」
結局、いくつかの爪は胸元や腰まわりに使うことになった。
もちろん、邪魔にならない場所だけ。
そこは親方がちゃんと選んだ。
「……まだあるな」
「あ?」
「爪」
防具に使う分を除いても、作業台の端にはまだ残っている。
大人の腕ほどもある、ビッグデスマンの爪。
前に砕いたり、削ったり、いろいろ試した。
三層になっているのも、その時に分かった。
「親方」
「なんだ」
「これって、細く加工できる?」
「できる」
「中をくり抜くんは?」
親方の手が止まった。
「できなくはねぇ」
「じゃあさ」
爪を一本持ち上げる。
大きさは十分ある。
硬さもある。
削れるし、形も変えられる。
なら。
「例えば――」
思いついた使い方を親方に話す。
「……」
「どう?」
親方は俺の持っている爪を見て、少し考えた。
それから一本手に取る。
「面白ぇな」
「いける?」
「やってみねぇと分からん」
「まあ、そうよな」
「だが」
親方が爪を作業台へ置く。
「試す価値はある」
「お」
「喜ぶな。仕事増やしたのお前だからな」
「俺もやるん?」
「当たり前だ」
「そういう流れ?」
「手ぇ動かせ」
「はい」
◇
それから、もう一日。
工房の仕事も、短剣の練習もいつも通り続いた。
その合間に親方は防具を作り、俺もできることだけ手伝った。
毛皮を切る。
位置を合わせる。
穴を開ける。
縫う。留める。また合わせる。
思っていたより、地味な作業が多い。
でも、一つずつやるたび、毛皮だったものが少しずつ防具になっていった。
そして、三日目。
「……できたぞ」
「ほんま?」
作業台を見る。
「おお……」
そこにあったのは、もう毛皮の切れ端じゃなかった。
ちゃんと、防具だった。
胸元はしっかりと新しい毛皮で覆われ、少し厚めに作られている。
柔らかく見えるのに、触れば頼りなさはない。
急所を守る部分だけは、親方も一切妥協していないのが分かる。
肩や腕にも同じ毛皮が使われている。
でも、固められてはいない。
曲げれば曲がる。
腰まわりも、脚の動きを邪魔しないように作られている。
ところどころに使われた爪は、俺が思っていたよりちゃんと馴染んでいた。
「……ええやん」
「当たり前だ」
「俺の案も入ってるやろ?」
「一割な」
「少なっ!」
「多いくらいだ」
「せめて二割」
「ゼロにするぞ」
「一割でお願いします」
親方が鼻を鳴らした。
「メル呼べ」
「今日は場所知ってるで」
「そうか」
「昨日聞いた」
「遅ぇ」
「一個ずつ覚えてんねん」
工房を出ようとした、その時。
扉が開いた。
「おはようございます!」
「……」
メル。
「また来た」
「え?」
「いや、助かる」
「何が?」
「こっちの話」
親方を見る。
「呼びに行く手間なくなったな」
「ああ」
「なんで二人ともそんな顔してるの?」
「ええから入って」
「?」
メルが工房へ入り、作業台の上を見た。
「……」
止まった。
耳も、尻尾も動いていない。
「メル?」
「……これ」
「うん」
俺は防具を持ち上げる。
「できたで」
尻尾が、一気に揺れた。
「ほんと!?」
「たぶん」
「たぶん?」
「着てみな分からん」
「着る!」
「早いな」
◇
メルが完成した防具を身につける。
親方が最後に位置を確認した。
「どうだ」
「……」
メルが自分の身体を見る。
胸、肩、腕、腰。
それから、ゆっくり腕を上げた。
「……あ」
「痛い?」
「違う」
もう一度、腕を上げる。
今度は大きく。
肩を回し、身体を捻る。
しゃがんで、立つ。
その場で軽く跳んだ。
「メル?」
「アキラ」
「ん?」
「これ」
メルが腕を動かしながら言う。
「服みたい」
「服?」
「うん」
もう一度、身体を捻る。
「防具を着てる感じがしない」
「軽い?」
「軽いのもあるけど」
メルが首を振る。
「動いても、邪魔しないの」
「……」
なるほど。
そういうことか。
今までの防具は、身体を守るために硬いものを身体へつける。
だから、身体の方が防具に合わせて動く必要があった。
でも、これは違う。
メルが動けば、防具も一緒に動く。
肩を回せば、肩に沿って曲がる。
身体を捻れば、腰まわりもついてくる。
いつもの服みたいに、メルの動きを邪魔しない。
「……合ってるな」
「うん!」
メルが笑う。
尻尾が、大きく揺れている。
「走ってみてもいい?」
「工房で走るな」
親方が即答した。
「はい」
「外ならいいぞ」
「はい!」
メルが笑った。
◇
しばらく、メルが動くのを見ていた。
腕を伸ばしても、しゃがんでも、身体を大きく捻っても、防具は邪魔をしない。
獣人の身体によく合っている。
確かに、これは獣人が使いやすい防具だ。
「……」
でも、見ているうちに少しだけ引っかかった。
「親方」
「なんだ」
「これ」
「あ?」
「人族でも使えるよな?」
「ああ」
「……即答なん?」
「使えるだろ」
「分かってた?」
「見りゃ分かる」
「先に言ってや」
「聞かれてねぇ」
「そういう問題?」
もう一度、メルを見る。
軽い。
曲がる。
動きを邪魔しない。
それでいて、守るところはちゃんと守っている。
これなら、例えばマシューみたいに弓を使う人間にもいいんちゃうか?
肩を大きく使う。
身体を軽く動かす。
重い防具より、こっちの方が合うかもしれない。
グランのおっちゃんみたいに旅をする人にも。
戦うためじゃなくても、軽い防具を着ていれば、何かあった時に助かる可能性は上がる。
「……」
獣人用。
そう思って、ここまで作ってきた。
確かにメルには合っている。
たぶん、獣人にはこういう防具の方が合う。
でも。
だからって、人族に合わないわけじゃない。
「なあ、親方」
「なんだ」
「これって」
一度、言葉を止める。
「ほんまに、獣人用なん?」
親方が俺を見る。
少しだけ、口元が動いた。
「さあな」
「またそれ?」
「自分で考えろ」
「……はい」
メルはそんな俺達の横で、新しい防具を着たまま嬉しそうに腕を回していた。




