一区切りついたなら、食えばいい
風呂を出た俺達は。
そのまま飯を食いに行くことになった。
向かったのは、前にも来たことのある店。
そこには。
「皆さん、お疲れ様でした」
グランのおっちゃんがいた。
「なんでおるん?」
「皆さんが風呂へ向かったと聞きまして」
「それで先回りしたん?」
「そろそろこちらへ来る頃かと思いまして」
「なんで分かんねん」
「商人ですから」
「それ便利すぎるやろ」
いつもの笑顔。
なんか。
久しぶりに見た気がする。
「座れ」
親方が言う。
「親方が仕切るん?」
「立ったまま話すのか」
「それは嫌やな」
言われた通り座る。
俺。
メル。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
親方。
グランのおっちゃん。
結構な人数や。
「まずは」
グランのおっちゃんが全員を見る。
「改めて、ご苦労様でした」
さっき親方にも言われた。
でも。
こうして全員揃って言われると。
少しだけ。
一区切りついた感じがする。
「予定より早く戻れましたし、ビッグデスマンも非常に良い状態です」
「ほとんど傷つけずに倒せたからね」
マシューが言う。
「聞きました」
グランのおっちゃんがメルを見る。
「メルさんが随分活躍したそうですね」
「え?」
メルの耳がぴくっと動いた。
「誰から?」
「皆さんからです」
「みんな?」
ガイアスは何も言わない。
オルガンも。
マシューだけが笑っている。
「ほんまなん?」
俺が聞く。
「……うん」
メルの尻尾が少し揺れた。
「魔物を避けたり、大ミミズを探したり……」
「大ミミズ?」
「うん」
「何それ」
「すごく大きいミミズ」
「名前そのままやん」
「大ミミズだからね」
「……そらそうか」
詳しく聞きたい。
でも。
「話はあとだ」
親方が言った。
「まず仕事の話をする」
「はい」
なんとなく。
俺も姿勢を正す。
グランのおっちゃんが頷いた。
「今回、必要だった素材は揃いました」
ビッグデスマン。
その爪。
毛皮。
それから。
大トカゲの胃液。
「ですが」
おっちゃんが続ける。
「これで防具が完成するわけではありません」
「……まだやもんな」
「ええ」
親方が腕を組む。
「むしろ、ここからが本番だ」
「ここから?」
「ああ」
親方が指を一本立てる。
「まず胃液の濃さを変える」
二本目。
「それぞれで爪を処理する」
三本目。
「どこまで柔らかくすりゃ、硬さを残したまま毛皮と合わせられるか試す」
「それで上手くいったら?」
「次だ」
「まだあるん?」
「当たり前だ」
出た。
「馴染ませたあと、ちゃんと硬さが戻るか」
「うん」
「曲げても割れねぇか」
「うん」
「水に濡れたらどうなるか」
「……結構あるな」
「全部試す」
グランのおっちゃんが続ける。
「素材として使えることが分かれば、ようやく防具として形にできます」
「それから実際に着てみる?」
メルが聞く。
「そうです」
「動けるかも見ないとだよね」
「ええ。重さも、着け心地も、耐久性もありますから」
「……」
俺は親方を見る。
「長ない?」
「何がだ」
「完成まで」
「最初からそう言ってる」
「言ってたっけ?」
「言った」
「……たぶん聞いてた」
「覚えてねぇじゃねぇか」
「大事なところは覚えてるで」
「なら言ってみろ」
「ここからが本番」
「今聞いたやつだろ」
「バレたか」
親方がため息をついた。
グランのおっちゃんが笑う。
「ですが」
「ん?」
「ここまで来たことにも、十分意味があります」
おっちゃんが俺を見る。
「最初は、ただ人間用の防具が獣人に合わないという話でした」
「そうやったな」
「それが今は」
メルを見る。
「最初から獣人に合わせて作る」
親方を見る。
「そのための素材を考える」
ガイアス達を見る。
「必要な素材を集める」
そして。
「実際に試せるところまで来ました」
「……」
言われてみれば。
結構進んだ。
最初は。
メルの胸当てを見て。
合ってない。
ただ。
それだけやった。
「まあ」
親方が言う。
「続きは明日だ」
「え?」
「今日は終わりだ」
「……親方が?」
「なんだ」
「親方から『今日は終わり』って言葉が出るとは」
「殴られたいのか」
「終わりにしましょう」
俺は姿勢を正した。
「賢明ですね」
グランのおっちゃんが笑う。
「では」
おっちゃんが手を上げる。
「今日は食べましょう」
「やった!」
真っ先に反応したのはメルだった。
「話が早いな」
「お腹空いたの!」
「俺もや」
というか。
風呂出てからずっと腹減ってる。
◇
料理が運ばれてくる。
肉。
野菜。
パン。
スープ。
テーブルいっぱいに並んだ。
「おお……」
「アキラ」
「ん?」
「顔が嬉しそう」
「そら嬉しいやろ」
メルも。
同じくらい嬉しそうやけど。
「いただきます」
「それ何?」
「飯食う前に言うねん」
「へぇ」
「いただきます!」
「早速使うんやな」
メルがパンを取る。
俺も肉へ手を伸ばした。
「で」
「なに?」
「大ミミズって、ほんまにそんなでかいん?」
「うん」
「どれくらい?」
メルが少し考える。
それから。
オルガンの方を見る。
「オルガンの槍くらい」
「でかっ!」
「だから大ミミズ」
「名前に偽りなしやな」
マシューが笑った。
「しかも、何でもいいわけじゃなかったんだよ」
「まだあるん?」
「子を宿してる雌じゃないと、ビッグデスマンが食べないんだ」
「偏食やなぁ」
「普通なら一匹ずつ捕まえて、確かめないといけないんだけどね」
「じゃあ、大ミミズいっぱい捕まえて確かめたん?」
「いや、それがね」
マシューがメルを見る。
「メルがいたから、そんなに捕まえなくて済んだんだよ」
「メルが?」
「うん」
マシューが頷く。
「最初は、地面の下にいる大ミミズを音で探したんだ」
「音で?」
「うん!」
メルの耳がぴくっと動く。
「何匹か見つけて、実際に確かめていったんだけど」
マシューが続ける。
「そのうち、子を宿してる雌は匂いが違うってメルが気づいた」
「匂いまで?」
「うん」
メルが頷く。
「最初は分からなかったよ。でも、一匹ずつ確かめたら違いが分かるようになったの」
「へぇ……」
思ってたより。
すごいな。
耳で探して。
鼻で違いを覚えて。
必要な一匹を見つける。
「正直」
マシューが笑う。
「メルがいなかったら、もっと時間かかってたよ」
「……」
メルの耳が。
少しだけ横へ倒れた。
尻尾は。
分かりやすく揺れている。
「めっちゃ役立ってるやん」
「うん!」
「食ったん?」
「大ミミズは食べないよ!」
「大トカゲは一緒に食ったのにな」
「大トカゲとは違うよ!」
「そういう基準なん?」
「そういう基準なの!」
「よう分からんなぁ」
「アキラの方が分からないよ」
「なんでや」
メルが笑う。
俺も肉を一口食べた。
◇
「それで」
俺はマシューを見る。
「どうやってビッグデスマン倒したん?」
「オルガンの香油を使ったんだよ」
「……香油?」
オルガンを見る。
「お前、香水つけてんの?」
「香油だ」
「何が違うん?」
「違う」
「説明になってへん」
メルが。
少しだけ間を置いた。
「……いい匂いだよ」
「……ほんま?」
「うん」
「すごく強いけど」
「メル」
オルガンが低い声を出した。
「なに?」
「余計なことは言わなくていい」
「でも強いよ?」
「いい匂いだ」
「猫族とか、かなり苦手だと思う」
「……」
オルガンが黙った。
「なんや?」
「なんでもない」
「絶対なんかあるやん」
「ない」
その横で。
マシューが。
にやっと笑った。
「……」
なんや。
あいつ。
「マシュー」
「ん?」
「なんか知ってる?」
「さあ?」
「その顔で?」
「どんな顔?」
「悪い顔」
「失礼だなぁ」
絶対なんかある。
まあええか。
「アキラは?」
メルが聞く。
「ん?」
「私達がいない間、何してたの?」
「俺?」
「うん」
「工房の仕事」
「うん」
「短剣振ってた」
「うん」
「親方の仕事見てた」
「うん」
「ビッグデスマンの爪砕いてた」
「うん」
「大トカゲ真っ二つにした」
「……」
メルが止まった。
「大トカゲ?」
「そう」
「真っ二つ?」
「そう」
「アキラが?」
「そう」
「凄い!」
「まあな」
肉を一口。
「胃も真っ二つにしたけど」
「……胃?」
「胃液取りに行ったのに」
「……」
「切った」
「なんで?」
「俺も聞きたい」
マシューが吹き出した。
「それで、もう一匹探したの?」
「そう」
「一匹目は?」
「素材になった」
「胃以外はな」
親方が言う。
「そこ強調せんでもええやん!」
「事実だ」
「最終的に胃液取れたんやからええやろ」
「最初から取れりゃ一匹で済んだ」
「……ごもっともです」
ガイアスが静かに肉を食べている。
オルガンも。
マシューはまだ笑っている。
「でも」
メルが言った。
「さっきのアキラ、凄かったよ」
「……まあ」
「ちゃんと見てたから」
「ちょっとだけな」
「またそれ」
「ええやろ」
メルが笑った。
なんとなく。
俺も笑う。
◇
料理が減って。
みんなの腹も。
少し落ち着いてきた頃。
「メル」
「なに?」
マシューが小さく呼んだ。
俺は、ちょうどグランのおっちゃんと話していた。
「アキラ君、その大トカゲの素材ですが――」
「うん」
だから。
二人の声は。
俺には聞こえなかった。
「ねえ」
マシューが少しだけ身を寄せる。
「返事、するの?」
「……え?」
「首輪……っていうか、ネックレス」
「っ!」
メルの耳が。
一瞬で立った。
手が。
反射みたいに首元へ伸びる。
「な、何の話?」
「分かってるくせに」
「分かってない!」
「へぇ」
マシューが笑う。
「じゃあいいけど」
「……」
マシューが。
ちらっと。
俺の方を見る。
「たぶん、本人は何にも分かってないよね」
「……うん」
「しかも、返してって言われたんでしょ?」
「物を返してって言われたの!」
「メルはそう思ってるんだ?」
「そうなの!」
「へぇ」
「その顔やめて!」
「どんな顔?」
「にやにやしてる!」
「気のせいじゃない?」
「絶対違う!」
「声大きいよ」
「……!」
メルが慌てて口を押さえた。
「どうした?」
俺が振り返る。
「な、なんでもない!」
「そう?」
「うん!」
メルがものすごい勢いで頷く。
尻尾が。
さっきから落ち着きなく動いている。
「変なの」
「アキラに言われたくない!」
「なんで!?」
マシューが横で。
楽しそうに笑っていた。
◇
「よく食いますね」
グランのおっちゃんが言う。
「今日は動いたからなぁ」
「私もいっぱい歩いたよ」
「メルも食え食え」
「うん!」
「お前は人の心配する前に食え」
親方が言う。
「食ってるやん」
「口ばっかり動いてる」
「会話や」
「飯食え」
「はいはい」
「返事は一回でいい」
「はい!」
また。
笑い声が出る。
最初に会った時。
ガイアス達とは。
こんなふうに飯を食うなんて思ってなかった。
親方とも。
グランのおっちゃんとも。
メルとも。
そもそも。
この世界に来た時は。
何も知らんかった。
金もない。
仕事もない。
泊まる場所すら知らん。
そんな俺が。
今は。
みんなと同じテーブルで飯を食ってる。
「……」
「アキラ?」
メルがこっちを見る。
「なに?」
「いや」
一息つく。
腹いっぱい。
身体も。
風呂に入って少し楽になった。
メル達も。
無事に帰ってきた。
仕事も。
まだ途中やけど。
前には進んでる。
「……まあ」
「?」
「なんとかなってるなぁと思って」
「急にどうしたの?」
「なんとなく」
「変なの」
「今日何回言われんねん」
メルが笑う。
俺も笑った。
また明日から、親方と試す。
爪を柔らかくして。
毛皮と合わせて。
失敗したら。
また試す。
ここからが本番らしい。
でも、今日はもうええやろ。
無事に帰ってきて。
風呂に入って。
腹いっぱい飯を食って。
くだらん話して。
笑う。
「……ええ一日やったな」
「ん?」
「なんでもない」
俺は。
残っていた肉を。
もう一つ取った。
32話までお読みいただきありがとうございます。
ここで少しだけ更新をお休みします。
次回の更新は、10月25日頃から再開する予定です。
書くのを休むというより、少し先のお話を書いたり、今後の流れを整理したりする時間にしようと思っています。
ここまでのお話が、誰かのちょっとした暇つぶしになれていたなら幸いです。
また再開しましたら、アキラ達にお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは、また。




