使い方が違うなら、変えればいい
少し間が空きましたが、本日より更新再開します。
また誰かの暇つぶしになれば幸いです。
目が覚めた。
窓の外は、まだ暗い。
「……早すぎたか」
もう一度、横になろうかと思った。
でも、昨日の続きが頭から離れない。
ビッグデスマンの爪。
毛皮。
大トカゲの胃液。
硬い爪を柔らかくして、毛皮と合わせる。
思いついたのは俺や。
でも、本当にできるのかはまだ分からない。
「……行くか」
◇
街はまだ静かだった。
店もほとんど開いていない。
歩いている人も少ない。
空の端が、少しずつ明るくなっている。
「さすがに今日は俺の方が早いやろ」
工房の扉を開ける。
「おはよ――」
「来たか」
「……」
親方。
もうおる。
作業台の上には、ビッグデスマンの爪、毛皮、大トカゲの胃液。
必要なものが全部並んでいた。
「……いつからおんねん」
「さあな」
「さあなって」
親方は俺を見ず、爪を一つ持ち上げる。
「やるぞ」
「はい」
◇
大トカゲの胃液を三つに分けた。
薄いもの。
中間のもの。
それから、一番濃いもの。
「まずはこれだ」
親方が薄い液へ爪の欠片を入れる。
しばらく待ち、取り出して曲げる。
「……変わった?」
「少しな」
表面は柔らかくなっている。
けれど中までは、ほとんど変わっていない。
「次」
今度は真ん中の液へ入れる。
しばらくして取り出し、親方が曲げた。
「お」
さっきより明らかに曲がる。
「これなら砕かんでも使える?」
「まだ硬ぇ」
「そっか」
「だが、使い道はある」
親方が横へ置く。
最後は、一番濃い液だ。
爪を沈める。
「……」
「……」
少し待つ。
「なんか小さくなってへん?」
「ああ」
さらに待つ。
「親方」
「ああ」
「なくなってきてへん?」
「ああ」
しばらくすると、爪は完全に見えなくなった。
「……」
「……」
親方が液を覗き込む。
「濃すぎたな」
「溶けた?」
「溶けた」
「全部?」
「全部だ」
「……失敗?」
「だな」
親方が別の爪へ手を伸ばす。
俺も次の作業へ移ろうとした。
けれど、もう一度爪が溶けた液を見る。
濁った液の中に、さっきまで確かに爪があった。
その時。
頭の奥で、何かが引っかかった。
《適当》
続けて。
《適用》
「……適用?」
親方が手を止める。
「なんだ」
「いや」
液を見る。
爪は消えた。
でも。
本当に、なくなったんか?
「親方」
「あ?」
「これ」
爪が溶けた液を指す。
「爪、なくなったん?」
「見りゃ分かるだろ」
「いや」
俺は首を振る。
「溶けたんやろ?」
「ああ」
「ほな」
液を指差す。
「ここにあるんちゃう?」
「……」
親方が液を見る。
「溶けた爪が?」
「そう」
「……だからなんだ」
「いや」
視線を作業台へ移す。
そこには、ビッグデスマンの毛皮があった。
硬い外毛と、柔らかい内側。
「これに使ったらどうなる?」
親方の目も毛皮へ移る。
「……」
「ちょっとだけ、やってみよ」
「やれ」
「ええん?」
「言ったのはお前だ」
「そうやった」
毛皮の切れ端を一枚取る。
爪が溶けた液へ、ゆっくり沈めた。
「……全部?」
「まずは端だけにしろ」
「あ、はい」
半分だけ液につけ、引き上げる。
余分な液を落とす。
「これで?」
「乾かす」
「ですよね」
◇
乾くのを待つ間、別の濃さも試した。
爪を砕き。
曲げ。
叩き。
削った。
条件を変えるたび、結果も少しずつ変わった。
気づけば、工房の窓から朝日が差し込んでいた。
「これ」
俺が先ほどの毛皮を持ち上げる。
「乾いてへん?」
「寄越せ」
親方が受け取り、指で毛を押す。
「……」
「どう?」
「変だな」
「変?」
「硬ぇ」
「え?」
俺も触る。
「……ほんまや」
毛はちゃんと曲がる。
押せば倒れ、離せば戻る。
それなのに、一本一本が妙に強い。
「柔らかいのに」
「ああ」
「硬い?」
「ああ」
「どっちやねん」
「知らん」
「親方でも知らんのかい」
親方が近くの刃物を取る。
「ちょ」
「動くな」
毛皮を作業台へ置き、刃を当てて軽く引く。
「……」
切れない。
もう一度。
今度は少し強く刃を走らせる。
毛が押されて倒れる。
それでも、切れていない。
「うそやろ」
親方の顔が変わった。
今度は細い金具を取り、先端を毛皮へ押し当てる。
毛が沈み、周りへ広がる。
それでも簡単には皮まで届かない。
「……」
「親方?」
「黙ってろ」
「はい」
親方が上から軽く叩く。
毛が潰れる。
けれど、離すと少しずつ戻った。
「……おい」
「はい」
「持て」
毛皮を渡される。
「どう?」
「軽い」
「曲げろ」
曲げる。
「曲がる」
「丸めろ」
丸める。
「丸まる」
「戻せ」
手を離す。
「戻る」
親方が鼻からゆっくり息を吐いた。
「……使える」
「ほんま?」
「ああ」
親方は毛皮を見つめる。
「爪を貼りつける必要がねぇ」
「溶かして」
「毛皮そのものに染み込ませる」
「そしたら」
毛を撫でる。
柔らかい。
でも、さっきまでとは明らかに違う。
「鎧っていうより」
「あ?」
「服みたいにできへん?」
親方が俺を見る。
「続けろ」
「ほら」
毛皮を持ち上げる。
「鉄みたいに身体全部を板で覆わんでも」
曲げる。
「これなら身体に合わせて動くやろ?」
「ああ」
「しかも」
毛の間を見る。
「全部塞がってへん」
「……」
「風も通るんちゃう?」
親方が少し考える。
「試さねぇと分からん」
「ですよね」
「だが」
毛皮を取り上げる。
「作る価値はある」
「よっしゃ」
「喜ぶのはまだ早ぇ」
「今くらい喜ばせてや」
「手ぇ動かせ」
「はい」
返事は一回。
◇
それからも、液につける時間、使う量、乾かし方、毛皮の場所を変えながら、いくつも試した。
同じように見えても、仕上がりは少しずつ違う。
それでも、最初の一枚だけではなかった。
同じような毛皮が何枚かできた。
親方がその一枚を持ち上げる。
「……よし」
「できた?」
「素材はな」
「素材は?」
「防具にならなきゃ意味ねぇ」
「そらそうか」
親方が作業台の上に、試作防具と新しい毛皮を並べる。
「メル呼んでこい」
「分かった」
工房を出ようとして、俺は足を止めた。
「……」
「なんだ」
「親方」
「あ?」
「俺」
「なんだ」
「メルがどこ住んでるか知らん」
「……」
「……」
親方が俺を見る。
「お前」
「いや、しゃあないやん!」
「毎日のように一緒にいるだろ」
「せやけど聞いたことないねん!」
その時、工房の外から。
「おはようございます!」
聞き慣れた声がした。
「……」
「……」
扉が開く。
「アキラ? 親方? どうしたの?」
メルが首を傾げる。
親方が俺を見る。
「来たぞ」
「……助かった」
「何が?」
「いや」
俺は作業台の上を見る。
「ちょうどええとこに来たわ」
「?」
メルが新しくできた毛皮を見る。
「なに、それ?」
俺も同じものを見る。
昨日までは、ただの爪と毛皮だった。
それが今は、少しだけ違うものになっている。
「たぶん」
毛皮を持ち上げる。
「メルの防具になるやつ」
メルの耳が。
ぴくりと動いた。




