疲れたなら、休めばいい
工房を出て。
俺達は、そのまま風呂へ向かった。
「……久しぶりな気がするな」
「そう?」
隣を歩くメルが首を傾げる。
「いや、そんな経ってへんのやけどな」
前に来た時とは。
なんか違う。
あの時は。
風呂があることすら知らなかった。
混浴なのも。
入浴着を着るのも。
何も知らなかった。
今回は。
知ってる。
……知ってるからこそ。
「……」
脱衣所。
目の前に置かれた入浴着を見る。
やっぱり。
これか。
「どうした?」
隣でガイアスが聞く。
「いや」
手に取る。
男用の。
相変わらず布面積の少ない入浴着。
「やっぱりこれ、ちょっと抵抗あんねん」
「まだ言ってるのか」
「だって際どいやん」
「何がだ」
「全部や」
「意味が分からん」
ガイアスは何の迷いもなく自分の分を取った。
オルガンも。
マシューも。
普通に取る。
「……」
「アキラ?」
マシューがこっちを見る。
「なに?」
「着ないの?」
「着る」
「なら何してるの?」
「覚悟してる」
「風呂入るだけだよ?」
「俺にとっては必要なんや」
とはいえ。
今回はちゃんと履く。
前みたいに知らんかったわけじゃない。
この街では。
これが普通。
だったら。
合わせる。
「……よし」
「何がよしなんだ?」
オルガンが聞く。
「気持ちの問題や」
「面倒な奴だな」
「ほっといて」
◇
身体を流して。
湯船へ向かう。
「あぁぁぁぁ……」
肩まで浸かった瞬間。
声が漏れた。
「これや……」
身体中から。
力が抜けていく。
短剣を振って。
大トカゲと戦って。
担いで帰って。
その後はビッグデスマンの解体。
自分で思ってたより。
身体が疲れていたらしい。
「アキラ、おじさんみたい」
少し離れたところでメルが笑った。
「こういう声は勝手に出んねん」
「そうなの?」
「出る」
「僕は出ないけどなぁ」
マシューが言う。
「まだ若いからや」
「僕、二十八だよ?」
「……」
「アキラ?」
「いや」
俺。
前世なら四十一やったな。
今の身体が若いから。
最近ちょっと忘れそうになる。
「なんでもない」
「変なの」
メルが笑った。
その横では。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
三人とも湯に浸かっている。
「……」
なんとなく。
目が止まった。
ガイアスは。
前にも見た。
でかい。
とにかく身体が厚い。
肩も。
腕も。
胸も。
それに。
あちこちに傷がある。
剣の傷。
爪みたいな傷。
何でついたのか分からない傷。
前に見た時も思った。
戦ってきた身体。
そういう感じがする。
けど。
今日はそれだけじゃなかった。
肩の盛り上がり方。
腕の太さ。
背中の広がり。
ただ鍛えている、というだけではない。
ガイアスが使う剣と盾を思い浮かべる。
剣を振る。
盾で受ける。
前に立つ。
それを続けるには。
この身体が必要になる。
戦い方に合わせて。
身体の形まで変わっているように見えた。
「……」
「なんだ」
ガイアスがこっちを見る。
「いや」
「また見ているのか」
「今回はちゃんと理由あるから」
「前回はなかったのか」
「……」
「なかったんだな」
「細かいなぁ」
でも。
気になった。
ガイアスの身体を見て。
次に。
オルガンを見る。
「……」
「今度は俺か」
「ちょっと見せて」
「嫌だ」
「減るもんちゃうやん」
「そういう問題じゃない」
ガイアスとは違う。
オルガンは細い。
いや。
細いっていうより。
長い。
腕も。
脚も。
身体全体が。
でも。
ただ細いわけじゃない。
肩。
背中。
腰。
余計な肉がなくて。
必要なところだけが締まっている。
槍。
あの長い武器を振る。
突く。
止める。
そのための身体。
そう考えると。
細長い身体つきにも理由がある気がした。
槍は長い。
振り回すには。
余計な重さが邪魔になる。
けれど。
突きを止めるには。
芯の強さがいる。
オルガンの身体は。
その両方を持っている。
軽く。
速く。
それでいて。
踏み込んだ瞬間には揺らがない。
……なんとなく。
そんな感じがする。
「マシュー」
「嫌な予感するなぁ」
「ちょっと立って」
「なんで?」
「ええから」
「絶対嫌だよ」
「なんでや!」
でも。
マシューも。
ガイアスやオルガンとは全然違う。
小柄。
細い。
ぱっと見なら。
三人の中で一番弱そうに見える。
けれど。
肩から背中。
そこだけは。
思っていたよりずっとしっかりしている。
腕も。
見た目ほど細くない。
弓を引く時の姿を思い出す。
身体を大きく動かすわけじゃない。
同じ姿勢で。
何度も弦を引き。
狙いを定め。
放つ。
その繰り返しに耐えるための身体。
「……弓か」
「え?」
「いや」
弦を引く。
何度も。
何度も。
同じ動きをする。
だから。
そこに必要な筋肉がついてる。
武器が違えば。
使う場所も違う。
戦い方が違えば。
身体の形も違う。
そんな当たり前のことが。
今になって。
妙に目についた。
「……」
なんや。
これ。
前なら。
でかい。
細い。
小さい。
それくらいしか思わんかった気がする。
でも今は。
見てると。
なんとなく分かる。
何をしてきた身体なのか。
いや。
何をしてきたから。
こういう身体になったのか。
身体が先にあったんじゃない。
使い続けた結果として。
その人間に合った形へ。
少しずつ変わっていった。
そんなふうに見えた。
「アキラ」
「ん?」
メルが俺を見る。
「またずっと見てる」
「いや、ちゃうねん」
「何が?」
「今回はほんまに理由あるねん」
「どんな?」
「それがまだ分からん」
「……?」
メルが首を傾げた。
「やっぱり変」
「自分でもちょっと思う」
その時。
浴場の扉が開いた。
「……なんだ。まだいたのか」
「親方?」
湯気の向こうから。
親方が入ってきた。
「仕事は?」
「一区切りついた」
「珍しいな」
「何がだ」
「親方が自分から休むの」
「俺だって風呂くらい入る」
「そらそうか」
そう言いながら。
親方が近づいてくる。
「……」
思わず。
また見た。
「なんだ」
「いや」
服を着てる時から。
でかいとは思ってた。
でも。
脱ぐと。
全然違う。
ガイアスみたいな。
分かりやすい戦士の身体とも違う。
肩。
太い。
腕。
もっと太い。
特に。
肘から先。
前腕が。
異様に厚い。
手も大きい。
指まで太い。
胸。
背中。
腰。
どこも。
肉が詰まっている。
丸いわけじゃない。
ただ大きいわけでもない。
硬そう。
というより。
密度が高い。
そんな感じ。
親方が槌を握る手を思い出す。
鉄を打つ。
持ち上げる。
支える。
何度も振り下ろす。
その動きを。
何年も繰り返してきた手。
腕。
肩。
背中。
身体のあちこちが。
槌を振るための形になっている。
ガイアスは戦うため。
オルガンは槍を扱うため。
マシューは弓を引くため。
そして親方は。
鍛冶をするため。
それぞれの生活と役割が。
身体に刻まれている。
「……親方」
「なんだ」
「すごいな」
「何がだ」
「身体」
「殴るぞ」
「なんで!?」
「気持ち悪ぃ」
「ちゃうねん!」
親方が湯船へ入る。
その時。
背中が見えた。
「……」
傷。
ある。
ガイアスほどじゃない。
でも。
確かに。
いくつもある。
それとは別に。
肩。
背中。
腕。
筋肉の付き方が。
なんか違う。
戦ったからだけじゃない。
毎日。
槌を振って。
鉄を持って。
重い物を運んで。
叩いて。
支えて。
また振る。
それを。
何年も。
何年も。
繰り返した身体。
「……」
槌を振る。
足から。
腰。
背中。
肩。
腕。
最後に。
手。
――短剣。
「……ん?」
頭の中で。
何かが。
小さく噛み合った。
俺も。
短剣を振っている。
大剣でも。
槍でも。
弓でも。
槌でもない。
短く。
軽く。
手首と指先を使う武器。
なら。
俺の身体も。
いつかは。
短剣を使うための形に変わっていくのか。
そう考えた瞬間。
今まで見てきたものが。
一本の線でつながった。
ガイアスの身体は。
剣と盾を扱うために。
オルガンの身体は。
槍を扱うために。
マシューの身体は。
弓を引くために。
親方の身体は。
槌を振るために。
それぞれが。
自分の使うものに合わせて。
変わっている。
いや。
変わったというより。
使い続けた結果。
必要な部分が残り。
必要な部分が強くなった。
身体が。
環境に合わせて。
形を変えている。
「……」
短剣を初めて握った時。
あれは。
俺に合っていた。
《適当》
《適合》
でも。
今、頭に浮かんだのは。
それとは違う。
短剣が俺に合うんじゃない。
俺の身体が。
短剣を使うことに合わせて変わっていく。
《適当》
《適応》
「……」
今。
出た。
「どうした?」
親方が聞く。
「いや……」
親方の身体を見る。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
もう一度。
順番に見る。
何に。
反応した?
いや。
そこまでは。
なんとなく分かる。
身体だ。
身体が。
使うものに合わせて変わる。
でも。
分からないのは。
《適応》が。
俺にどう働くのか。
普通に繰り返して。
少しずつ身体が変わっていくだけなのか。
それとも。
《適当》が。
そこにも何か関わるのか。
そこまでは。
まだ分からない。
「アキラ?」
メルが呼ぶ。
「ん?」
「難しい顔してる」
「そう?」
「うん」
「……なんか」
自分の腕を見る。
握る。
開く。
短剣を握った時の感覚を思い出す。
まだ。
何も変わっていない。
けれど。
変わり始めているのかもしれない。
「分かりそうで、分からん」
「何が?」
「《適応》が、俺にどう働くのか」
「もっと分からないよ」
「俺もや」
メルが困ったように笑った。
「なら今はいいんじゃない?」
「え?」
「分からないなら、あとで分かればいいよ」
「……」
それ。
俺が言いそうなやつやな。
「そうやな」
肩まで湯に浸かる。
「まあ、なんとかなるか」
「うん」
何に反応したのかは。
たぶん分かった。
でも。
《適応》が。
俺に何をするのか。
それはまだ。
分からない。
なら。
今はそれでいい。
◇
「……それにしても」
俺はガイアスを見る。
「やっぱり肩赤いやん」
「問題ない」
「問題あるやろ」
「ない」
「ビッグデスマンずっと背負ってたもんな」
「問題ない」
「それしか言わんな」
マシューが笑う。
「途中から返事するまで時間かかってたよ」
「マシュー」
「なに?」
「黙れ」
「はーい」
オルガンが小さく笑う。
「お前も人のこと言えんだろ」
「何がだ」
「大トカゲ」
「半分だ」
「重かった?」
メルが聞く。
「……」
「オルガン?」
「重くない」
「やっぱり言うんや」
「何がだ」
「ガイアスと一緒」
「一緒にするな」
「俺は普通に重かったって言ったで」
「お前は少しは強がれ」
「なんでやねん」
メルが笑う。
マシューも笑う。
ガイアスは。
少しだけ。
口元が動いた気がした。
「……笑った?」
「笑ってない」
「今笑ったやろ」
「笑ってない」
「絶対――」
「アキラ」
親方が低い声で呼ぶ。
「はい」
「風呂くらい黙って入れ」
「はい」
「返事は一回でいい」
「一回や!」
湯気の中に。
また笑い声が広がった。
◇
しばらく。
誰も。
何も言わなかった。
湯の音だけ。
聞こえる。
身体が。
少しずつ。
軽くなっていく。
「……メル」
「なに?」
「無事に帰ってきてよかったわ」
「……」
メルがこっちを見る。
「アキラもね」
「俺?」
「うん」
「俺は街におったやん」
「大トカゲと戦ってた」
「……まあ」
「危ないよ」
「それ言ったらメルもやろ」
「私はみんな一緒だったよ」
「俺も親方おったし」
「じゃあ一緒だね」
「……そうやな」
メルが笑う。
尻尾が。
湯の中で。
ゆっくり揺れた。
無事に帰ってきた。
それだけで。
今は。
十分や。
◇
風呂から出る。
外の空気が。
気持ちいい。
「生き返った……」
「また言ってる」
メルが笑う。
「いや、今日はほんまに生き返った」
「さっきも生きてただろ」
ガイアスが言う。
「そういう意味ちゃうねん」
「腹減ったなぁ」
マシューが伸びをする。
「お」
俺も。
その言葉を聞いた瞬間。
腹が鳴った。
ぐぅ。
「……」
メルがこっちを見る。
「聞こえた?」
「うん」
「忘れて」
「無理」
「即答やめて」
「ふふっ」
オルガンが歩き出す。
「飯にするんだろ」
「する!」
メルの尻尾が立つ。
「じゃあ行こうか」
マシューも続く。
ガイアスも。
親方も。
その後を歩き出す。
「親方も来るん?」
「悪いか」
「いや」
ちょっとだけ。
嬉しい。
「今日はみんなで食おうや」
「勝手に決めるな」
「来るんやろ?」
「……行く」
「ほら」
「うるせぇ」
風呂に入った。
疲れも。
少し取れた。
なら。
次は。
「飯やな」
「うん!」
今度は。
みんなで。
ゆっくり話せばいい。




