戻ったなら、やることをやればいい
「うおおおおおおお!!」
茂みを抜ける。
目の前に。
四人。
「……え?」
一番最初に目に入ったのは。
犬耳。
「メル!?」
「アキラ!?」
おった。
メルや。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
全員おる。
「無事やったんやな!」
「うん!」
メルの尻尾が大きく揺れる。
良かった。
ほんまに。
「アキラ!」
「ん?」
「後ろ!」
「あ」
忘れてた。
ドドドドドッ!
地面を蹴る音が近づいてくる。
「そうやった!」
「何してんだ!」
後ろから親方の声が飛ぶ。
「メルがおったから!」
「だからって止まるな!」
「はい!」
走る。
その時。
「アキラ」
「なんや!」
「止まれ」
「……は?」
思わず振り返る。
「さっき走れ言うたやん!」
「状況が変わった」
「状況?」
親方は俺ではなく。
その先を見ていた。
地面には。
見たこともないほど大きな魔物。
「……なんや、あれ」
「ビッグデスマンだよ!」
メルが答える。
「それ!?」
でかい。
俺の腕くらいある爪どころの話ちゃう。
身体そのものがでかい。
しかも。
首がない。
「倒したん?」
「うん!」
「……すご」
その横で。
ガイアスが剣へ手をかける。
オルガンも槍を構えた。
マシューは弓を持っている。
親方が一度だけ全員を見る。
それから。
「マシュー」
「なに?」
「弓使えるな」
「もちろん」
「右の前脚を狙え」
マシューが後ろを見る。
追ってきている大トカゲ。
茂みの奥で、枝が次々に折れていく。
ズズンッ。
地面が沈み、低い唸り声が響いた。
姿が見える前から。
喉の奥がひゅっと狭くなる。
「動きを止めればいい?」
「ああ」
「分かった」
早い。
何の相談もしていない。
親方も。
マシューも。
俺だけが。
何をすればいいのか分からず、短剣の柄を握り直していた。
「アキラ」
「なんや」
「それを預けろ」
抱えていた容器を見る。
大トカゲの胃液。
「メル」
「うん」
「これ頼む」
「分かった」
メルに容器を渡す。
指先が少し震えていた。
短剣を抜く。
「アキラ」
「うん」
「一匹仕留めたな」
「……一匹だけな」
「なら次だ」
親方が後ろを見る。
「お前がやれ」
「……分かった」
今度は。
逃げるんじゃない。
俺も戦う。
大トカゲが茂みを突き破った。
バキバキバキッ!
太い枝がへし折れ、葉と土が舞い上がる。
その奥から。
巨大な頭。
濁った目。
裂けた口。
何本もの牙。
「っ……!」
身体が勝手に後ずさる。
近い。
思っていたより、ずっと近い。
マシューが弓を引く。
弦が鳴る。
ヒュッ!
矢が飛んだ。
大トカゲの右前脚へ突き刺さる。
「ギャアアアアアッ!」
咆哮が響く。
大きな身体が傾いた。
それでも。
止まらない。
傷ついた脚を引きずりながら、こっちへ向かってくる。
ドンッ。
一歩踏み出すたび、地面が揺れる。
逃げるべきか。
横へ回るべきか。
足を狙うか。
頭を狙うか。
考えが一気に膨らんで。
逆に何も決められない。
「アキラ!」
親方の声が飛んだ。
「迷うな! 相手を見ろ!」
大トカゲの頭がこちらを向く。
目が合った。
背中を冷たい汗が流れる。
次に来る。
そう思った瞬間。
大トカゲが頭を下げた。
口が開く。
「っ!」
横へ飛ぶ。
ガチンッ!
牙が目の前で噛み合った。
あと一瞬遅れていたら。
噛まれていた。
着地した足が滑る。
土に手をつき、転がりながら距離を取った。
怖い。
今のは。
本当に危なかった。
それでも。
立つ。
大トカゲが身体を回す。
速い。
正面に立ったら、また噛まれる。
迷った一瞬。
大トカゲの尾が薙ぎ払われた。
ブォンッ!
「うわっ!」
身を低くする。
頭上を尾が通り過ぎ、背後の木に叩きつけられた。
ドゴンッ!
幹が大きく揺れる。
まともに受けたら。
ただでは済まない。
大トカゲの右前脚が沈んだ。
一瞬。
体勢が崩れる。
矢の刺さった脚に、体重がかかった。
頭が下がっている。
今なら。
でも。
近づけば、また噛みつかれる。
行くのか。
行かないのか。
「今!」
メルの声。
走る。
一歩。
二歩。
大トカゲがこちらに気づき、頭を持ち上げる。
間に合わない。
そう思った。
それでも。
足を止めない。
踏み込む。
地面を蹴った。
身体が浮く。
目の前に。
大トカゲの頭。
口が開きかけている。
短剣を両手で握る。
逆手。
頭の中心。
そのまま。
脳天へ。
「――っ!」
ドッ――!
刃が深く突き刺さった。
硬いものを割った感触が、腕へ伝わる。
大トカゲの身体が激しく揺れる。
「ギャ……ア……」
声が途切れた。
短剣から手を離す。
そのまま地面へ転がった。
痛い。
でも。
まだ動くかもしれない。
すぐに起き上がる。
大トカゲが。
一歩。
二歩。
ふらついて。
ドサッ。
倒れた。
土煙が上がる。
「……」
動かない。
まだ起きるんじゃないか。
しばらく。
そのまま見ていた。
「終わったよ」
マシューが弓を下ろす。
「……倒した」
声が少し震えていた。
大トカゲを見る。
頭には。
俺の短剣が刺さったまま。
怖かった。
手も震えている。
それでも。
立っている。
「アキラ!」
声に振り向く。
メルがこっちへ走ってくる。
手には。
胃液の入った容器。
「アキラ、凄い」
「……」
なんか。
その一言だけで。
ここ数日。
何度も短剣を振ったことが。
少しだけ報われた気がした。
「まあ」
倒れた大トカゲを見る。
「ちょっとだけな」
「うん!」
メルの尻尾が大きく揺れた。
「よし」
親方が大トカゲへ近づく。
「いいから解体するぞ」
「……早ない?」
「何がだ」
「今ちょうど褒められてたとこやん」
「聞こえてた」
「なら、もうちょっと余韻とか」
「腹が傷む」
「現実的やな!」
「手ぇ動かせ」
「はい」
やっぱり。
この人はこの人や。
◇
大トカゲは。
その場で持ち運べるよう、最低限の処理をすることになった。
「そこから刃を入れろ」
「ここ?」
「ああ。浅くな」
「分かった」
「胃は傷つけんなよ」
「もう胃液あるやん」
「素材として使えるだろうが」
「……なるほど」
「使えるもんを捨てるな」
「はい」
親方に言われた通り。
刃を入れる。
血を抜き。
持ち運べるように処理する。
その横には。
メル達が持ち帰ってきたビッグデスマン。
「なあ、ガイアス」
「なんだ」
「ほんまにこれ、持って帰ってきたん?」
「ああ」
「誰が?」
「俺だ」
「……一人で?」
「ああ」
ビッグデスマンを見る。
ガイアスを見る。
もう一回。
ビッグデスマンを見る。
「……なんで持てるん?」
「問題ない」
「まだ大丈夫か聞いてへんけど」
「問題ない」
マシューが笑う。
「帰りは少し遅かったけどね」
「マシュー」
「なに?」
「黙れ」
「はいはい」
メルも笑っている。
良かった。
ほんまに。
帰ってきた。
全員。
「アキラ」
「ん?」
「手ぇ止まってるぞ」
「……はい」
◇
処理が終わる。
親方が立ち上がった。
「帰るぞ」
「おう」
親方が全員を見る。
「ガイアス」
「なんだ」
「ビッグデスマンはお前だ」
「分かった」
ガイアスが屈み。
大きな身体を背負う。
「オルガン」
「なんだ」
「大トカゲ、半分持て」
「半分?」
「ああ」
親方が今度は俺を見る。
「アキラ」
「はい」
「お前は胃液と残り半分だ」
「……え?」
「聞こえなかったか」
「いや、聞こえた」
胃液の入った容器を見る。
それから。
大トカゲを見る。
「俺もこれ持つん?」
「ああ」
「さっき戦ったばっかりやで?」
「だからなんだ」
「ちょっと疲れてるとか」
「ちょうどいい」
「何が!?」
「体力もつけろ」
「やっぱり修行入ってるやん!」
「手ぇ動かせ」
「はい!」
胃液の容器を落とさないように荷物へ固定する。
それから。
オルガンと二人で、大トカゲを分けて担ぐ。
「……重っ」
「行くぞ」
「ちょっと待って!」
「待たん」
「親方!」
親方はもう歩き始めている。
隣を見る。
ガイアスは。
ビッグデスマンを丸ごと背負っていた。
「……」
「なんだ」
「いや」
あれ見たあとやと。
重いって言いづらい。
◇
それからは。
何事もなかった。
大トカゲも出てこない。
魔物にも会わない。
ただ。
来る時より。
明らかに歩くのが遅い。
「アキラ」
「ん?」
「大丈夫?」
メルが横から覗き込む。
「大丈夫……やと思う」
「重い?」
「重い」
「素直だね」
「ガイアス見てみ」
少し前を歩く。
巨大なビッグデスマン。
「……」
「な?」
「うん」
「あれ見たあと強がっても意味ないやろ」
「聞こえてるぞ」
ガイアスが前を向いたまま言った。
「別に悪口ちゃうやん!」
マシューが笑う。
オルガンも。
大トカゲを担いだまま歩いている。
「オルガンは?」
「なんだ」
「重い?」
「重くない」
「……」
「なんだ」
「いや」
こっちは強がるんやな。
「男の人って、みんなそうなの?」
メルが聞く。
「俺に聞かんといて」
「アキラは重いって言ったよ?」
「俺は正直者やからな」
「そうなの?」
「そこ疑う?」
メルが笑う。
しばらくして。
街の門が見えた。
「戻ってきた……」
メルが小さく言った。
「……おかえり」
「え?」
「いや」
なんとなく。
言いたくなった。
「おかえり、メル」
メルが少しだけ目を丸くする。
それから。
「……うん」
笑った。
「ただいま、アキラ」
尻尾が。
ゆっくり揺れた。
◇
街へ入り。
そのまま工房へ向かう。
「そこへ置け」
親方の指示で。
ガイアスがビッグデスマンを下ろす。
ズンッ。
床が少し揺れた気がした。
「ふぅ……」
オルガンと二人で。
大トカゲも下ろす。
「重かった……」
「お前は素直だな」
「重いもんは重いやろ」
胃液の容器も作業台へ置く。
「親方」
「なんだ」
「全部揃ったな」
「ああ」
ビッグデスマン。
大トカゲ。
胃液。
試すための素材が。
全部ここにある。
親方が。
一度だけ。
全員を見る。
「ご苦労だった」
「……」
なんか。
親方からそういう言葉が出ると。
ちょっとだけ変な感じがする。
「なんだ」
「いや」
「なら次だ」
「早っ!」
「ガイアス」
「なんだ」
「まずグランに報告しろ」
「ああ」
「その後、ギルドだ」
「分かった」
「依頼の報告と必要な手続きを済ませてこい」
親方がオルガンを見る。
「大トカゲも使わない分は売ってこい」
「分かった」
「マシュー」
「うん」
「二人についてけ」
「了解」
「メル」
「うん!」
「お前もだ」
「分かった!」
「終わったら戻ってこい」
「うん!」
全員に指示を出して。
最後に。
親方が俺を見る。
「アキラ」
「……俺もあるんやな」
「ああ」
「何?」
親方が。
床に置かれたビッグデスマンを指さす。
「解体」
「……これ?」
「ああ」
「俺が?」
「俺が教える」
「今から?」
「今だ」
「休憩は?」
「終わってからだ」
「ですよね」
メルが笑う。
「アキラ、頑張って」
「メルもな」
「うん!」
「じゃあ」
メルが手を振る。
「また後で」
「おう」
今度は。
心配しなくていい。
どこへ行くのかも。
何をしに行くのかも分かっている。
四人が工房を出ていく。
親方が俺に刃物を渡した。
「まず毛皮だ」
「爪ちゃうん?」
「順番がある」
「なるほど」
「傷つけんなよ」
「いきなり難易度高ない?」
「メル達が持って帰ってきた素材だ」
「……」
ビッグデスマンを見る。
傷の少ない毛皮。
太い爪。
これを。
メル達が持って帰ってきた。
「……分かった」
刃物を握る。
「ちゃんとやるわ」
「なら見ろ」
「うん」
「ここからだ」
親方の手を見る。
刃の入れ方。
角度。
深さ。
また。
知らないことを覚える。
◇
それから。
しばらく経って。
「ただいまー」
工房の入口から声がした。
メル。
その後ろに。
ガイアス。
オルガン。
マシュー。
「終わった?」
「うん!」
「こっちも今終わったとこ」
振り返る。
ビッグデスマンは。
毛皮。
爪。
その他の素材。
使える部分ごとに分けられていた。
「これ」
メルが近づく。
「さっきのビッグデスマン?」
「そう」
「……こんなふうになるんだ」
「俺も初めて見た」
「お前がやったんだろうが」
親方が言う。
「教えてもらいながらやん!」
「やったことには変わらねぇ」
「それはそうやけど」
気づけば。
外はもう。
少し暗くなり始めていた。
メル達も。
俺も。
親方も。
服は汚れてる。
土。
血。
汗。
「……なあ」
「なに?」
メルが見る。
「風呂行かへん?」
「行く!」
返事。
早っ。
「僕も行こうかな」
マシューが言う。
「俺も行く」
オルガンも続く。
ガイアスは。
少し考えて。
「行く」
「……」
思い出した。
「ガイアス」
「なんだ」
「今日はちゃんと入浴着履いてな」
「それはお前だ」
「……そうやった」
メルが笑う。
マシューも笑う。
オルガンまで。
少しだけ口元が緩んでいる。
親方がため息をついた。
「行くなら行ってこい」
「親方は?」
「俺は仕事だ」
「今日くらい休んだら?」
「余計なお世話だ」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
「はい!」
俺達は。
工房を出た。
まずは。
風呂や。




