使えるなら、使えばいい
メル達が街を出て、四日目。
まだ、帰ってきていない。
グランのおっちゃんは、遅ければ四、五日って言ってた。
だから別に、遅れてるわけじゃない。
分かってる。
……分かってるんやけど。
「手ぇ止まってるぞ」
「ん?」
顔を上げると、親方が作業台の向こうからこっちを見ていた。
「考え事か」
「まあ、ちょっと」
「なら手ぇ動かしながら考えろ」
「無茶言うなぁ」
「できるだろ」
「できるけど」
「ならやれ」
「はい」
作業台を見る。
そこには、細かく砕いたビッグデスマンの爪と、親方が前から持っていた毛皮の一部。
ここ数日、工房の仕事と短剣の練習の合間に、俺と親方は何度もこれを試していた。
爪を砕く。
大きさを変える。
細かくして、毛と合わせる。
でも、うまくいかない。
「……やっぱりあかんな」
「ああ」
細かくした爪を毛に混ぜても、ただそこに爪の粉が入っただけ。
しばらく触っていれば、ぽろぽろと落ちてくる。
少し大きめに残せば、今度は硬い欠片が邪魔になる。
「熱は?」
「昨日やっただろ」
「そうでした」
爪がどうにかなる前に、毛の方が先に傷んだ。
親方が砕いた爪を指で摘まむ。
「硬さは残したい」
「うん」
「でも、このままじゃ毛とは馴染まねぇ」
「うん」
「細かくしすぎりゃ、今度は爪を使う意味が薄くなる」
「難しいなぁ」
「だから試してんだろ」
「それもそうやな」
爪を見る。
硬い。
毛を見る。
柔らかい。
そのままじゃ、どう考えても合わない。
ふと、炉を見る。
ここ数日、親方が鉄を加工するところを何度も見てきた。
硬い鉄も、そのまま無理やり形を変えているわけじゃない。
火に入れて、加工しやすい状態にしてから形を変える。
「なあ、親方」
「なんだ」
「爪の方、柔らかくできへんの?」
「……」
「火で、って意味ちゃうで」
「分かってる」
「硬いまま毛に混ぜるんやなくてさ」
爪を摘まむ。
「一回、加工しやすい状態にして」
今度は毛を見る。
「それから毛に馴染ませる」
「……」
「ほんで、最後にまた固めるとか」
できるのかは分からん。
鉄と爪は違うし、同じ方法が使えるわけでもない。
でも、硬いまま合わせるから合わない。
だったら一度、合わせられる状態に変えればいい。
その考えが、頭の中でカチリと音を立てた。
《適当》
《適用》
「……」
「どうした」
「出た」
「何がだ」
「いや、こっちの話」
「気持ち悪ぃな」
「ひどない?」
でも、分かった。
今まで覚えたことが、別のところでも使える。
鉄と爪は違う。
同じやり方が使えるわけじゃない。
それでも、加工しやすい状態にしてから形を変える。
その考え方なら使える。
「親方」
「なんだ」
「これ、方向は合ってる気がする」
「……そうか」
「なんか方法ある?」
「ある」
「あるん!?」
「うるせぇ」
「いや、あるなら先に言ってや!」
「まず考えろ」
「そういう方針なん!?」
「今決めた」
「絶対嘘やろ!」
親方が作業台の爪を見る。
「爪や角を柔らかくする時に使う処理液がある」
「処理液?」
「ああ」
「それ使えばええやん」
「売り物は、使い道に合わせて濃さが決まってる」
「今回はそれじゃあかん?」
「爪をどこまで柔らかくすりゃ毛と馴染むか、まだ分からねぇ」
「……なるほど」
「柔らかくしすぎりゃ、硬さが死ぬかもしれん」
「足りんかったら?」
「今と変わらねぇ」
「結局、濃さから試すんか」
「そういうことだ」
また試す。
やっぱり、そこは変わらんらしい。
「で、その処理液って何から作るん?」
「大トカゲの胃液だ」
「……」
「なんだ」
「今、大トカゲって言った?」
「ああ」
聞き覚えがありすぎる。
「……あいつ?」
「どいつだ」
「昔、俺追いかけ回したやつ」
「知らん」
「そらそうやけど」
嫌な思い出が蘇る。
目覚めて、訳も分からんまま歩いて。
大トカゲに追われて、必死で逃げて。
その先で、メル達と会った。
「その胃液も売ってへんの?」
「売ってる」
「ほな、それ買えば――」
「狩りに行くぞ」
親方は即答した。
「最後まで言わせろや!」
「売ってるやつは、保存しやすいように手が入ってる」
「手が入ってる?」
「薄めたり、傷まねぇように処理されてる。普通に使う分にはそれでいい」
「今回は?」
「濃さから試す。なら、採ったままの方が都合がいい」
「……なるほど」
それなら確かに、買ってくるより自分達で採った方がいい。
「それに」
「まだあるん?」
「お前」
「はい」
「短剣、何日振った」
「……三日?」
「実物相手に振ったか」
「……振ってません」
「なら、ちょうどいい」
「ちょうどよくない気がするんやけど」
「準備しろ」
「もう決定なん!?」
「当たり前だ」
「それ好きやな!」
◇
少しして。
俺は工房の外で親方を待っていた。
腰には短剣。
水と簡単な食べ物、それから大トカゲの胃液を入れるための容器。
「親方遅いな」
何を準備してるんやろ。
そんなことを考えていると、工房の奥から親方が出てきた。
「……」
思わず黙った。
「なんだ」
「それ」
「大槌だ」
「そのままやん」
「何がだ」
親方が肩に担いでいるのは、いつも工房で使っている槌とは違う。
柄が長く、頭もでかい。
鉄の塊みたいな、見るからに重そうな大槌。
「それ武器?」
「見りゃ分かるだろ」
「親方が持つと仕事道具にしか見えへん」
「殴るぞ」
「それで言われたら洒落ならん!」
親方が歩き出す。
「行くぞ」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
「……そこ拾うんやな」
俺も親方の後を追った。
◇
街を出て、しばらく歩いた。
大トカゲは街からそれほど遠くない場所にもいるらしい。
岩が多く、草が少ない。
日当たりのいい場所を好むそうだ。
「そこ」
親方が止まった。
「おる?」
「ああ」
少し離れた岩陰で何かが動いた。
長い尾。
低い身体。
太い脚。
「……おるな」
「一匹だ」
「どうする?」
親方が大槌を肩から下ろす。
「俺が前に出る」
「俺は?」
「後ろにいろ」
「見てるだけ?」
「隙ができたら入れ」
「……実戦やん」
「何しに来た」
「胃液取りに来た」
「それだけじゃねぇ」
「ですよね」
親方が前へ出る。
俺も短剣を抜いた。
大トカゲがこちらに気づき、頭を上げる。
口が開いた。
「来るぞ」
「はい!」
大トカゲが地面を蹴った。
速い。
「ちょっ――」
一気に距離を詰めてくる。
でも、親方は動かない。
大槌を構えたまま待っている。
「親方!」
「黙って見ろ」
大トカゲが口を開き、噛みつく。
その直前。
親方が半歩ずれた。
大槌が下から振り上げられる。
ドゴンッ!
大トカゲの顎が跳ね上がった。
「うわっ!」
身体が傾く。
「今だ!」
「おう!」
走る。
親方が作った隙。
大トカゲの身体が横を向いている。
短剣を構える。
足。
腰。
腕。
刃。
相手を見る。
力みすぎない。
踏み込む。
腰を回す。
振る。
――。
「……」
音がしなかった。
手応えも、ほとんどない。
そのまま大トカゲの横を抜ける。
「……え?」
振り返る。
大トカゲが止まっていた。
少し遅れて。
胴体が、ずれた。
ドサッ。
「……」
前と後ろに分かれた。
「……親方」
「なんだ」
「今の」
「ああ」
「できた?」
「一回な」
「そこも一回って言うん!?」
「一回だろ」
「そうやけど!」
短剣を見る。
また、あの感覚。
足から腰。
腰から腕。
最後に刃まで。
全部が繋がった。
「……できた」
「浮かれるな」
「いや、ちょっとくらいええやん!」
「次も出せてから言え」
「厳しいなぁ!」
でも嬉しい。
一回だけやったものが、もう一回。
実戦で出た。
「親方」
「なんだ」
「俺、ちょっと強くなった?」
「一回だ」
「それしか言わんやん!」
親方が倒れた大トカゲへ近づく。
俺も後を追う。
「で」
「ん?」
「胃を取るぞ」
「あ」
「……」
「……親方」
「なんだ」
真っ二つになった大トカゲを見る。
「胃、切った」
「見りゃ分かる」
「取りに来たやつやんな?」
「そうだな」
「……」
「もう一匹だ」
「ですよね」
◇
次の大トカゲを見つけるまで、それほど時間はかからなかった。
「今度は胃切るなよ」
「分かってる!」
「本当に分かってるか」
「さすがに分かるわ!」
二匹目がこちらを向く。
親方が前へ出て、俺は短剣を構える。
さっきの感覚。
足。
腰。
腕。
刃。
「来るぞ」
「おう!」
大トカゲが走る。
親方が避け、大槌が横から入った。
ドゴンッ!
前脚が崩れる。
「今!」
踏み込む。
腰を回す。
短剣を振る。
ビュンッ!
「出えへん!」
「当たり前だ!」
「なんで怒られんねん!」
「戦ってる途中だぞ!」
「あ、そやった!」
大トカゲの尾が振られる。
「うおっ!」
下がる。
目の前を太い尾が通り過ぎた。
「相手見ろ!」
「はい!」
親方が大槌を構え直す。
大トカゲが親方へ向く。
「右だ!」
「おう!」
回り込む。
今度は無理に、さっきの一撃を出そうとしない。
普通に。
教わった通り。
踏み込んで、短剣で脚を斬る。
ヒュッ!
大トカゲが体勢を崩した。
「下がれ!」
「はい!」
飛び退く。
次の瞬間。
親方の大槌が、大トカゲの頭へ落ちた。
ドゴンッ!
大トカゲが動かなくなる。
「終わりだ」
「……親方」
「なんだ」
「なんでそんな戦い慣れてんの?」
「昔、少しな」
「昔、少しって何を?」
「胃を取るぞ」
「誤魔化したやろ」
「手ぇ動かせ」
「はい」
今度はちゃんと残っていた。
◇
「これで足りる?」
「ああ」
親方が容器を確認する。
「試す分には十分だ」
「よし」
俺は大きく息を吐いた。
「帰ろ」
「ああ」
短剣を見る。
「次は出んかったな」
「当たり前だ」
「またそれ」
「一回できたからって、好きに出せるなら苦労しねぇ」
「分かってるけどさ」
「なら繰り返せ」
「やっぱりそこなんやな」
「当たり前だ」
親方が歩き出し、俺もついていく。
素材は取れた。
あとは工房に戻って、胃液の濃さを変える。
爪を柔らかくして、毛と合わせる。
うまくいくかは、まだ分からない。
でも、試せるところまでは来た。
「……メル達も」
「なんだ」
「いや」
街の方を見る。
「そろそろ帰ってきてるかなって」
「戻りゃ分かる」
「それもそうやな」
親方と並んで歩く。
街道までは、もう少し。
その時。
ガサッ。
「……親方」
「なんだ」
「今なんか動いた?」
「ああ」
「嫌な予感するんやけど」
「奇遇だな」
岩陰から頭が出た。
「……大トカゲ」
「だな」
「三匹目?」
「ああ」
大トカゲがこっちを見る。
「倒す?」
「必要ない」
「え?」
「もう足りてる」
「じゃあ?」
親方が俺を見る。
「走るぞ」
「やっぱり!?」
大トカゲが地面を蹴った。
「うおっ!」
「先行け!」
「親方は!?」
「後ろ見る!」
「素材は!?」
「落とすな!」
「それ一番プレッシャーかかるやつやん!」
「走れ!」
「言われんでも走っとるわ!」
俺は素材の入った容器を抱えて、全力で走った。
◇
同じ頃。
メル達も、街へ続く街道を歩いていた。
もう街までは遠くない。
ガイアスの背中には、相変わらず大きなビッグデスマン。
「ガイアス」
「なんだ」
「大丈夫?」
「問題ない」
「……ほんとに?」
「問題ない」
最初より、答えるまでの間が長くなっている気がする。
マシューが笑った。
「もう少しだから頑張って、ガイアス」
「黙れ」
「まだ何も言ってないよ」
「顔がうるさい」
「ひどいなぁ」
オルガンが鼻で笑う。
メルも少し笑った。
この道。
見覚えがある。
前にも、ここを通った。
グランの馬車と。
ガイアス達と。
そして、ここで。
「……あれ?」
鼻が動いた。
「どうした?」
ガイアスが聞く。
風に混じった匂い。
知っている。
「この匂い……」
「知ってるのか?」
「……たぶん」
その直後。
耳が動いた。
「待って」
三人の表情が変わる。
「何がいる?」
ガイアスが聞く。
耳を澄ませる。
足音。
一つ。
二つ。
それから少し後ろに、もっと重い音。
「人が二人」
「人?」
「うん。それと」
もう一度、耳を澄ませる。
「魔物が一匹」
オルガンが長槍を構えた。
「こっちに来るのか?」
「うん」
「追われてる?」
「……たぶん」
「速さは?」
マシューが聞く。
「速い」
音がどんどん近づいてくる。
「すごい速い」
ガイアスが背負っていたビッグデスマンを慎重に地面へ下ろした。
「知ってる奴か?」
メルは、もう一度風の匂いを嗅いだ。
「……たぶん」
その直後。
街道脇の茂みが、大きく揺れた。
「うおおおおおおお!!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回で、節目の第30話になります。
……ちなみに、サブタイトルにある
「魔王と友達になってハーレム作ってました」
今のところ、その片鱗すら見えてません。
もうしばらく、アキラたちの日常にお付き合いいただけたら嬉しいです。




