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強くなりたいなら、繰り返せばいい


 翌朝。


「来たか」


「おう」


「なら手ぇ動かせ」


「着いて早々それ?」


「昨日、全部やるって言ったのはお前だろ」


「……言いました」


「ならやれ」


「はい」


 親方はもう炉の前に立っていた。


 メル達が戻ってくるまで。


 早ければ二、三日。


 遅ければ四、五日。


 その間に。


 できることは全部やる。


 昨日、そう決めた。


「炭」


「もう置いたで」


 親方が横を見る。


「水も入ってる」


「……」


「使い終わった道具も戻した」


「……」


「なんや?」


「いや」


「またそれか」


 親方は何も言わず、炉へ向き直った。


 前にここで働いた時。


 掃除。


 炭運び。


 道具の片付け。


 水の用意。


 親方が使う物を持ってきて。


 使い終わった物を戻す。


 何度もやった。


 だから今は。


 どこに何があるのか。


 親方が次に何を使うのか。


 いつ炭を足すのか。

 

 いつ水が必要になるのか。


 ほとんど迷わない。


 鉄のことは、まだ分からん。


 なんでそこを叩くのか。


 なんで今、火に戻すのか。


 そこまでは相変わらずさっぱりや。


 でも。


 手伝うことに慣れた分。


 前より、親方の手を見る余裕がある。


 炉から赤く焼けた鉄が出る。


 金床へ置かれる。


 親方が槌を振り上げた。


 ガンッ!


 鉄を返す。


 カンッ。


 もう一度。


 ガンッ!


 少し位置をずらす。


 カァン――。


「……」


 なんや?


 親方がまた槌を振る。


 ガンッ。


 カンッ。


 カァン――。


「親方」


「なんだ」


「今、音変わった?」


 親方の手が止まる。


「何がだ」


「鉄叩いてる音」


「それがどうした」


「同じ鉄叩いてるのに、音ちゃうやん」


「当たり前だ」


「当たり前なん?」


「ああ」


 親方がまた槌を振る。


 ガンッ!


「叩く場所」


 カンッ。


「力」


 カァン――。


「鉄の厚み」


 槌が止まる。


「温度でも変わる」


「そんな違うん?」


「違う」


「音だけで分かるん?」


「音だけじゃねぇ」


 親方が鉄を見る。


「色」


 鉄を返す。


「形」


 位置を変える。


「叩いた時の感触」


 そして。


「音」


「全部見るん?」


「ああ」


「……大変やな」


「慣れりゃ勝手に見る」


「それ、俺にもできるようになる?」


 親方が俺を見る。


「職人の技ってのはな」


「うん」


「教わっただけで身につくもんじゃねぇ」


「そうなん?」


「ああ」


 親方が槌を置いた。


「俺も昔は師匠の手を見てた」


「親方にも師匠おったんや」


「当たり前だろ」


「なんか最初から親方やってそうやもん」


「どういう意味だ」


「そのままの意味」


「黙れ」


「はい」


 親方が鉄を指す。


「何を見てるのか」


 次に槌。


「どこを叩くのか」


 炉を見る。


「いつ火に戻すのか」


 俺も順番に目で追う。


「見て」


「うん」


「真似して」


「うん」


「失敗した」


「親方も失敗したん?」


「するに決まってんだろ」


「ちょっと安心したわ」


「殴るぞ」


「すいません」


 親方が俺を見る。


「そうやって何度もやって、今がある」


「……」


「だから、お前も見ろ」


「親方を?」


「ああ」


「俺から盗め」


「盗めって……」


「分からねぇことがあったら聞け」


「そしたら教えてくれるん?」


「聞かれりゃな」


「そこは最初から教えてくれてもええやろ」


「まず見ろ」


「厳しいなぁ」


「職人だからな」


 親方がまた鉄へ向き直る。


 ガンッ。


 カンッ。


 カァン――。


 さっきまで。


 ただ鉄を叩いてる音やった。


 今は。


 少し違って聞こえる。


 何がどう違うのか。


 そこまでは、まだ分からん。


 でも。


 違うことは分かった。


     ◇


 昼を過ぎた頃。


 親方が例の箱を作業台へ置いた。


「お」


「試すぞ」


「爪?」


「ああ」


 蓋を開ける。


 中には、ビッグデスマンの巨大な爪。


 何度見ても硬そうや。


「そのまま叩くん?」


「馬鹿か」


「言い方!」


「全部壊してどうする」


 親方は欠けていた端から、小さな欠片を取り出した。


「まずはこれだ」


「なるほど」


 金床へ置く。


 槌が振り下ろされる。


 ガンッ!


 欠片が跳ねた。


「硬っ!」


「だな」


 親方が拾う。


 向きを変える。


 ガンッ!


 もう一度。


 少し角度を変えて。


 カンッ!


「……」


「なんだ」


「今、ちょっと音違った?」


 親方が俺を見る。


「ほう」


「なんや?」


「やっと見るようになったな」


「音やけど?」


「同じだ」


「同じなん?」


「目だけで見ると思うな」


「……なるほど」


 親方が欠片を置き直す。


 今度は少し力を落とす。


 カンッ。


「砕けへんな」


「ああ」


「終わり?」


「一回で分かるか」


「……そやった」


「向きを変える」


 ガンッ。


「力を変える」


 カンッ。


「叩く場所を変える」


 キンッ!


「それでもダメなら?」


「理由を考える」


「で?」


「また試す」


「結局またやるんや」


「当たり前だ」


 親方が欠片を見る。


「一回やってダメだったから終わりじゃ、何も分からねぇ」


「地味やな」


「仕事ってのは、だいたいそんなもんだ」


 親方が俺を見る。


「お前もだぞ」


「俺?」


「短剣」


「……忘れてなかったんや」


「忘れるか」


「よし!」


「仕事終わってからな」


「まだあるん!?」


「全部やるんだろ」


「……言いました」


     ◇


 日が傾き始めた頃。


 ようやく工房の裏へ出た。


 手には短剣。


 握る。


 やっぱり、しっくりくる。


 剣とも。


 斧とも。


 槍とも違う。


 刃がどこを向いているのか。


 どれくらい握ればいいのか。


 どこに力を入れて。


 どこで抜けばいいのか。


 初めて短剣を持った時から。


 この感覚だけは変わっていない。


「構えろ」


「おう」


 短剣を構える。


 親方が俺を見る。


「……」


「どう?」


「悪くねぇ」


「お」


「構えだけはな」


「一言余計や!」


「振れ」


「はい」


 踏み込む。


 腰を回す。


 短剣を振る。


 ビュンッ!


「……どう?」


「振れるな」


「やろ?」


「だからなんだ」


「え?」


「振れるのと、戦えるのは別だ」


「違うん?」


「当たり前だ」


「でも、結構それっぽくない?」


「相手は立って待ってくれるのか?」


「……待ってくれへんな」


「一回振ったら終わりか?」


「終わらんな」


「疲れたら?」


「動き鈍るな」


「相手が動いたら?」


「追わなあかん」


「なら、まだ振れるだけだ」


「……先長いな」


「当たり前だ」


 親方が地面を指す。


「踏み込め」


「おう」


「振る」


 ビュンッ!


「戻す」


「はい」


「下がる」


「はい」


「もう一回」


 踏み込む。


 ヒュッ!


 戻す。


 下がる。


「遅い」


「どこ?」


「戻し」


「振った後?」


「ああ。振って終わるな」


「はい」


「もう一回」


 踏み込む。


 ビュンッ!


「力みすぎ」


「もう一回」


 ヒュンッ!


「腕だけで振るな」


「腰?」


「ああ」


「もう一回」


 ヒュッ!


「足」


「はい」


「刃ばっかり見るな」


「はい」


「俺を見ろ」


「怖いねん」


「殴るぞ」


「もっと怖いやん!」


「もう一回」


 ビュンッ!


「戻し」


 ヒュッ!


「腰」


 ビュンッ!


「足」


 ヒュンッ!


「もう一回」


 何回振ったか。


 途中から分からなくなった。


 腕が重い。


 足も重い。


 握っている手も痛い。


 息も上がってきた。


「……きっつ」


「もう一回」


「ちょっと休憩とか」


「敵に言え」


「待ってくれへんやろなぁ」


「ならやれ」


「はい」


 短剣を構える。


 踏み込む。


 ビュンッ!


「足」


「はい」


「もう一回」


 ヒュッ!


「腰」


「はい」


「もう一回」


 ビュンッ!


「力みすぎだ」


「力入れな振れへんやろ」


「入れるなとは言ってねぇ」


「じゃあどうすんの?」


「必要なところだけ使え」


「それが分からんから困ってんねん!」


「だから繰り返せ」


「結局そこなん!?」


「当たり前だ」


 また構える。


 言われたことは分かってる。


 足。


 腰。


 腕。


 振ったら戻す。


 相手を見る。


 力みすぎない。


 全部覚えてる。


《適当》のおかげなのか。


 一度覚えたことは。


 前より思い出しやすい。


 頭の中でも整理されてる。


 でも。


 身体が勝手に動いてくれるわけじゃない。


「……親方」


「なんだ」


「分かってんのに、できへん」


「当たり前だ」


「それ今日何回目?」


「何回言われてもできてねぇからだ」


「ぐぅ……」


「頭で分かってるのと、身体でできるのは別だ」


 親方が短剣を見る。


「それに」


「ん?」


「今のお前は、その短剣が合ってるだけだ」


「だけ?」


「ああ」


「でも他の武器より全然使いやすいで?」


「だから、それだけだ」


 親方が俺を見る。


「合う武器を持ったからって、急に強くなるか」


「……ならへんな」


「扱いやすい。振りやすい。今はそれだけだ」


「そっから先は?」


「お前が覚えろ」


「どうやって?」


「見て」


「うん」


「やって」


「うん」


「失敗して」


「うん」


「直せ」


「で?」


「またやれ」


「……やっぱり地味やな」


「強くなるってのは、そういうもんだ」


 親方が言う。


「一回できた程度じゃ、できるとは言わねぇ」


「何回ならええの?」


「数えてるうちはまだだ」


「うわ、職人っぽいこと言うな」


「職人だ」


「あ、そうやった」


「殴るぞ」


「すいません」


「もう一回」


「はい」


 構える。


 腕が重い。


 足も重い。


 さっきまでみたいに。


 無理やり力を入れようとしても。


 もう、入らない。


 踏み込む。


 腰を回す。


 短剣を振る。


 ――。


「……」


 今。


 振った。


 確かに振った。


 でも。


 音がしなかった。


 さっきまでずっと聞こえていた。


 ビュンッ。


 ヒュッ。


 短剣が風を切る音。


 それが。


 なかった。


「……親方」


「なんだ」


「今の」


「ああ」


「音、せんかった」


「そうだな」


 短剣を見る。


「なんで?」


「余計な力が抜けた」


「疲れて?」


「それもある」


「それも?」


「足から腰」


 親方が俺を見る。


「腰から腕」


 短剣へ目を落とす。


「最後に刃まで」


「……」


「今のは、全部繋がってた」


 もう一度、短剣を見る。


「今の感覚、忘れんな」


「……うん」


「もう一回」


「おう」


 構える。


 踏み込む。


 腰。


 腕。


 振る。


 ビュンッ!


「戻ったやん!」


「当たり前だ」


「今の一回だけ!?」


「一回できたんだろ」


「できたけど!」


「なら次は二回やれ」


「簡単に言うなぁ!」


「できたら三回だ」


「その次は?」


「四回」


「ずっと続くやん」


「そういうもんだ」


 親方が俺を見る。


「何度も繰り返せ」


「……」


「考えなくても同じ動きが出るようになって」


「うん」


「そこでやっと、お前のもんだ」


 短剣を見る。


 今の一回。


 もう一回やれと言われても。


 まだできない。


 でも。


 感覚は残ってる。


 工房の仕事もそうやった。


 最初からできたわけじゃない。


 見て。


 やって。


 間違えて。


 またやった。


 だから今は。


 考えなくても動ける。


 なら。


 これも同じなんやろ。


 一回できたなら。


 二回。


 二回できたなら。


 三回。


 何度も。


 繰り返す。


 考えなくても身体が動くようになるまで。


「親方」


「なんだ」


「もう一回」


「……ああ」


 俺は、もう一度。


 短剣を構えた。

今回はアキラの修行回でした。


「一回できた」と「できる」は、たぶん別物。

そんな感じの話です。


次回はメル達の方へ戻ります。

よろしくお願いします。

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