誘えるなら、誘えばいい
同じ日の朝。
「始めるぞ」
「うん」
ガイアスの一言で、四人は動き始めた。
まずは餌。
ビッグデスマンを地上へ誘い出すための、大ミミズ。
それも。
子を宿している雌。
「メル」
「うん」
「頼む」
耳を澄ませる。
森の中には、いろんな音がある。
鳥の声。
葉が擦れる音。
虫が動く音。
その中から。
地面の下。
土の中を動く音を探す。
「……いる」
「どっち?」
マシューが聞く。
「あっち」
少し離れた木の根元を指す。
「一匹か?」
「何匹かいるよ」
「そこまで分かるんだね」
「うん」
近づいて。
今度は鼻を使う。
「……」
「どうだ?」
ガイアスに聞かれる。
「ここにいるの、全部同じ匂い」
「子を宿してるかまでは分からないのか?」
オルガンが地面を見る。
「このままだと分かんない」
「なら」
マシューがしゃがみ込んだ。
「一匹捕まえて、確かめてみようか」
「うん。それなら分かるかも」
ガイアスが頷く。
「場所は?」
「ここ」
地面を指す。
ガイアスとオルガンが土を掘り始める。
「もう少し右」
「こっちか?」
「うん。そこ」
土が退けられていく。
しばらくして。
「いたぞ」
太い身体が。
土の中から、ずるずると引き出された。
「……大きい」
伸びた身体は。
オルガンが持つ長槍に届きそうなくらいある。
「大ミミズだからな」
オルガンが言う。
「ほんとに大きいね」
マシューが笑った。
「だから大ミミズだ」
「分かってるよ」
大ミミズは地面の上で身体をくねらせている。
でも。
こちらを襲ってくる様子はない。
「これ、どうするの?」
「捌く」
「ここで?」
「ああ」
ガイアスが短い刃物を取り出した。
大ミミズを押さえ。
腹を開く。
「メル」
「うん」
近づく。
中を見る。
「……違う」
「子を宿してない?」
「うん」
もう一度。
匂いを確かめる。
さっきまで外から嗅いでいたものとは違う。
身体の中の匂い。
「匂い、覚えた」
「分かるのか?」
オルガンが聞く。
「うん。子を宿してない方の匂い」
「なら次は、捌く前に違いが分かるかもしれないね」
マシューが言う。
「たぶん」
「試すぞ」
ガイアスが立ち上がる。
「次だ」
「うん!」
◇
少し離れた場所で。
また大ミミズを見つけた。
掘り出す。
近づいて。
匂いを嗅ぐ。
「……さっきと同じだと思う」
「確かめるぞ」
「うん」
捌く。
中を見る。
「やっぱり違う」
「当たりだね」
「え? 外れじゃないの?」
「メルの予想が当たったってこと」
「あ、そっち」
マシューが笑う。
「次は?」
ガイアスが聞く。
「探す!」
また耳を澄ませる。
探して。
掘って。
匂いを確かめる。
「これも違う」
また探す。
「こっちも」
そして。
何匹目か。
「……待って」
三人が止まった。
「どうした?」
目の前の大ミミズへ近づく。
鼻を動かす。
今までとは。
少し違う。
「この子、匂いが違う」
「子を宿してるのか?」
「たぶん」
ガイアスが頷く。
「確かめるぞ」
「うん」
捌く。
中を見る。
「……いた」
「当たり?」
マシューが覗き込む。
「うん」
間違いない。
子を宿している。
「よし」
ガイアスが立ち上がる。
「餌は確保した」
「思ったより探したね」
「でも」
もう一度、大ミミズの匂いを確かめる。
「次は、もっと早く分かると思う」
「なら覚えたってことだな」
オルガンが言う。
「たぶん」
「また、たぶんか」
「だって一回しか当ててないもん」
「それもそうだな」
「次も確かめればいいよ」
マシューが言う。
「そのうち、たぶんじゃなくなるんじゃない?」
「うん!」
◇
森の中。
少し開けた場所を選ぶ。
捌いた大ミミズを木から吊るした。
匂いが風に乗る。
「これで来るの?」
「ああ」
オルガンが長槍を確認する。
「近くにいればな」
「いるよ」
三人が私を見る。
「分かるのか?」
「うん」
耳を澄ませる。
地面の下。
低い音。
土を押しながら。
何かが動いている。
「こっちに来てる」
「餌に気づいたな」
ガイアスが剣を抜く。
オルガンも長槍を構える。
マシューは少し離れた場所へ移動する。
弓には。
香油を染み込ませた布を巻いた矢。
「メル」
「うん」
「予定通りだ」
「分かった」
腰に下げた小瓶を確認する。
オルガンの香油。
蓋は閉まっている。
それでも。
匂いははっきり分かる。
これなら。
たぶん、いける。
耳を澄ませる。
音が近づいてくる。
さっきより。
はっきり。
「もうすぐ」
三人の表情が変わった。
「どこだ」
「餌の下」
地面が。
少し盛り上がる。
「来る」
土が揺れる。
盛り上がる。
そして。
割れた。
最初に出てきたのは。
二本の爪。
太く。
長い。
土を掘るためだけとは思えないほど大きな爪が、地面を押し退ける。
その間から。
黒っぽい頭が現れた。
小さな目。
その下で。
大きな鼻が何度も動いている。
顔が左右へ動く。
見ているんじゃない。
嗅いでいる。
餌の匂いを。
さらに。
太い前脚。
広い肩。
分厚い毛に覆われた身体。
土を押し退けながら。
大きな身体が地上へ這い出してくる。
ビッグデスマン。
大きいとは聞いていた。
でも。
目の前で見ると。
思っていたよりずっと大きい。
爪も。
身体も。
何より。
あの鼻。
ずっと動いている。
「まだだ」
ガイアスが低く言う。
ビッグデスマンが餌へ近づく。
鼻を動かしながら。
大ミミズへ向かう。
前脚。
身体。
後ろ脚。
全部。
穴から出た。
大きな口が開く。
餌へ食いつく。
「今だ」
ヒュッ!
マシューの矢が飛んだ。
狙ったのは。
ビッグデスマンではない。
その後ろ。
出てきた穴。
矢が土へ刺さる。
香油の匂いが広がった。
ビッグデスマンの鼻の動きが、一瞬止まる。
頭が動く。
「メル!」
「うん!」
走る。
小瓶を開ける。
「うっ!」
強い。
でも。
止まってる暇はない。
走りながら。
香油を撒く。
右。
後ろ。
左。
ビッグデスマンの周りを回る。
鼻が激しく動く。
頭が左右へ振られる。
大ミミズ。
穴。
香油。
私達。
その全部の間に。
強い匂いが入り込む。
ビッグデスマンが前脚を振った。
「メル!」
飛び退く。
大きな爪が。
さっきまでいた場所を通る。
「大丈夫!」
すぐに走る。
今度は反対側。
ビッグデスマンが追おうとする。
でも。
鼻が動く。
止まる。
また別の方向を向く。
匂いで。
何がどこにいるのか。
掴めなくなってる。
「今!」
叫んだ瞬間。
ガイアスとオルガンが、左右から踏み込んだ。
右から、ガイアスの剣。
左から、オルガンの長槍。
狙いは同じ。
首。
二つの刃が、ほとんど同時に走る。
ザンッ!
ビッグデスマンの身体が止まった。
一瞬遅れて。
頭が落ちる。
ドサッ。
大きな身体も。
地面へ倒れた。
ズンッ。
「……」
誰も動かない。
ガイアスは剣を構えたまま。
オルガンも長槍を下ろさない。
マシューも矢をつがえたまま。
しばらくして。
「終わりだ」
ガイアスが剣を下ろした。
「……終わった?」
「ああ」
「ほんとに?」
「ああ」
倒れたビッグデスマンを見る。
大きな爪。
分厚い毛。
ほとんど傷ついていない。
「うまくいった……」
「そうだね」
マシューが弓を下ろす。
「かなり綺麗に倒せた」
ガイアスが剣についた血を拭う。
「予定通りだ」
「予定通りって……」
もう一度。
倒れた魔物を見る。
「こんなにうまくいくんだ」
「お前がいたからな」
「え?」
振り返る。
言ったのは。
オルガンだった。
「餌を見つけた」
「……」
「ここまで余計な魔物とも戦わずに来られた」
長槍についた血を払う。
「今の戦いもだ」
「……」
「お前がいなければ、こんな楽にはいかなかった」
「それって……」
「なんだ」
「私、役に立ったってこと?」
オルガンが私を見る。
「そう言ってる」
「……そっか」
尻尾が動く。
止めようとする。
でも。
止まらない。
「メル」
「なに?」
今度はガイアス。
「よくやった」
「……うん!」
「僕も助かったよ」
マシューが笑う。
「特に最後の匂い」
「臭かったけどね」
「臭くない」
オルガンが言った。
「まだ言うの?」
「いい匂いだ」
「ビッグデスマンも嫌がってたよ?」
「混乱しただけだ」
「猫族だったらもっと嫌がると思う」
「……」
オルガンが黙った。
「オルガン?」
「なんでもない」
横を見ると。
マシューが少し笑っている。
「マシュー?」
「僕もなんでもないよ」
「二人とも変なの」
倒れたビッグデスマンを見る。
任せてもらって。
考えたことを伝えて。
みんなでその通りに動いた。
ちゃんと。
役に立てた。
「……へへ」
「どうした?」
「なんでもない!」
尻尾は。
まだ止まりそうになかった。
「さて」
ガイアスが倒れたビッグデスマンを見る。
「先に処理するぞ」
「ここで剥ぐの?」
「いや」
ガイアスが首を振る。
「毛皮と爪は傷つけたくない」
「じゃあ、どうするの?」
「血抜きと内臓だけだ。あとはバルドに任せる」
「なるほど」
それから。
四人で血を抜き。
内臓を外した。
処理を終えて。
切り落とした頭も、胴体と一緒に固定する。
「戻るぞ」
「うん!」
少し歩き出して。
止まる。
「……あれ?」
「どうした?」
「ビッグデスマンは?」
「持って帰る」
「誰が?」
「俺だ」
「……ガイアスが?」
「ああ」
ガイアスがビッグデスマンの前へ行く。
屈んで。
大きな身体を背負う。
「……」
ガイアスの背中が。
ほとんど見えなくなった。
「大丈夫?」
「問題ない」
立ち上がる。
「ほんとに?」
「……問題ない」
少し間があった。
マシューが笑う。
「こういう時は、馬車があると便利なんだけどね」
「……」
ガイアスが黙る。
「行きは馬車じゃ遅いって言ってたのにね」
「マシュー」
「なに?」
「黙れ」
「はいはい」
オルガンが鼻で笑う。
「帰るぞ」
ガイアスが歩き出す。
その背中には。
大きなビッグデスマン。
来る時より。
少しだけ歩くのが遅い。
「ガイアス」
「なんだ」
「やっぱり重い?」
「……」
「ガイアス?」
「帰るぞ」
「はーい」
私達は。
来た時より少しゆっくり。
街へ向かって歩き始めた。
今回はメル達の討伐回でした。
メルも少しずつ、自分にできることを使えるようになってきた気がします。
あと、ガイアスには帰り道も頑張ってもらいます。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




